Kオジサンの新・山歩きの記


山歩き&ウオーキングのサイト

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行きは下から、帰りはバスで     伊 吹 山 (1,377.33m)

2017-05-18 23:17:54 | かがみの山歩会

かがみの山歩会の5月例会に参加しました。今回は伊吹山を下から登り、帰りは山上駐車場からバスで降りて来ると言うモノでした。
久し振りの伊吹山です。それに今頃の伊吹山に登った記憶が有りません。スミレやニリンソウを愛でる事が出来ました。いい時期に登れたと思いました。
今日の参加者は22名でした。足に自信が無いと言う人、2人はそのままバスでドライブウェーへ。山頂で一緒と成り、山頂周回路を歩きました。
登り始め。1合目までが延々と続く樹間の登山道でキツく感じました。それに8合目から9合目が一番キッがったです。山上からは眺望が良く、下界が見下ろせました。

カメラの画像が表示したコース時刻です。
登山口(8:56)  ― 1合目(9:26~9:32)  ― 2合目(9:50~9:55)  ― 3合目(10:29~10:37)
 ― 5合目(10:57~11:08)  ― 6合目(11:28)  ― 8合目(12:05)  ― 
山上広場(12:38~13:20) ― 三角点(13:34)  ― 山上駐車場(14:11)  



バスが三之宮神社の前に着きました。
山へ登る仕度をして、登り始めます。




入山前の関所。
入山協力金を払わなくてはなりません。
1人300円で20人分。協力金として払いました。



ポールが立っているところが登山口です。
ここから山登りが始まります。




木立の中を登って行きます。




ここは1合目です。
延々と登山道を登ってきました。




1合目から眺望です。
下に新幹線が見えます。
新幹線は確か、16両です。1両が25メートルですから約400メートルです。
でも、短く見えます。

田に水が張って有ります。
田植えがOKの状態なのか、田植えが済んだ状態なのだろうか。




2合目を通過していきます。




道端に珍しい花が咲いていました。
ホタルカズラと言うのでした。




もう直ぐ、3合目と言う所まで登ってきました。
前方に大きな伊吹山が見えてきました。





今日のKオジサンの後ろ姿です。
もう直ぐ3合目と言う所まで来ました。
ここへ来て、頭上にヘリコプターが飛んできました。





3合目まで登ってきました。
ここで、トイレ休憩です。
この場所の左側。
ヘリポートとなっていました。



3合目。
この場所をヘリポートにして訓練をしていました。





爆音を立ててヘリが飛来しました。
機体に滋賀県と書かれています。
滋賀県の防災ヘリなのでしょう。




ヘリポートに着陸します。
3合目で休憩しているときに撮影しました。
近くで作業している人が居まして、このヘリの基地は何処に有るのと聞きましたら、日野町に有ると教えてくれました。
私の住む町にも県警のヘリポートが有りますので、関心が有りました。





フデリンドウだと教えて貰いました。
先日、鈴鹿で見たハルリンドウと少し違っています。
比較する事が出来て良かったです。



可愛いボケが咲いていました。
このような場所でボケに合えるとは思いませんでした。
山にあるから野生種なのでしょう。
と言う事は、苗木で売っているのは、園芸種と言うことになると思います。




5合目と6合目の間で見えた救難訓練風景です。
ヘリがホバーリングしてワイヤーを下ろし、遭難者を引き上げていました。





6合目のポスト、手前です。
まだ、この頃は隊列で並んでいます。




この画像も5合目と6合目の間で見えた風景です。




6合目の場所から下を見下ろしました。
ヘリが着地する場面です。




隊列の感覚が広がりましたが、並んで6合目避難小屋の前を通過します。




8合目ポストを通過しました。
この辺りから隊列の間隔が広がりだしました。
1本道で迷う事の無いコースです。
この辺りから早く歩く人は先に進みだしました。




8合目過ぎです。
休憩ベンチが有るところで休んでいる人が居ました。




高度が上がってきました。
この先は、これまでほど勾配はキツく有りません。




獣害対策のフェンスが設けて有ります。
アソコを通り抜けて行きます。




後ろを振り返りました。
バックに琵琶湖が広がって見えます。




(12:38)
山頂まで登ってきました。
左側の建物は山頂のトイレです。
指示標識が有ります。このような方向指示標識が設置して有るのを始めてみました。




(13:38)
山頂の標識が有る方向に向かっています。




あの辺り。
山頂の標識が有る場所です。




ニリンソウが絨毯のようになっています。





ニリンソウをアップで。






三角点に到達しました。




周回路を歩きます。
時期的に早く、草丈が伸びていない状態です。





山頂から見えた南東の方向です。
画像ではハッキリしませんが、名古屋駅前の高層ビル群が確認できました。
眼下に南宮山。
そして養老山も見下ろせます。








黄色い花。
ウマノアシガタとは違うように見えます。
キンバイという人が居ました。
キジムシロ?
何と言う花だろうか。




周回路を進みます。





こちらはスミレの群生です。




駐車場が見える所まで下りてきました。





お疲れ様でした。
麓でおろしてくれたバスが来てくれています。


感想
ようやく春が始まった時期の伊吹山でした。何種類かのスミレが見れました。特に、ニリンソウが群生して、絨毯を敷いたように沢山咲いていたのを目に出来て良かったです。花の多い伊吹山です。これからは一層、沢山の花を見る事ができるでしょう。
1合目までと8合目から9合目までがキツかったです。それでも、何とか登って来る事が出来ました。体力の低下を感じるようになりました。

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御在所からの県境尾根歩き  国見岳 (1,175.m)  青 岳 (1,102.1m)

2017-05-11 23:03:54 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の5月例会で鈴鹿の国見岳と青岳に登りました。今回は私、Kオジサンがリーダーを務めました。ロープウェイで御在所岳に上がり、県境尾根を横にスライドして行く楽チン登山だと思っていました。しかし、県境尾根を歩きましたが、アップダウンが有り、思っていたほど楽なコースでは有りませんでした。尾根のコースをたどって、途中に国見岳と青岳に寄って来ました。

御在所辺りはまだ、新芽も出ていない状態でした。根の平峠まで来ると新しい芽が顔を出し始めていました。そして朝明渓谷駐車場まで降りてくると完全な新緑と成りました。途中アカヤシオやシロヤシオ。色々の花々を目にする事が出来ました。
バスに先回りして貰い、朝明渓谷の駐車場で待機して貰いました。
コース的には県境を縦走し、根の平峠または中峠、あるいは羽鳥峰峠と、皆さんの体調に寄って下山する峠を決めようと思っていました。結果的には時間から、一番手前の根の平峠で降りる決断をしました。どの峠から下山するか判断しまして、このように行動が出来たのもバスで行った山行の利点です。

 カメラの画像が表示した時刻にコース時間です。
湯の山温泉駅(9:04)  ― 山上公園駅(9:22~9:43)  ― 国見峠(10:06~10:12)  ― 
国見尾根分岐(10:53) ― 国見岳(10:57~11:05)  ― 青岳(11:40)  ― きのこ岩(11:50)
 ― 根の平峠(12:54~13:30)  ― 朝明渓谷駐車場(15:02)
 

 
ロープウェイの湯の山温泉駅です。
バスから降りて準備をします。




山麓駅。
これからゴンドラに乗ります。





ゴンドラに乗り込んで、山頂駅に向かいます。




ゆっくりと上昇していくゴンドラ。
眼下に新緑の御在所が見えます。
高度が上昇すると新葉でなく、新芽に変りました。
一緒に乗っていた人が、下にニホンカモシカが見えると言っていました。
瞬間的なモノで、私は見れませんでした。




