Kオジサンの新・山歩きの記


山歩き&ウオーキングのサイト

山が好き 花が好き 自然が好き!!

緑輝く奥三河の森 段戸裏谷原生林    きららの森

2016-05-21 23:06:31 | アウトドア

三連荘。三日続きの山行となりました。
今日は設楽町のきららの森に出かけました。きららの森は以前から行きたいと思っていた場所ですが、奥三河で行き難い場所でして向かうことを躊躇っていました。クラブツーリズムで催行するのを知り、申し込みました。元々は17日に一宮市から出発するコースに申し込みましたが、参加者が少ないようです。早々と中止の連絡が有りました。週間天気予報と照らし合わせ、21日なら晴れると思い、参加しました。
集合場所が名古屋でして、電車で向かいました。
添乗員が参加者は28名だと言っていました。女性の参加が多いバスツアーです。自然な山をハイキングするのですから女性向きでも有り、女性が多いのでしょう。



設楽町観光協会のパンフから引用しました。
駐車場から外周を時計回りに歩きました。途中、ブナやヒノキの大木の有る道を休憩所まで歩いて来て、そこで昼食。再び外周路へ戻り周回しました。
http://www.shitara-trail.jp/catalog/pdf/kirara_guidemap.pdf




バスのステッカー。
クラブツーリズムの主催でしたが、バスは近鉄バスでした。




バスの車内。




きららの森の駐車場に来ました。
沢山の車が停まっています。
後から判ったのですが、段戸湖で釣りをする人達です。




バスから降りてきららの森に向かいます。




歩き始めです。
橋を渡り、直ぐに左へ折れました。
このコースは東海自然歩道となっています。
右県道へ出る箇所です。
ミズナラの巨木が立っています。




県道に出ました。
5分ほど歩けば、自然観察路に入る場所があります。




自然観察路に入りました。
木にプレートが下がって居ますので、木の種類が判ります。




これはホウノキです。
朴の葉で、朴葉すしが作れます。




陽が差し込む良い雰囲気の場所。
木道が整備してあり、コバイケィソウが出てきています。




今日のKオジサンの後ろ姿。その1。




望遠レンズで野鳥を狙う3人組。
何と言う鳥がお目当てか、聞き逃しました。
右側にはブナの巨木が立っています。



こちらはサワラの巨木です。




この大きな木には表示がして有りませんでした。
この木もブナだと思います。

この辺りから北へ。
昼食を取ろうと思い、休憩場所に向かいます。




モミの巨木です。




ツガの巨木です。



指示標識が設置してある場所に出てきました。
ここから東にある休憩所へ向かいます。
時間では5分となっています。






休憩所とトイレが一緒になった建物です。
あの建物のところでお昼にします。




バスの中で受け取ったお弁当です。
バスの車内で食べた組も有りましたが、私は外で食べたほうが美味しく感じると思い、ザックに入れてきました。
ザックに入れてくると、偏ってしまわないかと思いましたが、大丈夫でした。
ボリュームが有り美味しかったです。
魚のフライが入っていましたが、冷凍食品でなく、手づくりの感じがしました。



段戸湖で魚釣りをしています。
歩き終えて駐車場に戻った時、どんな魚が釣れるのか、親子で来ていた子供に聞きました。
ニジマスが釣れると応えてくれました。
腰まで水に浸かって釣っていますが、その釣り方がルアーでした。
ブラックバスを釣っているのかと思いましたが、ニジマスでした。
その時。何故か安心した気分がしました。




今日のKオジサンの後ろ姿。その2。
湖畔に橋が架かっています。




先ほどの休憩所です。
彼女たち。一緒のバスに乗っている人たちです。
私が弁当を食べていたと時に現れました。
あの時、ここで食べて良いかと断りを入れて座り込みました。どうぞ、お使いくださいとと返事しました。




また、元のコースに戻るためポイントに戻ってきました。
ここから外周コースに行きます。



直ぐ横に設置してあったのが段戸裏谷の碑です。
字が読み難いですが、愛知県知事 桑原幹根と有ります。
この辺りが国定公園に指定された頃に設置したものでしょう。
今から50年くらい昔になるのでしょうか。



誰かが遊んだ後のようにモミジの葉が置いてあります。



鳥を狙う男性。
どんな鳥が写せるのか聞きましたら、オオルリだと応えてくれました。
鳥の鳴き声がしていまして、その鳥がオオルリだと教えてくれました。




自然観察路に戻ってきました。
これから続きの外周路を歩きます。




ブナの大木。




上を見上げているお二人。
このお二人も、バスで一緒した人達です。
上を見上げブナの巨木を見上げています。




ササの花?だと思います。
ササに花が咲くのって、珍しいことではなかったか、と思いました。



ブナを見上げるお二人。
こちらの二人組も一緒のバスの人達でした。








今日のKオジサンの後ろ姿。その3。
2本のブナの間を通過。
二人組のお1人に撮って貰いました。





2本のブナを下から見上げました。



西川 治山管理車道と表示が有った道に出ました。
地図では椹尾分水林道と有ります。




蝶が留まりました。
私を撮ってというような状態でして、驚かせないようシズカに近寄りました。
何と言う種類の蝶か、判りません。




五六橋まで歩いてきました。
五六橋は分岐点で方位を示しています。




スミレだと思う花です。
何スミレか判りません。




右が管理林道です。
左は段戸湖へ流れ込む裏谷川です。
浅くて綺麗な川。
夏なら川遊びが出来そうな川です。




こちらは先ほどと同じ種類のスミレです。
群生していますので女性がカメラに収めました。




前を行く二人の女性。
右は先ほどスミレを撮影したことです。
後で、後姿を撮って貰いました。




今日のKオジサンの後ろ姿。その4。
先ほどスミレを撮った人に撮って貰いました。



緑に包まれて・・・。
緑一色。
森林浴が味わえます。



林道で、ゲートが設置してあります。




段戸湖まで戻ってきました。




前を歩く女性3人組。




駐車場へ戻ってきました。
近鉄バスが待っています。




トイレの横。
クリンソウが咲いていましたが、時期的に終わりの時期でした。



田中陽希がここへ来ていました。
それも、4月28日で、まだつい最近です。



感想
念願だった、きららの森に行く事が出来ました。
巨木があると言う評判の場所です。
ブナなどの大木が有り、想像していた以上の場所でした。
整備された自然観察道。色々の巨木。
きららの森は、丸で巨木のデパートと言う感じがしました。
自然を肌で感じる事が出来た良い場所でした。このような森なら、紅葉の時期にも出かけたいと思いました。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「自然を楽しむ山歩き」  金華山(328.8m)  鷹巣山(232m)

2016-05-20 23:46:50 | 日記

今日は「自然を楽しむ山歩き」の第3回です。第1回は開講式と座学でして、第2回は各務原アルプスの明王山を歩きました。この回は、北海道旅行のため欠席しました。そして、今回は第3回の開催です。
今回の山は岐阜市の金華山と鷹巣山です。岩戸公園から七曲峠に登り七曲り登山道を降りてから、岐阜公園に向かいます。その後は瞑想の小径で岐阜城を目指しました。東坂コースを下り、妙見峠から鷹巣山に登った後に岩度公園に戻るコースを歩きました。
初夏のような陽気の中を歩きました。金華山と言うと、春にツブラジイの花が有名ですが、若干、花の最盛期は過ぎていました。

講師は中学校で教員をしていた廣江先生です。
現地で詳しく解説が有りました。


集合場所は岩戸公園となっていました。
岩戸公園の奥の駐車場に行っても、満車だと思い、手前の駐車所で停めました。
この場所は路線バスの駐車場だと言う程度に思っていました。
でね現地に着いたら、バスがターンする場所の他、余地が充分有りました。
それに、この岩戸公園へ来る途中にラブホテルが2軒有りました。ところが、ホテルが無くなり。アパートが建っていました。と言う事は、いかに岩戸公園に通っていないかと言う事です。
この場所が大きな駐車場所だと言う事やホテルが無くなってしまっている。
認識が足りませんでした。




駐車場にはトイレが完備していました。
丁度、トイレ清掃が済んだ所でした。
集まる場所に向かう途中、掃除道具を手にした男性とすれ違いました。
恐らく、奥に有るボックストイレを掃除してきたのでしょう。
あのトイレを掃除した人ですかと、男性に言葉をかけたら、そうだと応えました。
それで、礼を申しました。
このような方が居るから気分良く、トイレを使うことが出来ます。汚さないようにしたいものです。




私が、集合場所に着きましたら、一番最後でした。
でも、8時57分で遅刻では有りませんでした。
皆さん。集合するのが早いです。
山を歩くので、準備運動して歩き始めます。



歩き始め。
ドライブウェーを歩きます。




アスファルトの道から地道に変わりました。




ツブラジイの説明をする廣江先生。
ツブラジイの特徴は板根です。土壌が浅いので、こう言う根になるのだそうです。ツブラジイは南方系の木でネパールや中国の雲南省からの流れがあると有ると話されました。
このような板根の木で、西表島にサキシマスオウが有るといわれました。サキシマスオウを西表島に行った時に見た事が有ります。仲間川を船で遡って行った時、巨大なサキシマスオウを見ました。
こうして、話を聞いたことと自分が見聞した事が結びつく事が面白いです。




ドライブウェーまで歩いてきました。
ツブラジイを指して説明をする廣江先生。




ツブラジイの花。
ツブラジイは同じ木に咲きますが、雄花と雌花に分かれているのだそうです。
ウメやモモは同じ木の花で、雄しべと雌しべが一緒になった木です。ツブラジイのように雄花と雌花に分かれている木は、どう言う木だろう。原始的な木なのだろうか。




金華山の地質について説明しています。
この辺りの場所は、海底だったところが地表に出てきています。




七曲峠を越えて七曲りコースを岐阜公園に向かって下りていきます。
途中で出会ったのは小学生たちのグループでした。
ミンナ、「コンニチワ」と元気に挨拶してくれる。
引率している先生に聞きましたら、岐阜市の徹明小学校の児童で、全校登山でした。子供たちは120名ほどが来ていると話しました。大きい子、小さい子が混じって居ます。縦のグループにしているのでしょう。
水筒を持たない軽装です。下山して学校で給食となるのでしょう。




ツブラジイを指して説明しています。
金華山にはツブラジイやアラカシと言う照葉樹が多いと言っていました。





七曲りコースを下山してきたら、別の小学生たちとすれ違いました。
この子たちは岐阜市の明郷小学校の児童でした。こちらの学校の児童はザックを背負っています。山頂でお昼とするのでしょう。




岐阜公園の噴水の女神像です。
公園の中を通っていきます。





公園の中の木です。
イスノキと、名札が下がっています。




イスノキの葉です。
葉に瘤ができて居ますが、瘤の中にムシの幼虫が居て、成長して出てくるそうです。




上に、小さく見える岐阜城です。
岐阜城を目指して登ります。




岐阜城へは瞑想の道コースで向かいます。
今日のKオジサンの後ろ姿です。




瞑想の小道でも、この辺りは歩き易いです。




大杉を説明する廣江先生。
太い巨木で、珍しいそうでした。




休憩場所へ来ました。
北側の眺望が開け、長良川が下に見えます。
下からサッカーの応援なのか、応援団のような声が聞こえます。
県営グランドでもで、やって居るのだろうか。
声はするが姿は見えませんでした。




