Kオジサンの新・山歩きの記


山歩き&ウオーキングのサイト

山が好き 花が好き 自然が好き!!

新年 初登り   美濃市の玄関口の山  松 鞍 山 (316.2m)

2017-01-11 23:26:16 | 弐水会

弐水会の1月例会に参加しました。今年になって初めての山です。
弐水会で新年になって初めての山ですが、私にとっても新しい年を迎えて初めての山となります。山行の後に総会を開くので、手短な山と言う事で美濃市の松鞍山をリーダーが選びました。
松鞍山は東海北陸自動車道の美濃インターから北に向かう時、最初に入るトンネルの山です。駐車場から山頂に向かい、周回して来て2時間で元の場所へ戻って来ると言うコースです。松鞍山の山頂からの眺望は良く有りませんでしたが、周回したコースで前平山からは、眺望が広がって見え、設置して有った看板の表示のように美濃市の玄関口と言う感じがしました。前平山は途中の追分で指示標識に平仮名で書いてあり、「まえびら」と言うようです。

カメラの画像が示した時間を元にしたコースタイムです。
駐車場(9:00)  ― 登山口(9:04)  ― 宝泉(9:17)  ― 追分(9:24~9:30) ― 比丘尼岩(9:36)  ― 
松鞍山山頂(9:45~9:50)  ― 追分(10:13)  ― 前平山見晴台(10:18~10:26) ― 御嶽神社(10:45)
 ― 御嶽神社入口(10:49)  ― 駐車場(10:55)

弐水会の歴史
弐水会は市の社会教育講座から発展した山登り愛好家のサークルです。平成20年5月にその講座が開かれ、終了したした後にサークルとして発展してきたものだそうです。会がスタートして足掛け9年となります。事情に寄り退会する人。新たに参加する人。多くの人々が参加しきて今日まで続いてきました。私は新しく加えて貰いました部類で、後者の方です。
一口に足掛け9年と申しましても色々の事が有ったと思います。その積み重ね。登って来た山の思い出が去来する事と思います。


車窓から。
これから登る松鞍山が見えました。
乗せて貰っていて撮影しました。
横に伸びる高架橋が東海環状道です。



これからの山登りに供えて準備運動です。
高瀬建設の駐車場と登山者用の駐車場の境目が無いように見えました。
建設に迷惑がかからないよう、気遣って車を停めました。



駐車場から登山口に向かっています。
男性が10名。女性が9名です。
弐水会のメンバー。
全員の参加ですが、最近に無い事です。




登山口に設けてあったハイキング・ウオーキングの案内表示です。
松鞍山に登って追分に降りてきました。
その後、前平山へ向かい、御嶽神社を経て下山して来ました。
追分から御嶽神社へのコースは表して有りませんが、ハッキリした道が有りました。




登り初めです。
まだ、登山口から入ったばかりで、道は平らですが、この後に坂道となりました。




山道を登り始めて、途中に「宝泉」が有りました。
難儀をした百姓仕事。
今のように水利に恵まれた時代ではなかったと思います。




登山道。
擬木の階段が整備してあります。





追分が見えます。
案内図に追分と表示していましたが、上松森と下松森の間の峠となる場所です。




追分での休憩。
指示標識が有り、山頂まで15分と書かれています。
右は休憩してから出発するところです。




進むにつれて勾配がキツくなりました。
ロープが有り、助かります。



途中の比丘尼岩。
誰かが言っていました。
ふり仮名がふってあると良いと。



勾配の急な道が続きます。




松鞍神社に到着です。
鳥居が見えます。




本殿の前に拝殿が有ります。
拝殿が倒れそうなのでしょう。ワイヤーで補強しています。
ワイヤーに気を付けるように旗みたいなのが下がっていますが、古くなって居ます。
この場所。気がつかづに通ったりすると、ケガをする可能性が有ります。




お社があります。
本殿です。





本殿の後ろ側。
ご神木が有りました。
2人の間に白山遥拝所の立て札が見えます。
ここが遥拝所になっているのでしょう。しかし、眺望が悪くここから遥拝する事はできません。



全員でバンザイ。
弐水会は今回の登山が、会を結成してから100回目の登山となるのだそうです。
100回を記念して全員でバンザイ三唱を行いました。





左は三角点です。
右は、木の高いところにプレートが下がっていました。
積雪が有って、高い所にプレートを掲げたように思えるような高さです。
でも、日付が平成28年6月8日と描かれています。ワザワザ登って結びつけたのでしょう
山頂に山名の表示が有るのは嬉しいですが、自己満足のための名はなしにしてして欲しいものです。




松鞍神社を後にします。





松鞍神社のすぐ前です。
葉が繁っている時期なら見えないのですが、木の葉が落ちていて下界が見えます。





追分まで下山して来ました。





前平山を目指して山道を登ります。





登ってきて、直角に折れ、南に向かいます。




前平山山頂見晴台。
まだ、新しいプレートです。




眺望の良い場所です。
右手には天王山や誕生山。
正面には金華山や百々ヶ峰が見えます。





正面の眺望です。
足元に東海北陸自動車道が見え、道がトンネルに入ります。




ズームで捉えると、山の向こうの丸い山。
山の上に構築物が有るのが判ります。
岐阜市の金華山が見えるのです。
それに、左側の台形の山。日野の船伏山です。
そして、この状況から、あの辺りが三峰山だと確認している人がいました。







見晴台から南に向かいます。





登山道の横に咲いていたモチツツジ。
今のような寒い時期。
珍しいのと、時期違いに咲いてきたと言う気がします。




御嶽神社に向かう道です。
登山口に有ったハイキングコースの図には描かれていませんが、ハッキリしたコースが有ります。




歩いていて、途中から見えた松鞍山。





落ち葉を踏みながら下って行きます。





御嶽神社を過ぎてからの道。
参道でしっかりした道になっています。





下山して来て鳥居まで来ました。





長良川鉄道の松森駅です。
無人駅ですが、上屋が有りベンチが見えます。
列車の本数が少ないですが、車に乗れない人でも長良川鉄道を利用すれば上登る事が出来ます。





下山して来ました。
右側の道は県道343号線です。





駐車した場所に戻りますが、登山口を示すプレートが表示して有ります。





駐車場へ戻って来ました。
この後は、関市の「味里」へ向かいました。



味里

関市の味里に来ました。


お食事処  味里(ミサト)

関市池田町109
0575-24-4649
寿司やてんぷら。和食の店です。
ご夫婦2人で営んでおられる店ですが、ランチが人気が有ります。
http://loco.yahoo.co.jp/place/g-83zajc4OBPg/?utm_source=dd_spot&sc_e=sydd_spot_ttl



味里の店内です。






エビフライとお刺身の定食です。
これに赤出汁が付きました。
それに食事の後にコーヒーが着きました。
エビが大きいし、美味しかったと言う声が聞こえました。
「お食事処 味里」という店です。ご夫婦で営んでおられました。
良い店でした。
リーダーが、何処からこの店を探してきたのだろうという声が有りました。

この、食事の後に、今年1年間。
登る山の計画書が表されました。




店の外に有ったランチのメニューです。
にぎり寿司やちらし寿司の他にうどんの小鉢が付いています。
これで1,000円は値打ちです。



感想
松鞍山は短時間で登れる山でした。
それに前平山からの眺望が開けて良い山でした。



弐水会は、その名の通り第2水曜日に山行を実施しています。通常は日帰りの山行なのですが、8月は1泊で高い山に出かけています。一昨年、燕岳の山行の時に始めて参加させて貰いました。そして昨年は唐松岳の山行に参加させて貰いました。本格的に弐水会の山行に加えていただいたのは昨年9月の仏ヶ尾山からです。仏ヶ尾山へは10余り前に登った事が有りました。その時は、山頂辺りには雪が積もっていました。それに視界が悪く御嶽山を望む事が出来ませんでした。
来月、仏ヶ尾山に行くと聞いて弐水会に加入させて貰い、その後本格的に参加するようになりました。
初めて燕岳の時、一緒させて貰ったのが縁であります。その時に声を掛けて貰いましたが、声を掛けても貰えた事を嬉しく思います。


コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

「岳友タンネの会」の1月例会と総会

2017-01-06 23:35:22 | 岳友 タンネの会

今日、岳友タンネの会の1月例会と総会が有りました。例会では上半期分の会費の徴収そして、損害保険への加入に着いてでした。その後、11月と12月に行って来た山の山行報告が有りました。


例会で、山行報告に入ろうとしているところです。



こちらは山行報告です。
11月12日に行って来た舟伏山の報告です。
舟伏山はこれまで、木材の伐採で周回が出来ませんでしたが、周回ができたと言うモノです。
逆時計回りに行って来ました。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

岳友 タンネの会 忘年会

2016-12-16 23:57:35 | 岳友 タンネの会

今夜、岳友タンネの会の忘年会が有りました。
岳友タンネの会に今年、夏に入れて貰いました。
その、タンネの会の忘年会が有り、参加しました。
今年1年。タンネ回で登って来た山は全部で32山でした。1山記入漏れがあって、33山となるようです。夏頃に加えて貰い、私が参加したのは3山だけでした。



会場は各務原市鵜沼各務原町の「ちとせ」でした。




ここが入口です。
家紋が橘のようです。





忘年会が定刻に始まりました。
会長の挨拶です。




メイン。
そして、エビとアジのフライ。その右側は魚のホイール焼でした。



一人鍋と茶碗蒸し。






最後は味噌汁。それに寿司。
そしてデザートです。



宴が進むにつれて、席が乱れて行き、山の話で盛り上がりました。

今年、途中から加入して、初めて忘年会に参加しました。
この日、始めて顔を合わせたような人も居ました。
それだけ私が参加していないと言うことですネ。
だんだんと、会の雰囲気が判ってきたような気がします。

昼間。別の会の忘年会が有り、そして夜の忘年会でした。
1日に2箇所はキツイものが有りました。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

尾張三山   尾張富士 (275.0m)・尾張白山(247m)・本宮山(292.9m)

2016-12-15 23:30:06 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の12月例会で犬山市と小牧市を歩き、尾張富士 ・尾張白山・本宮山に登りました。尾北の低山を登って下って、また登ると言うコースを辿りました。
尾張富士浅間神社 ----- 尾張富士山頂 ----- 明治村前 ----- 入鹿池堤下 -----

尾張白山 白山社 ----- ヒトツバタゴ自生地 ----- 本宮山山頂 ----- 大縣神社駐車場

初めの予定ではバスで向かい、尾張富士の浅間神社で下車し、大縣神社で拾って貰う計画となっていました。元々は、13日に登る予定になっていましたが、雨のため延期にしました。そのため大幅に参加者か減少して12名の参加者となってしまいました。それで、止むを得ずバスの利用を中止し、車に乗り合わせて向かいました。13日は雨でした。そして14日は低気圧が通過した後で風が強かったのです。今日は風が無く、穏やかで良い山行日和でした。

大縣神社に車をデポしてきました。大縣神社ですが、「オオガタジンジャ」と読むのだと思っていましたが、「オオアガタジンジャ」と読むのが正しかったです。それに浅間神社をず~と前は「アサマジンジャ」だと思っていました。「センゲンジンジャ」が正しいと知りましたのですが。何か、機会が無いと誤って思い込んでいた言葉は改まりません。

尾張富士では毎年8月の第1日曜日に「石挙げ祭り」が有ります。老いも若きも、石を山頂まで担ぎ上げます。その時の様子は木を神輿しのように組んで、真ん中に石が据えて有りました。子供たちには、それなりの大きさでした。そんな、石を掛け声を掛けて担ぎ上げていました。


浅間神社の駐車場から出発です。




登り始めましたが、登り始めた箇所から、もう行く道の両側に献石の碑が設けて有ります。
足元はゴロゴロと岩が露出していますが、道幅は広いです。
この道を石挙げ祭りで、石を担ぎ挙げます。




登ってきて、後ろを振り返りました。
この辺りは直線の登山コースとなっていて、麓の団地が見えます。




途中、屋根が有る、あずま屋のようなところです。
大きな鎌が献納されています。
献納された時期が明治や大正となっていますが、大鎌はどんないわれが有るのでしょう。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
今回の山行は私がリーダーを努めています。
それで、トップを歩きます。




みなさん。登って来ました。
山頂まで、もう少しです。





山頂に到着です。
立派な本殿が有ります。




山頂から見た南西の眺めです。
右は2011年3月5日に登った時のモノです。左は今日のモノで、5年と言う歳月が経ちました。名古屋駅周辺の高層ビル群。ビルの数が増えています。




山頂の三角点ですが、三角点の石柱が献石で埋もれてしまい、頭頂部が僅かに顔を出しているだけの状態になっています。
白い柱が有るから三角点の場所を確認できますが、この柱が無いと探さなくてはなりません。




献石が目に留まりました。
消防士になれるようにと、願をかけて献石しています。それも、一度だけの献石でなく、何度も何度も下から運び上げたのでしょう。




山頂から次の明治村を目指します。




裏側の登山道を下りますが、表の登山道ほど広く有りません。




下ってきて、アスファルトの道に出ました。




明治村の正門が見えます。





村の正門です。
クリスマスを控え、リースが飾って有ります。




入鹿池に向かって車道を進みます。
前方に、この後登る尾張白山が見えます。





入鹿池の堰堤下を歩きます。
先日、名東区を歩いた時、牧野ヶ池は愛知県で3番目の大きさの溜池だと聞きました。恐らく、一番大きいのがこの入鹿池なのでしょう。




神尾区に入ってきました。
おばあさんが野良仕事をしていて、みんなの視線がおばあさんに向いています。
派出所近くの信号の場所まで行って、大回りしてきましたが、神尾区の中を歩くのでして、ショートカット出来る道が有りました。




尾張白山の登山道に入りました。
杉林の中で薄暗くなっています。





白山社に到着です。
ここには、先客が2人居ました。




白山社の前でランチタイムです。
ここにはベンチが有りまして、寄せて食事の場所造りでした。
陽が当たりポカポカの陽気です。





白山社の裏側です。
入鹿池が見えますが、前に来た時より木の枝が伸びて眺望が悪くなっています。




こちらは南側の眺望です。
眼下に桃花台が見下ろせます。
左側の椀を伏せたようなのがナゴヤドームです。この画像には移っていませんが、この左に瀬戸のデジタルタワーも見えました。モヤっていますが、透明度が増すと名港トリトンの支柱が見えるかも知れません。




ランチタイムを終えて、下山にかかります。




薄暗い林の間を下山していきます。
白山社のの場所より三角点の場所の方が低いのです。
下山で、三角点には寄りませんでした。




落ち葉を踏みしめながら下りてきました。





神尾区の中まで下山して来ました。
左がこれから登る本宮山です。右は、先ほど登って来た尾張富士です。
両山を見比べても、高低が判りません。





神尾区のお墓の横を通ってきて、県道を横切り、愛知用水の横を歩きます。
このコースを歩き、ショートカットが出来ました。





ヒトツバタゴに向かっています。
先日の雨で道がぬかるんでいます。





ヒトツバタゴの自生地に来ました。





廣江先生から解説が聞けます。
ヒトツバタゴはモクセイ科の一種で、同じモクセイ科のトリネコは別名タゴと呼ばれ複葉なのに対し、ヒトツバタゴは小葉を持たない単葉であることから「一つ葉タゴ」と言う名が着いていると解説が有りました。
ヒトツバタゴ。またの名をナンジャモンジャと言います。ヒトツバタゴの言葉を何処で区切るのかと言う質問が出て、ヒトツバで区切り、タゴで発音するのだそうでした。
このように、現地で生(ナマ)の解説してもらえるのが良いところです。




