らんかみち

童話から老話まで

旅の総括1日目

2010年07月22日 | 暮らしの落とし穴
 旅を振り返って今後の旅の糧となすためには、思い出したくないこともあるけど総括しておかねばなるまい。
 半身不随の友人は少しマシになっていたとはいえ、奴はやっぱダメだ。
「右脳の半分が真っ白になっていて、兄は人格まで変わってしまったんです」とぼくに、妹さん。
「いえいえ、人格は変わってないよ。お兄さんとは長いつきあいだけど、昔っから人に甘えて頼り、自分では無理するとか頑張るってことをしない男だよ」と、彼がリハビリに消極的なのはデフォルトであることを強調しておきました。
 まったくぅ、利き手が使えるんだから靴下くらい自分で履けよと言いたくなるけど、励ましても泣かれるだけなんです。

「あんたって、アンコウのオスみたいやな」と、別れ際に彼に言ってやりました。
「アンコウのオスって?」
「なんでも、アンコウの一部の種類に関してらしいけど、長くオスの存在が確認できなかったとか。近年になって、オスは雌の体に寄生するって分かったんだそうな」
「つまり、ぼくは妹のパラサイトって言いたいわけ?」
 彼には酷かもしれないけど、ここはひとつビシッと宣告しておかねば、彼のためにも妹さんのためにもなるまい。
「そうそう、体長にしてメスの十分の一くらいのオスはメスに食いつくと、やがてメスの体と一体になるんだそうな。栄養もメスにもらい、精子を作るだけの役を果たし終えると、ついにはメスの体に吸収されてしまうんだって」
 彼は少し考えてから、
「ふ~ん、肉体も、意識すらもメスに同化するってことか、それ良いね、ぼくもそうありたいよ」と。
 アカンわこいつ、と思ったので、最後にもう一言告げたら、さすがに涙ぐんだけど、その内容はつまびらかにできません。
 
 宿に到着して、チェックインしたら、「四人部屋ですが、お客様ともう一人の相部屋となります」だって。冷蔵庫もテレビもない部屋で野郎と二人っきりなんて、酒でもないとやってられるか!
「ぼくの方は良いんですが、相手の方はお気の毒に。ぼくね、いびきでしょ、歯ぎしりでしょ、あと足が臭くてね」
 言外に別々の部屋にしてほしい旨を、友人で今は亡きテル爺に教わった手法で伝えたものの、
「いやいや、そんなのはお互い様ですから、是非ともお知り合いになられてはいかがでしょう」と、ご主人に譲る気配はありません。
「ぼくは男の姿をしているけど、もしかしたら女に生まれたのかなって思ったりすることもあるんです。それにぼくの前世は織田信長で、小姓の森蘭丸をこよなく愛しておったような記憶もあるんです」
 これは場末の飲み屋のマスターに教わった手法ですが、ご主人が息を呑むのをぼくは見逃しませんでした。よし、もう一押しだ。
「それから、自分では気がつかないんですが、夜中に首が伸びるって言うんですよ」
 これは童話講座のお師匠さまに教わった手法で、さすがのご主人もこれを聞くなり、
「そこまでおっしゃるなら……」と、人を哀れむような目で善処してくださいました。

 その夜は疲れているのもかかわらず、友人のことやら何やらで眠れないので、コンビニで買っておいたバーボンのポケット瓶のお世話になりました。
 気持ちよく眠れた翌朝の食堂で、「おはようございます」と、ぼくに挨拶してきた青年は、石川遼選手の肌を白くスベスベにしたみたいないい男じゃありませんか。ほう、これなら相部屋になっても悪くはなかったか、などと倒錯の自覚を促されたのも悲しい。
 ほかにもマイナーな反省はあるけど、初日はそんなところかな。でもって二日目は更に落ち込む出来事もありましたが、それはまた明日に。