かなり、キツイ登りを登ってきました。
もうすぐ岐阜城です。





観測所の手前。
セッコクが木のくっ付いて咲いています。




このように、木に寄生しています。




セッコクをアップで。




岐阜城の広場へ着きました。
多くの人が登りに訪れています。
互いに名で呼んでいました。
毎日来るような人達。
顔馴染みなのでしょう。





広場から見える南方。
今日は、モヤが係り、遠方の眺望が利きません。




ランチタイムをとった後、下山を始めます。




この木はタブの木だそうでした。
何本も木があり、どの木がタブの木だか、判り難かったです。




エノキです。
かつては、塚に植えられている事が多かったです。




金華山の三角点を訪ねます。




展望台に来ました。
下界について、説明する廣江先生。




最盛期は過ぎましたが、ツブラジイがブロッコリーのような形で見えます。




東坂のコースを下って行きます。




ツブラジイの木です。




妙見峠まで下りてきました。
ここで、小休止です。
山に再び登ることとなりますが、仕事で電話がかかって来た人や次の山に登るのがキツイ人は鷹巣山に向かわず、岩戸公園に向かいました。



少し、休憩してから鷹巣山へ向かいます。
急な登りとなっています。





鷹巣山から見える南方方面です。
右から左へ続く太い線。
東海道線の高架です。
列車が走って行くのが見えました。




鷹巣山から下山します。




先ほどの岐阜城が小さく見えます。




急な下り坂を下山していきます。




朝の集合場所だった岩戸公園まで戻ってきました。
ここで、挨拶をして解散となりました。




感想
自然を楽しむ山歩きと、タイトルに有るようにツブラジイを愛でながら歩く事が出来ました。色々と、知らないことを教えて貰える事が面白いです。岐阜城の手前ではセッコクを見る事が出来たのも、ラッキーでした。金華山へ何度も登りに来ていましたが、
セッコクが有る事を知らなかったのです。
大岩不動のセッコクを見に出かけた事が有ります。
http://blog.goo.ne.jp/gifu2212/e/ba12e8bdec2d7f0e408315079421ed8b
今なら咲いているでしょう。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

隠れた里山   武 儀 権 現 山 (524.6m) 

2016-05-19 23:02:20 | 山遊すずらん会

各務原歩こう会が4月で解散となりました。折角、これまで山を続けてきたのだから、これで解散にするのは惜しいと言う声が残党?(笑)の間から出ました。
それで、山の同好者同士で、結成したのが「山遊すずらん会」です。
この度、第1回目の山行として関市武儀町の権現山に行ってきました。権現山は各地に有ります。ここの権現山は地図上で「権現山」の表示となっていますが、他の山と区別するため武儀を付けました。
手元にこんなに楽しい岐阜の山旅100コースが有ります。美濃上と美濃下に分かれていて、150コース近くが掲載されていて、美濃地域の山々を網羅しています。しかし、そのような状況でも取上げられないようなマイナーな山です。
登って見ましたら、整備されてから歳月が経ちベンチが朽ちていたりするのですが、巨岩や滝が有ったりする面白いコースでした。



登山口に設置して有った手作りの案内図です。
登山口から左へ登り、時計周りで周回してきました。




8:56
山に登る準備をしています。
道路わきに停めたのですが、右側は倉庫と言うか物置のような場所でした。タマタマ、この日は舟を取りに来たのです。

車をもう少し前か、後ろに停めれば良かったのですが、迷惑をかけてしまいました。お詫び申し上げます。




9:09
登り初めです。
手作りの標識が設置して有ります。




9:17
登山道入口の標識。
標識に従って進んでいきます。



9:18
登り初めに、少し急な登りがありました。




9:23
少し登れば、歩き易い道に変わりました。




9:25
松葉が落ちた登山道です。
フカフカの感触。
ぶ厚いジュウタンを踏んでいるように感じました。




モチツツジが晩期を迎えていました。




9:36
随所に設置してある指示標識。
標識に従って進みます。




9:39
だいぶ、登ってきました。
あの方角が山頂です。新緑が眩しいです。




9:47
良い感じの人工林。
良く手入れされた桧林です。




カンアオイだと思います。
間違っていましたら、お許し下さい。
カンアオイが生えていると言うことは、ここにギフチョウが居ると言う事です。




10:05
尾根の広場に着きました。
ここで小休止です。



10:16
広場からは尾根を通過します。
左が崖になっている箇所ですが、「危ない」のプレートが下がっていました。





イワカガミだと思います。
もう、花の時期は過ぎていました。
瑞々しい葉の色。プラスチックのサンプルのような姿の葉です。




10:20
手づくりプレート。




10:22
今日のKオジサンの後ろ姿です。




10:23
尾根を歩きます。




10:31
もう直ぐ山頂ですが、ここからは、急な下りを降ります。




10:35
下って登ってとなります。
次は登りで、「急な登り坂」のプレートが下がっています。



10:42
もう直ぐ、山頂です。




10:43
ここは社跡地の標識です。
ここにお社が有ったのでしょう。と言う事は信仰の山だと言えるのでしょう。




10:43
山頂に到着です。




11:20   11:23
山頂に有った丸太のベンチ。
朽ちて来ています。その事が、地元が整備してきた歴史を物語っています。




11:21
山頂からの南東の眺望。
眺望が利くように伐採して貰えていることは有り難いことです。




11:22
山頂でランチタイムを終え、下山にかかります。




11:28
良い雰囲気の桧林です。





下山道。
随所に指示標識が設置して有ります。



12:01
下山中に見かけたツルの植物。
Yさんは、ツルアジサイではないかと言っていました。





丸太の橋。
1人1人、渡ります。




12:14
大きな岩。
人の大きさと比較して見ると、岩が巨大な事が判ります。




12:21
先に進むと危険ですのでここで撮影しました。
落差の有る滝が有り、上から覗いた形になりました。



12:23
こちらは「あぶない」のプレートが下がっています。



12:29
下山して来ました。
別荘のような家屋が有ります。




12:29    12:33
乙女滝入口の表示と乙女滝に進む途中の岩で、穴が有ります。雨宿りが出来るような岩です。





12:40    12:43
アスファルトの林道まで降りてきました。
道の横に古くなったシイタケの原木が置いて有ります。
シイタケ採取が終わった木です。
残り物で、シイタケが出ていたら獲っても良いようでした。でも、まともなものは有りませんでした。




12:46
アスファルトの林道まで下山して来ました。
車を停めた場所までは、もう少しです。




感想
タイトルで、隠れた里山と付けましたが、隠れた名里山と言っても良いような山でした。グルッと周回して来る事が出来ましたし、山の標高が高く無く登り易い山でした。尾根に出た場所や山頂に丸太を使ったベンチが有りましたが朽ちていました。それだけ、この山が整備されてから歳月が経つことを物語っています。沢に架けられた橋が古くなっていましたが、所々、新しい丸太に替えられていました。何箇所も指示標識が有り、役立ちました。それらも地元の人達がお世話してくれたものだと思います。山頂で南東と北東方向の眺望が利きました。このような状態も、人々の世話に寄ることだと推測します。このような状態に保ってくれて、ありがたいと思いました。
大岩が有ったり、滝が有ったりとコース的にも面白いと思いました。ウグイスや野鳥の鳴き声を耳に市ながら登りました。春ならイワカガミやショウジョウバカマを目にする事が出来る、自然に恵まれた山です。

初夏のような陽気の中を歩きました。良い里山だと思いました。
これだけ、良い山でも案内表示が有りませんでした。関市が入口にロードサインを付けるなどして、周知に努めれば、登る人が増えることと思いました。轡野と言う地域から登りにかかりました。

今回、参加者が8名で、Mさんがリーダーを勤めてくれました。片側が崖となっているような箇所では注意をしてと、声を掛けていました。丸太橋を渡る時は、先頭で渡った後に後方に注意を払っていました。下山した来て、このような行為は良いことですよと言葉を掛けました。


おまけ

帰りに、権現山の近くに有る日龍峰寺 高澤観音へ寄って来ました。
美濃の小清水寺と呼ばれてるお寺です。
高い舞台からは良い眺望でした。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

県境の草原を行く    横川山 (1,620.3m) 南沢山 (1,564m)

2016-05-14 23:15:13 | 岳友 タンネの会

この度、「岳友タンネの会」と言う山の愛好者で結成した会に加えて戴きました。タンネの会は結成して、もう30年が経つと言う歴史ある山の会です。4半期ごとに行く山の計画を立てて行動に移して居ます。去る3月、会の雰囲気を知りたいと思い、どのように進めているかと例会に伺いました。会の計画を、私の行きたい山と照らし合わせ、選択しましたが、天候が悪かったり、中止となったりしまして参加する機会が有りませんでした。この度は「会」に飛び込み、今後は一緒させてもらうのを決心しました。そして、一緒に登る機会を持つ事が出来ました。


今回のリーダー。坪根さんから戴いたルート概略です。
このコースはこれまでに歩いたことのあるコースです。今回、このコースを辿ってみて、ふるさと自然園の受付から直進した場所に登山口があることを知りました。自然園から登る沢コースと自然園の管理道路を左に曲がり、南下して駐車場から登る尾根コースが有ります。これまでに、ここから登っていましたが、周遊道分岐に朽ちた案内図が倒れていて、ふるさと遊歩道で周回できることが判りました。



2台の車に分乗して、登山口に到着しました。
各務原から、ここまで走って着ましたが、お互いの車を気にかけることは事故に繋がる恐れがあるので、フリーに走行し、ここ登山口に集結しました。
登る準備を済ませ、これから山に入ります。




南沢山への登山口です。
この場所から山に入ります。
新しい案内標識が設置して有りました。





登り初めです。
新緑の中を歩きます。




今回から参加させて貰った会の名称が、「岳友 タンネの会」と言います。
タンネとは、ドイツ語で樅の木の事だそうです。登る途中で樅の木を見かけました。誰かがタンネの木だと言っていました。この木は会の象徴のような木です。



珍しい根上りの桧を見かけました。
この桧にネジキとサクラが寄生しています。野鳥が飛んできて糞をし、その中に種が入っていたのだろうと言う事でした。




イワカガミ(だと思います)が群生しています。もう、花の時期が過ぎています。葉からはイワウチワかイワカガミ判別し難いです。




ダケカンバの樹皮を手にします。
昨日、北海道へ行っていた時、バスガイドがダケカンバの樹皮をペーパー代わりに使ったと説明してくれました。紙が貴重で有った時代は樹皮を大切に扱ったのでしょう。説明を聞いて来て、こうして実物を目にして、ピンと来ました。




急な登りを、登って行きます。

同じような年代の参加者で共通の話題が多いです。
農作業の話で、イノシシやアライグマが現れて畑を荒らす事が有ると話していました。誰かが言っていたのは近所の人が一晩中ラジオを付けて置き、朝になったらスイッチを切りに行くのだと聴いたそうです。効果が有つたそうだと言っていました。




ユキザサを何本も見かけました。
蕾が有り、じきに咲くことでしょう。




周遊分岐まで上がって来ました。朽ちた案内図が横たわっていました。
この案内図を見て、森の家の方角からも登って来れることを知りました。
東海自然歩道Do!さんが作成した、森の家から登るコースのサイトを見つけました。
http://www.geocities.jp/minasigofati/mt0/tyuo/minam/minam.html
階段が続くコースです。
この案内図が、設置された状態になっていたり、南沢山の山頂の指示標識がしっかりしています。何時頃の時か不明ですが、相当古い時期のようです。




遊歩道なっているように、分岐からは歩き易い道になりました。
右側は巨岩が転がるのを防止するように、木で支えています。実際、このような巨岩が転がりだしたらひとたまりも有りません。このような行為が面白いです。




快適な遊歩道を歩く、今日のKオジサン。
山に登るのは先月、20日以来で久し振りです。
みなさんに遅れないように、順調に登って来る事が出来ました。





反対側から男性が一人登ってきました。
富士見台の有る萬岳荘から来たと話していました。




次に現れたのは美女3人組でした。
彼女たちから、後ろから高校生のグループが来ると教えられました。
南沢山までか、横川までか。
ピストンしたようでした。




まず、高校生のグループの先頭グループとすれ違いです。
女子高校生を先頭グループにしていました。





次は男子高校生のグループです。
どのようなグループなのか聞きましたら、南信地区の高校生の集まりでした。
色々の高校から来て参加しているようでした。
南信ですから伊那高校、飯田高校から来ているのかと聞きましたら、伊那は来ていないと応えました。
教えて貰った校名では風越高校の名が印象に残って居ます。この近くに風越山があります。カゼコシで無くフウエツと言われました。
風越山の名を知っていましたので、フウエツコウコウと言われても、ピンと来ました。
このような若者たちが山に登りだすと、山に登る人の平均年齢が下がることでしょう。