落ち葉を踏みしめながら緩い坂を登って行きます。





坂道を登っていますが、初冬の弱い日差しが差しています。




木製の指示標識が何箇所かに有りました。





鳥居をくぐつて本宮山に向かいます。





石の階段を登って行きます。





本宮山山頂に到着です。
お社が有りますが、大縣神社の奥宮です。





お社の裏手に三角点が有りました。
プレートが添えて有りますが、標高が292.8となっています。国土地理院の地図では292.9となっています。



山頂の北東からは、白煙を上げる御嶽山が望めます。
今日は尾張富士や尾張白山からも見えましたが、ここからの御嶽山が一番良かったです。





下山を始めました。
途中に眺望が開けたところが有りました。
犬山市の長者町団地の方角です。
右はその画像をトリミングしたもので小高い山の上に犬山城が見えました。





指示標識で大縣神社までは200メートルとなっています。





モミジが有りますが、紅葉したモミジの残党と言う感じがします。





お疲れ様でした。
大縣神社まで下山して来ました。





境内で絵馬が下がっていました。
棟方志功だと思ったのです。近付いてみてみたら、その通りでした。
御祭神の神裔 玉比売命(たまひめのみこと)が描かれています。ヌードなのでセクシーなのですが、棟方志功の絵でユーモラスに感じさせます。



大縣神社の由来が書かれていますが、古くなり読み難くなっています。



感想
何時だったか覚えていませんが、尾張富士の近くへバスが通った時、ガイドが尾張富士と本宮山の背比べの話しをしてくれました。本宮山と尾張富士に巨大な樋を掛けて真ん中から水を流したのだそうです。流した水は低い尾張富士の方角に流れていったのです。尾張富士では、その事が起源で少しでも山の背が高くなるようにと石を上げるようになりました。
尾張富士の山頂と本宮山の山頂。どちらにもお社がありました。背比べの古事の有る場所を訪ねた。そんな気がしました。

尾張三山へ2011年3月5日に登りました。アレから5年が立ちます。尾張富士の山頂から名古屋駅の高層ビル群を眺めましたら、ビルの本数が増えていました。これからリニアの開通に向けて数が増えていく事だと思います。
ビルの数が増えた事に時代の流れを感じます。

ナンジャモンジャの自生地に寄りました。現地でナンジャモンジャの生の解説が聞けました。このように現場で解説して貰えるのも嬉しい事です。









コメント
この記事をはてなブックマークに追加

各務原の里山  八木三山    八木山(296m)・双子山(247m)・愛宕山(268.5m)

2016-12-14 23:07:26 | 弐水会

弐水会の12月例会に参加しました。今月は八木三山です。八木三山は各務原市の北東に位置する低山で八木山、双子山、愛宕山をまとめて呼んでいます。低山で比較的登り易く市民に親しまれている山です。
前日は雨でして、塵芥が拭い去られて綺麗な空気となり、遠方の眺望が開けました。しかし、低気圧が去った後なので風がとても強かったです。



集合場所は各務原市の各務野 自然遺産の森となっていました。
今日は、私たちはここから南に向かいますが、自然遺産の森は北側に山が聳え、スタート地点にもなっています。




各務原パークウエイを進み、多賀坂の途中から登山道に分け入ります。



左はこれから山に入るところです。
右は手作りの表示が設けて有りました。かつては、この表示が無く、何処から入って良いのか判り難かったですが、表示で登山口がハッキリと判るようになりました。




ハッキリとした登山道が続きます。




登山道。少し勾配がキツくなりました。




何年か前にこの八木山の北登山道から登った事があります。
その時は、上る人が居ないためなのでしょう。蜘蛛の巣が張っていました。
それが、今では整備されて登り易い山になっています。




眺望の良いところへ来ました。
ここて゜、一休みです。




西方の眺めです。
岐阜城のある金華山が見え、その向こうには池田山。そして、伊吹山も見えます。
伊吹山の左で雲の下は霊仙山です。



こちらは南西の方角です。
岐阜市。そしてその先に大垣市が見えます。




ピークから一旦、下ります。




途中、南西の方角が見えました。
双子山と愛宕山です。
この後、あの山の方向に進みます。




こちらは南の方角です。
大きな釈迦が寝そべるような伊木山です。
そして、その先に濃尾平野が広がります。
名古屋駅周辺の高層ビル群。ビルの数が増加しました。




前方のピーク。
あの頂が八木山です。



八木山に到着しました。
ここで少し、小休止です。




八木山山頂から東の方向を見ました。
笠置山は見えますが、恵那山は雲の中です。
鳩吹山も見え、下を木曽川が流れています。




少し休んだ後、双子山に向かいます。




縦走路となっていますが、指示標識が設置して有ります。




今日のKオジサンの後ろ姿。
双子山へ向かっています。
この辺りは緩い登りでしたが、この後、登り坂になりました。




双子山の山頂の標識が有ります。




最後の登りで、愛宕山に到着です。




愛宕山に到着しました。
ここの山頂で昼食時間です。




愛宕山は三山の一番西側に位置しており、山頂から西側の芋ケ瀬池が望めます。
葉の繁った時期なら遮られてしまいますが、枯れた枝の間から池が見下ろせます。



昼食が終わり、下山の仕度を済ませました。




これから下山にかかります。




愛宕山への登山道は登りの道と下山道が区別して有ります。
下山は下山道で降ります。





初めに登って来た道を戻りますが、進む方向に八木山が正面に見えます。




往路の時は、気づきませんでしたが、スズメバチのために通行止めとなっていましたルートです。
今の時期。スズメバチは居ないので、このルートを通過します。




大きな穴がパックリと開いていて、中に壊けた巣が有りました。
手前に木に焦点が合い、上手く写っていませんでした。






スズメバチが活発に活動する時期なら通過できないルートです。
そのようなルートでも、シッカリとした鎖が整備して有ります。





八木山山頂に戻ってきました。
石碑が有り信仰の場所となっています。




山頂から先ほどの愛宕山方面を眺めました。
愛宕山の先に岐阜飛行場の滑走路が見えます。
八木山の縦走路を歩いていて、何度もジェット機の爆音が聞こえました。
それに着陸態勢の機も見えました。




こちらは南方を眺めた所です。
この先、南側に何も遮蔽するものが無い。という事はここ、八木山が濃尾平野の北端だと言えます。




八木山の山頂で、少し休憩を取りました。
北の登山口に向かって歩き始めました。



季節はずれのモチツツジが咲いています。





落ち葉を踏みしめて歩きます。




登山道の両側にコシダが繁っています。




各務原パークウェイが見える所まで降りて来ました。




降りてきて、パークウエイを歩きます。




パークウェイを歩きます。





自然遺産の森まで戻って来ました。




自然遺産の森まで戻って来ました。


前日が雨だった事が有り、空気が澄んでいて、とても眺望の良い日でした。ただ、風が強いのには参りました。それでも、濃尾平野を眺める事が出来たのが良かったです。

写真には写りませんでしたが、三重県川越町の火力発電所の煙突が確認できました。それに長島のジェットコースターも見えたのです。カメラで写らない被写体も肉眼では視認する事が出来ました。今日は、それ程遠くが良く見えた日でした。
八木三山は、低山ながら眺望が良いのが魅力と言えるかも知れません。




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

鈴鹿山地の西端の山  陣尾山(ヒヨノ)(687.4m)・杉坂山(653m)・アミダ峰(645m)・向山(670m)