上の方まで上がってきました。




キレットが見えます。
あのキレット。先日通過しました。




山上公園駅から外へ出ました。
これからの山歩きに備え、準備運動です。




国見岳方面です。
この後、歩く方角です。




石段を降りて来ました。
ここからがスタートです。
高度が高いので、まだ芽が出ていません。




歩き始めて。
反対側から男性たちが歩いてきました。
頭上にはアカヤシオの花がバラバラと見えます。




こんなふうに咲いているアカヤシオも見えました。




濡れた足元。
慎重に進みます。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
前方は国見峠です。




国見峠まで下りてきました。




国見峠から国見岳に向かっています。
下って、今度は登りになりました。
この辺り。
まだ、新芽が少ししか出ていません。




下ってきて御在所だけを見上げました。
アノ場所から来ました。




足場の悪い場所の登りです。
先がつかえていて、立ち止まります。




右へ進むと国見尾根です。
ここで、思わぬ人と出合いました。
Dさんです。
久し振りに遇いました。

ここまで来て、進む方向が判らなくなってしまいました。
道に迷ったのです。
バックして進む方向を見つけ、脱しました。
原因は遮断してあったコースに入ってしまったことです。遮断してあっても、先に進む道が付いていました。結果的には、このような行為は避けるべきでした。




国見岳の標識です。
山頂がこの標識から東に、少しズレたところです。





国見岳山頂は大きな岩が有る場所でした。
国見岳の山頂からの眺望です。
余り眺望は良く有りません。
四日市方面が見えます。
小さな白い点。四日市ドームだと思います。




国見岳から下山して行きます。
左側の道が本来の道ですが、荒れた道になっています。
その道を避け、横に出来た道で降っています。




すぐ近くでアカヤシオが見れました。




国見岳だけから下山して来て、国見岳方面を見上げました。
ここまで下山して来て、新芽をチラホラと確認できるようになりました。



膨らんだ新芽。
一雨、降ったりしたら一斉に開く事でしょう。
薄っすらと山の線が見えますが、多度山の方向です。




スミレとスミレ。
キノコ岩へ私は寄りませんでしたが、後ろの方の人たちは、向かいました。
待っていたときに撮影しました。
寄るつもりが無かったのですが、こんな事なら寄れば良かったです。




ハルリンドウがビッシリと群生しています。
こんなに沢山のハルリンドウが群生しているのを見たのは、覚えが有りません。
このような群生状態がアチコチに有ったのです。




ここでも、本来の道を避けて歩きます。




廣江先生が葉について、説明しています。




根の平峠まで下山して来ました。
ここまで来ると、新芽の顔出しが一層進んで居ます。
この峠で遅い昼食時間を取りました。




根の平峠から下山開始です。




下山途中。
イワカガミが固まって咲いているのを見かけました。




下山途中。
シロヤシオを見かけました。
シロヤシオを見上げています。




堰堤ダムの前を横切ります。




伊勢谷小屋近くの橋まで下りてきました。





朝明渓谷駐車場に設置してある鈴鹿の地図です。
ロープウェイを使い、御在所から国見岳青岳と歩き、根の平峠から下ってきました。




駐車場でバスが待っていてくれます。


感想
高い場所はまだ、冬の状態でした。下山して来て高度が下がってくると徐々に新芽を見かけだしました。根の平峠まで来ると、新芽がグッと多くなりました。まるで冬の季節から春の季節へ歩いて来たような感じがしました。このような状態のところを歩けたのはラッキーでした。
それに、アカヤシオとシロヤシオを同時に眺める事が出来ました。ハルリンドウの群生。イワウチワの塊。日、一日と春度合いが増している状態でした。
ロープウェイで登る楽チン登山と思っていましたが、登り有り下り有りの歩きがいの有るコースでした。
根の平峠から下山するか、中峠有るいは羽鳥峰にするか、皆さんの状態を見てと思っていました。体力的ナ事より、時間がタイムオーバーと成り、下山しました。
今日のようなコースを取れるのも、バスに寄る山行の良いところです。











 

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春の陽気  旧木曽街道を歩く その3 (小牧口駅から味鋺駅へ)  

2017-05-02 23:24:15 | 街道歩き

3月30日に旧木曽街道を今渡駅から羽黒駅までを歩きました。そして、その2 として4月18日に、羽黒駅から小牧口駅までを歩きました。
街道歩きを2回やりました。街道歩きは小説を読むのと似ています。 本を読み出したら、面白くないストーリーは別ですが、大抵は最後まで読んでしまいます。それと同じように街道歩きを重ねていまして、旧木曽街道を歩くのの続きを歩きました。今回は小牧口駅から味鋺駅までです。
ゆっくり歩くと、見えないものが見えてきます。廃線となった小牧基地への引込み線を見かけました。ドローンのスクールも有りました。「発見する」。そう言う事も面白さの1つです。 

街道歩きで、このサイトを参考にしました。
http://network2010.org/article/234

カメラ画像の記録タイムから行程したものです。
小牧口駅(10:24) ― 相撲の石碑(10:38) ― 外山神社(10:54) ―  神明社(11:33)  ― 
小牧基地引込み線跡(11:40) ― スーパーヤマナカ ― 白山神社古墳(13:24)  ― ハニワの館(13:51)
 ― 二子山古墳(13:56)   ― 味鋺駅(14:05)

小牧口駅

小牧口駅で下車しました。
前回の続きの再開です。
小牧口駅は線路が掘割となった線です。
駅の前に自転車が溢れています。



旧木曽街道へ来ました。
ここから、街道歩きの再開です。




小牧南小学校の横を通過します。
休み時間なのでしょう。
子供たちが校庭へ出てきて遊んでいます。


相撲の石碑

墓地の中に名前を連署した石碑を見かけました。
頭取と力士。頭取は勧進元なのでしょうか。
行司と言う字も読めます。
それに〇〇山とか〇〇川の字が有ります。
本格的なシコ名も散見できます。
外山、楽田、古知野、布袋。この辺りの地名が読めます。




石碑の表と裏です。
読み難いですが、為故愛知角力追善・・・。昭和四年と有ります。
大日本相撲協會と五ケ国聯盟相撲協會と有ります。五ケ国とはどの国を指すのだろう。
娯楽の少ない時代です。
相撲の一大イベントが開かれました。
何処で開かれたのだろう。
弁当持ちで近郷近在から多くの人が集まった相撲大会。
想像が膨らみます。