後ろの組です。
リーダーにどれ程の人が参加しているか聞きましたら80名程だそうでした。
彼らは昨夜、富士見台でキャンプをしたと聞きました。




赤いショウジョウバカマを見かけました。
右側は上手く撮れていません。




南沢山に到達です。




南沢山の山頂です。
山頂に標識が設けて有りました。
ここの左側に朽ちた標識が転がっています。
新しい標識を設置する時は、古い標識を撤去して欲しいです。





登って来る途中、何本も指示標識を見かけました。
まだ、当たらしてものです。
誰かが言っていました。
どうせ、設置するのなら、距離を表示すれば良かったと。





南沢山から横川山に向かいます。




マイヅルソウの群生地。
小さな蕾が有ります。





草原を歩きます。
アップダウンが有りまして、向かっていくコースが線となって見えます。




カラマツだと思います。
まだまだ、瑞々しい色をしています。




下って行き、右側に見えるコースへ向かって行きます。




右側の眺望です。
下に中津川が見えます。
画像では見難いですが、笠置山が確認出来ます。
笠置山は、私は参加しませんでしたが、前回に会で出かけた山です。



歩いて来て、小休止。
振り返ると歩いて来たコースが見えます。




やや、急な登りを歩きます。





良い雰囲気のコースです。





最後の登り。
ここを登り切ると山頂です。




お疲れ様でした。
横川山に到着です。
こでランチとします。






山頂から見える南方の眺望です。
あの頂が富士見台です。




こちらは南西の眺望です。
恵那山が見えますが、山頂は雲に隠れています。
富士見台に向かって歩く道が、ハッキリと判ります。




ランチを終えたタイミングです。
私たちの「会員」以外の人も居ましてこれだけの人数が映っています。
下山の準備に掛かります。




山頂から下山を開始しました。
正面に兀岳や夏焼山。そして摺古木山。空気の透明度が低くハッキリとはしませんが、その方角は判ります。
そとて、その左には南木曽岳が見えます




登ってきた登山道です。
こんな急な道を登って来たのだと言う声が聞こえました。




ヒメイチゲを発見です。
来る時には気がつきませんでした。
一人では見つけれなくても、人数が多い事は、目が多いことでして、発見する事が出来ます。




南沢山を通過します。
女性、二人が昼食中でした。
彼女たちは南沢山で引き返すのでしょう。



隊列で下山していきます。




遊歩道と言うくらいの道でして、歩き易い道です。




周遊分岐まで下山して来ました。
森の家まで2.7キロと表示しています。
この指示標識も古くなってきています。





中間点まで、0.5キロの標識。




中間点の標識。

指示標識が何本か、設置して有りますが、古くなっています。

登って行った時、平成27年度「地域発 元気づくり支援金」にて制作と有りました。新しい標識を設けるのならば古い標識は撤去すべきです。その指示標識が山頂までの距離を表示していないので、行程が判りません。
このような結果になるのは設置者が山の知識に乏しく、ただ、単に標識を設置すれば良いというような発想です。中間点や中間点まで0.5キロと表示している古い標識を撤去して新しいもので距離を表示したものにすると良かったでしょう。





緑の中を下山していきます。
周りが緑で、緑色に染まってしまいそうです。




下山道。
木製の階段が整備して有りますが、年数が経ち、老朽化しています。




左のスミレは高い場所で見かけました。
右は登山口の近くで見かけたスミレです。
スミレの品種は判りません。



お疲れ様でした。
登山口まで下りてきました。


感想
このコースを初めて歩いたのは、富士見台をスタートして横川山へ行き、ピストンで戻るコースを辿りました。10年以上前の事です。
そして、12.10.24には神坂神社に車をデポして置いてふるさと自然園から富士見台に向かって縦走しました。http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/3ee67f50e886b6618dd4742a373136cd
また、11.10.26にはヘブンス園原からリフトで上がり、ふるさと自然園まで逆コースを縦走した事が有ります。この時は下山口に車をデポして置きました。
今回、同じコースを辿りましたが、周遊分岐から森の家へ下山して行けることを知りませんでした。同じコースを辿って見て、このようなコースがある事を知ったのは新しい発見です。このように新しいコースを知ったりするのは、知識が増すので有り、山の面白さの1つです。

久し振りの山登りでした。
登りは一緒のペースで着いて行けましたが、下りは若干バテました。
新しく会員となり、一緒に行って来る事が出来ました。
エンレイソウやバイケィソウを目にしました。一度登った山でも、異なる時期に、違う人と登るのは、また別の印象が生じて面白いです。
登る途中、集団の高校生とすれ違いました。山で高校生のグループとの出合い。同じような事が川上岳で有りました。その時はすれ違ったので無く、抜き抜かれつしました。山頂で一緒になったか、印象が残っていません。
あの時は岐阜国体に合せて、登山訓練をしていたのです。飛騨神岡高校の山岳部でした。記憶が薄くなっています。国体の結果が、どうだったのか覚えていません。それでも上位だったことは覚えています。学校宛に祝福の手紙を送りました。そして先生から返信を戴きました。










コメント
この記事をはてなブックマークに追加

羽島用水を歩く

2016-05-02 23:40:19 | ウオーキング

各務原市の南部を東から西へ流れる用水路が有ります。羽島用水です。犬山市と各務原市の間にライン大橋が有ります。そこには犬山頭首工と言う堰が有り、木曽川を堰き止めて取水しています。
そこから取水した水を利水しており、羽島用水となって各務原市、岐南町、笠松町、羽島市へと流れて行きます。かつては無蓋の用水路でしたが覆蓋した用水路に変わり、用水路上が遊歩道として整備されました。
http://www.maff.go.jp/tokai/seibi/kensetu/sinnoubi/pages/13saikin_no_kouzi/03hasima/00.html農業用水ですから夏季に工事をする事は出来ません。年次で工事された事が良く判ります。
遊歩道化された羽島用水を、両内野から名鉄笠松駅まで歩きました。季節を感じながら歩く事が出来て、面白かったです。

各務原市 ふれあいバス

羽島用水の流れている両内野へ向かうのに、各務原市のふれあいバスで向かいます。
ふれあいバスの起点は各務原市役所駅からです。
9時30分発の稲羽線のバスに乗車します。




バスの最後部の席に陣取りました。
お隣は孫を連れたおジイチャンです。
孫のお守りでしょう。バスの時刻表を眺めていました。
この時、孫娘はは起きていましたが、暫くしておジイチャンに抱かれて寝てしまいました。






稲羽線のルートには航空宇宙科学博物館が沿線にあります。
車窓から屋外展示のYS11が見えます。




前渡西町でお年寄りと子供が乗ってきて満席になりました。




両内野公民館で下車しました。
このバス停から乗る人がいました。
何れもお年寄りです。



ふれあいバスを見送ります。

滅多に乗る機会の無いふれあいバスです。
各務原市役所前のバス停を出た時は、男性と孫を連れたおジイチャン。それに私でした。
途中で何人かのお年寄りを乗せました。
各務原市役所駅のバス停で稲羽線を待っていた時です。那加線か蘇原線だったか。バスからバスへ乗り換える人を見かけました。市民の足となっていました。
ふれあいバス。30分余りの100円の旅でした。
タマに乗ったふれあいバスでしたが、お年寄りの足になっている場面を目にする事ができました。


この後、羽島用水を歩くスタート地点である両内野に向かいました。


羽島用水

羽島用水土地改良区で戴いた地図です。
各務原市の南部に稲羽地区があります。稲羽地区の北側は広大な各務原台地が広がっています。台地ですから、当然水利は望めません。
羽島用水の流域で恩恵を受けてる地域が表示して有ります。このように1枚の地図にも面白さが有ります。





羽島用水の地図です。
平成23年11月17日に歩いた時に撮影したものです。




犬山頭首工の取水口です。羽島用水はここで取水されて、流れていきます。右はライン大橋で、ここで木曽川を堰き止めて、水を取水しています。岐阜県側は羽島用水です。愛知県側は木津用水と宮田用水が取り入れています。これらを総称して濃尾用水と呼ぶようです。




10:18
かつては、犬山頭首工で取水された水が暗渠で流れてきて、ここから地表へ出てきていました。羽島用水のパイプライン化によって地中を流れるようになり、地表には池が作られています。渓流のような場所から水が流れ出ています。恐らく、ポンプで汲み上げて流しているのでしょう。
この地点から、ウオーキングをスタートします。




10:24
歩き始めです。
渓流のような所から水が流れ出て、池となっているところの横を歩き、スタートです。



10:25
池に鯉が泳いでいます。
エサが貰えると思ったのか、寄って来ました。




10:25
前の方を犬の散歩の男性が歩いています。
池に橋が架かっています。
この辺り、小公園のような良い雰囲気の場所です。




10:26
橋の上から下流部を眺めました。
綺麗な水が流れていきます。



10:27
Kオジサンの後ろ姿。その1です。



10:29
ナンジャモンジャの花が満開となっています。




10:34
この辺り。田園街道と名付けられています。その名の通り、右手には田が広がっています。
木に隠れている山が不動山です。
用水は、あの山の下を通過して行きます。







10:36                            10:42
犬の散歩をさせる人達。
左側の男性は先ほど、前を歩いていた人です。ターンして戻ってきました。白い袋を持っています。
右側の男性はすれ違った人です。手ブラです。犬が糞をした時の後始末はどうするのだろうと思ってしまいます。犬との散歩で、責任を持って、連れて歩いて欲しいものです。




10:37                            10:37
道沿いに何本も、アジサイが植えて有ります。
もう、次の出番は私よ、と言っているように見えます。



10:38                            10:38
用水沿いに何本か、井戸が有りました。
何れも弁が壊れていました。




10:44
羽島用水の地図が供えて有ります。
左は今の状態のもので、見難くなっています。
右は23年11月17日に歩いた時に撮影してものです。




10:45
関江南線の道路を渡りました。
前渡東町。長平地内を歩きます。




10:49
カモだと思いますが、北国へ帰るカモではないのでしょうか。




10:50
前方の山が不動山です。
地図では、羽島用水が山の下をトンネルで流れています。




10:52                            10:52
迂回して歩きます。
地図では山の下を流れていることになっていますが、このコンクリートの下を水が流れていました。
右は竹林ですが、収穫していないため、タケノコが伸びています。



11:03
迂回して稲羽東小学校の横を歩きます。




11:06
稲羽東小学校の校庭を暗渠で通った用水が地表に現れた場所です。
用水を蓋したので、流れる水が見えなくなりました。




11:17
前方から散歩中の女性が歩いて来ました。




11:26
Kオジサンの後ろ姿。その2です。



11:28
一面、ピンク色となったレンゲ畑です。
大きなジュウタンを広げたように見えます。







11:34
あずま屋が有ります。




11:34
あずま屋の横に地図が設置して有りますが、痛んでいて見難くなっています。



11:42
山脇町地内を歩きます。




11:46
スミレが咲いています。
3輪のスミレ。ダンゴ3兄弟ならぬスミレ3姉妹と言ったところでしょうか。




12:01
石柱が有り、三井池龍神参道と刻まれています。




12:03
三井池が見えてきました。
ここで、お昼にします。




12:41
若い人たちが自転車で現れました。
右の場面。トイレに行った時、彼らに遭遇しました。
若い男性と、顔を合わせた時ニコッと笑いました。言葉でなく、表情で表したのです。中国人たちでした。






