Kオジサンの新・山歩きの記


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「自然を楽しむ山歩き」  その後の活動  三 峰 山 (232m) 

2016-07-22 23:49:40 | アウトドア

「自然を楽しむ山歩き」の社会教育講座が6月10日で終了しました。その後に折角、山に親しみだしたので、サークルを結成して活動しようと言う動きが出ました。
SImaさんの呼びかけで、活動が始まりました。前回は岐阜市の金華山でしたが、私はその日は都合が悪く欠席しました。
今日は11名が集まりました。


集合場所は尾崎団地運動公園駐車場となっていました。
この場所は南運動公園と言う場所です。南が付いています。
ここで正しいのか判りませんでしたが、この場所で良かったです。
私が来ましたら既に集まっていて、定刻には皆さん集合しました。




集合して、色々とお喋りをしました。
そして、出発となりました。




前方の山が三峰山です。
登山口に向かいます。




三峰山。中央登山口に来ました。
これから登ります。




階段を登ります。
地元の人達が整備してくれたような階段です。




つづら折れの登山道を登って行きます。




あずま屋が有る所に来ました。
ニューヨークやパリへの距離を表す指標が残っています。
この指示標識。
明王山にも有りましたが、遠くの場所でピンと来ません。登山者から、評判が良くなかったのです。
それで、明王山の支持標識は撤去され、新しく伊吹山とか恵那山とか身近な場所を表示したモノに替えられました。何故、明王山の標識を替えたときに一緒に替えなかったのだろうか。このような事をやっているから「お役所仕事」といわれてしまうのです。




あずま屋に到達しました。
あずま屋には6~7名の人が登って来ていました。
何れも地元。尾崎の人達です。
知っているAさんも見えました。




あずま屋からの眺望です。
東南の方角を眺めました。
前方に緑の横の線が見えます。
岐阜飛行場です。
冬に来ると、景色が良く見えるだろう、と言う言葉が聞こえました。
塗料が剥げかかっているのが、気にかかります。




こちらは南西の方角です。
南から東海北陸自動車道が来ています。




クローズアップしました。
弧を描くような形の自動車道です。
左下で、権現山トンネルに入ります。




こちらは西の方角です。
金華山が見え、頂きに岐阜城を確認できます。




北側の本峰に向かいます。
指示標識が有ります。
右へ向かうと、北町登山口や東登山口に進みます。




本峰に到着です。




本峰で眺望を愉しみます。
西の方角。
金華山が見えます。




右はあずま屋から本峰へ来る時に有った標識です。232mを表しています。この数字はあずま屋の場所の数値です。
左は本峰に設けられていた標識で、250.8mを表示しています。後から数字を付けたのでしょう。
手作りでコツコツと作られたプレートですが、古くなり痛んでいます。塗料が塗られたように見えませんので、余計に痛むのが早いのかも知れません。




本峰を後にして、下山を始めました。




北町登山口を目指して下山して来ました。
見上げると、先ほど居たあずま屋が見えます。




指示標識が有ります。
ここから右に進むと北町登山口に出ます。
まだ、時間が有ると言うことで、東へ進んでみます。




花の無い時期です。
サルトリイバラを見かけました。
この葉を使った和菓子が有ります。
愛知県の大口屋。
三喜羅。生麩の饅頭です。




東登山口に向かってきました。
ここがピークのようです。




ピークからの眺望です。
右はこの場所の幹に落書きのように「中ノコブ 休ミバ」と書かれています。
ここから北町登山口へ引き返しました。




ピークからの北側の眺望です。
横に一線が見えますが、国道156号。日野バイパスです。
その向こう側。白い線のガードレールが見えますが、長良川左岸の堤防のガードレールです。
長良川は見えませんが、位置は確認できます。




ピークから北町登山口へ向かいます。





先ほど見かけた指示標識です。
この標識から、左に折れると北町登山口へ下山します。





雑木の山の中を下山していきます。





尾崎北町登山口に下山して来ました。





北町登山口に下山して来て、運動公園に向かって団地の中の道を歩きます。

南運動公園へ戻る途中、「売屋」の表示を何軒か見かけました。
ここ尾崎団地もバブルの時期に開発された団地です。その団地。時代が推移して、高齢者の団地となってしまいました。
団地全体の平均年齢が高いのでしよう。
推測ですが、息子や娘は遠くに住み、売りに出している。或いは、持ち主が特養などの施設に入っていて、売りに出ている。ケースは色々なのでしょう。


南運動公園から歩き始めたのが9時10分。公園へ戻ったのが11時30分でした。私は午後の予定が有りまして、お先に失礼しました。
「自然を楽しむ山歩き」を終了してから久し振りに、お会いした方もお見えでした。
午前中の短時間でしたが、久し振りに三峰山を歩く事が出来ました。



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越美国境の山  夜叉ヶ池 (1,100m) 

2016-07-16 23:45:23 | アウトドア

岐阜県と福井県の境。県境に夜叉ケ池があります。久し振りに夜叉ケ池に行ってきました。一緒したのはAさんです。Aさんと久し振りに山歩きをしました。
夜叉ケ池は越美国境に位置します。夜叉ケ池の北東には三周ケ岳。南西に三国岳が有ります。これらの山へはヤブを漕いで登らなければなりませんが、池までなら比較的登り易いです。
これまでに何回か夜叉ケ池へ向かった事が有りますが、何時行ったのか覚えが無いほど古い時の事です。
久し振りに夜叉ケ池へ行き、新鮮に思えました。



夜叉ケ池の駐車場へ着きました。
10台足らずの車が停まっています。
大抵は、岐阜ナンバーでその他に尾張小牧ナンバーの車でした。
珍しく川崎と水戸ナンバー停まっていました。
遠隔地のナンバーであり、夜叉ケ池が全国区になったのかと思いました。

今、見えてる人達と言葉を交わしました。
グループの人達は神戸町から来たと言っていました。
これから歩こうとしている人は瑞穂市からの人でした。



登山口に設置してあった登山道の地図です。




登山口から入ると、アジサイの仲間を見かけました。




歩き初めて、すぐに橋を渡ります。
以前来た時よりもしっかりした橋が架けてあります。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
登り始めはつづら折りの登り坂の登山道でした。
高度を稼ぎ、歩き易くなったところです。