2016-12-07 23:35:25 | 水曜会

水曜会で、ジオンさんから山のお誘いを受けました。久し振りに水曜会の山行に参加しました。水曜会ではマイナーな山に登ることが時々あります。今回は彦根の南東部。多賀町の山を周回するものでした。
今回のコースは、滅多に人が入らないような山で、登山道が無く、地図とコンパス、それにGPSを使用しての山行でした。連絡を受けて事前に地図を用意したりしましたが、地図とメガネを車の中に忘れ、連れて行って貰ったと言う形のものでした。
勿論、一人ではいけない山でしたし、今頃のシーズンしか行けないのではと思える山でした。連れて行って貰ったのですが、進むコースを探しながら進んでいく。珍しい形の木を発見したりしました。山遊び的な山行だったのですが、面白かったです。

 

乱丸さん提供のGPS軌跡図です。杉集落から北に進み、逆時計回りで周回しました。
杉集落 ― 向山 ―  №184鉄塔 ― アミダ峰 ― 杉峠 ―  杉坂山  ― 
鉄塔下(昼食)  ― 陣尾山山頂(ヒヨノ)  ― 杉集落





集合場所の調宮神社から見上げた山。
この後、あの山に登るのだと言うよう気分で撮影しました。




杉集落に来て、登る仕度をしています。




登る前です。
地図で、これから登るコースを確認しています。




登山口の標識も、何も無い所です。
そんな所から山に分け入ります。




入ってきて、この後、進む方向を見定めています。





この斜面を登って行きます。
直登に進むので無く、ななめに進んでいきます。




nokoさん提供の画像。
斜面を這うように必死になって登って来るKオジサン。





尾根に取り付きました。
ここに来て、甘い匂いがしました。
nokoさんがカツラの匂いだと教えてくれました。
メイプルのような甘い香りが漂っていました。




尾根を登って行きます。




珍しいものを見つけました。
ツチグリと言うのだそうです。
饅頭のような所を押すと、ホコリのようなものが飛散しました。胞子が飛ぶのだそうです。




Uの字の形をした珍しい木。
木の向こう側から、おフザケのパフォーマンスが有りましたが、画像を掲げずにおきます。




向山に来ました。
このプレートが無かったら、この場所がピークだとは判らない場所です。
向山で、鈴鹿300山と書かれています。




次に向かうコースを地図で確認しています。




自然の恵み。
ナメコを発見です。
高さ的に、取り易い高さでして、少しゲットしました。



尾根を進みます。
左は天然林で、右側は人工林です。

時々、「ドーン」と言う雷鳴のような音が聞こえます。そして、また時間を置いて「ドーン」と。
湖西、饗庭野の陸上自衛隊の野外訓練です。
何10キロも離れていますが、砲声が風に運ばれて来ます。
湖北の己高山に登った時に、砲声を耳にした事が有りますが、このような湖東まで届くのだと判りました。
どのような大砲で撃っているのだろう。
防音用の大きなヘッドフォンを付けて訓練している姿を想像します。



今日のKオジサンの後ろ姿。




展望の良い所に来ました。




展望の良いところからの眺望です。
左側が琵琶湖で、白いポール状に見えるのは、フジテックのエレベーター試験塔です。





高圧線の鉄塔の下に来ました。




鉄塔を下から見上げます。
鉄塔には№184と、番号が付して有ります。




平らな場所を進みます。
平坦なので、どの方向に向かって良いのか判り難いところです。



アミダ峰のピークです。
この辺り、大きな杉と杉の古株が散在しています。



杉の古株の下。
お地蔵サンが有りましたが、風雨で顔が削られてしまっています。それだけ古いお地蔵サンなのでしょうか。





こちらは杉の大木です。





再び、平坦な所を歩きます。




林道を歩きますが、道が薄くなり、林道に見えないような状態になってしまっています。




林道が終点となり、そこで終わっていました。
そこから下り、アスファルトの道路へ出ました。
この先に杉坂峠の御神木が有ります。




杉坂峠の御神木の由来が書かれています。
石碑には多賀神木と刻まれています。
多賀大社と関係があるのでしようか。




御神木は少し下りた場所に有ります。




杉坂から杉坂山を目指します。




急な上り坂です。

 




上りですが、少し緩やかになりました。
それでも、先の方は、また急な上りになりそうです。




左は杉坂山に着いたところです。
右は杉の木にプレートが貼られていました。




杉坂山から、わずかな時間で、高圧鉄塔の下に出ました。
展望の良い場所です。
ここで、ランチにする事となりました。




左は霊仙山。その右に鍋尻山と高室山が見えます。
右は霊仙山をズームしました。



皆さんが持ち寄った食材です。




左は食材をチョイスしたものです。右は乱丸さんのうどんです。
この他にサンドイッチが有りました。おなかが一杯になりました。




食事中の皆さん。
鉄塔の下で、風の当たらない場所で、穏やかな陽気の中。ゆったりと昼食が味わえました。




この後、向かう陣尾山山頂(ヒヨノ) です。
一旦下って、再び登らなければなりません。



ランチタイムを終え、出発です。




鉄塔下の広場から一旦下り、再び登り返します。
キツイ上りです。




後ろを振り返りました。





陣尾山(ヒヨノ)に着きました。
ここには三角点が有りますが、プレートなどの表示が一切有りません。




山頂でこの後、進むコースを確認しています。




ジオンさん提供の画像です。
ゼンマイなのかシダなのか。そのような草が繁っていますが、枯れています。
青々とした状態では歩けないかも知れません。




下山して行きます。
左は天然林。右は人工林です。
筆境なのでしょう。




珍しいO字形をした木が有りました。
木から顔を出し、パフォーマンスが有りました。




岩にビッシリと苔が繁っています。





下ってきて、薄くなった林道に出ました。




アスファルト道路に出ました。





寄って相談しています。
何を話しているのでしょう。




杉集落に戻ってきました。




杉集落に有る祠。
内部を見させて貰いましたが、綺麗に清掃されています。
杉集落は廃村のように思えましたが、誰かが時々来ては掃除をしているのでしょう。




ここは多賀町大字杉。
杉集落には5戸から6戸ほどの家屋が有りました。
家々に電線が繋がっています。
夏期だけ居住用にしているのだろうか、今は誰も居ないようにも感じました。



杉集落の駐車した場所から見上げました。
先ほど周回したときに見かけた高圧鉄塔なのか、否か判りません。
それでも、周回の時に見かけた鉄塔や昼食時の鉄塔の幹線には間違い有りません。





山で採って来たナメコ。
味噌汁にでも入れてくれたらと思って採って来ましたが、サトイモやダイコンの煮物に入れてくれました。
歯触りが良く、味も美味しかったです。
まさに天然の味だと感じました。





水曜会の仲間と一緒に山歩きが出来ました。
山の印象は前半と後半で違いました。前半の向山から杉坂峠までは、勿論、山登りのコースなのですが、平坦な場所が多く、ゆっくりと歩いたと言う感じがしました。後半は杉坂山や陣尾山に登りました。急な登りと下りの繰り返しと言う印象でした。
杉坂峠を境にして、南側と北側。何となく、雰囲気が違うように感じました。
地図とGPSを使って辿った山でした。
ルートファイティング的な要素が有り、おもしろい山でした。
水曜会のメンバーとして呼んで貰える幸せ。野山を歩ける体力を保持している自身。実は脊椎狭窄症で、時々シビレが来ます。でも、今日はみんなと一緒に歩く事が出来ました。そのような事を幸せに感じています。
今回、一緒した人。
ジオンさん。
http://www.ogaki-tv.ne.jp/~koike/index.html
乱丸・nokoさん。
http://ranmaru100.web.fc2.com/
山たまごさん。
http://www.geocities.jp/tokaigakko/
あさひさん。
http://blog.goo.ne.jp/seikiti-y
福ちゃん。
そして、Kオジサン。


コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

一宮友歩会・第65回ウォーク例会 史蹟巡りシリーズ・名古屋編Part8 名古屋市名東区を歩く

2016-12-03 23:11:36 | 一宮友歩会

一宮友歩会の12月例会が有りました。今回は名東区を歩くもので、スタートは地下鉄の一社駅からです。駅近くの西一社公園で出発式を行い、名東区を逆時計回りに歩きました。
名東区はその前身の猪高村が千種区に合併しましたが、名東区として分離独立した区です。かつては名古屋市東部の丘陵地だったところですが、今では住宅地に変りました。そのような土地の中でも、名所旧跡が点在しており、それらの場所を訪ねました。
名東区は新しい区です。歩いてみて、いろいろの所に自然があると実感しました。
 一社駅(スタート) ― 西一社公園(出発式)   ― 貴舩神社 ― 神蔵寺 ― 小公園 ― 植田川
 ― 神丘公園 ― デッチョ池  ― 勝野太郎左衛門碑  ― 牧野ヶ池  ― やまもも  ― 蓮教寺 
― 高牟神社 ― 明徳寺 ― 貴船神社    ― 流公園(解散式)  ― 上社駅(ゴール)  


第65回ウォーク例会の地図です。
一社駅から南に向かい牧野ヶ池 の周囲を歩いた後、上社駅に戻ると言うコースを歩きました。
http://www.geocities.jp/jk2unj/datagazou/65map.pdf



西一社公園での出発式です。
一社駅の近辺に適当な場所が無く、こちらの公園に向かって貰いました。




いよいよ、出発です。
初冬と言う時期で、近所の皆さんでしようか。
落ち葉の掃除をしていました。




最初に寄ったのが、貴舩神社です。
石段を登ります。




立派な御社があります。




次に来たのが神蔵寺です。
神蔵寺は貴舩神社のすぐ隣でした。
境内に一色城主の柴田勝重(勝家の祖父)の墓が有ります。
大人数で来ましたが喧しくしないようにします。




柴田勝重の墓碑です。
墓碑には一色城主柴田源六現勝重公之墓と書かれています。





神蔵寺近くの小公園に来ました。
神蔵寺では今日、法事が執り行われるのでした。
それで、境内で喧しくしないでと言われていまして、こちらの小公園に来たのです。
城郭研究家出歴史に詳しいM井さんの説明です。


M井さんが準備された資料です。
右側は昭和31年の1万分の1の地図です。まだ、本格的な都市開発の始まる前の時期です。中央を北から植田川が流れ、アチコチに溜池が散在しています。牧野池の堰堤も確認できます。そのような池も時代の推移に寄り、埋め立てられました。
左側は氏が昭和41年に、当地を歩いた時に撮影したものです。まだ、のどかな田園風景が残っています。そして、この後に高度成長で、野山が姿を変えていきました。
何れの城址も小高い丘の上に有ります。砦的な役目が有った事が伺えます。
上から2番目。上社城址ですが高圧線の鉄塔が写っていて地図には高圧線の線が描かれています。
上から3番目の下社城址の写真。左下にバス停が写っているのが判ります。地図から色々の事が判り、地図を読むのが面白いです。
これらの写真。撮影されてから50年が経ちますが、貴重な歴史資料となりました。



小公園を出発し、植田川の横を歩きます。




植田川に何羽もカモが飛来してきていました。
私たちの気配を感じ飛び立ちました。




川のフェンスに下げられていたプレートです。
植田川が調整池からスタートして天白川まで流れているのが判ります。






途中、目にしたツバキです。





デッチョ池 が見える所まで来ました。




デッチョ池 の横を歩きます。
樹木が初冬の光を浴びています。




神丘公園でトイレ休憩しました。
これから再び歩きます。
枯葉を踏む感触がなんとも言えません。



デッチョ池 の案内看板。
右はデッチョ池 の周囲を歩いている所です。




牧野ヶ池が見える所まできました。




池の周囲を歩きます。
この辺りは池の堰堤部分の所です。




牧野ヶ池の眺めです。
大きな池ですが、愛知県で3番目の大きさの池です。




歩いていて東山タワーが見えました。




ご夫婦が双眼鏡を使い、カモの観察をしておられます。




勝野太郎左衛門の碑が在るところに来ました。
碑は小高い場所に有り、階段を登らなくてはなりません。
フーフー言っている人が居ました。




周回コースから外れたところに展望台が有ります。
展望台が出来た頃は眺望が利いたのでしょう。今では樹木が伸びて展望がダメです。




色の散策路を歩きます。




ウオーキングコースとなっていて、何箇所も距離を表示するプレートが設けて有りました。




野鳥を観察する人が居ました。
望遠レンズのカメラで撮影していました。
下見でここに来た時、カメラを持った人が何人か居ました。その時はカワセミでも居るのだろうかと思いました。




牧野ヶ池の東側。
遊具が有り、小公園のようななった場所です。
ここでランチタイムです。




牧野ヶ池景勝地の立て札。
今は、池を望む事が出来ますが、下見の時は木が繁り、全然池が見えませんでした。




ランチタイムを追え歩き始めました。
紅葉の終りの時期で落ち葉が一杯落ちています。




コースの途中に名東区史跡散策路の表示板が設置して有りました。




街の中を歩きます。
イチヨウの葉が落ちて居ます。




ヤマモモへ来ました。
300年ほどの古樹のようです。





蓮教寺の前に来ました。
ここへ来て、ハプニングと言うとオーバーですが、Tさんからこの近くに浅田真央さんの自宅があるという事を教えて貰いました。
それで、向かいました。




こちらが浅田真央さんのお宅です。
お宅の前まで来ましたが、この事は予定していたコースには無かった事です。



正規の予定コースに戻りました。
蓮教寺の階段を登ります。




蓮教寺の由緒。
牧野ヶ池の景勝地の立てに書かれていましたし、この説明でも尾張名所図会の触れています。



風媒社発行の「尾張名所図会」絵解き散歩から引用しました。
この本の中で牧野ヶ池を紹介しています。それにここ蓮教寺が載っています。当時はこの寺から牧野ヶ池が見えたのでしょう。






高牟神社へ来ました。




高牟神社に入ります。




高牟神社について説明するTさんです。
かつて、高牟神社はこの辺りの武器蔵になっていたとか、解説をされました。




皇帝ダリア。
花の少ない今の時期ですから、目立ちます。




前方に明徳寺が見えます。




明徳寺に来ました。
またまた、階段を登らなくてはなりません。
階段を登りたくない人が居て、ここで待っていると言っていた人が居ましたが、結局は階段を登ってきました。




明徳寺には柴田勝家の出生地の立て札と石碑が有ります。




本堂左の十王堂には、市指定民俗文化財の木造の十王像があります。




十王堂の中を覗います。




内部の十王像です。
十王とは地獄に置いて亡者の審判を行う10尊と有ります。閻魔は有名ですが、それ以外は知られていません。




明徳寺は下社城址でも有ります。




明徳寺の南東の眺望です。
今は家屋が一杯建っていますが、戦国時代は畑か原野だったのでしょう。城と言う砦みたいなものだったのでしょう。高台ですから、敵が攻撃して来ると良く判ります。