12:56
三井池です。
ナンジャモンジャが満開です。
三井池に、このようなナンジャモンジャの大木が有るとは知りませんでした。
普段、三井池の木を目にしていても、何の木か判りませんでした。こうして春にナンジャモンジャの花が開き、ナンジャモンジャの大きな木が有る事を知りました。




12:57
三井山への登山口です。
誰かが登りに行っているのでしょう。
自転車が停まっています。




12:58
これから龍神橋を渡ります。






13:01
羽島用水の施設です。土中に入った施設で、探す気になって、見ていないと見過ごしてしまいます。
つつじ苑の下を羽島用水が通過しています。




13:06
つつじ苑の下を通過した羽島用水が、ここから地表に現れていましたが、用水路の改修工事で地下に入りました。





13:07
かつては、ここから水が流れ出ていました。
今は流れていなく、水路に草が繋っています。




13:12
如来塚が有った跡地に如来塚の由来が書かれています。
前回、歩いた時に見かけた説明看板が新しくなっています。
既設のものが老朽化したと有ります。



これから歩く、この先。
ふれあい街道△箸覆辰討い泙后23年11月17日に歩いた時に撮影しました。




13:16
成清町まで歩いてきました。
住宅街を用水路が貫いています。
ここからも、かつては水が流れ出ていましたが、今は流れていません。




13:23
この辺りも成清町ですが、ここら辺は田畑地帯です。
今までは遊歩道的な道でしたが、シンプルな道に変わってきました。




13:33
Kオジサンの後ろ姿。その3です。
ここも、まだ成清町です。




13:37
この辺り、神置町です。
北側に佐川急便岐阜営業所の建物が見えます。
北側に道路が有り、南側にも道路が有り、サンドイッチ状態です。
その中央に羽島用水が流れていました。
今は地中化されて用水が流れていたとは、想像できない姿になっています。
これまでは、木が植えられたりしていて遊歩道的でしたが、素っ気無いと言うか、魅力に欠ける区間になりました。
先に見えるのが東海北陸自動車道です。
もう間も無く、岐南町に入ります。








14:19
中心の石柱に井表橋と書かれています。
開渠の時は橋が掛けられていまして、橋が有った名残が伺えます。
このような橋の形跡が何箇所も有りました。
「まちをきれいに」のプレートが下げられていて、岐南町に入った事が判ります。




14:21                             14:21
水路へゴミ・汚物等・・・・。のプレートが残っています。
もう、必要がなくなっています。
右は女子中学生が自転車で走り去りました。部活の帰りでしょう。



14:23
水素ステーションが目に留まりました。
大型トラックの車体に移動式水素ステーションと書かれています。
テレビのニュースで、水素ステーションが出来たと報じていました。この場所だったのかと思いました。
この施設が完成したのは、まだ、つい最近の事だと想像します。
確か、曜日を決めて水素をサービスしていたと思いました。
水素で走行する車を普及させるための国の施策なのでしょう。




14:28
用水から水が分流して流れていきます。
長い距離を歩いて来て、用水から直接流れ出ている場面を目にしたのは初めてでした。




14:33
羽島用水で、分流させる施設です。
その施設に、ゴミのポィ捨て禁止の絵が貼られています。
「川をきれいに」。木曽川の水が流れていますと、なっています。
描かれているキャラクターはねぎっちょで、岐南町のゆるキャラです。
徳田ネギをモチーフにしたキャラです。







14:45
葉栗中学校跡へきました。
学校の跡地で公園化されています。
ここにはトイレが有りました。
長距離を歩いて来て、トイレが有り、助かりました。




14:56
前方は国道22号線で、名岐バイパスです。
アンダーパスで下をくぐり、通過します。



14:58
岐南町平成です。
右側に岐南町のエコ・ステーションが有ります。




15:00
ここも岐南町平成地区です。
前方に東海道線が見えます。
右手に小高い、塚のような場所が有り、塚の下に休憩用のあずま屋も有ります。




15:03
岐南町の文化財で門と宮川家が有りました。







15:08
あずま屋。
羽島用水の地図が有りますが、日光で痛み読み難くなっています。




15:10
東海道線の下を通過します。
古い石造りの橋脚ですが、明治の頃のモノでしょうか。




15:11
東海道線を過ぎると笠松町になりました。
左側に笠松競馬場の厩舎が並んでいます。





15:17
競馬場が近いことも有り、馬専用の道が平行しています。



15:30
笠松駅の近くまで着ました。
遊歩道的な道になっておらず、単に道路と言う感じがするだけです。




15:33
電車が停車していますが、笠松駅です。
羽島用水は名鉄の線路の下を通過して西に向かっていきます。




15:36
お疲れ様でした。
笠松駅に到着です。




感想
どれ程の距離を歩いたのか判りませんが、両内野から笠松駅までを歩く事が出来ました。
ピンクの絨毯を広げたようなレンゲ畑。三井池公園ではナンジャモンジャの大きな木を眼にする事ができました。普段、目にする木でも、花の時期でないと、この木がナンジャモンジャの木だとは気が付きませんでした。
このように気づかせてくれたのは、独特の花が咲いていたからです。スミレ三姉妹にも会えました。ネクストバッターのアジサイも目に出来ました。
春を満喫しながら歩けました。
また、水素ステーションが有りましたが、時代の先端を目にする事が出来たのも面白いことです。

前回歩いたのは2011年11月17日でした。
http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/a05bc17dbe4cce14feaf08884bd6f83b
その時のブログに書きましたが、歩いた後、各務原市農政課に出向き早急なトイレの整備は無理にせよ、トイレまでが何メートルなのか表示するよう対策を頼みましたが、何も変わっていませんでした。
羽島用水の遊歩道化は農業の観点から実施されたものであり、市民がウオーキングで活用する観点に立っていません。
岐南町や笠松町の部分は歩道的な道ですが、各務原市の三井池から東の部分は快適な遊歩道となっています。このような自然に恵まれた市民の財産が有りながら生かされていないことが残念です。

設備が老朽化しています。その反面、樹木が成長して良い状態になってきています。
この遊歩道を「羽島用水グリーンロード」とか「羽島用水緑道」と、市民からネーミングを募れば良かったのです。遊歩道化が完成した時期にテープカットをしたりして、PRがされませんでした。その辺りも農政的な感覚でした。
これからは、このようにウオーキングに最適なコースが有る事を市民に紹介していくと供にキロポストや案内板の設置を進めていく事が必要だと思います。


 








コメント
この記事をはてなブックマークに追加

美女を案内して・・・・各務原アルプス  金山(347.7m)  須衛(321.8m)   向山見晴台(312m)  

2016-04-20 23:56:32 | アウトドア

各務原市自然遺産の森をスタートして、北側の稜線を歩き、東海自然歩道で戻って来るコースを周回しました。このコースは昨年12月9日に水曜会で辿りました。その時と同じコースを歩いたのです。
M野さんとH本さん。それにF田さんを案内しました。3人とは、久し振りに一緒しました。一緒に山行に行くのは、年に1回ほどです。私は「たなばた登山」と呼んでいます。2ヶ月も前から一緒に行くことになっていました。
同じコースでも、別の人と違う季節に歩きました。違う印象を得る事が出来ました。こう言う体験が出来るのも山の魅力の1つでしょう
このところ私が、出かける度に晴れます。3月26日の一宮友歩会の協力員ウォーク。4月2日に一宮友歩会第61回例会。4月12日には、各務原歩こう会。4月16日は一宮友歩会の第62回例会の下見が有りました。そして、今日は各務原アルプスを歩きました。事前に予定していた予定が、全部、晴れとなりました。
5連勝です。
改めて自分は晴れ男なのではないかと、変な自信を持ちました。(笑)



各務原市産業活力部ブランド創造課発行の「各務原アルプス山歩きマップ」から引用しました。
各務原アルプスの稜線を西へ歩き、東海自然歩道で戻るコースを辿りました。





8:30
集合場所は各務原市の自然遺産の森で、8時30分となっていました。
定刻に全員集合となりました。
後になって、画像にストックが2本写っていることに気が着きました。
駐車場で忘れ物のストックを見かけました。このまま、放置しておいても誰かに持ち去られてしまうかと思い、事務所に届けておきました。




8:44
自然遺産の森に咲いていた八重の枝垂桜です。
もう、盛りを過ぎて見苦しくなっています。




8:44
登る準備をして、これから登り始めます。




8:47
登り始めです。
コースはハッキリしていています。



9:09
展望台の手前の場所です。
イワカガミが群生しています。
このイワカガミ。色が白っぽい感じがします。
イワカガミって、もう少しピンクぽかった気がします。
迫間山の方に群生している所が有りましたが、展望台の手前に群生しているのを見たのは初めてです。
発見と言う感じです。



9:13
展望台に着きました。



9:14
展望台でして、眺望の良い場所です。
ここで、カメラを構えます。



9:22
鋭角で、あずま屋へ向かうポイントです。
指示標識が設置されてから経年して、朽ちて来ています。



9:24
各務原市各務の工業団地。
そして、岐阜飛行場。
その先には、一宮市の138タワーが望めます。



9:25
迫間山と大岩展望台への分岐となるポイントです。



9:26
山でよく見かけるツツジですが、名を知りません。
赤い色で、ヤマツツジの仲間だと思います。
今が盛りです。



9:27
ドウダンツツジです。



9:31
北側の眺望が開ける場所ですが、生憎眺望が利きません。
空気が澄んでいれば御嶽山が望める所です。



9:38
後ろからスーパーマンが来ました。
言葉を交わしましたが、猿啄城から縦走してきたと言いました。そして、向かうのが金華山だと話していました。



9:44
今日のKオジサンの後ろ姿です。



9:46
大岩展望台へ来ました。



9:47
先ほどのスーパーマンが休憩していました。
休憩していた所を無理に頼み、全員写真のシャッターを押して貰いました。
気安く応じてくれました。

そして、言葉を交わしたのですが、猿啄城の下まで車で行ったので、後から取りに行くのだと話していました。何処から来たのと聞くと、地元。岐阜の人でした。それなら、金華山まで行かなくても、途中でエスケープ出来ますねと言いました。
このコースを歩くのに、何時頃、猿啄城を出て来たか聞きましたら、7時だと言っていました。今の時期なら6時過ぎまで明るいので、体力が続けば岐阜城までいけます。
各務原アルプスの縦走では伊吹の滝から猿啄城までを辿る人が多いです。金華山までとなると、・・・それに三峰山。そして白山を加えたコースになります。何山分になるのだろうと思います。



9:49
北方の景色。
山を同定しています。



9:52
南方の景色です。
削られていく各務山が見えます。
その先に岐阜飛行場です。
平日で、ジェットの爆音が喧しく聞こえます。



10:05
私たちの後から来た、単独の男性です。
休憩して、先に出発していきました。



10:16
下って登っての繰り返しです。



10:25
金山へ来ました。
反射板が見えて来ました。




10:26                                                     10:28
金山の山頂です。
お手製のプレートが下がっています。



10:28
金山から東方を眺めました。
明王山のタワーが見えます。
あの方向から歩いてきました。



10:30
山菜が取れる時期です。
コシアブラやタカノツメの判別が、イマイチ、出来ません。
コレは似ていると思いましたが、違うと思います。



10:37
このようなコースを辿りました。
この辺りは、歩き易いところです。



10:55
激くだりを下って来ます。



11:01
先ほど、先に出発して行った単独の男性です。
男性に追い着きました。
追い着いたら、男性が出発していきました。
この場所の手前では、単独の男性同士で話をしていました。
ヤマの情報交換だったのでしょうか。




11:08
高圧線の鉄塔の下まで来ました。
下に福祉の里が見えます。



11:42
須衛を仰ぎ見ます。
これから、このコースの最大の難所。須衛に向かいます。
この場所から、一旦下って、また登りとなります。



11:44
底部へ下ってきました。
ここからは、上に向かうだけです。



11:50                                                      11:51
直登で進むか、巻道で進むかと言う所です。
私は、真っ直ぐにと言いました。
左の巻道に行った事が無いのです。知っている直登を選びました。