木曽街道は南に下って行きますが、途中、広い道路で遮断されています。


外山神社

外山神社へ来ました。
大きく立派なお宮さんです。




本殿と説明板。
銅鐸が出土したと説明して有ります。




今は県道になっていますが、かつての国道41号線を歩いています。
反対側を歩くウォーカーを見かけました。
彼も街道歩きをやっているのでしょうか。




木曽街道が旧国道と一緒になったり離れたりします。
ここは、国道41号線の東です。
街道らしさの有る道です。




今日のKオジサンの後ろ姿です。




離れていた木曽街道ですが、再び旧国道41号線と一緒になりました。
右側のフェンスは小牧基地のものです。




小牧基地のコントロールタワーが見えます。




道の脇に、ひっそりと馬頭観音がありました。




春日寺の神明社へ来ました。
春日寺会館と言う建物がありました。
地区の集会所の役割をしています。


神明社

神明社の本殿です。




神明社の境内です。
ナンジャモンジャの花が開き始めていました。
こんな事にも、季節を感じる事が出来ます。


小牧春日井市境

小牧市から春日井市に入ります。


小牧基地引込み線跡

小牧市と春日井市の市境近くに廃線の線路が有りました。
ここを見た時、何の線路か判らなかったのです。
廃線のサイトが有りました。
https://www.google.com/maps/d/viewer?ll=35.255292000000004%2C136.93174799999997&spn=0.008411%2C0.01369&hl=ja&t=m&gl=jp&oe=UTF8&msa=0&z=15&source=embed&ie=UTF8&brcurrent=3%2C0x600373a7eaf2a3c7%3A0x1446fffd6173e0b9%2C1&mid=1yNOyFr4ppdmZVmX0udT6jtQHUk8
この先に見えるコンクリート塀が基地の中です。
架線は撤去されて居ますが、電柱は残っています。



前方が県道で旧国道41号線です。
廃線の上をアスファルト舗装しています。
線路の上を舗装してしまっています。廃線となったのは、相当古いことなのでしょう。




錆びた信号機。
通過するの貨物列車が少なく、国道の車を停車させて踏み切りを通過しなくてはなりません。完全に遮断機が下りてから、列車が通過したのでしょう。
他のサイトで、何人かがこの小牧基地引込み線跡を取上げています。基地の中へ航空燃料を運び込んだと有ります。名鉄の黒い貨物用の電気機関車がタンク車を牽引して行く場面が想像できます。
でも、疑問なのは何処からタンク車が来たかと言う事です。上飯田線は上飯田まででJR線とは連絡していません。と言う事は高山線の鵜沼駅から来たのだろうか。かつては名鉄線とJR線が連絡していました。
名鉄のホームページを検索しましたら、鵜沼連絡線のSL-1017号というのが出ました。蒸気機関車が牽引していて、後にディーゼル機関車に変りました。

私の住む各務原市には岐阜基地が有ります。かつてはキャンプと呼ばれていました。キャンプに貨物列車で石炭を運び込んでいました。名鉄線で来た貨物列車が三柿野駅から基地内に入って行っていました。基地内に大型のボイラーが有りセントラルヒーティングで湯を供給していたのだと思います。
子供の時の記憶でして、航空燃料も運び込んでいたのかは、判りません。高山線の那加駅と名鉄の新那加駅で連絡していたようです。新那加駅に1段と高くなった石炭置き場が有り貨車に積み替えたりしていたのを覚えています。その時に牽引していたのがC11かC12だったのではと想像します。


芭蕉句碑

芭蕉の句碑が有りました。
碑の文字が読め無くなっています。


ドローンスクール

沿道にドローンのスクールが有りました。
こんな学校が出来るのも次代の流れでしょうか。





表側の網に操縦機がひっ架けてありました。
右は網の間から中を覗いたのです。





この当たりは名古屋空港の進入路の下の地域です。
すぐ頭の上。
車輪を下ろし、着陸態勢の機が降りてきました。



味鋺原新田一里塚

一里塚の石柱を見つけました。
字が読めなくなっていますが、味鋺原は判ります。
味鋺原新田一里塚と書いてあるようです。
ちゃんと読めるようにして貰いたいものです。



一里塚の石柱の近く。
側溝の中にスミレが咲いていました。
他のは花の時期が終わっています。
最後のスミレなのでしょう。




名2環の下を横切ります。
木曽街道はこの先で、南西方向に向かっています。
次回はここから再開しょうと思い、南へ直進し二子山古墳へ向かいます。


白山神社

白山神社の参道です。
前方に森が見えます。




白山神社へ来ました。
小高くなっていて、石の階段が見えます。
石柱には愛知県指定史跡、白山神社古墳と刻まれています。
石橋があり、池となっていました。そして小さい噴水が有りました。




白山神社から南東に向かいました。
丸い椀を伏せたような小山です。
これは、ヒョットして古墳ではなかろうかと思いました。
左側は東から眺めた姿です。
右側は鳥居が有り、螺旋状に道が付いています。
頭頂部に小さな社が祀って有りました。
相宮で白山神社の御旅所となっており、御旅所古墳でした。


二子山公園

二子山公園。ハニワの館です。
公園として整備して有り、その一角にハニワの館が有りました。





ハニワの館の館内です。
埴輪のレプリカが展示して有り、その横に古墳の解説がして有りました。
説明の中の西上免遺跡は覚えの有る遺跡です。
東海北陸自動車道の下に有った遺跡で、一宮友歩会の例会に訪ねた場所です。





大きな二子山古墳の表示柱が有ります。





二子山古墳の石柱と解説板。
この公園は三箇所の古墳が有り、味鋺古墳群と呼ばれています。






二子山古墳の周溝を確認できます。
前方後円墳なのですが、木が繁茂していて前方後円墳か否か判らない状態です。
二子山公園は広大な公園です。
三箇所の古墳が有り、古墳公園と言った感じの公園でした。


味鋺駅

味鋺駅まで来ました。
今日は味鋺駅で歩くのを終えようと、歩いてきました。
旧木曽街道のルートからは外れましたが、大規模な古墳の公園に寄る事が出来ました。


感想
小牧基地引込み線跡を見る事が出来ました。直接、街道には関係ないのですが、このような場所を発見できたのも街道歩きの面白い所です。名鉄電車の黒い電気機関車が黒いタンク車を牽引して基地の中に入ってく姿が想像できます。
街道歩きでドローンスクールも見つけました。最近、ドローンの画像が多用されますが、ドローンの技術を学校で学ぶ。そんな時代が来ているのだと実感しました。
相撲興行の石碑を見かけました。石碑は墓地の中に有り、どのような所で相撲場所が執り行われたのか判りません。それでも、人々は近郷近在から集まったのでしょう。それに相撲見物となると当然、昼飯持参で寄ったのでしょう。マイクもスピーカーも無い時代。呼出しの越え。人々の声援。そんな場面が想像できます。
前回はスミレのオンパレードでした。今回は路傍の側溝の中。1輪のスミレを見かけましたが、終期を迎えていました。これも季節の流れだと感じました。
木曽街道から離れ、二子山公園を経由して味鋺駅で終えました。次回は城北線の味鋺駅からスタートしたいと思います。






 

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春が始まった鈴鹿   御 在 所 岳 (1,209.4m)

2017-04-20 23:26:23 | かがみの山歩会

山歩会の例会に参加させて貰いました。今回はバスで山に向かうものでして、御在所岳の中道登山口に近い駐車場でバスから降りて、山頂を目指しました。
おばれ岩や地蔵岩など奇岩怪石を眺めながら登るコースでして、キレットを下ったりもしました。往路は中道を登りましたが、復路はロープウェーで降りて来と言う楽チン山行でした。 
御在所岳の標高を1,209.4mと表示しました。2012年12月12日に御在所岳に登りました。12時12分で、12並びのイベントがありました。それで、御在所岳の標高を1,212mと思い込んでいました。地図を見ましたら、三角点は1,209.4mで望湖台が1,212mです。御在所の標高を1,212mと思い込んでいて、この数字が望湖台だという事を知ったのは新しい発見です。

カメラの画像が表示した時刻にコース時間です。
駐車場(10:0)  ― 中道登山口(10:09)  ― おばれ岩(11:03)  ― 5合目(11:19)