先ほど、駐車場で出発準備をしていた4人組です。




4人組。
山の方角に向かって指しています。
夜叉壁の方向はこんな姿です。




幽幻の滝まで登ってきました。
ここで一休みです。



休みを終えて、歩きの再開です。




夜叉壁から流れ落ちる昇龍の滝です。
前日は雨だったので、流量が多いです。




夜叉壁。
このコースで一番険しい所です。




上の方に池があります。
夜叉ヶ池の辺りはガスって居ます。




振り返って後ろを見ます。
この谷を上がって来ました。




二人の女性が下山して来ました。
このお二人と言葉を交わしました。
各務原市から来たと話してくれました。




こちらのご夫婦ともすれ違いました。
何処から来たのかと言葉をかけました。
ご夫婦で各地の山へ出かけておられるようでした。



池の肩の場所に達しました。
ニッコウキスゲに逢えるかと思って来ましたが、既に花が終り、実が着いていました。



肩の場所から池へと降りて行きます。




夜叉ケ池です。
透明な水を溜めています。




夜叉ヶ池。
白いモリアオガエルの卵が木の枝に下がっています。




福井県側から登って来た登山者。
ジャラジャラと鈴を鳴らして登って来ました。
複数の人が登って来るのかと思いましたが、単数でした。




池の中に見えるイモリ。
何か、数が減ったような気がしました。




池に別れを告げ、池を去ります。

夜叉ケ池の水面は、何時も同じ高さを保っているように思います。
前日、雨が降ったのですが、水が溢れる出るというような事が有りません。
仮説ですが、すり鉢状をした池で、何処かに穴が開いているのではないかと推測します。一定の水量に達しても横穴から水が漏れてしまい、常時同じ高さの水位を保っているのではないかと思います。



下山します。
これから、この谷を降りていきます。




これから下山していきます。
急な傾斜です。
ロープが備わっています。




この70キロの標識は池の方角に向かって設置されていました。
夜叉ケ池伝説マラニックの標識です。
標識を見た時は、向きが違っているのではないかと思いました。
でも、この向きで正しいのでした。
麓から池へ向かって登り、帰路は戻って行きますので、この向きで正解でした。

7月23日に夜叉ケ池伝説マラニックが開催されます。
マラニックはマラソンとピクニックを結びつけた造語です。
http://homepage2.nifty.com/yasyagengorou/





下山していきます。




木々に色々のプレートが下がっています。
道沿いの木で、木の種類を紹介していて、遊歩道的な感じがしました。




登山口近くまで下山して来ました。
下に川が見えます。
水量が多く音を立てて流れています。




橋を渡ります。
橋が流れないよう、しっかり整備して有りました。




あの階段を登れば登山口で、その先が駐車場です。




私たちが下山して来た時、これから登る人が居ました。




登山口付近に咲いていた花。
花の名は判りません。




帰路。
旧坂内村。国道303号線から入って来た道を戻ります。
前にも、この道は通った事が有るのですが、こんなに長い距離だったのかと言う感じがしました。
道の延長が10キロかそれ以上です。

走っていて、若い男性。二人が前方から歩いてきました。
来週の下見でした。


悲しい夜叉ヶ池伝説
13.03.02.大垣市墨俣町へ吊るし雛を見かけました。
吊るし雛を巡るイベントで、ある1軒の家で紙芝居を演じてくれました。


民家。
これから紙芝居をやるよー。と言って皆を呼び込んでいました。
やってくれたのは、オバチャンでした。



夜叉ケ池伝説の紙芝居の始まりです。




安八大領安次。
旱魃で困りました。
紙芝居には安八大領安次と有りますが、安八太夫安次と書かれているのもあります。




旱魃で困っている安次の前に小蛇が現れました。
雨を降らせて欲しいと言う、安次の願いを聞き分ける。
その代わり・・・・・・。
願いどおり、豪雨がやってきました。



安次の元へ蛇の化身。若者が現れます。
3人の娘の内、一人の娘を嫁に差し出さねばならなくなりました。



泣く泣く、娘は蛇のところへ嫁ついで行きます。

夜叉ケ池に悲しい伝説が残っています。蛇は、実は龍の化身だった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E5%8F%89%E3%83%B6%E6%B1%A0

墨俣町は安八郡墨俣町でした。平成の大合併で大垣市と合併して大垣市墨俣町となりました。中山道と東海道を結ぶ美濃路の宿場として栄えました。
いき粋墨俣 つりびな小町めぐり 2013として、スタンプラリーが開かれていました。13.03.02.に墨俣の吊るし雛へ訪れました。
http://blog.goo.ne.jp/gifu2212/e/11fd0a60c21bd896607f331454e59468




感想
久し振りの夜叉ヶ池でした。
ずーと前に登ったのでですが、前に登った時の印象が残っていなく、初めて登ったように思え、新鮮に感じました。
ニッコウキスゲを見たいと思って、登ってきましたが、今年は雪が少なく、全体的にどの山でも花の開花が早いようです。
単独や二人連れ。人気の有る山だと感じました。
紙芝居を見る前に夜叉が池に登った事が有りますが、今回、夜叉ケ池へ来て、あの時見た紙芝居と現地が結びつきました。







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霧に包まれた山   乗 鞍 岳 (3025.7m) 

2016-07-14 23:55:23 | 山遊すずらん会

この度、「山遊すずらん会」が発足しました。今まで「各務原歩こう会」を継続してきましたが、会員の高齢化に伴い、退会する人が出るなどして、維持していくことが困難となり解散したものでした。その後は、会員同士が車で出掛けたりしていましたが、バスで出掛ける事になったのは、今回が初めてでした。
解散となった後にバス会社へ出掛けて交渉したりと、難儀なことが伴いましたが、一歩一歩階段を登るが如く積み重ね、漸くバスで出掛ける運びとなりました。7月の予定では福井の取立山に行く計画でしたが、取立山へはミズバショウの時期に行った方が良いと言うことで、乗鞍岳へ行くこととなりました。
バス会社との折衝では行程表を示し、バス代の費用を積算して貰いました。バス代は消費税込みで82,080円。高速代や駐車料金を含めて92,000円余の額でした。
今回のためにKサンが4人の友人を誘って来てくれました。また、新しく4人が仲間に入ってくれました。総勢21名の人数になったのです。バス代、諸費用を21人で割ると1人4,500円余りとなりました。
普通、ツアー会社の募集ですと6,980円くらいが相場です。自家用車で行ったりすると朴の木平でシャトルバスに乗り換えなければなりません。そのような事から、乗り換えもせずに、安価で行けるのがバスでのグループ登山の良いところです。
ただ、実施に漕ぎ着けるには相当な困難が有りました。