貴船神社へ向かっています。




貴船神社の階段を登ります。




貴船神社の由来。そして貴船神社についてY井さんの説明です。




上社城址方面を説明するM井さん。
かつては、この先の丘陵地に城址が有りましたが、今の姿からは想像できません。



流公園まで来ました。



流公園に来て解散式です。
その前に、整理体操。歩くのに使った筋肉を解します。

感想
今回、11キロ余りを歩きました。12月としては暖かく穏やかな陽気の中を歩く事が出来ました。
一宮友歩会には、豊富なブレインが控えています。ただ、単に歩くのでなく、その地の歴史や民俗関係などを解説して貰えます。下見に歩いた時、この辺りに柴田姓が多いと思いました。下社城が柴田勝家の城だったと言うことを知ったりするのも面白いです。
牧野ヶ池の周りを歩きました。
ウオーキングをする人や野鳥観察をする人を見かけました。名古屋市には自然が豊富だと実感しました。



一緒に歩いた人のホームページです。

http://terasan.dousetsu.com/uho.html
http://www.geocities.jp/jk2unj/nagoyap8.htm

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

南飛騨の山  梁 谷 山  (1,213.6m)

2016-11-10 23:08:15 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の11月例会で下呂市金山町の梁谷山に登りました。
梁谷山は金山町の奥地で岩屋ダムの上流に位置します。全山が照葉樹に覆われた山です。梁谷山は中央分水嶺に近く、日本海側に多いブナ(シロブナ)と太平洋側に多いイヌブナ(クロブナ)が見れます。日本のように狭い国に2種類のブナが有るのは珍しく、しかも1つの山で2種類のブナを見れる山は非常に珍しいのだそうです。

今回は廣江先生に参加して貰えました。廣江先生に参加して貰えると色々と自然観察の話が聞けます。今回の山は、紅葉した山でした。色々のカエデが紅葉していまして、教えて貰いました。葉の写真を撮りましたが、色々のカエデが有り、ゴチャゴチャになってしまって、正確に覚える事が出来ませんでした。メモを取り、画像と一致させて学ばなければと思います。

登山口辺りは紅葉していましたが、高度が増すに連れて落葉しており、山頂辺りは幹と枝だけになっていました。あと、1週間もすると、落葉して冬の姿となってしまうでしょう。



マイクロバスが梁谷山林道を進んで行きます。
林道の周りは紅葉しています、




梁谷山の登山口です。
これから登りますが、コースの説明を聞いています。





登山口に設けられた梁谷山登山道案内図です。
今回は南尾根ルートから登りブナの木ルートで下山する周回をしました。





登り始めました。




左は南尾根コースを登り始めたところです。
右は南尾根コースとブナの木コースの分岐。指示標識です。




梁谷山を形成する岩体は濃飛流紋岩だと説明を受けました。
流紋岩と聞いて龍紋岩と想像してしまいました。蛇紋岩と言うのを耳にした事が有ったからです。




紅葉した林の中を登ります。





誰かが見つけて「先生、これ何ですか~」と質問が出ました。
これはケンポナシと言うモノだと、説明でした。
枝の先に甘味があるのだそうです。
昔、甘味に飢えていた時期、口にしたのだそうです。

ピンボケでスミマセン。




これはシロモジです。
葉にU字型の切れ込みが入っています。




山頂方面です。
落葉して視界が広がっています。





小鹿の涙に向かっていますが上ったのが、一旦下がってしまいます。





小鹿の涙へ来ました。
滝の上部が紅葉しています。




滝の水量が少なくなっていて、滝には見えません。





クネクネした道を登って来ましたが、この先。南尾根に出ます。





南尾根に出て、大きな木があります。
この木は、確かシロヤシオだったのでは、と言うことでした。
尾根に出るヘアピンカーブの場所です。春、シロヤシオの時期に来ると確認できます。





眺望が広がる場所に出ました。
噴煙を上げる御嶽山が見えます。
写真に撮ると、ハッキリ見えませんが、肉眼では御嶽の左に乗鞍岳。そして穂高岳。槍ヶ岳。笠ヶ岳が確認できました。
それに、アレが野口五郎岳ではないかと言っていました。





南尾根の指示標識が有ります。




山頂が近い所まで、あがって来ました。




今日のKオジサンの後ろ姿。





シロモジの黄色い落ち葉。
天然のジュウタンです。




かがみこんで撮影する廣江先生。
何を撮っているのでしょう。




ブナの落ち葉に変りました。




ブナの木コースと南尾根の分岐点です。
ここを左に折れれば山頂です。
もう、山頂が見えています。






山頂に到達です。
先に来ている人が居ましたが、同じグループの人で岳見岩に向かわなかった人達でした。





山頂へ到達しました。




岳見岩に寄ってきた本隊の到着です。




本体が到着して、ランチタイムとなりました。
三角点。方位盤と双眼鏡が設置して有ります。
設置してから歳月が経ち、土が流れ出て基礎が露出しています。
以前に来た時、双眼鏡にカバーが被せて有りました。今では双眼鏡が故障しています。



山頂から東方の眺望です。
先ほど見えた御嶽山が山頂に着た時には、見えなくなっています。




下山を始めました。
帰路はブナの木コースで下山します。




前方にブナの大木が見えます。





良い雰囲気の所を下って行きます。





頭上のシロモジ。
何の木か、シッカリ見ずに「先生、これ何の木」と聞いてしまいました。
良く見れば、何の木か判るものでした。





廣江先生が説明しています。





イヌブナの葉をとり、説明してくれました。
ブナの葉の特徴は、側脈の端が鋸状の凹部に入ることです。ブナは側脈の数が9本か10本で、イヌブナは14本から15本で、イヌブナの方が多いです。
話しを聞いて、葉の表面の凹凸が樋のような役目となって雨水を流しやすくしているのではと思いました。





サワグルミの大きな木が有りました。
これが実だと言って、前から見本のように廻ってきました。




大きな岩の陰。
木の実のようなものの殻が転がっています。
リスの巣だったのではと想像しました。



黄葉したモミジ。




下から見上げたヤマモミジです。少しピンボケでした。
右はヤマモミジの木ですが、モミジの中では巨木です。





バスが見える所まで下山して来ました。
朝、何台か居た車が居なくなっていして、バスが残って居るだけでした。



トイレ

飛騨金山の森キャンプ場のトイレです。
梁谷山の登山口にトイレが有りますが、工事現場に有るようなトイレで、お世辞にも綺麗なトイレとは言えません。それに、県道から梁谷山林道に入ってから少し進んだ所に、新しくログハウスタイプのトイレが設けられました。それでも人数が多い時は困ります。
私たちは、このトイレを往路と復路で使用させてもらいました。


岩屋ダム

復路に岩屋ダムに寄りました。
岩屋ダムは発電や利水に利用されて居ます。
この場所までは、滅多に来る事が無いので、バスに停まってもらいました。





巨大なダム湖ですが、東仙峡金山湖と名付けられています。




ダムの説明板です。
ボタンを押すと、ダムの説明がスピーカーから流れて来ました。




ダムの堰堤です。
湖側ですが、ロックフィルダムで大きな岩が見えます。




こちらは放水口側です。
左のコンクリートのスロープが放水路です。
下には変電設備なのか、そのような施設が見え高圧線の鉄塔も見えます。


感想
梁谷山に春と秋。合わせて5~6回は来ています。山と向き合って、山はその都度、違った顔を見せてくれます。今回は廣江先生から生の話を聞く事が出来ました。
ウリハダカエデ、エンコウカエデ、コミネカエデとミネカエデ。ウリハダカエデはその名の通り、幹の肌がウリのようなカエデです。エンコウカエデは援交と覚えました。色々と教えてもらいましたが、カエデの名とどのような葉だったか一致しませんでした。
知らない事を色々と知る。そこに面白さが有ると思います。
それに、御嶽山の眺望。途中で姿を見る事が出来ましたが、山頂に着いた時は隠れていました。ものは考えようです。途中で見れて良かったです。



コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

城跡の山  祐 向 山 (374.3m)  