 ― キレット(11:43)  ― 7合目(12:10)  ― 8合目(12:44) ― 朝陽台(13:12~13:50)

 ― 三角点(14:18~14:34)  ― 山上公園駅(15:00)  ― 湯の山温泉駅(15:15)

駐車場

駐車所に着き、準備運動を済ませてこれから登ります。
先の方に鎌ヶ岳が見えます。




登山口に向かう途中に見えたスミレ。
スミレの種類が判りません。〇〇スミレというのでしょう。


中道登山口と思っていたら中登山道でした

登山届けに記入して、中登山口から入山します。




今日は24名の大所帯です。
慌てずに登って行きます。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
隊列の最後尾をを歩いていました。
実は、バスのドライバーさんがお握りを携えて、後ろを登って来ていまして、シャッターを押して貰いました。ドライバーさん。携帯にタイムをセットしていて、11時30分にアラームが鳴って降りて行きました。
下山途中、眺望の良いところでお握りを食べたのでしょう。
バスに戻って一人、寂しくお握りを食べるより、下界を眺めての食事の方が、よほど好い事でしょう。




花が咲き始めていました。
シロヤシオだと思います。




こちらはシキミです。
大原の金比羅山に登った時、廣江先生に教えて貰いました。その時のシキミは畑の木が有って咲いていたのです。ですから園芸種です。こちらのは山の天然モノです。
教えて貰った事が山で役に立つ。嬉しい事です。




この画像では何が映っているのか判りませんが、樹間にニホンカモシカが見えたのです。
ほんの一瞬でしたが、珍しい動物に遇えてラッキーでした。


ロープウェイの下を通過

ロープウェイの下を通る所へ来ました。
カラのゴンドラが通過して行き、みんなの視線が集中します。




足元にキランソウが咲いています。


おばれ岩を通過

おばれ岩を通過して行きます。




ガレ場を通過して行きます。


キレットを下ります

キレットを下ります。
鎖を掴み、慎重に降りて行きます。




下って、今度は登りです。




眺望の良い場所から下界を見渡せます。
道路の工事をやって居るのが見えました。
考えてみたら、アレは新名神の工事なのでしょう。御在所の足元まで来て居ますので、山にブチ当たりトンネルとなるかと思ったのですが、カーブして山裾をかすめる様になっていました。
東名阪の四日市辺りから亀山にかけてが渋滞します。見えた景色の進捗状況では、まだ2~3年かかりそうです。




8合目を過ぎた辺りです。
またまた、岩場を下らなくてはなりません。






残雪の有るところを登って行きます。




下って、登っての繰り返しです。下ったら登らなくてはなりません。
鎖につかまって登ります。
誰かが言っていました。
山に登るのに、腕力も付けないと・・・・・。と


朝陽台へ到達です

お疲れ様でした。
アノ梯子を上がれば、朝陽台です。
遅くなりましたが、朝陽台で昼食です。





朝陽台から見える伊勢平野です。
空気の透明度が悪く、視界が広がりませんが、四日市港の石油タンクが見えます。
それに画像ではハッキリしませんが、知多半島が肉眼では確認できました。


三角点広場に向かいます

昼食を終えて三角点の場所に向かいます。
前方のスロープ。
その上をリフトが動いていました。



アスファルトの道。
日陰には雪が残っています。




三角点への階段。
この階段を登り切ると、三角点の広場です。




三角点の広場に到着しました。
こちらで休憩です。
望湖台に行きたい人は、行ってきて良いと言う事でして、何人かが向かいました。




雪を踏みしめて望湖台に向かいます。


望湖台です

私も望湖台に向かいました。
画像ではハッキリ見えませんが。琵琶湖が見えました。
この場所が1,212mの場所です。


下山を開始

出発の時間となりました。
三角点広場を後にします。


ロープウェイで下山します

下山はロープウェイで下ります。
ゴンドラからの眺望。
あの白い鉄塔は日本一の高さであると表示してありました。
東名阪を走っていて、車窓からこの白い鉄塔が見えますので、御在所がすぐ判かります。




下の湯の山温泉駅がもう直ぐです。





麓の駐車場でバスが待っていました。


感想。
初めて山歩会のバス山行に参加させて貰いました。
バスの席で、前はY女さんとM女さんでした。右隣はKさんでした。Kさんは昭和20年生まれ。Y女さんは昭和23年でM女さん26年生まれでした。子供を育て上げ、時間にユトリの有る世代です。健康の話し。年金の話し。同年代で共通となる話題も多いです。若い時を振り返った話しなどなど。色々と話が弾みます。お喋りする事が面白いです。

12並びで登った時、集合場所に向かう時の事です。マクドナルドへ寄った時に氷の上で滑り、尻を強打してしまいロープウェイで山頂に向うハメとなりました。別の時、Aさんたちと雪の有るキレットを通過しました。また、mayuさんたちと大黒岩へ行ったりしました。過去の御在所の色々の思い出が甦ります。





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スミレ・すみれ・菫  旧木曽街道を歩く その2 (羽黒駅から小牧口駅へ)  

2017-04-18 23:48:48 | 街道歩き

3月30日に、木曽街道を今渡駅から羽黒駅まで歩きました。今回はその続きで羽黒駅から小牧口駅までを歩きました。陽気が良くなり、街道沿いにはスミレが沢山咲いていました。中には、アスファルトの隙間から顔を出しているのも有りました。色々のスミレ。種類が判りませンが、色々のスミレを目にする事が出来ました。
三月に第1回で歩きました。その続きを歩きたくなりまして行動に移しました。
カメラ画像の記録タイムから行程したものです。
羽黒駅(10:08) ― 木曽街道出合(10:35) ― 観音寺(10:43~10:50) ―  羽黒追分(11:20)  ― 
楽田城北門跡(11:32) ― スーパーアオキ ― 田縣神社(12:15~12:55)  ― ラピオ(13:48~14:01)
 ― 岸田家(14:22)  ― 啓運寺(14:25)  ― 木曽街道出合(14:37)  ― 小牧口駅(14:42)
参考にしたホームページです。
https://www.google.com/maps/d/viewer?ll=35.343779137707934%2C136.94871752823633&spn=0.038503%2C0.05476&t=m&msa=0&z=15&source=embed&ie=UTF8&brcurrent=3%2C0x6004bad5499332e7%3A0xeb5fa65d181541a7%2C0&mid=1eW8M6GGWDTr3cOu1Z7IvjPwhvso

 
羽黒地区コミニティ推進協議会が設置してしていた案内図。


羽黒駅

羽黒駅で下車して、乗ってきた平安通行きを見送ります。
右は羽黒駅です。
今では無人駅となっていました。
駅から、前回に歩くのを辞めた木曽街道に向かいます。



木曽街道に向かう途中。
道路がアスファルトでほそうされて居ますが、路傍には雑草が生えています。
雑草に混じってスミレが顔を見せていました。




こちらも雑草に混じって顔を出していたスミレです。




もう、1種類。
〇〇スミレです。





木曽街道出合い

木曽街道出会いまで来ました。
ここから、前回の続きを再開します。


観音寺

観音寺の門前へ来ました。
参道を老女が掃き掃除をしていました。




観音寺の参道に設けてあった木曽街道の説明板です。




木曽街道の説明板です。






観音寺の参道に咲いていたスミレです。
〇〇スミレ。




新しい家屋が並びますが、道は曲がりくねっていて、街道らしさが有ります。




鯉のぼりが春風を受けて泳いでいます。
このように鯉のぼりを挙げれるのは用地にゆとりが有るからです。
都会では無理でしょう。


羽黒追分

羽黒追分まで歩いて来ました。
右が歩いて来た木曽街道。
左は稲置間移動で犬山に向かいます。




街道らしい雰囲気の道。
犬山市追分東辺りです。





楽田城北之門跡

楽田城北之門旧跡と言う石柱が立っています。こちらはまだ、新しい石柱です。右は古いもので石仏の敷地内に有りました。






石仏群です。
左のは中央の大きな馬頭観音です。
右側に安政と刻まれています。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
街道らしい道です。