実施日は14日で、予備日が19日となっていました。天気予報と睨めっこ。14日は大丈夫だろうと踏んで、実施に踏み切りました。
バスが乗鞍スカイラインを登り出すと霧に包まれました。


バスは国道158号線を走っていて、途中、左折して乗鞍スカイラインへ向かいます。



乗鞍スカイラインはキリに包まれて居ます。
前方からバスが下りてきました。
長野県のアルピコ交通のシャトルバスです。
松本へ向かっていくのだと思います。




高度が上がってきました。
視界何メートルでしよう。
道がカーブしていくのが判ります。
晴れていれば、北アルプスが一望できると思います。



畳平の駐車場に着きました。
霧に包まれています。
バスのドライバーが料金所の職員に、何度有るかと聞きましたら、8度だと返事が有りました。




準備運動をしてから登ります。




登り始めたところです。




お花畑に通じる道です。
先ほど、バスの団体がここから降りていきました。
私たちも、その後に続けば良いと思っていましたが、この先、途中までしか行けませんでした。

観光バスが2台来ていました。
藤沢と平塚から観光バスが、来ていました。
バスのドライバーと言葉を交わしましたら、昨日出てきて、奥飛騨温泉郷に泊まり、今朝、ここまで上がって来たと話してくれました。お花畑を散策するだけですので、スニーカーでも構いませんが、半袖姿の人が居て寒そうにしていましたのが気にかかりました。



畳平の総合案内図です。
お花畑の先には黒い×印が打って有ります。
あのまま、進んでも途中で引き返さなくてはなりませんでした。




点線で描かれた道を歩きます。
砂利道ですが、車が入ってこれそうな道です。




イワツメクサだと思います。




こちらはコマクサです。
霧の露がかかっています。




霧に包まれて歩きます。




霧が消え、前方の視界が開けました。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
まだ、歩き初めです。
楽に歩いています。




コロナ観測所への道と分岐となる箇所です。
この時は、晴れて陽が差しました。




霧が晴れ、乗鞍エコーラインが眼下に見えます。




砂利の道を歩き、進んで行きます。
前方から下山して来た人が居ます。
早朝に登り始めたのでしょう。




乗鞍エコーラインです。
道に黒い点のように見えますが、上の点は自転車の人です。
下から自転車で登って来ています。



雪渓でスノーボートで滑る人たちが見えます。



スノーボーダーをズームしました。




陽が照り、影がはっきりしています。
前方に肩の小屋が見えます。





道端の高山植物。
何と言う名の花か判りません。




肩の小屋の横で休憩を取りました。
この先がキツイ登りとなります。
Kさんが案内してきた4人の女性。初めは別行動で魔王岳にでも登ると言っていたのですが、一緒に登っています。




キツイ登りです。




登ってきた男性が待って居てくれます。
この男性、何処まで行って来たのでしょう。
私たちが歩いていた時、追い抜いて行ったのです。





霧に隠れてしまいそう。




蚕玉岳の標柱です。
左は下山して来た人達です。




中学生の団体が下山して来ました。
みんな、同じ方向を見ています。
ライチョウが居るのだと教えてくれました。
右側はライチョウが居るといわれた方角です。上手く写せていませんが、このような状況の中。ライチョウを目にする事が出来ました。




山頂の小屋まで着ました。




山頂です。
風が強く雨も振りだしました。

強い風が吹いています。駐車場で8度と言っていました。山頂では7度くらいか。風が吹いているので、5~6度になっているかも知れません。




瞬間的に視界が広がったりしました。
こちらは長野県側の眺望です。




風が強く山頂に長く留まって居れません。
下山します。



前方。
霧が引くと視界が広がります。



右側の建物は山小屋の売店です。
小屋の左の場所で昼食を取ることにしました。




霧が晴れた瞬間です。




霧が晴れた瞬間。
岐阜県側で、残雪と池が見えます。



霧が晴れた瞬間。
これは山頂の方向です。
左側が登る人。
右が降りてくる人達。
一方通行になっています。




一瞬、晴れても、ベールを被るように隠れてしまいます。






こちらは下山して行く方向です。




中学生たちが山頂から降りてきます。





昼食を済ませ、下山にかかりました。




一瞬、晴れた乗鞍エコーラインの方角です。



下山途中、中学生の団体が座っていました。先生が写真を撮影しています。
先生に言葉を掛けましたら、松本の中学生だと応えてくれました。
全部で160人ほどだが、登りに来たのは150人位だと言っていました。



視界が霧に隠れてしまいそうです。
ゴロゴロと嫌な音が聞こえてきます。





下山して行きます。




九十九折れになった登山道です。




雨が音を立てて振り出しました。
暫く、肩の小屋で様子を見ました。

小雨になったので、歩き始めたところです。




霧に包まれています。




畳平に到着です。




畳平の駐車所にバスが停まっていました。
先ほどの中学生たちが下山して来ました。
バスのステッカーには信州大学教育学部付属松本中学校と書かれています。


何年か前の事です。
西穂高口駅から西穂山荘へ歩いていた時に中学生の団体とすれ違った事が有ります。
その時、中学生に何処から来たのかと聞きましたら、川中島中学校だと応えてくれました。
また、別の時。何処の山だったか覚えていませんが、清内路中学校だと応えてくれた時も有ります。そして、今回は松本中学校でした。
長野県は、学校から引率して山に登っているのだろうかと思ってしまいました。





畳平で2台の自転車が走ってきました。
右と左の人。一緒の人達なのか、別々なのか判りませんが、少し離れていました。
先ほど、乗鞍エコーラインで見かけた自転車。
その時の人だろうか、別の自転車なのだろうか。