11:52
急な登りを登ります。



11:56
ゆっくり、登れば良いです。
時には足が止まります。



12:00
須衛へ来ました。



12:00    12: 00
須衛はピークですが、「山」でなく、三角点の場所です。



12:02
須衛で小休止です。
ここでランチにするか、向山見晴台に行くか相談しました。
その結果、先に進むことにしました。




12:13
須衛から一旦、下ってまた登り。
向山展望台に来ました。



12:13
向山展望台です。
ここでランチタイムとします。
前方の眺望が開けていますが、春の日差しが強くなっています。



12:13
南方の眺望です。
苧ヶ瀬池が小さく見えます。
苧ヶ瀬池の左は八木山です。
先に伊木山が見えます。
伊木山をガリバー山か、寝姿山と呼びたいです。



12:54
上は明王山の方角です。
そして、下は福祉の里への標識です。




12:57
展望台から歩き始めました。
コースは明瞭でハッキリしています。



13:19
途中に、福祉の里への標識が有りました。



13:20   13:20
高圧鉄塔の下に来ました、
鉄塔の下で、歩く方角が判り難いですが、プラスチックの階段に沿って進めば良いです。



13:22
ツツジの種類ですが、名を知りません。
ミツバツツジかオオヤマツツジの仲間だと思います。



13:26
単独の男性です。
先ほど、私たちが向山展望台でランチをしていた時に、桐谷坂に向かって行くと言っていた男性です。ターンして、私たちの後を追いかけて来ました。この辺りは、落ち葉で道が不明瞭になっていますが、テープも有ります。高圧線の巡視路を下って行けば良いです。



13:31
下って行きます。




13:34    13:35
福祉の里からの登山口まで下山して来ました。
道が見えます。
右は道路へ出て、振り返りました。
昨年、12月にこのコースを辿った時は、登山口の指示標識が有りましたが、取り払われています。山頂で山名のプレートを下げることに色々の考え方が有ります。設置されていた、人の役に立つ標識なら、設置することに賛成いしますが・・・・・。



13:37
道路へ出ました。
舗装された歩道となっていますが、この道は東海自然歩道です。



13:40
福祉の里に来ました。
ここでトイレを借ります。




13:41                                                      13:41
福祉の里の内部です。
女性が床を拭き掃除しています。



13:59
天狗谷遺跡に来ました。
ここは登り窯が復原されている場所です。
見学して貰いました。
階段の先の建物がトイレです。
今回は、平日で福祉の里のトイレを借用しましたが、土曜や日曜に歩く時は、ここのトイレがお勧めです。



14:00
登り窯が復原されて居ます。
窯跡で、中に見えるのが須衛器と言う土器です。
この辺りは奈良時代の頃から、多くの須衛器を生産していました。この辺りは須衛と言う地区です。先ほどの三角点。須衛の名もその関係からでしょう。




14:14
東海自然歩道を歩きます。
振り返りました。
急な階段を登ってきたのです。
右側に何本も真っ直ぐの木が並んでいます。
葉からカエデの仲間だと思いました。
同じような木が並んでいますが、東海自然歩道が出来た時期に植えられたのではと想像します。という事は、植えられて50年ほどの木でしょうか。
12月に歩いた時には、このように並木的に並んでいることに気がつきませんでした。
同じコースを歩いても、新しい発見が有りました。



14:14
東海自然歩道の階段です。
ルートが御望山をかすめるようになっています。



14:16
真っ直ぐの木が傾いています。



14:16                                                     14:17
傾いた木を見上げます。
そして、木の幹には人の顔のような跡が付いています。



14:22
自然歩道の休憩地です。
ゴミ入れが有ります。
ゴミは持って帰る時代になりました。
東海自然歩道が出来た時代は、灰皿やくず入れを設置するのが当たり前の時代でした。今は時代が変わってきました。こんなゴミ入れは撤去してしまえば良いのにと思います。



14:30
寒洞の池まで来ました。
昨年、12月に来た時は池の底が見えました。
今は田植えに供え、水を蓄えて満水状態になっています。



14:31
池畔を歩きます。



14:32
寒洞池の休憩場所。
あずま屋が設けて有ります。
ここで小休止しました。



14:46
自然歩道で自然遺産の森に向かって歩きます。
自然歩道の横がゴルフ場です。
3人組。
打った後、カートで次の所へ向かいました。



14:58
自然歩道を歩きます。
ゴールがもう直ぐです。



15:05
各務野自然遺産の森へ戻って来ました。



15:06
この蝶。調べましたら、ルリタテハのようです。このような蝶に会えてラッキーでした。
私を撮ってと言わんばかりに、ポーズを取ってくれました。



15:07
各務野自然遺産の森に帰着です。


感想
新緑の中。良い雰囲気のコースを歩く事が出来ました。今はツツジが真っ盛りの時期でした。コシアブラやタカノツメをゲットできたらと思って、出かけました。しかし、山菜の見分け方を知りませんです。結果的には収穫は有りませんでした。

各務原アルプスや東海自然歩道。歳月が経って朽ちているものを見かけました。また、東海自然歩道には、今は不要なゴミ入れや灰皿が残っています。このような状態を放置している行政。有識者に現地を歩いて貰い、その状況を総点検するべきだと思います。

昨年12月9日に同じコースを辿りました。
http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/bec86a840e706f165182491fe7d0c794
同じコースでも、違う人と違う時期に歩けば、違う印象が生まれる。当然の事です。関市側の迫間山辺りで、イワカガミが見れることを知っていましたが、各務原側にもこのような群落があることを知ったのは、私にとって発見です。
3人を案内して、喜んで貰えて嬉しいです。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

お別れ登山  武芸川権現山(516m)

2016-04-12 23:59:08 | アウトドア

各務原歩こう会の山行に参加しました。今回のリーダーはY野さんが勤める予定でしたが、ご家庭の事情で都合が悪くなり、代わってK川さんが勤めてくれました。参加者は男女16名でした。
向かった山は関市武芸川町の権現山です。参考にしたのは「可児からの山歩き」です。可児からの山歩きさんは平成18年4月14日に登っています。http://www.geocities.jp/kanikarano/9yamaaruki/120gonngenfunnyouji.htm  可児からさんが登ってから、丁度、登ってから10年が経過したことになります。10年前と言うと、平成の大合併が有った頃です。武芸川町が関市に合併したのがその頃だったのでしょう。
可児からさんは汾陽寺の下に車を停めて逆時計回りに歩いています。私たちは寺尾千本桜の駐車場でバスに乗せて貰うようにしました。歩こう会ではバスを使って山行を行っています。登山口と下山口が異なる時には、バスは便利です。
リーダーのY野さんは汾陽寺山へは登らない計画にしました。体力を考慮しての事でしょう。


可児からの山歩きさんのお許しを戴きまして、コースの概略図を載せました。可児からさんが周回したコースの東半分を歩いた形です。中部電力の巡視路を辿りました。木々が新緑になり始めた時期でした。



8:54
県道59号線の道幅が広くなった場所で停まって貰いました。ここから登山口に向かいます。この場所に来る前に道の駅で登山靴に履き替えて来ました。リーダーの指示が有ったのです。



8:57
自動車屋の横を通って登山口に向かいます。




8:58
洞登山口の入口です。
標識も、何も無いところです。
ここが登山口だとは判りません。




登山口から入り、振り返りました。
左は電力会社の巡視路の標識が立っていました。




9:03
登山口から入って、少し歩くと尾根へ出る巡視路となります。




9:04
九十九折れの巡視路です。
高圧線の巡視路で、プラスチックを使い、階段を整備しています。




倒木が道を塞いでいます。




9:11
尾根に出ました。
ここで、K川さんから小休止する声が掛かりました。
飲料水を取ると供に、衣類調整をしました。




9:16
今日のKオジサンの後ろ姿。
隊列の後ろから付いて行きます。



ミツバツツジです。
まだ、蕾が残っていますので、満開とは言えないかも知れません。



登山道に松の落ち葉が落ちています。
この状態を見て、思ったのは松ご掻きです。(言葉が間違っているかも知れません)
かつてはクドの焚き付けに松の落葉を使っていました。
伊勢湾台風の前頃までは山で松葉を採って来ていました。熊手を使って掻き寄せ、背中に背負う籠や菰と言うのか、ワラで編んだ大きな袋に入れていました。
この状態からそんな風景を想像しました。



9:19
450鉄塔が見えてきました。





9:22
450鉄塔です。



9:26
左は隣の汾陽寺山です。
右はこれから登る権現山です。山の上の方が部分的に見えます。




9:26
アップダウンの繰り返し。
ここからは、下り道です。




9:30
南西方向の眺望です。
画像ではハッキリ見えませんが、伊吹山が確認できました。




9:35
春の恵み。
コシアブラをゲットできました。




9:36
登り道となりました。




9:44
コシアブラでしょうか。山菜を見つけました。





9:52
449鉄塔で小休止です。
向うに見えるのはこれから登る権現山です。






9:52
南の方角です。
白く光って見えるのは長良川です。



10:03   10:09
下ったり、登ったりします。






10:16     10:20
鉄塔の下に来ました。






10:20
東に美濃市の天王山が見えます。
山頂の反射板が確認できます。




10:22
尾根道を歩きます。




10:24     10:24
小知野から登ってきたコースと合流しました。




10:31
スミレです。
シュンランが咲いているよと、教えられた場所がありました。教えて貰って撮影しましたが、ピンボケでした。それで、スミレを貼りました。折角、教えて貰ったのにうまく映せなくて残念です。




10:41
緩やかな登りです。
山頂まで、もう少しです。




10:44
登るのが、一区切りつき、小休止です。
ここが9合目だとK川さんが言っていました。




10:45
山頂への最後の登りとなります





右はシキミなのだろうか。何輪も咲いていました。
左はドウダンです。




10:49
山頂に到着です。
祠が祀って有ります。




祠と朽ちた名板。
三角点も山名表示も有りませんでした。



何スミレが判りませんが、山頂で群生していました。




11:04
リーダーのK川さんです。
山に登って山頂に到着したら、下山道は何処か確認をして置かなければ、いけないと言う言葉でした。先日の私の事を言われているような気がしました。




11:07
山頂から下山します。
登ってきた道を降ります。




11:11
千本桜へのコースからハズレました。
鉄塔の下で、眺望の利く所に来ました。




11:12
鉄塔の下で眺望の良い場所です。
眺望について、K川サンが説明しています。




11:11
あの鉄塔の所まで下山して、お昼となります。




11:22
下山道。
朴葉が落ち葉で散乱しています。




11:30
眺望の良い鉄塔の下でお昼とします。




思い思いの場所で昼食を取ります。




12:07
春の恵み。
ワラビをゲットしました。
短時間でも、コレだけの収穫が有りました。
時間をかけてじっくりと取り組めば、もっと収穫が有るでしょう。




12:12
鉄塔下の展望広場で昼食を終え、出発します。




12:14
ここから急な下りとなります。




12:17
谷の山道を進みます。




12:23
やや、急な下り道です。
ここ辺りでY本さんが尻餅と言うか転倒と言うか、倒れました。
私が後尾に着いていて、その時は気が着きませんでした。Y本さんがポケットから携帯を落としたのでした。




12:42
林道の終点の場所まで下りてきました。
広場となっています。




12:56    12:57
広場から少し進んだ所です。
上の画像は単独の女性が登りに来ました。ここまでの道はハッキリしていましたが、この広場の状態の場所で、どの方向に進めば良いか判り難いです。私たちが下って来たところでしたので、登り道を教えました。