街道らしい道から旧の国道41号線に出ました。
市境のロードサインを裏側から眺めています。
ここが犬山市と小牧市の境界です。
そして、少し歩くと右に入り、再び41号から離れます。




41号から離れた木曽街道です。
道幅が狭くなりました。
道の横が水路になっています。


田縣神社

田縣神社に来ました。




田縣神社の本殿と由緒です。




田縣神社の奥宮です。
女性がお参りしていました。




境内の絵馬。
子供が授かりますようにの願い事が多いです。




民家の庭先。
道端にスミレが咲いていました。



岩崎清流亭の藤

川にせり出した藤。
愛知県指定天然記念物。
「岩崎清流亭の藤」と書かれています。
伸び放題です。手入れが必要なのではと思います。




旧国道41号線で見かけたお堂。
馬頭観音が祀られています。






こちらは旧国道41号線の歩道です。
アスファルトの隙間から顔を出していました。


アピオ

アピオと言う複合施設です。
1.2階が「アル・プラザ小牧」で、4階がえほんの広場・学習広場のフロアー。
5階は小牧市まなび創造館となっていました。




信長の出来事が歩道の地面に描かれています。




小牧駅をスタートして小牧城に至るコースです。
「信長公 夢・チャレンジコース」と銘打って有ります。
織田信長の成長していく過程を表しています。



木曽街道の案内板です。
本来の木曽街道はアピオの西側でしたが、東側を歩いてしまいました。
ここから岸田家に向かったのですが、道が判り難かったです。


戒蔵院

戒蔵院の前の道標です。





小牧城を見上げます。




小牧宿の説明板。



岸田家住宅

岸田家住宅。
古い町家で解体修理されました。




啓運寺まで歩いてきました。
高札場がここに有ったと書かれています。




街道らしさの有る道です。


木曽街道出合い

木曽街道で電線の工事をやっていました。
この場所は小牧口駅の西に当たります。
今回は、この場所で区切りを付けることとしました。


小牧口駅

小牧口の駅です。
犬山行きの電車が入って来ました。



感想
木曽街道出合から歩き始め、程なくして、観音寺の参道に設置して有る木曽街道の説明板を目にしました。その案内板の下に羽黒地区コミニティ推進協議会と表示してありました。羽黒地区コミニティ推進協議会を検索してみましたら防災、防火訓練等、また、校区ふれあい運動会、ウオーキング等に取り組んでいると有りました。地区住民同士の「輪と和」高めていく活動なのでしょう。見かけた木曽街道の案内板。このような取り組みは街道を歩くモノにとって、有り難いです。

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洛北 大原の里  金比羅山 (572.8m)  翠黛山 (577m)

2017-04-13 23:15:16 | 山遊すずらん会

山遊すずらん会の4月例会で洛北の金比羅山と翠黛山(シュウタイサン)に登りました。今回は長駆、洛北への遠征でした。
バスは栗東ICで降り、琵琶湖大橋を渡り比良山系を越えて大原の里に着きました。「志野」と言うポン酢とお餅の店。ここで山歩きの開始前の休憩です。その後はバスで府道40号線に向い、江文神社の参道入口から歩き始めました。
今回のメインは金比羅山でした。金比羅山の方が高いと思っていましたが、数字を良く見たら翠黛山の方が標高が高かったです。
今日のコースは迷うなうな所は無かったのですが、アップダウンの有る山でした。翠黛山からの下山は乙が森の近くへ降りるコースを辿りました。その後、寂光院へ参拝する人、しない人に分かれ、バスが待つ大原駐車場に向かいました。

カメラの画像が表示した時刻のコース時間です。
京都トレイル№28ポスト(9:39)  ― 江文神社(9:47~9:57)  ― №4標識(10:17~10:19)  ― 
琴平新宮社(10:32) ― ロックゲレンデ分岐(10:48)  ― 金比羅分岐(10:59)  ― 琴平神社奥宮(11:01) ― 
ハングル石碑(11:09)  ― 金比羅山(11:17~11:21)  ― 金比羅分岐(11:36)  ― 翠黛山(12:05~12:38)
  ― 林道出合(13:25)  ― 乙が森(13:38) ― 寂光院(13:55~14:05)  ― 大原駐車場(14:32)

これから登る山々

「志野」から眺めた山々。
金比羅山と翠黛山。
この後、登る山です。
志野の前が戸寺のバス停となっていました。
私たちが志野に寄った時、路線バスが停まり沢山のハイカーが下車してきました。これからウォークを開始すると言う事で、何人もの人が押し寄せ、長蛇の列となりました。一人の女性に声を掛けましたら、岐阜から来て京都トレイルを歩いていると話しました。別の人は東京から、京都トレイルを歩きに来ていると言っていました。京都トレイルは人気の有るコースです。私も京都トレイルの一部を歩いた事が有ります。伏見稲荷は外国人が一杯だったでしょうと話しました。

スタート

京都トレイル№28ポストの有る場所でバスから下車しました。
準備をして、ここからスタートです。


京都トレイル№28ポストの横に有った案内地図です。
京都一周トレイルと東海自然歩道が重なっています。



京都トレイル№29ポスト。
左に折れると、江文峠に向かいます。
私たちは直進し、江文神社に向かいました。


江文神社

江文神社の境内に入って行きます。




江文神社は立派なお宮さんでした。
先生から、これから歩く金比羅山の植生や自然を聞きました。




神社の横から登り始めました。
杉林の中の坂道を登ります。
剪定した杉の枝が転がっていて、歩き難い道でした。




高度を上げてきて、歩き易いところに出ました。
今日のKオジサンの後ろ姿です。
隊列の後部を歩いています。



№4標識の有る尾根に到達しました。
ここで小休止です。




歩き易い道を歩いています。
道幅が有り、かつては馬に荷を乗せて往来したのではなかろうかと思えるような道でした。





琴平新宮社です。
新宮社の横を通過して行きます。




登山道から見えた大原の里です。




金比羅分岐へ来ました。
金比羅山へのコースは、本コースからの盲腸線のようなコースです。それに、ここから琴平神社奥宮へ行く事が出来ます。




鳥居の先が琴平神社奥宮です。




展望の良い琴平神社奥宮の前へ来ました。
京都北部の視界が広がります。
画像はハッキリしませんが、京都北部でカメの甲羅のような形の森が見えました。上賀茂神社ではないかと思いました。視界の透明度が良かったら、京都北部全体が広がって見えたことと思います。
比良山系方面に目を移すと、林立するアンテナ群が見えました。比叡山の山頂でした。



琴平神社奥宮から金比羅山へ向かいます。
途中、寄ったのが三寶大神です。
朱の色。
まだ、新しいと思えました。
三寶大神の石柱を中心に撮影しましたが、左側に大きな岩がありました。