下からタクシーが上がって来ていました。
ドライバーと言葉を交わしました。
「何処から来たの」と聞きましたら、「上高地の帝国ホテルから来た」と言いました。「帝国ホテルからここまでだと、幾らくらいするの」と聞いたら、「13,000円かかる」と言いました。そして、「何人乗せて来たの」と聞くと「2人乗せて来た」と言いました。
帝国ホテルに泊まって、乗鞍へ。
凄い、贅沢だと思いました。
こんな具合なら、帰路。列車に乗るのだったら、特急でグリーン車なのでしょう。そんな事を想像したのです。

感想
Kさんが誘ってきた4人の女性たち。結局、剣が峰まで行って来ました。ハマってまいそう。何て言ってる人も居ました。
これまで、このような山に登ったことの無い人達。
良く登りました。

乗鞍までバスで行って来ました。朝、6時に各務原を出発しました。各務原へ何時頃に帰ってきたか覚えていません。でも、午後6時過ぎには戻ってきたのではないかと思います。誰かが言っていました。こんな事が出来るのも、東海北陸が出来たからだと。
東海北陸自動車道ができる前には、乗鞍の日帰りなんて、考えられないことでした。このように便利になる。有り難い事です。

初めは霧に包まれていて、山頂から降りてきた時は霧が切れました。そして、肩の小屋辺りにクルと雨が振り出しました。肩の小屋の手前では、ゴロゴロと雷が鳴り出しました。
雨が降ってきました。白いものが混じっています。良く見ると、雹の赤ちゃんでした。直径が2から3ミリ程度です。こんなのが空気の上昇と下降を繰り返すとパチンコ玉くらいになり、それが進むと飴玉くらいに成長してしまいます。

すずらん会が発足して、初めての本格的なバスの山登りでした。
何事も本格的に始動させるのは大変な事です。こうして第1回目が出来ました。今後は、もう少しはスムーズに事が進むことだと思います。
もう、次回の行程表と見積書が届きました。今後は軌道に乗っていくことでしょう。

















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ミツルのテントサイト  夏期懇親会

2016-07-09 23:39:11 | ミツルのテントサイト

ミツルのテントサイトの夏の懇親会が開かれました。
会場は岐阜市神田町の「馬喰一代」でした。

山の仲間同士でしたが、山の話題よりも、健康の事や年金の事など山に関係ないことで話が盛り上がりました。これも、同じ年代で、身近な事が話題となったからです。


土曜日の11時半です。
昼食の時間帯。
多くの客が訪れていました。




ここは、お帳場と言うか、受付の場所です。
受付嬢は誰も居ませんでした。
それだけ忙しかったのです。
暫く待って、部屋に案内してもらいました。
実は、私5分ほど遅刻してしまいました。

色紙が一杯貼ってあります。
周冨徳や林家三平は読めますが、読めないのが多いです。




久し振りに逢いまして話が尽きません。




手前はサラダ。マヨネーズやドレッシングでなく左側の味噌をつけていただきました。
向こう側は焼き野菜です。炭の七輪で焼いて戴きました。七輪と言いましても、珪藻土の七輪出なく鍋のような形をした
七輪でした。
そこでは、お肉も焼きました。
右はザル豆腐です。自家製のトロッとしたタレをかけていただきました。
一番奥。サラダのリンゴに隠れてしまいましたが、鱧のマリネです。初夏の鱧。美味しかったです。



今日のメイン。
牛肉です。
この量で100グラムです。
柔らかくて美味しかったです。

この後に御飯と赤出汁が出て、最期はゼリーを使ったデザートが出ました。



久し振りに遇いまして、話が盛り上がりました。
「馬喰一代」に何時まで居たのか覚えていませんが、2時間以上居たと思います。
もう、次の開催。
年末の話が出ました。
11月の最終土曜日となるようです。
そして、その時はカラオケが控えているようです。
ご都合が付く方はご参加ください。



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一宮友歩会・第63回ウォーク例会 名古屋市東区を歩く 史跡巡りシリーズ・名古屋編Part7  

2016-07-02 23:19:16 | 一宮友歩会

一宮友歩会の7月例会が開催されました。友歩会の例会は、通常は偶数月に開催しています。8月が開催月となりますが8月は暑いので、7月に開催しています。今日は、梅雨の合間でありながら、気温30度を越える暑い日でした。
今回はJR千種駅の出口から向かい、今池西公園で出発式を行いました。その後は北の徳川園に向かって歩き、途中は建中寺、徳源寺に寄りました。貨幣資料館や名古屋市政資料館に寄ったりして地下鉄の新栄駅にゴールしました。

JR千種駅 → 今池西公園 → 物部神社 → 建中寺 → 徳源寺 → 徳川園 → ルーテル復活教会

 → 了義院 → 三菱東京UFJ銀行貨幣資料館 → 二葉館 → 山吹谷公園 → カトリック主税町教会

 → 名古屋市市政資料館 → 烏ケ池 → 貞租院 → へちま薬師 → 地下鉄新栄駅



第63回例会のコース地図です。http://www.geocities.jp/jk2unj/datagazou/63map2.pdf
名古屋市東区内を歩いてきました。





JR千種駅からでて、東側の今池西公園で出発式が有りました。
出発前で、ラジオ体操をしています。
この公園へ来て、クマゼミの鳴き声を聞きました。
クマゼミの鳴き声は今年初めて耳にしました。あの鳴き声を聞くと一層、暑さが増ます。



公園からスタートしました。




物部神社へ来ました。
都会の中で、木が繫る場所でした。




建中寺に来ました。




建中寺の名は知っていましたが、この寺に来るのは初めてです。
立派な門が有ります。




木陰で会員の安井さんの説明です。




説明に使った資料です。明治20年の名古屋市の地図です。
明治であっても、江戸の頃と、大して変わっていません。
東海道線が載っていますが、まだ全線開通はしていません。今の名古屋駅は名古屋のハズレとなっています。
大正のはじめに下水道が開通したそうです。下水が出来ても、処理場へ流れていくのでなく、川へ垂れ流しだったのだそうです。堀川や新堀川に流れていきました。未処理の汚水が流れていったので、汚かっただろうと言う事でした。
この地図。まだ、中央線が出来ていないし、今朝の千種駅の東辺りは何も無い状況です。名古屋城の南は武家屋敷が並び碁盤の目の状態になっています。
地図の解説で、名古屋台地と言う言葉が出てきました。台地上に家々が並び、大地のしたが畑や田です。そのような観点で地図を見ると、地図を見る事が面白くなります。