2016-11-09 23:54:33 | 弐水会

弐水会の11月例会に参加しました。今月の山は本巣市の祐向山です。普通に読めば「ゆうこうやま」ですが、地元では「いこうやま」と呼んでいるようです。
この祐向山へは04年03月に文殊の森から登りました。あの時は文殊の森から登り、祐向山山頂へのピストンでした。もう、10年以上前の事であり記憶が薄くなっています。今回は南側の八幡神社から祐向山へ登り、文殊の森へ下山して来る馬蹄形のコースを逆時計回りに歩きました。前回に登ってから時間が経ち、初めて登る山のように新鮮に感じました。(実際、八幡神社から祐向山への箇所は初めて歩きました。)
祐向山は城跡です。その南には掛洞城址が有ります。文殊の森には山口城址が有り、その南に中ノ城址があります。この一帯が要塞のような場所だったのでしょう。それに城跡と言うより、砦跡の場所ではないかと思います。祐向山山頂の木に説明プレートが結び付けられていまして、斉藤道三が居住したと書かれています。戦国の時代。鎧姿の武者がこの道を上り下りしたのかと思うとロマンが膨らみます。

カメラ画像の記録タイムから行程したものです。
八幡神社(9:33) ― 監視哨跡(9:57~10:02) ― 大平山(10:16) ― №31鉄塔下(10:51) ― 
掛洞城址(11:22)  ― 祐向山頂(11:39~11:45) ― 望郷の展望台(12:07~12:42)  ― 
山口城址(13:11~13:15)  ― 鳥が鳴く展望台(13:22~13:27)  ― 四季の展望台(13:38)
  ― 文殊の森駐車場(14:10)  

前日は雨でした。塵が取り除かれて綺麗な空気となり、遠望が利きました。冠雪した中央アルプスや南アルプスが望めたのはラッキーでした。


大平山で、木に結び付けられていたコース図です。
下の八幡神社から登って来るコースを辿りました。



後方のお宮さんが八幡神社です。
文殊の森へ車をデポしに行った人が戻ってきました。
これから登ります。



神社の左横から登り始めました。
竹藪のような中を歩きます。
登り始めは道がキツいです。



少し進み、勾配が緩くなってきました。




しばらくして、着いたのが監視哨跡です。
説明には昭和7年に監視哨が出来たと書かれています。
電話が引かれ、麓と交信していましたと説明に有ります。
今日のような便利な電話でなく、クランクのレバーを廻し電話交換手を呼び出すような電話だと思います。耳に当てるのは朝顔形型の受話機。喋るのも朝顔型の送信機で2個のベルの見えるタイプ。そのような電話機だったのではと思います。

B29は潮岬を目指して飛んで来たとか申します。そのまま北に飛び続け、琵琶湖で機首を東に向け伊吹山の上空を通過しました。この監視哨で姿を見た数分後には名古屋方面が真っ赤になったのではないかと想像します。



祐向山に向かう登山道です。
道はハッキリしていますが、手づくりプレートが下がっており、有り難いです。



祐向山への道。
この辺は起伏が無く、歩き易いです。




途中で、眺望が開けた所にきました。
あの山が山頂なのかは判りませんが、あの方向に向かっていきます。



こちらの眺望の開けた場所は西側のセメント工場が見下ろせる場所でした。
工場の向こう側には石灰岩を採掘している所も見えます。





尾根道を歩きます。
筆境になっていて、右は天然林。左は人工林です。




このコースは高圧線の巡視路でも有ります。




道にはコシダが生えていますが、登山道はハッキリしています。




眺望の利く所に出ました。
左の枝先。岐阜駅前の2本のタワービルが確認できます。
その枝の下。塀が有る建物は岐阜刑務所です。
中の枝先。名古屋駅前の高層ビル群です。この高層ビル群。ドンドン数が増えています。



祐向山への手づくりプレートが下がって居ます。




沢山のドングリが落ちています。
この場所以外でも、沢山のドングリを見かけました。
熊に与えたいと思うほど沢山のドングリが有りました。



歩いて来て、右は登っている所ですが、左側には自然の石を利用したような場所が有りました。
石垣のように見えました。
登った先に掛洞城址が有りました。
自然石を活用して砦にしたのではないかと思いました。



掛洞城址には、こんな表示がして有りました。




木に地図も貼り付けて有ります。



祐向山頂に到着です。
04年の時の記憶が薄くなって居ますが、あの時の山頂は、もう少し明るかったように思えます。
10年の歳月が経ち、木が生長してしまいました。




祐向山頂に有ったプレート。
このプレートが好いのは取り付けた人の名が書かれていないところです。



山頂は城址であり、こんな表示も有りました。



祐向山頂から歩いて来て、望郷の展望台へ来ました。
望郷の展望台は南側の眺望が開けています。
ここでお昼を取ることになりました。
周りの視界が利かない祐向山頂よりも、この場所の方が良いです。




望郷の展望台からの展望です。
画像ではハッキリしませんが、伊勢湾の海岸だろうと思えるような所まで見えました。




望郷の展望台を後にして山口城址へ向かいます。




季節はずれのスミレを見つけました。




山口城址へ向かう鞍部の場所。
ここからは眺望が広がります。




鞍部からの眺望です。
岐阜市のツインタワー。それに名古屋駅の高層群が見えます。
ツインビルの先に小高い丘が見えました。知多半島なのだろうか。渥美半島なのだろうかと言う事が話題になりました。




鞍部に柿の木が有り、実を着けていました。
食べれるかと言うことになり、誰かが食べてみて渋柿である事を確認しました。




鞍部を後にします。




これから山口城址に向かって階段を登ります。




この辺は緩い階段ですが、途中から急な階段に変りました。




山口城址に着きました。




山口城址。
説明板が設けて有ります。




山口城址は広場のような平らな場所でした。
城址を後にします。




城址から降りていく階段の道。
降りていくので好いですが、登るとなると息が切れそうな登り階段です。




展望台に上がりました。
この展望台。麓の案内地図には鳥が鳴く展望台と書かれています。近くに中ノ城跡広場が有り、ここ、祐向山を捉えたサイトには中ノ城展望台と表示したものもあります。




展望台からの眺望です。
画像では判り難いですが、中央や南アルプスが冠雪を被っているのが見えました。




展望台から下って行きます。






下った来る途中、山口城址の石柱が有りました。
ここから、四季の展望台を目指します。




四季の展望台からの眺望です。
眼下に流れる根尾川が見えます。




四季の展望台から降りてきて管理道路へ出ました。
あの頂が山口城址だと思います。




管理道路を下って行きます。
駐車場はもう直ぐです。




文殊の森の駐車所に下山して来ました。
ここには車が2台出歩して有りました。
八幡神社に残っている車を取りに行って貰いました。




今回は14名の参加者でした。女性が多いと華やいだ雰囲気になります。
04年は文殊の森からのピストンでして、今回こうして馬蹄形のコースを歩き、山の全体像をつかめました。点々とする城址を辿る事が出来ました。04年に登った時、祐向山が城址だという事を知っていました。しかし、今回は祐向山以外にも城址が有る事を知りました。このような事はあの手づくりプレートが有ったからです。八幡神社からの登山口が判り難かったです。文殊の森は生活環境保全林として整備されましたが、本巣市がこの一体を総合的に整備してくれたらと思います。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

中山道 往来(ウオーク)   石畳を歩けば、江戸時代の旅人気分

2016-11-05 23:38:14 | アウトドア

中山道の細久手宿から御嵩宿までを歩きました。キッカケは名鉄駅に置いてあったパンフレットです。瑞浪市と御嵩町が共催する中山道をウォークすると言うイベントです。瑞浪市の細久手宿はJRの駅から離れており、シャトルバスで駅と宿場町を結んでくれますので、助かります。
この機会に中山道を歩いてみようと思いました。