金比羅山向かう途中です。
石柱にハングル文字に似た文字が刻まれていますが、ハングルではないようです。
どう言う意味の事が表示して有るのだろうと思います。




金比羅神社への道。
最後の登りで、ここを登り切ると金比羅山の山頂となります。


金比羅山

山頂で三角点の有るところです。
何枚も山頂名のプレートが有り、朽ちているものも見られます。
自己満足を満たすようなプレートの設置は控えてもらいたいものです。





こちらは頭上で見られたプレート。
ゴミを残す事に他ならない行為です。
学校の引率行事でも、ごみは残さないで欲しい。






山頂に設置して有った大原里づくり協会の標識。
山頂にこの標識が有れば、山頂に来た事が判り、これで充分だと思います。







山頂を去ります。
山頂に祠が有り、そちらに目を向けました。
でも、チョッと傷んでいる。そんな感じを受けました。




金比羅山からの下山途中。
大阪からの団体とすれ違いました。
私たちは団体。大阪からの人も団体で、狭い場所でのすれ違いが大変でした。
団体の人たちはネームプレートを着けていました。
ネイチャー学志「山歩会」となっていました。
全部で45人とか。
私たちが「志野」に居た時、路線バスから降り立った人たちだと思いました。




急な道を下って行きます。





今回のコースで各所に指示標識を見かけました。
しかし、大部分のプレートが朽ちて来ていました。
酷いのは、柱が倒れているのが有りました。
途中、細尾根で、下に投げ捨てられているようなモノも見受けました。
ボルトが2個ついています。プレートはシッカリしていても、柱が腐ってしまったのでしょう。プレートを撤去するか、柱を新しくして貰いたい物です。
それにしても、こんな状態なのは、設置してから何十年と時間が経っているのでしょう。


翠黛山に着きました

翠黛山の山頂に到達しました。
ここで昼食です。
山頂であっても、周囲は樹林に囲まれ、視界は全く有りませんでした。




翠黛山の山頂にも山頂標識と説明板が設置してありました。
私たちが昼食時間を追える頃にネイチャー学志「山歩会」の人たちが到着しました。
彼らもここで昼食を取るつもりだったのでしょう。
場所を譲って、山頂を去りました。




下山を始めました。
先程まで有った数字のプレートを見かけなくなりました。
作業道のような感じがする山道です。





江文神社から登り始めて、№2を見落としましたが、残りの数字のプレートは全て。揃っていました。
最初、何のためのプレートかと思いましたが、支柱の横側に大原消防団と表現してありました。
山の中でSOSとなった時、何番のプレートの近くに居るとか、連絡できるようにしたものだと判りました。
№10を最後に、プレートを見かけに無くなったので、コースから離れてしまったのでしょう。




下の方まで下って着ました。
道の横にネット張って有ります。
シカかイノシシ対策なのでしょう。




林道まで下りて来ました。
ここから、林道をスライドしていくように進みます。




木々の間から大原の里が見えます。





獣害対策のフェンスを開けて通過します。




乙が森の場所に来ました。
地図には乙が森碑と書かれています。この生垣の向こう側が乙が森なのでしょう。
http://www.360navi.com/27kyoto/02ohara/08otuga/
乙が森碑を見ずに寂光院へ向かいました。


寂光院へ

寂光院へ向かって歩いています。


寂光院

寂光院に来ました。
拝観したい人だけが拝観する事となりました。
今日のメンバーは20人で、10人が寂光院に入り、10人は入らなかったのです。
私は慌ただしい拝観となるだろうと思い、拝観を控えました。




岩の間から顔を見せているタチツボスミレ。(だと思います)


大原駐車場に向かって歩きます

大原の里の中を歩きます。
この道は東海自然歩道になっている道です。




大原の里の中。
ソメイヨシノが見頃となっています。




朧の清水。
通り沿いに有りました。
表示が無かったら、見落としてしまいそうです。




大原の里の中。
外国人。2人が被写体を狙っていました。




市道の交差点まで歩いてきました。
その角に設置してあった東海自然歩道のコース図です。


大原駐車場まで歩いて来ました

バスが停まっている大原の駐車場まで歩いて来ました。
お疲れ様でした。


感想
登山口で下ろして貰い、駐車場で待っていて貰う。バスでの山歩きの良いところです。それに洛北まで足を延ばしました。こう言うのも、バスの良いところです。
アップダウンが何箇所も有るコースでしたが、里山で面白い山だと思いました。
昨日の霊仙山で大阪からの15~16人の団体と出合いました。そして、今日はネイチャー学志「山歩会」と言うグループと一緒になりました。昨年、府境のポンポン山に登った時も団体と遭遇しました。関西は団体に寄る山行が盛んだと思えるような状態です。元気な高齢者が多いということでしょうか。














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麓は春  山頂は冬    霊 仙 山 (1,083.5m)

2017-04-12 23:54:50 | 弐水会

弐水会の4月例会に参加しました。今月は滋賀県多賀町の霊仙山です。雨の日の翌日であって、泥で足元が滑り、登るのに苦労する箇所が有りました。何人かシリ餅を着きました。私もその内の1人です。登りは大丈夫だったのですが、下山の時に・・・・・遂に、でした。
登って行く途中、スミレを目にしました。そんな春の陽気でしたが、山頂付近はガスが立ち込め、真っ白となった時も有りまして眺望が悪かったです。強風で真冬の状態でした。
そんな訳で、早々に山頂を後にしました。


山小屋、「かなや」の壁に付けて有った霊仙山の絵地図です。
槫ヶ畑登山口に車を停め、山頂までを往復しました。




登り始め。
林道を歩き始めました。




「かなや」の無人販売機の横を通過して行きます。
この後、汗拭き峠で休憩しました。

峠で、岐阜から来た単独女性が追いついて来ました。
女性は西南尾根から周回するのだと言っていました。
1人で車を運転して来ていました。それに歩くコースが周回するコースを辿ります。山のベテランと言う感じの女性でした。




途中に見かけたスミレ。
タチツボスミレだと思います。
岩の上と言う条件の悪い場所で咲き始めていました。




見晴台に来ました。
ミンナの視線が琵琶湖の方に向いています。




見晴台からの眺望です。




五合目から六合目への間の箇所です。
足元が滑り、四苦八苦です。



前夜、雨が降りました。
それで、登山道がぬかるんでいました。
粘土のような土で足元が滑り苦闘しました。




眺望の良いところまで上がりました。
遠くに山本山。
そして竹生島が見えます。




七合目、お猿岩で休憩します。




今日のKオジサンの後ろ姿です。
山頂方面はガスっています。
白くなったり、サッと引いたりの繰り返しでした。




平坦な道となり、歩きやすくなっています。




お虎が池まで来ました。
池の中にカエルの卵が。
蛇のように長い卵です。これで、一匹分だろうかと言う声が有りました。




靴が泥だらけになっています。
少しでも綺麗になればと、雪のところでぬぐいます。




経塚山に寄らずに山頂を目指します。
谷となったところを歩きます。




泥靴で雪に跡が付きます。




経塚山から降りて来るコースです。




頂上を目指しますが、横に広がって歩く事が出来ます。




山頂です。
時折、押し寄せる白いガス。
視界が真っ白になります。




山頂の標柱をカメラに収めます。




強風で山頂に長居は無用です。
全員写真を撮影した後、山頂を後にします。




お虎が池を見下ろせます。
凹地で、池の地形が良く判ります。




経塚山から団体が降りて来るのが見えます。
避難小屋も見えます。
時々、伊吹山が顔を出したりしていました。




団体とのすれ違いです。
私たちよりも、年上と思える団体。
15~16人でした。
言葉を交わしたのですが、大阪から来たと話していました。
ヘルメットを着用していて、本格的です。