一宮友歩会の例会は、単に歩くのでなく、会のブレインが解説してくれます。このような事で、知識を深める事が出来ます。





門が2箇所有るように感じます。
あの奥が建中寺です。




徳源寺へ来ました。




境内の建物に相撲部屋の表札が下がっています。




7月10日から名古屋場所が始まります。
東京から九重部屋が部屋を構えています。
多くの人が稽古を見に着ていました。
タマタマ、7月例会が東区を歩くこととなっていました。
こうして、相撲部屋が名古屋場所で来ているところを見られたのは、ラッキーでした。




境内に幟旗が立っています。


裏返しで読み難いので、反対にしてみました。
千代の国や千代大龍。
千代皇は東京世論会と有ります。与論島の出身なのでしょうか。
九重部屋はみんな、千代が付きます。
外国人力士の多く、が上位を占めている今の時代です。
日本人力士に、少しでも、上位を目指して欲しい所です。
http://www.chunichi.co.jp/event/sumo/about-lodgings.html
http://www.chunichi.co.jp/event/sumo/lodgings/19.html



徳源寺の佛殿。




徳源寺の境内です。
これから寺を出発します。





徳川園へ来ました。




徳川園の内部です。
左がお庭で、正面は徳川美術館です。





徳川園の中の通路。
緑が一杯です。




次に来たのはルーテル教会です。
日本福音ルーテル復活教会。
予定に無かったのですが、牧師からお話が聞けました。




話の後に教会の中に入らせて貰いました。
船底天井となっています。




歩いていて、歩道にルート表示があるのを見かけました。
この表示に沿って東区を歩く事が出来ます。




貨幣資料館に来ました。




資料館の内部です。
各国の貨幣や、わが国の貨幣、紙幣。色々の資料が展示して有ります。
今の時期。特別展で、「広重 富士三十六景の世界」が開催されていました。有名な樽の中に小さい富士が見えるものや岩の上から投網を打っているもの。色々並んでいました。




こちらは金のなる木です。
大判小判が下がっています。この大判に触れる事が出来ました。
右側の人は眼が不自由な人です。
大判を触って感触を確かめています。




館内の資料展示。
紙幣が出来る行程を解説しています。




文化の道。
二葉館の前を歩きます。




山吹谷公園へ来ました。
ここで昼食時間を取りました。
時間となり、これから出発します。
町並み保存地区の説明です。




次に来たのはカトリック主税町教会です。




教会の敷地内に「ルルドのマリア様」と、ルルドを模した洞窟が復元されています。
以前にこの教会へ来た事が有りますが、敷地内にこのようなルルドの洞窟があるとは知りませんでした。




洞窟とマリア様。




予定していなかったのですが、教会関係者の人が説明してくれました。




白壁地区。
武家屋敷街を歩きます。




武家屋敷外を歩きました。
この一角に名古屋拘置所がありました。
高層のビルです。




名古屋市市政資料館に来ました。




資料館の内部。
立派な階段です。
ここは何度も映画やテレビのロケで使われています。





資料館から出ます。
暑い中を歩いて来て、多くの人は休憩室で休憩していました。
この資料館へは幾度も来ていますので、改めて見学しようと言う気には、なりませんでした。他の方のソウだったのでしょう。




烏池です。




圓明寺の石鐘。
先の大戦で寺の鐘を供出し、その後に石鐘が吊るされました。
その姿が今も続いています。




圓明寺の石鐘の説明板です。




貞租院へ来ました。
内部が極彩色となっているようです。




へちま薬師へ来ました。





本殿とへちまの下がった手洗場です。




へちま薬師を出て松山公園に来ました。
地下鉄新栄駅がゴールですが、その近辺には解散式を行える適当な場所が有りませんので、この公園で解散式を行います。

感想
梅雨の合間の暑い日に名古屋市の東区を歩きました。名古屋場所を控え、相撲部屋の宿舎で稽古の様子を見る事が出来たのはラッキーでした。このような事。夏の盛りを迎える名古屋の風物詩かも知れません。
暑い中。良く歩きました。

一緒に歩いたMさんのホームページです。
http://www.geocities.jp/jk2unj/nagoyap7.htm

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岳友 タンネの会 定例会議

2016-07-01 23:07:47 | 岳友 タンネの会

岳友タンネの会の定例会議が開かれました。
これは、4月~7月の山行実施報告と8月~11月の山行実施計画を議題としたものです。

行って来た山を写し山行の報告です。

今後、行く山の紹介も有りました。
8月には北アルプスの乗鞍岳。山陰の大山も予定されています。

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山遊 すずらん会  バス会社へ

2016-06-22 23:32:03 | 山遊すずらん会

昨日、山遊すずらん会の発足会が有りました。すずらん会の前身である各務原歩こう会の時は、これまで、バスで目的地の山に向かっていました。それで、すずらん会でもバスで向かうような動きとなりました。
すずらん会のKサンが、バス会社との折衝で一生懸命取り組んでいました。これまで、私がその折衝役を勤めていました。それで、顔つなぎと言う事も有り、バス会社へ行って来ました。


岐阜市のタクシー会社です。
こちらの会社に行って来ました。



ズラーと並んだ大型バスです。
平日ですので、バスが遊んでいるのかも知れません。
私たちが使うのは、小型バスか、マイクロバスです。
私たちの山行を担当し、窓口となってくれたサンが来月、退職します。彼の在任中に1回は取り組む事が出来ます。
今日は会長とKサンと私。先方はサンと新しく担当となるMサンでした。顔合せが出来ました。