ここで、ハプニングの発生です。
Y本さんが自分のポケットに手をやり、ポケット内に携帯が無いことに気が着きました。さっき、転倒した時にポケットから落としたと、思えると言っていました。本人は単独で引き返すと言いましたが、1人で行くのはダメです。A野さんが一緒に行くことになりました。
女性でトイレへ行きたいと言う人が居て、先に向かわせ私たちはここに留まりました。
A野さんの携帯にY本さんの携帯番号を記録して、転倒した所にへ向かいました。無事に発見する事が出来ましたが、携帯はマナーモードとなっていて鳴らなかったそうです。
二人が降りてきて、姿を見た時、先行していったK川さんに携帯で、二人が戻ったと連絡を入れました。
携帯にスプリングのコードを着けるとか、蓋が出来るポケットに入れるとか、用心しなければなりません。教訓となりました。






13:19
携帯を探し出せて、戻って来たY本さんとA野さんです。
先には駐車場が見えます。



13:20
下山してきて、バスが見える所まで来ました。



13:21
この橋が、ふれあい橋です。
権現山に登るのに、登山口の表示が有りません。
登山口が判るようにして貰えたらと思います。



13:32
みんな、集まっています。
何を喋っているのでしょう。


感想
汾陽寺山と権現山へは03.02.01に登りました。千本桜に車を停めて先に汾陽寺山に登り、下ってきてから権現山に登りました。もう、10年以上前の事です。2山に登りましたが、雪の山だった記憶しか残っていません。

今回、洞登山口から登りましたが、変化のある良い山だと思いました。
昨日の天気は風の強い日でした。それに明日からは雨が降ると言う予報になっています。ベストな天候の日でした。山菜をゲットできた人が居ました。歩いていて、ウグイスの声も聞けました。年間のウチでも、条件が良い方の日だったと思います。
リーダーは隊員の体力を考慮して汾陽寺山へ向かうのを止めました。良い判断だったと思います。下から登ってきて千本桜で終える事が出来る。コレも、このコースの良いところだと思いました。

鉄塔巡視路を辿りました。昼食を取った所の鉄塔や山頂から降りて、眺望の良い場所の鉄塔は別系列の鉄塔です。それでも、撮影してきた画像を確認してみると、鉄塔の本数が多いような気がします。「?」に感じてしまいます。
鉄塔巡視路を辿ったのですから仕方が無いですが、単独で訪れた女性が居たように、初めての人ですとコースが判り難いところが有りますので、途中や登山口に表示を設けて貰えたらありがたいと思います。なお、彼女は「岐阜の山旅100コース」のコピーを持って来ていました。

4月12日に登るのは、年間計画で予定されていました。コレは千本桜のサクラの時期が良いのではと言うことで計画されたものでした。可児からさんが登ったのは4月14日で7分程度かな、となっています。私たちは4月12日でもサクラは終わっていました。良い状態のサクラに会えるか、否かは。運、不運かもしれません。




各務原歩こう会の解散
各務原歩こう会は平成22年7月21日に、第1回として焼岳に登りました。その前身は各務原市教委の生涯学習講座であり、講座が終了して、同行の志が集まりサークルとしてスタートしたものです。以来、回数を重ねて、この3月に瀬戸市の元岩巣へ出かけましたのが、第67回でした。6年近い歳月を活動してきました。
各務原歩こう会はバスで出かけて居ますので、登山口で降ろして貰い下山口で拾ってもらえる事が魅力でした。しかし、会員が高齢化したことに寄り、退会者が出るなどして継続していく事が困難な状況となりました。そのため、今回の山行で解散の運びとなりました。解散を惜しむ声が有りましたが、会を牽引していく人が居なくて、解散に至りました。
今回、武芸川権現山に登ったのが最後となりました。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

青春18切符を使って大阪と京都の間の山へ    ポンポン山(678.8m)

2016-04-06 23:34:16 | アウトドア

青春18キップが1枚残っていました。前々から行きたいと思っていた山が有りまして行って来ました。京都と大阪の間にあるポンポン山です。地図でもポンポン山の名となっている変わった名の山です。事前計画でJR向日町駅から登るかJR高槻駅から登るか考えました。高槻駅からのバスは1時間に数本あるのに対して、向日町駅からは1時間に1本しか有りませんでした。それに向日町から登るコースの方が勾配がキッそうでした。
そう言う事から高槻から登るコースを選びました。

神峰山口バス停 ― 神峯山寺前   ― 本山寺前 ― 高槻の古木 ― ポンポン山山頂

 ― 出灰へ ― ポンポン山山頂  ― 釈迦岳分岐   ― 杉谷  ― 善峰寺バス停   

ポンポン山から下山する時、コースを間違えてしまいました。山頂でご夫婦と談笑していた男性に下山する方向を尋ねました。どちらへ降りていくとか、話さずに下山コースだけを聞いたのです。それで彼は、そこの道だと指したのです。それに従って下山して行きました。コースの標識は出灰を差していました。標識の支柱には高槻ハイキングクラブの名が付いていました。どうも、おかしいと思い、山頂に戻りましたら、やはり誤っていました。



列車の車窓から撮影しました。大垣を8時13分に出る米原行きです。

垂井の相川のサクラは、ほぼ満開状態です。サクラと風をはらんで泳ぐ鯉のぼり。バックは伊吹山。絵になるシーンです。
右は米原駅です。新快速姫路行きです。米原駅での乗換時間は2分です。全部で12両編成なのですが、8号車と9号車の間は行き来が出来ません。女性の2人組が8号車と9号車に分かれて乗ってしまう事態に陥っていました。次の彦根駅で9号車で一緒になれましたが、その状況を見ていてドン臭〜と見えました。
18切符が使える期限が迫ってきています。
この日も多くの人が18切符を使っていました。


9時57分に高槻駅に着きました。
調べておいた高槻北ターミナルに向かいます。



“屬両紊慮、原大橋方面のバス停です。
前方に原大橋行きが停まっています。
急いで行き、乗りましたら直ぐに出発しました。
10時5分発でした。調べておいた時刻は10時22分でしたので、ゆっくりとバス停に来ました。
得したなと言う感じと、何故この時間のバスが有るのだ?と言う気分でした。
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/kurashi/bus_kotsu/bus/jikoku/ka/kabusanguchi/53_60_61_61a_62_62_63_63a.html



原大橋行きの車内です。
次が神峯山寺口です。
車内は空いて来ていますが、一時は混んでいました。




下車した神峯山寺口です。
6〜7人が降りました。




バス停に設置してあった神峯山寺と本山寺の案内図です。
撮影した時は気が付きませんでしたが、神峰山口の手前の原立石で下車して東海自然歩道を歩くのも、良いようです。




前のお二人。
一緒のバスに乗っていた人たちです。
この人達もポンポン山に行くと言っていました。




案内図に載っていたどぶろく蔵元です。指示標識では、家と家の間を進むよう表していますが、コースは右に向かって行くようになっています。蔵元に入って聞きましたら、どちらも一緒になるので、標識の通りに進めば良いと言われました。



指示標識に従って歩きました。
Kオジサンの後ろ姿。その1.




ショートカットとなるコースです。
イノシシ除けのゲートの間を通り抜けます。




ショートカットとなるコースでしたが、いきなりの急登です。
フウフウ言いながら歩きました。




新緑で美しいモミジ。
モミジの赤ちゃんでまだ、葉が小さいです。




スミレだと思います。
何輪も咲いています。




神峯山寺まで歩いてきました。
小休止しましたが先を急ぐので御参りはしませんでした。
時間を持って、拝観したいところです。
山門に仁王象が有りました。




Kオジサンの後ろ姿。その2.




石柱に漢数字が彫られ下には丁の文字が付ています。
1丁の距離を調べると、1丁は109メートル余と有ります。
区切りの良い数字にして、110メートルほどと覚えればよいかもしれません。
歩いていて、初めは十丁と言う石柱から始まりました。
その時は気に留めませんでした。
上は7丁と4丁です。




本山寺への標識とツツジが咲き始めていました。




山頂から下山して来た人とすれ違いました。




左側の人は軽い足取りで下山して来ました。右は親子だと思います。談笑しながら下山してきました。仲が良さそうでした。




3丁と1丁の石碑です。
歩いて来る途中、段々数字が減ってくるのが判りました。
最後に一丁が現れました。
本山寺までの距離を表しているのだと気が着きました。




本山寺の門です。
男性は門に向かっていきました。




Kオジサンの後ろ姿。その3.
本山寺まではコンクリートの道でしたが、寺を過ぎると地道に変りました。



先ほど、寺の門に向かって行った男性です。
寺の門に入っていっても、合流しました。
キツい階段が続きます。




高槻の古木となっています。
天狗杉と名付けられています。




Kオジサンの後ろ姿。その4.
両側が杉林です。
この辺りは歩き易かったです。




登山道に白い花びらが散らばっていました。
何だろうと思いました。
タムシバです。
見上げると枝の先に花が付いていました。




若い男性の3人組。
抜いて行きました。




山火事注意の柱が立っていました。
ここまで、何本も有りましたが、数字には気が付きませんでした。
段々、数字が減ってきたのです。
ここは「2」です。山頂まで、もう少しでした。





この階段を登ると山頂です。
後になって判ったのですが、この標識が指示する杉谷に向かわなくてはなりませんでした。




山頂に設置してあったポンポン山の標識です。
ここでは678.9となっています。




表示プレートが有ります。
古くなって、痛んでいます。
こちらは678.8となっています。
地図を見ると、678.8です。




山頂からのパノラマを解説しています。




私が登って来た時、四角いテーブルの周りで談笑していたグループ。
下山していきます。




山頂からの眺望です。
大阪方面を眺めました。
白く見えるのは淀川です。
画像でははっきりしませんが、肉眼では阿倍野ハルカスが見えました。




3人で話をしていた男性に下山方向を訪ねました。
どの方角に下山するかを告げずにです。
それで、教えてくれたのが、出灰への下山方向でした。
右は降りて行く道です。
間違った聞き方をしましたので、誤った道を教えて貰う嵌めになりました。



このような道を進みました。
行けども行けども、こんな道です。




どうも、この道は違っていると思い、引き返してきました。
戻って来て、この階段を登ると山頂となります。
山頂に居たご夫婦に善峰寺に下りる道を聞きました。
さっき、山頂へ登って来た道で、山頂まで登らずに横へ向かって行くものでした。




この標識に従って杉谷へ向かいます。




Kオジサンの後ろ姿。その6.
善峰寺に向かって下山していきます。
この辺りは歩き易かったです。




釈迦岳分岐に設けて有った案内図です。
下から上に向かうので、図を逆に貼りました。




釈迦岳分岐です。
直進すると善峰寺方面で、右が釈迦岳行きとなります。




歩いて来て、前面が開けるところに来ました。




京都駅方面の眺望です。
画像ではハッキリしませんが、近江富士(二上山)が見えました。




眺望の良い場所です。
白い木々が見えますが、タムシバが見えるのです。




こんな階段を下って行きます。




谷川に並行する形となりました。




杉谷の集落まで来ました。
東海自然歩道の案内板が設置して有ります。
杉谷の集落は10軒未満の戸数のように感じました。右に歩き善峰寺へ向かいます。
この先の道は、細い道路で一方通行となっていました。




九十九折れの坂道を下って行きます。
宅配便の車が坂を下っていきました。




坂を下りていくと視界が開けたところが有りました。
下に見えるのは善峰寺です。




善峰寺のバス停です。
既に下山して来た人達が列を作っています。
https://www.hankyubus.co.jp/rosen/pole/1437.html
15時24分で、最終バスとなります。
バス停に着いた時間は15時02分でした。
善峰寺バス停の時間は24分なのでして、次の小塩バス停が29分です。善峰寺の時刻を29分だと思い込んでいました。時間に余裕は有りましたが、最終バスに乗れてヤレヤレと言う気分でした。