名鉄の駅に置いてあったパンフです。
名鉄が協力だから駅に置いてあったのでしょう。瑞浪まで、JRで出かけました。担当者がJRに協力を求めなかったのだろうか。細久手宿に近いのが瑞浪駅です。JRもタイアップで協力しても良さそうと思います。


瑞浪駅へ

JR那加駅です。
下呂行きの普通列車が入線してきました。




美濃太田駅です。
名古屋行きの特急が出て行き、その後に多治見行きの普通列車が入線してきました。




多治見駅です。
中津川行きの快速が入ってきました。
快速と言っても、多治見までで、ここからは各駅に停車します。




中央線の線路です。
新線と旧線で線路が着いたり離れたりします。
もうすぐ、土岐市駅です。




瑞浪駅に着きました。




瑞浪駅の南側です。
スタッフが居て、シャトルバスの乗り場が北側に有る事を案内していました。




駅前のパン屋。
サンエトワールと言う店です。
左側のフランスデニッシュを買いました。美味しい味でした。




女性の4人組。
この人達も中山道往来に参加する人達です。


細久手宿へ

バスが停まっていますが、スクールバスです。
ここで、シャトルバスの到着を待ちました。




しばらくして、現れたシャトルバス。
御嵩町のマイクロバスです。
役場の人が添乗していました。




細久手宿が近付いてきました。
既にウォークは始まっています。


細久手宿にて

細久手宿スタートの受付です。
ここで、チェックを受けました。




急いで出発する必要は無いので、ゆっくりとしたスタートにしました。
歩く前に、五平餅を買います。




列に並んで買い求めましたが、前の人が4個とか8個と大量に買い込み、少し待たされました。




買ったのは1個です。
この場で食べれるようにトレーに乗せてくれました。




細久手宿の説明板が設置して有ります。



細久手宿から御嵩宿までのコース図です。
中山道御嵩宿・細久手宿ウオーキング実行委員会作成のパンフから引用しました。


これからウオーキングを開始します。

細久手宿の大黒屋。
旅籠ですが、今も営んでいる宿屋です。




大黒屋の中にお邪魔しました。
現在も旧中山道をウオーキングしている人が泊まるようです。
中を見せて貰いましたが、京都の寺田屋と同じような印象がしました。
ここに泊まれば、江戸時代の旅人気分に浸れる事でしょう。




幼児も歩いています。
気分が高まって走り出しました。
家族、一緒に歩けるのが嬉しかったのでしょう。



民家の庭先のモミジ。
紅葉が始まっています。




民家の入口にカカシが立っています。
無料で豚汁がいただけます。





この人達もこれから歩く人達です。
先ほど買った五平餅を食べています。
それに、豚汁を戴いています。




豚汁のお接待。
私も戴きました。
美味しかったです。




おウチの中を拝見しました。
壁の芸術。伊勢型紙です。




細久手宿を出ました。
手作りのカカシが見送ってくれます。




前を歩く人達。
曲がった道が、旧街道らしい道です。





街道の所々に中山道往来の幟旗が立っています。




平岩地区へ来ました。
左に行くと松野湖。直進が旧中山道です。



平岩地区へ来ました。




平岩地区の小沢商店です。
この店は映画。「キツツキと雨」に登場した店です。
このキツツキと雨には役所広司や小栗瞬が出演していました。




街道沿いの民家。
軒に柿が吊るされています。
こんな所にも秋を感じます。




干し柿が有った民家の先。
アスファルト道から山道に変りました。
この辺りから登り坂となりました。




坂道を登って行きます。
アスファルトの道から地道で、旧街道らしい道に変りました。



今日のKオジサンの後ろ姿。




ボツボツと反対方向から歩いて来る人達と出会うようになりました。




スポーツ少年団の子供たちです。




ご夫婦が木の枝に触って居ました。
近寄って、見せて貰ったらムカゴを取っていたのです。




鴨ノ巣の一里塚です。
左右の塚が残っている一里塚は珍しいと思います。




鴨ノ巣一里塚の説明板です。





反対方向から歩く人が来ます。
路には一杯に朴葉が落ちています。




反対方向から来る人達。
坂を登ってきます。
このあたりの道は道に草が生えています。
伸びた芝生のような感触です。




中山道の遠景。
街道を歩く人達です。




津橋公民館です。
おもてなしの場所になっています。




お接待で、お茶をいただきました。





反対方向から人が歩いてきます。
街道を歩く気分が味わえる所です。



誰かが戯れた跡です。




竹やぶが美しい場所です。




反対方向から歩いて来た人達。
親子の組でした。
ファミリーでウォークです。



お休み処。
現代の茶店と言った所でしょうか。
たて笛を演奏していました。




こちらもお休み処です。



この場所は、木賃宿が有った場所なのでしょう。
表示が出ています。




これから、謡坂を下って行きます。
江戸時代の頃のモノと言うより、今の時期になって整備されたものだと思います。
それでも、石畳が江戸時代の旅人気分を高めてくれます。




この先、坂道を下ってあの場所まで下りていきます。




牛の鼻欠け坂。
この坂を牛が登り下りしたと思うと、ロマンが広がります。




歩いて来て、この辺たり。
前にも後ろにも、人が居ません。
このような状態になると心細くなります。



昔の道の雰囲気の有るところを歩きます。
それでも、前後には人が居ませんでした。




道端にコスモスが咲いています。




和泉式部廟所。
パンフに、彼女は旅の途中で病に倒れたと有ります。




柿が色付いています。




昔の街道的な道から、旧国道沿いの道に変りました。




さらに進むと、御嵩町の町に入ってきました。
直線の道路で無いので、休暇移動的ナ雰囲気か有ります。




御嵩宿に来ました。





こちらは商家竹屋と言う家屋です。
今で言う総合商社的な所です。




御嵩宿の町並みです。




中山道みたけ館です。




これから館内に入ります。
1階が図書館。2階が資料館となっています。




館内の2階が資料館で、「きちん宿」の部分を再現しています。
列車の時間の事が有り、見学はこれまでに留めました。




中山道のと折に出ると人だかりが有りました。
ここは御嵩宿わいわい館です。
乗って残そう名鉄広見線の幟旗が見えます。
広見線の廃止の声が出て来ているのでしょう。



名鉄御嶽駅に来ました。




御嶽駅の南側。
ゴールで、ゴールテープを切るようテープを張ってくれています。




ゴールして貰える完歩証が並んでいます。
いかにも、手づくりと言う感じがします。




御嶽駅の内部です。
乗車券の自動販売機が有りました。
普段は、駅員が居ないのでしょう。




これから乗るワンマンの電車。
1時間に2本の列車が有りました。




沿道の各所にカカシが立てて有りました。
手作りのカカシです。
このイベントを少しでも、盛り上げようとしている取り組みが感じられました。


感想
中山道往来。瑞浪市と御嵩町の共催でした。名鉄の駅でパンフを手に入れて、カミさんに一緒に行かないかと言いましたら、膝が痛いから辞めとくと言われました。
このイベント。誰かが言っていました。今回で5回目のようです。細久手宿から御嵩宿まで歩きました。距離にして、11.8キロとなっています。石畳の坂を通って、江戸時代の旅人はこのような旅の気分を味わったのだろうかと、旅人気分に浸りました。それでも、牛の鼻欠け坂を過ぎた辺りでは、前後に誰も居ない状態になりました。その時はイベントでありながら視界に人が居なくて心細くなりました。それを思うと、当時の旅人はさぞかし、心細い思いをしたことだと思います。
大黒屋の内部を見せてもらったり、お接待を受けたりしました。
昔の街道を歩き、往時を想像してのウオーキング。面白かったです。




コメント
この記事をはてなブックマークに追加