一段一段の階段登りです。
また、今日バス会社へ行って来たことに寄り、一段階上へ上がる事が出来ました。

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山遊 すずらん会  発足会

2016-06-21 23:05:14 | 山遊すずらん会

これまで各務原歩こう会に首を突っ込んでいました。会員の高齢化や諸処の理由で退会する人が出て会を継続していく事が困難となり、4月の山行を持って解散となりました。
その後、5月には関市の武儀権現山。6月には各務原市の明王山へ出かけたりしていました。
解散してから、Kさんの努力する姿が有りました。ソレを見ていて、手助けをせずに居れないように見える程、頑張っていました。
一旦、ポシャッた会を再び立ち上げることは、大変な事です。
参加する意思の者に連絡し、会場を押さえ、参加者が集まって新しい会を形成する運びとなって行きました。団体として行動するからには規則も必要ですし、金も必要となっていきます。苦労して、新しい会が発足する段階に漕ぎ着けました。
今日、発足会を開催しました。


これまでの会員。
そして新しく加わってくれた人達。
20名ほどの人数となりました。
当会はバスで目的地の山に向かうのを原則として居ますので、これだけの人数が維持できれば継続していく事が出来ます。



発足会の式次第です。
規約を承認し、役員を決め、今後の山行計画も練られました。


これまでの歩こう会の形は1人に職務が偏っていました。それに、これまでの会は、リーダーの育成に努めて来ませんでした。今後は、山行の時にリーダーとして先頭を歩く人を育てていかなければと思います。これからは、「一人一役」を合言葉を進めていきます。
やっと、階段を2段ほど上がった段階を迎えました。まだまだ、色々と困難な事柄が出てきます。じっくりとやっていければと思います。それにしても、思うことは解散をせずに休会となっていたら、と言う事です。一度、壊けてしまったものを建て直すのは大変な苦労が伴います。


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スリランカの山  シーギリア・ロック  (標高約370m)

2016-06-18 23:22:51 | 旅行

済州島へ行った時の事ですが、初めての海外の山登り  済州島 城山日出峰(182m)」としてと紹介しました。 http://blog.goo.ne.jp/nkataoka1948/e/6435263e8c39f21841b55664eae62075
今回は、スリランカでシーギリア・ロックに登りましたので、海外の山登りとしては、2山目となります。ただ、長い階段を登って行っただけですから、山登りと言って良いものか、どうかとも思いましたが、山登りとしてアップしました。
シーギリア・ロックは標高約370m、岩頸そのものの高さは約195m、と書かれています。約200mの岩山で、全方位が切り立った崖になっています。約1,200段の階段の山を登ってきました。
山頂からの眺望は良く、視界が広がっていました。


登山口に有る駐車場へバスが着きました。

地元のサポーターが近寄ってきました。サポーターは登る人を手助けし、お金を得るというものです。彼らの収入の糧となるものでして、五月蝿いくらい言い寄ってきました。
ガイドは2,000ルピーくらいの金額だと話し、必要が無いのならキッパリと断るようにと言っていました。




登山口に向かって歩いて行きます。





ガイドが人数分の入場券を買い求めました。
4,260ルピーとなっています。邦貨では3千円余りです。少し高いです。外国人とスリランカ人では、料金が違うようでして、外国人から不満が出ています。
半端な金額ですが、違っているかも知れませんが、30ドルとか。ドルでキリの良い数字なのだと思います。



上から見下ろしたシーギリア・ロックです。
バンダラナイケ空港に着いた時、垂れ下がっていた幕を写したものです。
テーブル状で、山頂辺りは段々となっています。




登山口へ向かっていきます。




これから登るシーギリア・ロックです。




これから登るシーギリア・ロックです。




シーギリア・ロックを大きく。




更に、ズームで。
螺旋階段が見えます。
その左側でシートで覆われたような箇所がシギリア・レディが岩肌に描かれている所です。
絵自体が文化遺産ですが、あの場所へ登っていって仕上げた事が凄いと思います。



ズームレンズを使いました。
最大です。
人は見えませんが、フェンスが見えます。



登山口の階段へ進む途中。
イグアナと猿を見かけました。
イグアナと聞いて、ガラパゴスのイグアナを想像してしまいました。良く考えたら、アチラは海イグアナでした。人の直ぐ近くに居て、逃げようともしませんでした。
右の猿。なんと言う種類の猿か判りません。でも、昨日見かけた猿とは違う種類です。
イグアナが居たり、サルが居たりで、柵の無い動物園に居るような感じがします。
それから、青大将のようなヘビも見かけました。
この時のヘビ。コブラでした。




階段を登り始めました。
地元のサポーターが付きまとってきます。
ガイドは必要なら最初から頼め。2,000ルピーが相場だと言っていました。
必要な人には交渉するつもりだったのでしよう。
途中から頼んだりすると、トラブルが発生する事が、有るようです。




手を差し伸べているのがサポーターです。
頼みもしないのに、手を差し伸べてきます。
この状態の時。要らないとキッパリ言わなくてはなりません。




岩のトンネルをくぐり、進みます。
この場所。
オーディエンス・ホールとなっています。




階段を登って行きます。
階段が磨り減っています。長い年月が経過したと思います。




登って行く様子です。
motaさんが撮ってくれました。



まだまだ、サポーターが居ます。
しつっこいくらい、言い寄ってきます。
その日の収入がかかっているので、必死になるのは、仕方が無いかも知れません。




少し登ってきました。
階段を登っていて、視線を横に移しました。
急な崖が見えます。




まだまだ、階段が続きます。
両側のレンガ。
雨風で、角が丸くなっています。
その事が歴史の古さを想像させます。




登って来ました。
後ろを振り返ると沢山の人が押し寄せ、声が聞こえます。
中国人たちです。
ガイドは中国人で込み合い始める前に、山頂へ行きたいと思っていました。
中国人たちに混じって登るとなると、思うように登る事が出来なくなります。




鉄製の階段を登ります。





階段が続きます。
あの螺旋階段を登ります。




長い通路です。
このコースは登りの一方通行となっています。
右側の岩。
筋の模様が見えます。
シーギリア・ロックは火山だったようです。
溶岩の縞模様なのでしょうか。




螺旋階段を登ります。




螺旋階段は一方通行となっています。
こちら側は上りで、向こう側に下りが有ります。




螺旋階段を登った廊下のような場所にシギリア・レディがありました。
スリランカの国宝に匹敵するものです。
撮影禁止となっていました。
これは旅行パンフから引用しました。