善峰寺で出発時刻を待っています。
出発時間が来て、出発しにかかりましたら、若い男性がバスに向かって走ってきたのです。女性たちが、「待ったてー」と声を挙げました。その声に応じて運転手は出発するのを思いとどまり、男性はバスに乗車できました。車内のには男性がバスに乗れて、ホットした空気が流れました。
男性は最終バスに乗れた訳です。
バス停の横にはタクシーが2台待機していましたが、バスに乗れるのとタクシーでは、出費に差がでます。

バスは阪急東向日駅に寄ってから、JR向日町駅へ向かいました。
阪急東向日駅には昨年、サントリービールの見学に来た後、激辛商店街で中華料理店に寄ったところです。

http://www.kyoto-gekikara.com/
http://blog.goo.ne.jp/gifu2212/e/2f3a7ecbbbb2e62b57cef647598fb771



JR向日町駅です。
16時3分発の京都行きが入線してきました。
この列車で京都へ向かいます。

感想
前々から登ってみたいと思っていたポンポン山に登る事が出来ました。
ポンポン山は、大阪側と京都側。何れからも手軽に登れる山で人気の有る山でした。高槻側からなら、本山寺の駐車場に車を停めて登りだす人を見かけました。私のように登山口と下山口を別々にする人も居れば、ピストンで引き返す人も居ました。都市近郊で楽しめる良い山だと思いました。
それにしても、下山方向を間違え、修正して事無きを得ました。ヤレヤレと言う気分でした。
参考にしたサイトです。
http://eonet.jp/travel/mountain/index_100615.html



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

弥富市を歩く  一宮友歩会・第61回ウォーク例会 史跡巡りシリーズ・西尾張編Part14

2016-04-02 23:40:00 | 一宮友歩会

一宮友歩会の4月例会が開催されました。今回は弥富市の近鉄弥富駅をスタートして、逆時計回りに弥富市内をウォークし、元の近鉄弥富駅まで歩きました。弥富市は海抜0メートル地帯で、古くから水との戦いがあった所です。水郷の塔が木曽川の堤防の横にありここで昼食なりました。ここには伊勢湾台風で被害を被り、復旧工事がなされ、一先ず工事の区切りが付いたとして記念のモニュメントが設置して有りました。また、水郷の塔は塔に上がる事が出来、この一帯を眺めれるようになっていました。
ここから「弥冨ふるさとガイド」に案内をして貰いました。丁度、桜の時期で、弥富市文化広場の前では「やとみ春まつり」が開催されていました。桜を愛でながら弥冨の街を歩くことが出来ました。

近鉄弥富駅(9:21) ― 鯏浦(ウグイウラ)城跡(9:36〜9:50)  ― 興善寺地蔵(10:06) ― 

荷之上の力石(10:17) ― 服部家住宅(10:26〜10:28) ― 金樹寺(10:31〜10:45)

 ― 御着船所跡(11:01)  ― 黒川治愿君功徳碑(11:08〜11:15)  ― 

内藤十左衛門自刃地(11:23〜11:27)  ― 水郷の塔(12:00〜12:55)   ― 

歴史民俗資料館(13:08〜13:30)  ― 立田輪中人造堰樋門(13:46〜13:55)  ― 

森津の藤(14:11〜14:26) ― おみよし松(14:45〜14:50) ― 近鉄弥富駅(15:18)

この日の参加者は52名でした。ウオーキング日和の空の下。全員が完歩出来ました。



弥富市を逆時計回りに歩きました。
http://www.geocities.jp/jk2unj/datagazou/61map.pdf



近鉄弥富駅の横の駐車場です。
ここで出発式。
会長が挨拶しています。




ラジオ体操。そして準備体操をしました。
これから出発です。




歩き出した時。頭上を大型の飛行機が飛来して来ました。
この後も次から次へと飛来して来たのです。
時間にして5分置き位でした。
風向きでこの辺りから中部国際空港に向かうのだろうか。
頭上の騒音が気になりました。

実は、中部国際空港が開港する前は名古屋空港に降りる飛行機が我が家の南西方向を次々に飛んで行きました。コースになっていたのですが、頻繁に飛んでいました。あの時はうっとおしかったです。




スタートしました。
民家が並ぶ中を歩きます。





最初に寄ったのは鯏浦城址です。
城址と言っても、砦のようなものです。
樹齢600年といわれる大楠です。
大楠は戦や人々の生活。色々の場面を見てきたことでしょう




樹齢600年といわれる楠の大木です。
それに鯏浦城址の説明板が設置して有りました。




鯏浦城址について説明する丸井さん。
丸井さんはお城や歴史に詳しい人です。
言うならば、一宮友歩会のブレインです。
そして、みんなが丸井さんの説明を聞いています。



説明用に配布された資料です。
明治24年の地形図です。
今は関西本線ですが、地図では、まだ関西鉄道となっています。ウィキぺディアでは明治28年に名古屋駅 - 前ヶ須駅間が開業したと有ります。この地図には長島駅は載っておらず、加筆したものです。そして同年に全通しています。今の名鉄弥富線は、まだ、尾西鉄道となっています。当時は蒸気機関車で運行していて、合併後か合併前か。後から電化したのでしょう。
歩いた、御着船跡ではすぐ傍が川となっています。ふたつやの渡し跡も近くが川となっています。地図に渡しの記号が載っています。今の状態から近くに川が有った事が想像できませんが、現実には、川が有りました。
明治の東海道。それに鍋田川や筏川もはっきり載っています。古い地図を見る事が面白いです。




興善寺地蔵。
弥富町史に記載されている最古の石仏とあります。
祠の中にお地蔵さんが安置して有りましたが、帽子を被っていてお顔は拝見できませんでした。



服部家住宅へ来ました。




服部家です。
服部家は重要文化財に指定されて居ます。服部家は見学できますが、予約してなく見学しませんでした。茅葺きの立派な門です。茅葺きを維持していくだけでも、大変だと思います。




塀の向こう側でどのような建物なのか判りませんが、位置から離れではないかと推測します。ここも茅葺きの家屋です。




金樹寺へ来ました。
門の前に立派な松が有ります。




御着船所跡へ歩いてきました。




明治天皇焼田港御着船所跡。
明治天皇が遷都に寄り、京から東京へ向かった時、桑名から乗船して、この地で下船しました。
いま、ここの辺りは住宅街で川が流れていたとは想像できませんが、明治28年の地図では、直ぐ近くまで木曽川が来ています。
裏に解説文が描いて有りますが読み難くなっています。



弥富市五之三自主防災格納庫と書かれています。
青い表示が付いていて、海抜0メートルを表しています。
この辺りの地図を見てみますと、海抜が0かマイナス表示となっています。




五明神明社へ来ました。
ここには黒川治愿(ハルヨシ)君功徳碑が設けて有ります。
黒川治愿は、簡単に言うと愛知県で河川改修などの土木工事に骨折った人です。名古屋市で黒川が流れていますが、黒川は彼の名から取ったものです。




河川の土木工事に詳しい安井さんです。
黒川治愿にちなんで、碑のある神明社で解説しています。




安井さんの用意した資料です。




五明神明社を後にします。
右は木曽川水管橋です。安井さんは三重県に水を送っているのだと言っていました。



東名阪の下を歩きます。
桃の花が満開となっていました。




証玄寺。
左の石柱が内藤十左衛門自刃の地の碑です。




表は内藤十左衛門自刃之地となっています。右は裏側で岐阜県本巣郡巣南町教育委員会と彫られて居ます。内藤十左衛門は幕府方の役人で、十左衛門の上役に責任が及ばないようにとの思いから自害したのだそうです。巣南町教委が設置したのは十左衛門の居所が本巣郡十五条村(岐阜県巣南町で今は瑞穂市です。)だったからでした。
こんなサイトが有ります。
http://www.cbr.mlit.go.jp/kisokaryu/gakusyu/ijin/6.html





県道沿いを歩きます。
アスファルトの割れ目から出たスミレが咲いています。
このような状況下で咲く事が出来るのですので、恐らく外来種なのでしょう。




国道1号線を横切り、水郷公園に向かいます。
筏川の橋を渡ります。
サクラが見頃を迎えています。




水郷公園へ来ました。
「やとみ春まつり」が開かれていて、その駐車場となっています。




水郷公園へ来ました。
前方に水郷の塔が見えます。




水郷の塔の下に来ました。




お昼の時間となりました。
ここ、水郷公園の思い思いの場所でお昼とします。




水郷の塔に上がってみました。
尾張大橋が見えます。
川の向こうは三重県で、桑名市です。




水郷の塔から関西線が見えます。
前方に上り特急南紀ビューが見えます。



12時27分です。
ガイドがやってきました。
会長が弥富ふるさとガイドを依頼していました。
多分、12時半にでも、来て欲しいとなっていたのでしょう。




弥富ふるさとガイドのあいさつです。
これからふるさとガイドに案内してもらいます。




ガイドに付いてもらい、水郷公園を後にして、出発しました。




ふたつやの渡し跡。
今は川から離れた場所となった渡し跡です。
地図では、このの場所の所まで木曽川が来ています。




御囲い堤を歩きます。




弥富市歴史民俗資料館へ来ました。
この資料館は弥富町の役場だった建物です。




資料館の職員が少し、説明をしてくれました。
その後は自由に見学してくださいとなりました。




幾つも金魚を飼育している水槽が並んでいました。
金魚の種類が判りませんが、デメキンだけは判ります。




この辺りはゼロメートル地帯です。
伊勢湾台風では、甚大な被害を被りました。その事を紹介しています。
右は、ボランティアが御囲堤や輪中について




右は金魚偽盖の選別を紹介しています。
左は金魚の出荷で昭和40年頃の写真。そして今は、ビニールに酸素を注入して出荷しています。




ガイドに案内されて資料館から出ました。
山口誓子の短歌で「群金魚流なして槽廻る」と書かれています。
昭和61年にこの地を訪れた時に詠んだものだそうです。
弥富にはこの他にも、金魚が詠まれた短歌が有ると説明していました。



ガイドに案内されてサクラの下を歩きます。




左手が祭りの会場です。




筏川に架かる橋を渡ります。




祭りの会場です。




祭りの会場です。
弥富市文化広場の前が会場となっています。




輪中公園の中を歩きます。




輪中公園で南東に歩いて来ると立田輪中人造堰樋門へ来ました。




人造堰樋門で、明治34年9月竣工の文字が読めます。



人造堰樋門




人造堰樋門の裏側はこのようになっています。




鍋田川の堤防となっていたところで、コンクリート跡が残っています。




門をくぐり、中に入ります。




森津の藤です。
まだ、藤の花の時期には、早いです。




藤の古木。
ボランティアガイドが森津の藤の事を説明してくれました。
古木で、ここの藤が他所に行き、藤棚で枝を伸ばしていると言っていました。



おみよし松へ来ました。




おみよし松。
高くて立派な松です。
ボランティアガイドの案内はここまででして、ここでお別れしました。




金魚を飼育している池です。
池と言わず田と言っているようです。



近鉄弥富駅が見える所まで歩いて来ました。
お疲れ様でした。



お疲れ様でした。

近鉄弥富駅に着きました。
ここで解散式をして、解散です。
13キロのコースとなっていますが、それ以上の距離が有ることでしょう。


感想
今回歩いたコースは愛知県の西の端で西側に木曽川の堤防が有りました。堤防を越えれば木曽川でその先は三重県になるところでした。この辺りは海抜0メートル地帯です。水郷公園には伊勢湾台風災害復興竣工記念碑が有りました。当時の高潮の高さを表すように5メートルの高さのモニュメントが有りました。弥富市歴史民俗資料館では伊勢湾台風に冠する展示が有りました。改めて、水郷地帯だということを感じさせられたのと、伊勢湾台風の記憶を甦らせました。一緒に歩いた人同世代です。同様の気持ちを抱いたのではないかと思いました。

