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歴史勉強会 ヒストリー各務野会  幕末維新期の美濃・尾張  時代の流れとそこに生きた人々

2019年11月22日 23時48分56秒 | ヒストリー各務野会

今日、ヒストリー各務野会は金城学院大学の名誉教授であり、宝暦治水史蹟保存会の会長のでもある中西達治先生による「幕末維新期の美濃・尾張  時代の流れとそこに生きた人々」と言うテーマでサブタイトルに高須藩士日比野輝寛と信州領内の勤皇ばあさん 竹村多勢子と言う講義でした。
日比野輝寛と竹村多勢子は同じ時代に生きた二人ですが、出会うことは無かったです。



講義の開始前です。




これが今日の資料です。




日比野輝寛と竹村多勢子。





日比野輝寛。











上海日記。
日比野輝寛は上海へ渡航しました。





上海日記の内容。



贅肬録と没鼻筆語。



帰国した日比野の軌跡。




成瀬正肥。



青松葉事件。






鳥羽伏見の戦い。





慶勝の勤皇誘引。




竹村多勢子(松尾)。
江戸時代、女は結婚しても旧姓ままだったのだそうだ。




左が竹村多勢子の肖像写真です。
写真を修整して厳つい顔になったそうです。




講義をする大西先生。




南信州の中の高須藩領。



多勢子の行動力。




多勢子 上京を決意。




京都における多勢子。





上京。




母親の行動をたしなめる娘の手紙に対する返事。




京都に於ける多勢子。





京都に於ける多勢子。





足利木像斬首事件。





事件の後。





伊那谷と国学。




岩倉具視との関係。




岩倉具視との関係。





多勢子。




多勢子と高須松平藩。



多勢子の帰郷。





結び。


日比野輝寛と竹村多勢子に着いて話を聞きました。
激しく変わる維新の時代。
伊那谷で生まれた多勢子。
まだ、鉄道が開通していない時期です。
伊那から大平街道を通り中仙道を歩いたのではなかろうか。
歴史の勉強には想像する面白さが有ります。

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