この場所に来るだけでも大変な事です。
このような場所に、良く描き挙げたものだと感心しました。




螺旋階段を降り、更に進みます。



左側が壁のように塀が設けられた所です。
鏡廊下と言う意味でしょうか。
そんな所を通過して行きます。




踊り場のようなところに出ました。
壁が低くなり、眺望が利く場所です。




登山口に向かった時の道が見下ろせます。




踊り場のような場所からは、下界の眺望が広がります。
密林の海。と言った感じがします。





更に進みます。
この辺り。
階段がありますが、横にスライドして行く形で、歩き易いです。




シーギリア・ロックが正面に見えた場所を見下ろします。
あの場所からシーギリア・ロックを見上げました。
右上の隅に小山が見えます。
昨日、見たダンブッラ石窟寺院が有った山だと思います。



横幅が狭く、一方通行の通路です。
フェンス越しに覗くと、怖いような通路です。





またまた、階段が始まりました。
今までは一方通行でしたが、ここからは対面で歩きます。



階段が始まったところです。
これまでが一方通行で、ここかには対面通行で歩きます。




途中。
広場のようなところに着きました。
距離にすると三分の二くらいです。
高さでは半分ほど登ってきました。
ここで、全員が小休止し、息を整えます。



ライオンの両手。
あの場所から再び登るのですが、この場所で小休憩を取りました。
半分の高さまで登って来たのでしてガイドは、登るのが困難な人は、ここで待っていても良いと言っていました。
それでも、全員が再び登り始めました。



柵があり、近寄れませんが、ライオンの足は自然の岩を刻んだようです。




階段を見上げました。
休憩の後、全員が再び登り始めました。



階段を見上げました。
急な階段です。




急な階段です。
まるで、空中を上がっていく。そんな気分になります。




上りの階段と下りの階段が区分けしてあります。
トラピクスのバッジを付けた人達とすれ違いました。どちら方面から来たのと聞きましたら、関西からでした。大阪のオバチャンたちです。「アメちゃん、持っている」?と声を掛けましら、「持っている」と返事が有りました。
それに、「後、3分」と励まされました。




階段を登って進みます。




山頂へ来ました。
みなさん。成し遂げたと言う事で満足そうな表情をしています。
お疲れ様でした。




山頂から隣の山を眺めます。
昨日、ダンブッラ石窟寺院から、シーギリア・ロックの隣に見えた山でしょう。



山頂はこんな様子です。
テーブル状のシーギリア・ロックでも、段々になっていて、この辺りが一番高い場所です。




テッペンで。
motaさん。Oさん。と一緒に記念写真に納まりました。




山頂からの眺望です。
横に白い線が入っています。
海なのだろうかとも思いますが、詳しくは判りません。

ポロンナルワ遺跡の近くの湖かも知れません。




山頂の辺りを歩きます。
左へ向かうと周回できます。



山頂からの眺望です。
良い形をした山が見えます。



山頂辺りの景色です。





麓の方角です。
1本の道が通っています。
先ほど通ってきた道です。




サングラスの男性がガイドです。
この後、山頂周辺を周回しました。




四角い池のようですが、王が使ったプールだそうです。
人々に、下から水を運ばせたのだそうです。
背中にタルを背負って運んだのでしょうか。王は凄い権力を保持していました。




山頂部はこのようななっていました。



下から山頂部を見上げました。
凄い数のレンガが使われています。
レンガを山上で焼くことは無いと思いますので、下で焼き、運び上げたのでしょう。
その労役に従事した人達。
何千人か。
何万人か。
人々の上に絶対権力を保持した王が君臨していました。



玉座です。
君臨した王様が座った場所です。
横の壁に溝が刻んであり、少しでも涼しくなればと水を流したのだと説明してくれました。
ここに座ってはいけない事が判ります。



山頂方面を見上げました。
これから、下山を始めます。




これから下山にかかります。
外国人も登りにきています。




狭い階段を下って行きます。




あの場所が広場です。
左の裸足の人。
地元の人だと思います。




上りと下りが分かれています。
左側。
中国人が登ってきました。




広場を見下ろします。
ビルから下を見下ろしているような感じがします。
高所で怖い感じがします。

スズメバチが襲ってくる事が有るようです。
広場で上に見える細長い建物ですが、ハチから避難する避難所のようです。
季節に寄って活発になったりするのか、私たちの時は何も感じませんでした。


急な階段。
この部分は上りと下りが一緒になった部分です。




上を見上げました。
列になって下って行きますが、後ろはスリランカ人だと思います。
土曜日で多くの人が訪れていると、ガイドが話していました。




上りと下り。
混雑しています。




大岩の凄い壁です。




広場までもう少しです。
人の往来が多く、中々前に進みません。
サングラスの人は中国人です。
広場までもう少しです。




ようやく、ライオンの脚の間まで降りてきました。



広場まで降りてきて、下って来た階段を見上げました。
あの階段を下りてきた。
よく行って来た。
そんな気持ちがしました。




広場から下へ向かっていきます。




下りながら上を見上げました。
あの巨岩のテッペンへ行って来ました。




螺旋階段です。
右側が上りで、左側が下りです。
螺旋階段を登ったところの左側にシギリア・レディの絵が有りました。




ここまで、下りてきました。
この場所にも巨岩があります。



お疲れ様でした。
下まで降りてきました。




下山して来て。
ヘビ使いがコブラを操っていました。
岐阜グループの人がお金を払っていました。500ルピーと言っているのが聞こえました。


感想
今回。21人の人がサポーターを頼まずに、自力で登って来る事が出来ました。みなさん、良く頑張ったと思います。
ガイドはシーギリアロックへ登るのが、今回が99回目だと言っていました。次回は100回で、節目となる回です。何回はどのようなグループだったと覚えているのだろうか。

シーギリア・ロックには古い歴史があります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%83%A4
今でこそ、鉄製の階段となっていますが、当時は木で階段を作ったのではないかと想像します。王のプールのために水樽を背負って登った人。沢山のレンガが有りました。生涯、レンガを作り続けた人。想像が膨らみます。

階段の連続する通路。巨岩のシーギリア・ロック。
滅多に来る事が出来ない場所に来る事が出来て良かったです










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三つの自治体が接する山  明王山 (384.5m) 

2016-06-12 23:59:38 | アウトドア

旧国名が接点となる山で、三つの国が接しているので、三国山と名付けられた山が全国各地にあります。今日、登ってきたのは、旧国でなく地方自治体。各務原市、関市、坂祝町の3つの自治体が接点となる山で、明王山です。2市1町の接点が頂となった山です。