下山の途中。
強風でして、風が弱くなる凹地で昼食を取りました。

昼食を終えて出発します。




九十九折れの登山道を下山して行きます。





もうすぐ、汗拭き峠と言う所まで下山して来ました。
下山して来ると、陽が射し出したのです。
空は青空になっていました。
山頂に居た頃はガスっていたのですが、降りて来ると晴れる。
皮肉なモノです。




「かなや」の見える所まで来ました。




前方に林道が見えます。




お疲れ様でした。
駐車場に戻って来ました。




垂井町のグルマン本店です。
女性方の要望で店に寄りました。


感想
霊仙山へ14.04に2回登りました。
違う時期に違う人と登ると、違う印象が出来ます。
今回は、雨の後の日で足元が泥だらけになる状況でした。これも、1つの思い出となることでしょう。



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美濃市の里山   天 王 山 (537.6m) 

2017-04-06 23:34:34 | かがみの山歩会

或る、山登りのグループに体験参加させて貰いました。当初の計画では養老山へ行くことになっていました。しかし、空模様が思わしくなく、ドンヨリとした曇り空で、午後からは雨が確実に降ってきます。
それで、リーダーの判断で近場の天王山行きに変更となりました。
天王山の御手洗登山口からで、左のAコースから登り、右のDコースで下山すると言うコースでして、大きく周回してきました。
途中、沢山のショウジョウバカマを見かけました。それに、咲き始めたばかりのツツジも目にしました。



天王山のコース概念図です。
左のAコースから登り、右のDコースで下山して来るコースを辿りました。




御手洗の駐車場です。
仕度ができて、これから登ります。




Aコースの登山口です。
ここから登って行きます。
天王山にはこのようなプレートが何箇所か立っています。
しっかり、管理して貰え、ありがたいです。




ようやく尾根まで上がってきました。
この尾根に上がってくるまでは九十九折れの坂道で、登り始めの体にはキツかったです。




高圧線の鉄塔の下まで来ました。




急な登りとなります。




ツツジが咲いていました。
この場所の手前に三葉躑躅のプレートが下がっていました。
葉が出ていないので、ハッキリしませんが、ミツバツツジだと思います。




誕生山の方角の視界が開けていました。
北側斜面に白いものが見えました。
サクラだと思います。
ヤマサクラだろうか。



慎重に岩場を登って行きます。
ここから、振り返ると御岳が見えたりするのでしょう。
今日は眺望が利きませんでした。




山頂に到着です。
お疲れ様でした。




雨が振りそうな空模様で眺望が利かないのですが、それでも、南側の視界が広がりました。
長良川がハッキリと見えます。




山頂に一升瓶のプラケースが有りました。
その箱を使わせて貰い、昼食を取ります。



山頂の表示。ゴチャゴチャ下感じがします。
それに、この横にシッカリした「天王山」の表示が有りました。このプレートは不要だと思います。





山頂からの眺望。
山に隠れる山。
山頂には、構築物が見えます。
金華山で岐阜城です。
と言う事は。その右側は百々ヶ峰です。
金華山より百々ヶ峰が高い事が良く判ります。




昼食時間を終えて下山にかかります。




高圧線の鉄塔の足元を下山して行きます。
馬瀬二北岐阜線№94.
前後の表示プレートで推測できました。





こちらは№93です。





ショウジョウバカマが良い時期となっています。





下山して行くコース。
高圧線の巡視路で、プラスチックを使い階段が整備してあります。





林道が見える所まで下山してきました。





林道の工事の車が停まっています。
ここで、小休止です。




下りてきた所にこんなプレートが設置して有りました。
現在位置、そして林道。
林道に、進む方向の矢印が表示して有ります。





小休止を終えて下山を開始します。




林道を歩き始めて振り返りました。
下山して来た階段が見えます。
それに、判り難いですが、ライトバンの横からナナメに登山道が降りて行っています。
でも、林道の方が歩き易いので、ミンナが林道を歩きます。
アノ場所から去る時、お騒がせしましたと、一声かけて来ました。




林道が切り開かれて、まだ、歳月が経っていない感じがする林道です。






前方の視界。
山がVの字型に凹んでいて、別の山映が見えます。
地図を見て、高賀山だと思いました。





停めた車が見える所まで下りてきました。



ひょっとこ

帰路に寄った「ひょっとこ」。
岐阜市茂地の店です。
山に向かう時、店の前を通過しましたので、ここに有ることは知っていました。食堂か居酒屋程度に思っていましたら喫茶店もやっていたのです。
こちらでミーティングをしました。





コーヒーと茶碗蒸しです。
茶碗蒸しは、何時の時間に来ても着いているのだそうです。
モーニングのボリュームが有って良いようです。



感想
何回か登っている天王山ですが、違う時期に違う人と登れば違った印象が生まれます。
咲き始めた、春の花が良かったです。
それに、ウグイスの声も聞けました。
会の雰囲気がどのようなものか、少し判りました。
喫茶店でのミーティング。これからの山の計画。方向性を示して、修正して進めていくと言うのが良いと思えました。

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一宮友歩会・第67回ウォーク例会 史跡巡りシリーズ・岐阜編Part10 瑞穂市・墨俣町・羽島市を歩く

2017-04-01 23:58:01 | 一宮友歩会

一宮友歩会の4月例会が開催されました。今回は瑞穂市のJR穂積駅に集合して、穂積町、墨俣町、羽島市小熊町と足近町を歩くものでした。JR穂積駅前で出発式です。その後は東へ、そして南へと向かい、長良川を渡って羽島市へ歩きました。
中川、犀川、大江川、そして境川を歩きました。何れも川の堤防を歩くのでしたが、桜の開花が遅れていまして花を愛でると言う事は出来ませんでした。それでも、桜の木々が花を付けた状態を想像して歩きました。桜が開花していたならば、桜サクラさくらのオンパレードだった事でしょう。
別府観音は毎月1日が御開帳の日と決められています。一宮友歩会の例会が偶数月の第一土曜日の開催となっています。丁度、御開帳の日と例会の開催日が合致しました。
歩いたポイントに観音院が有りました。こちらの住職と友歩会のメンバーに、旧知の間柄の人が居ました。また、羽島の西方寺では寺宝の茶道具を鑑賞させて貰いました。ハプニング的なことが起こりましたが、楽しくウオーキングをする事ができました。

 JR穂積駅(スタート)  ― 別府観音  ― 秋葉神社  ― 観音院  ― 野口公園  ― 中川 ― 

一夜城跡公園 ― 墨俣宿脇本陣 ― 本正寺   ― 長良大橋 ― 大江川 ― 沈下橋 ― 

美濃路一里塚 ― 親鸞聖人旧跡 ― 西方寺(解散式)  ― 名鉄南宿駅(ゴール)  




今回のコース地図です。
JR穂積駅から名鉄南宿駅までで、13キロとなっています。
http://www.geocities.jp/jk2unj/datagazou/67map.pdf

JR穂積駅前

ウオーキングを開始する前です。
JR穂積駅前で出発式を行い、挨拶する会長です。
この後、ラジオ体操を行い、そして出発となりました。




JR穂積駅前から歩き出しました。


別府観音

最初に訪ねたのが別府観音です。
毎月1日が御開帳日です。
一宮友歩会の例会は偶数月の第一土曜日となっています。
タマタマ、ですが御開帳の日と例会の開催日が合致しました。
私たちが訪ねた時、お堂を既に開けて貰えていて、着くのを待っていてくれました。