弥富と言えば金魚の産地です。歴史民俗資料館では色々の金魚を見る事が出来ました。歩いていて、金魚の飼育池を目にする事も出来ました。

弥富の歴史を知ることも出来ました。初めに寄った鯏浦(ウグイウラ)城跡で説明を受けましたが、信長の弟。信興の戦が有ったことを教えて貰いました。渡された資料の地図では、木曽川が載っていましたが、今の姿の木曽川からは想像できないような地形です。今日の整った形は、幾度と無く繰り返された災害の結果だと思います。

水郷地帯の弥富を歩き、色々の事を学ぶ事が出来ました。

次回、は平成28年6月4日(土)、JR大垣駅へ9時集合で行います。私がリーダーを勤めます。皆様の参加をお待ちしています。




会長。寺さんのサイトです。
http://terasan.dousetsu.com/wa190.html
参加したMさんのサイトです。
http://www.geocities.jp/jk2unj/61reikai.htm


一宮友歩会のサイトです。
http://terasan.dousetsu.com/uho.html

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

青春18切符で京都 山科へ  桜の琵琶湖疏水をウオーキング  Part 2

2016-03-31 23:44:52 | ウオーキング

2014年04月08日に、青春18切符を使って大津まで行き、琵琶湖湖岸から山科までを琵琶湖疏水沿いに歩きました。この時、最初の目的地は蹴上まで歩く予定でした。
http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/ba5d8f8395a58c9e0ecbc5b825ab13f8
あの時、カミさんが足が痛くなったので、途中で歩くのを断念して、山科で打切りとしました。歩いていない部分が残りました。今の時期なら桜が綺麗だろうと思い、出かけました。
18切符を使って桜の琵琶湖疏水沿いを歩く。Part 2です。

山科駅へ

岐阜駅のプラットホームです。7時45分発の米原行きの列車が入ってきました。
岐阜駅の次の駅である西岐阜駅で、下車する人が居て、二人は座る事が出来ました。ラッキーでした。

この列車、大垣駅には7時59分着ですが、着いて14分もの待ち時間が有りました。
次の8時9分着の列車を待っていて、8時13分発でした。
この列車は前の7時47分、大垣着の列車と、この列車の分。
そして後から来る8時9分着分。つまり3本分の乗客が1本の列車にまとめられます。
大垣駅で、増結して4両から6両となりましたが、18切符の時期は西に向かう人で混雑します。


米原駅。2番ホームに着きました。
3番ホームには姫路行きの快速が待っています。
米原ダッシュで、みんな走ります。
6両の列車から12両の列車となりますので、余裕が有りますが、座るために急いでしまいます。

山科駅に着きました。

山科駅の2番ホームに着きました。
ここから下の階へ降ります。



山科駅前はロータリーになっています。
中央のサークルの木は枝垂桜だと思います。
まだ、花は咲いていません。


毘沙門堂へ

山科駅から東に歩き、そして来たに向かいます。
前方はびわこ線と湖西線で、下を通り抜けます。





前方に見える橋は安朱橋です。
琵琶湖疏水に架かっている橋で、後でこの橋へ戻ってきます。




桜とアブラナの競演。
美しさを競っています。
橋の上からカメラマンが撮影しています。




私も同じ方向を撮りました。




この道の突き当りが毘沙門堂です。
両側に住宅が並んでいますが、高級住宅街と言う感じがします。




毘沙門堂に向かって歩きます。
途中の民家で黄色い花の咲く木が有りました。
ミモザの花だと思いましたが、確信は有りませんでした。
自宅に戻って調べたらやはりミモザでした。
このようなミモザを見たのは初めてです。



毘沙門堂の手前まで来ました。
道路の両側に数本、サクラが植っており、花が咲き始めています。





これから毘沙門堂の境内に入ります。




境内の石段。
石段を登って行きます。


毘沙門堂に着きました。

石段を登って行きます。
赤い大きな提灯が下がっています。
ここに、女性4人組が居ました。
カメラのシャッターを押してあげました。



女性4人組です。
感じとしては、物見遊山的な人達では無いように思いました。




本殿です。
ここから、階段を上り、入らせて貰いました。
先に女性二人が住職の説明を受けていまして、一緒に聞きました。
本殿の天井は護摩木を炊くので黒くなっていました。
更に、奥に進みましたが、この先は有料でした。





拝観料を払わずに入ってしまいました。
受付へ戻り、お金を払います。




戴いたパンフレットです。




説明しているご住職です。




霊殿です。
この霊殿の室内に襖絵で、九老之間襖絵が有り、逆遠近法だと説明してくれました。
四角い机が見る角度で変化しました。
龍の天井画の部屋も有りました。




寝殿気后
観桜会が開かれるとき、三味線の奏者がズラーと並びます。




お庭です。
この庭には晩翠園と言う名が付いています。




本殿の裏側とお庭です。




入った本殿から外へ出ました。
外から本殿を見上げました。
朱が綺麗です。




咲き始めたソメイヨシノ。



こちらは寝殿の前のシダレザクラです。
まだ、咲き始めたばかりです。



別の角度から、寝殿の前のシダレザクラ。




こちらは寝殿兇任后
入口になっています。



外に出て、廻ってきました。
石垣と塀。綺麗な姿を保っています。
石垣がしっかりしており、城か、砦のようなイメージがします。



勅使門です。




勅使門からシダレザクラを見上げました。




石段を降りていきます。




歩いて来た方向を振り返ると。
勅使門を振り返りました。
白い筒が並んでいます。夜にライトアップされます。




毘沙門堂の前の道を戻ってきました。
途中、気がついたのは瑞光院と言うお寺です。
赤穂浪士の遺髪が埋葬してあると有ります。
ゆっくり歩いたので、このようなお寺が有ることに気が着きました。


琵琶湖疏水

第二トンネルの上流に設置してあった扁額でたどる琵琶湖疏水の地図です。
下流部にあったのですが、トップに持ってきました。

琵琶湖疏水を歩きます。

前方に見えるのが安朱橋です。
さき程、毘沙門堂へ行く前にこの橋の上から写真を撮りました。




これからスタートします。
スタートする前に橋の上で二人で収まりました。
セルフタイマーで映しました。
もう少しでタクシーが入ってしまうところでした。
右の二人。サングラスをしています。中国人です。自撮棒でやっていました。




橋の上から。
これが下流の景色です。
ここから、歩きます。





歩き始めて、直ぐに。
ウェディング姿の中国人を見かけました。
記念写真を撮るのでしょう。
前回も同じように見かけました。





疎水の中を覗き込む男性。
疎水に何か居るのでしょうか。





谷川が疎水とクロスしています。
右が谷川の上流。左が下流です。




浮き輪が完備しています。
万が一の時のためでしょう。




下流に向かって歩きます。



下流に向かって歩きます。
サクラの枝。
まだ、満開にはなっていません。




歩いて来た方向を振り返ると。
ポツポツと咲き始めたサクラが見えます。
カーブが良い形をしています。




歩いて来た方向を振り返ると。
3人のオバアチャン。
こうして3人で出かける事が健康の秘訣かも知れません。



下流に向かって歩きます。
種類が違うのか、右側が日当たりが良いのか。
左側のサクラはポツポツ。右側は満開状態です。



歩いて来た方向を振り返ると。
太い幹のサクラです。
振り返った景色ですが、良い景色でした。




前を歩くカップル。
このカップルは先ほど、毘沙門堂で見かけた人達です。





下流に向かって歩きます。
この頭上のサクラは、他のサクラに比べると、開いているほうでした。



下流に向かって歩きます。
疎水の中。
鯉恋が泳いでいるのが見えました。




このサクラ。
変ったサクラです。
花が俯いています。
ソメイヨシノで無い事は確かです。




歩いて来た方向を振り返ると。
誰も居ない風景でした。



歩いて来た方向を振り返ると。
単独で歩く人。
二人で歩く人が居ました。




下にびわ湖線、湖西線が見えます。
線路が複々線である事が良く判ります。



歩いて来た方向を振り返ると。
二人が歩いていきます。




カーブする線路。
鉄道を撮影するのに最適地です。
待っていても、中々列車は来ませんでした。


前方からウオーキングのグループが歩いてきました。





下流に向かって歩きます。
歩いて来たグループとすれ違います。



歩いて来た方向を振り返ると。
誰も居ない風景でした。



前方に見えるのは第2トンネルです。
ここで、歩ける道は疎水から離れていきます。




下流に向かって歩きます。
前を歩くカミさん。



右は新山科浄水場取水池となっています。




疎水はここから第3トンネルに入ります。
疎水に沿って歩ける道は無くなりました。


国道1号線。

疎水沿いに歩ける道が無くなり、国道1号線に出てきました。




国道1号線の坂を歩きます。




道にスミレが咲いていました。
アスファルトの割れ目です。
恐らく外来種でしょう。




前方に見えるのは蹴上浄水場となっています。
琵琶湖疏水から水を取水して京都市民の水道水を作っているのでしょう。


再び、琵琶湖疏水。

第3トンネルから出てくるところです。
サクラの枝が邪魔して見えません。
右側は導水していくみたいです。
蹴上浄水場はここから取水しているのかも知れません。


インクライン。

インクライン。
台車に船が載っています。
この状態だと船に雨水が溜まってしまうのではと心配してしまいます。



台車に乗った船と説明板です。




インクライン。
花見の人気スボットとです。




インクライン。沢山の人が居ます。




歩いて来て、ここで小休止。
ランチタイムにしました。

水路閣へ。

太い鉄管が2本。
蹴挙げの発電所への導水路でしょう。




流れて来た水がここで、行き先が分かれます。




水路閣の方へ流れる水路です。




水路を歩きます。



歩いて来た方向を振り返ると。
サラサラと言う感じで流れています。

水路閣に来ました。

沢山の人が居ます。




立派なレンガ造りです。




このカップル。
シャッターを押すのを頼んできましたので、撮影してあげました。




水路閣の裏側に来ました。





水路閣の水路の高さが判ります。
棒を横たわせて居ますが、あそこが水路です。





南禅寺へ来ました。

何千時の方丈に来ました。




南禅寺の表に向かって歩きます。




裏側から眺めた三門です。


哲学の道へ。

哲学の道に向かって歩きます。
右は斜面の水路を水が流れていました。
この水も疎水の水です。




哲学の道を歩きます。

この橋の足元から水が流れ出していました。
疎水の水がトンネルから出たところです。
ここで、新島襄・八重の墓へ行ける看板が立っていました。
ダンゴを売っていて、聞いたら20分ほど歩くのだと言っていました。




哲学の道でスケッチ画を売っています。
この日とは何時も、ここで絵を売っています。




哲学の道を歩きます。


京都駅へ

哲学の道から離れ、バス停へ来ました。
東天王町のバス停です。
京都駅へ向かいます。
バス停で、来るバスが何処にいるか表示しています。たまに乗るバスですが、進んでいると思いました。




京都駅行きのバスが来ました。




京都駅へ着きました。
バスの乗車場
沢山の人が列に並んでいます。



16時31分初の長浜行きが入線してきました。

感想
カミさんと琵琶湖疏水を歩きました。
2014年04月08日に歩きましたが、途中で断念しました。今回、歩き残した分を歩き、気が済みました。再度、歩くのならサクラの時期が良いと思っていまして、サクラの時期を選んで歩きました。疎水沿いのサクラは、まだ5分と言ったところでした。それでも、平日で混雑していないコースを歩けたのは良かったです。

疎水沿いを歩きましたが、何人かのウォーカーとすれ違いました。歩くコースとして、人々に知られているのだと思います。
今回歩いたコースは「扁額でたどる琵琶湖疏水」の地図が設けて有りますように、ウオーキングをするのに最適なコースで、お勧めです。

歩いて見て、最後には水路閣まで連れて行く事が出来ました。水路閣はテレビドラマで登場する有名なところです。煉瓦の橋脚部分だけを見せるのでなく、上部の水路部分も見せれました。

















コメント
この記事をはてなブックマークに追加