各務原市の鵜沼の森の駐車場に集合して「うとう峠」を歩き、猿啄城の登山口から登り初めました。当初は鵜沼の森に集合して、下まで歩いて行ってJR鵜沼駅からJR坂祝駅までの1区間を列車で行き、坂祝駅から猿啄城址まで歩いてから登り始めてはと考えていました。Sさんから中山道を歩いて行ったらと言う提案が有りました。中山道を歩いた後、国道21号を歩きますが、その後に登山口へ向かうのに、グルッと廻らなければならないと言う懸念が有りました。
実際、歩いてみたら、大回りしなくても済む道が有りました。

明王山は近郊の山で多くの人が訪れていました。若い人も訪れており、人気の有る山だと思いました。



各務原市都市計画図から引用しました。
明王山は各務原市。関市。坂祝町の接点となっています。山頂には三角点の印は付いていません。



9:04
日本ライン鵜沼の森の駐車場に車を停め、出発しました。
前方の三角の屋根はもりの本やさんです。




中山道を歩き始めました。
石畳が敷設してあり、往時の雰囲気を出しています。
ここは分岐点となっています。
左へ進むと明王山に向かいます。帰路はここから出てきます。
道の両側にはアジサイが見えます。



杉木立の道です。




中山道の表示があります。
先に進むと新しく架けられた橋が有りました。
かつて、橋として使われていた丸太が残っています。




9:23
更に進むと、道の両側の草が刈られていました。
右は進むとトンネルで、鉄道と道路の下を潜ります。
左は草刈りをしていた男性と私たちの後ろを歩いて来た男性。ここを通過した時は、お礼の言葉を掛けました。




左はトンネルに下りていきます。
右はトンネルの中から外を見ました。




トンネルから出ると階段を登ります。
階段を登りきったところに中山道の表示が有りますが、判り難いです。




右 階段をあがり、国道21号線の歩道に向かいます。
左 中山道の表示が有ります。



国道21号線の歩道を歩きます。
前方の山が猿啄城址です。




中山道を歩いている若い男性とすれ違いました。
お節介だったかもしれませんが、中山道を歩いていると思ったので、歩き去った彼に後ろから声を掛けました。
やはり、中山道を歩いていると言いましたので、あの横断歩道を渡り、並んでいる建物の一番向こう側の場所から下に降りる階段が有る。階段を下りてトンネルを潜ると、中山道を歩けると説明しました。
何処まで歩くの?と聞いたら、加納までと応えました。この時間にすれ違いましたが、太田宿から歩いて来たのでしょう。
本を持っていて、カルコスのカバーがかかっていました。ですから、この地域の人だと想像しました。



9:39
21号の歩道を歩きます。
左は高山線の列車です。
シャッターを押すのが遅かった。タイムラグでした。




歩道は先に進むよう、ついています。
中山道の矢印は左へとなっています。
直進するか、左に折れるか迷いましたが、左へ行くこととしました。
誰も、この岩屋観音に来た事が有りません。




階段を登って行きます。




岩屋観音堂です。
大岩に浅い洞穴が有るような状態になっていて、洞穴に祠を設けたような形です。




観音堂を後にします。




中山道の眺望の良い場所に出ました。




9:51
金網越しに日本ラインが見えます。





歩いてきました。
左側は高山線です。車窓から木曽川が見えると思いますが、見えるのは瞬間的なことでしょう




歩いて来たところが岩屋観音の駐車場です。
反対方向から歩いて来たときに、どちらに進めば良いか、指標が立っています。



9:57
左は下に降りていく道です。
ここの左は、かつてボーリング場だったところです。新しくコンビ二としてオープンしましたが、長続きがせず、今は閉じています。
右は登山口へ向かう道で、高山線の下を通過します。




10:13
前方にログハウス風なトイレが有ります。
かつては工事現場に有るような、汚れたトイレでしたが新しいトイレに代わっています。




猿啄城址への登山道。
急な登り道が続きます。




猿啄城址が見える所まで登ってきました。




10:56
猿啄城址で休憩です。
ここからは雄大に流れる木曽川を見下ろせます。




猿啄城址を出発して、明王山を目指します。
鵜沼の森からのコースと合流するポイントまで来ました。




猿啄城址から歩いて来て、所々に数字が付けられてプラ杭を見かけました。何番からスタートしたのか覚えていませんが、最初は60番代だったと思います。
最後の1番は



明王山に寄らずに迫間城址に向かうポイント。
コースは迂回する形となっています。
直進して展望台へ進みます。
プラ杭はここの手前で1になりました。





もう直ぐ山頂です。




12:06
明王山の山頂に到着です。
先客が何人も居ました。
シャッターを切った時は気が付きませんでしたが、タワーのアンテナが写っていました。




明王山の山頂標識。




山頂からの眺めです。
左のアパート群の場所。
アソコから歩いて来て、周回し、あの場所まで戻ります。




12:45
下山を開始します。
先の尾根が歩いて来たコースです。




12:58
鵜沼の森へ下山して行くポイントまで下りてきました。
こんな手作りのプレートが下がっています。
ここには、しっかりした指示標識が設置されているので、このようなプレートは不要だと思います。




急な登山道を降りていきます。




急な登山道で、ここを登って来たら、キツかつただろうなどと喋りながらの下山です。




13:15
平坦な所まで下りてきました。
両側にしだが茂っています。




今日のKオジサンの後ろ姿です。




朝、通った中山道のコースに合流します。
ピンボケでした。




石畳の道を歩きます。





13:53
うとう峠まで来ました。
もりの本やさんが見えます。


感想
今日は長野県の入笠山へ名鉄のバスハイキングで行く計画となっていました。木曜日に判断のため、入笠山の週間天気予報を調べたところ、降水確率が60%となっていました。7,000円余りの金を使って出かけても、天候が悪かっては
と思い、入笠山行きを断念して明王山としました。
中山道を歩いて、岩屋観音が何処に有るか知る事が出来ました。それにアソコからの眺めは良かったです。
今日は、幸い曇天で歩く事が出来ました。良いコースだった言って貰えたのが何よりです。






 

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