十一面観世音菩薩像の説明板です。
昭和31年に岐阜県の重要文化財に指定されています。




お堂を管理する方からお話しをして貰いました。

お話しの後、友歩会でこれから歩くコース地図をお見せして、このように歩くと話しました。
それに、私は各務原から参加していると話しましたら、このお堂の横にお祀りしているのが、白龍さまの分霊なのでした。白龍さまと聞いてピンと来ました。白龍さまと言うのは各務地区の苧ヶ瀬池の神社です。そちらの分霊なのでしょう。そんな事もご縁です。


十王

観世音菩薩の両側に十王がお祀りしてあります。
十王とは冥界に住むと言われる十人の王様。十王です。
その代表的なのが閻魔大王です。
閻魔サマ以外の王は知られていませんが、地獄において亡者の審判を行う10尊の、いわゆる裁判官的な尊格です。
死後、三十五日とか四十九日とかで、罪が裁かれると言われます。
左側の五官王の前に業秤(ごうのはかり)が見えます。




瑞穂市の穂積地内を歩いています。


秋葉神社

天王川の堤防に上がりました。
堤防の上に有った秋葉神社です。
この神社にオオイチヨウが有ります。
樹齢は不詳となっていますが、大木で瑞穂市の天然記念物に指定されています。


観音院

観音院に来ました。
観音院は穂積地区の南端に位置します。





住職の井上さんがお話をしてくださいました。
こちらの寺と、先ほど寄って来た別府観音。ご詠歌の繋がりが有るのだと話されました。
こちら、井上さんと旧知の仲と言う人が友歩会のメンバーの中に居ました。久し振りの再開です。アレアレと言う感じ。このようなハプニングも有りました。




観音院の庭。
終わりそうな時期を迎えています。




観音院を後にします。
立派な大瓦です。
皆さんに声を掛けました。そして、振り返っています。




田にレンゲが咲き始めています。
岐阜県の県花がレンゲですと話しました。


中川

朝日大学の西側を流れる中川です。
レンギョウが見頃を迎えています。




こちらは枝垂れ桜です。
桜の開花は遅れています。

レンギョウと枝垂れ桜の道は良い道だという声が有りました。でも、雑草が繁茂しています。外来植物の勢いが強く、衣服が草に触れると種が付着しました。
良い道だと声の出る道でしたが、雑草の駆除を望みたい道でした。
レンギョウが見頃となっていました。「れんぎょうの小道」とかと名付けて立て札を設置し、市民に周知をしないと市民は通らないでしょう。



中川の堤防を歩いてきました。
この後、県道23号線を南に向かいました。




県道23号線から見える墨俣一夜城です。
アソコへ歩いて行きます。
白いテント群。
店が出ていました。



長い列になって歩いてきました。
この堤防。
犀川の堤防です。
残念ながら、桜はまだでした。


一夜城城址公園

一夜城址。お城の正面まで来ました。
公園として整備されています。
アソコで昼食です。




城の周囲が一夜城址公園となっています。
ここで、昼食です。
公園の用地となっていて、「一夜城築城のこと」と開設板が設けて有りました。
テントが邪魔して正面から撮影できなかったのです。
瀧善義氏が紹介した前野家古文書を基にしています。




1時半から「桜まつり」のステージイベントが有り、準備が整っています。




お城の前に出世ひょうたんが下げられ居ます。
瓢箪と板のタイプが有ります。




昼食を終えて、みなさんが集まりました。
まず、丸山さんの話しです。
丸山さんは古城研究家でお城に造詣が深い人です。




用意してきて、配られた資料です。
信長の美濃攻略で永禄7年。8年の部分で伊木山とか新加納が出ています。これは各務原の地名です。何れも砦のようなものだと思います。
一夜城と、一晩で築城したように言われますが、9月12日から14日までかかり、15日に信長か入城しています。




こちらは河川工学の権威。安井さんの話しです。




この墨俣へ河川が集中しています。
かつては犀川事件と言う紛争がありました。
農家で旱魃の時は水が欲しい。洪水の時は水を排出したい。
そんな水争いで、水を流す、流さないと言うモノです。
そのような話しをされました。

お二人の解説。
現地におけるナマの解説で、勉強になります。


墨俣宿

これから墨俣宿に入って行きます。
犀川の堤防ですが、桜が開花していません。
屋台が並んでいますが、手持ち無沙汰と言うところです。




墨俣商工会が作成した墨俣の街歩きマップです。
このマップ、今春に作成されたばかりの新しい地図です。
墨俣の街をウオーキングできるよう、上手く説明しています。




堤防に設置してあった墨俣宿の解説です。




岐島屋百貨店です。
「つりびなの総かざり」が有ります。
ガラス越しに、つりびなを眺めていますが、この後、中へ入らせて貰いました。

脇本陣

こちらは墨俣宿の脇本陣です。
中に入らせて貰います。





脇本陣の内部です。
段飾りがあり、吊るし雛も見えます。


本正寺

本正寺に寄りました。
門を見上げていますが、この門は脇本陣の門を移築したものだと書かれています。




県道岐阜・垂井線を歩き、長良大橋へ向かいます。
土手の桜。
チラホラと咲き始めています。



墨俣橋から墨俣城を眺めました。
犀川の桜並木が見えます。
チョッと、時期が早かったです。


長良大橋

今日のKオジサンの後ろ姿です。
長良大橋を歩いています。
今日はコースリーダーでして、隊列のトップを歩いています。





長良大橋を渡りました。
車の通行の多い道で、一列で歩いています。



土手で咲いていたムスカリ。
群生しています。



大江川堤防

大江川堤防へ歩いてきました。
どう言う桜の種類でしょうか。
枝に沢山咲いています。


境川堤防

境川の堤防を歩いています。
こちらの桜はまだです。


境川沈下橋

堤防から降りてきて、聖徳大学の野球グランド。
こちらのトイレをお借りしました。
トイレ休憩の後、境川沈下橋を渡りました。




沈下橋を渡りました。
この後、美濃路を西へ歩きます。



境川の堤防が美濃路となっています。
墓地の場所に美濃路の説明板が設置して有ります。
文章はかろうじて読めるのですが、地図は消えかかっています。
実はこの説明板の西、下流部に新しい説明板が設置して有ります。
行政の無神経と言うか、新しい説明板を同じ場所に設置するとか、古くなったのを撤去するとか、街道を維持して行く姿勢が必要だと思います。


美濃路の一里塚

一里塚の場所で、一里塚の石碑が有ります。
ここにイチョウの大木が有りましたが、切り倒されています。
イチョウが傷んでいて、切り倒すのは仕方が無いですが、何とかならなかったのでしょうか。
ここは羽島市の小熊町です。「小熊の一里塚」とかと、標柱を立てるなど行政に手を差し伸べてもらいたいですネ。
一里塚跡を見たあと、東に向かいました。


親鸞聖人旧跡

親鸞聖人旧跡で石碑が有ります。
ここから西方寺へ五丁と刻まれています。
五丁と言うと、500メートルなのだそうですが、500メートル以上の距離でした。



鎌倉街道

堤防から右下へ降りていく道。
この道が鎌倉街道です。


西方寺

西方寺まで歩いてきました。
住職がお話し、してくださいました。
そして、この後に解散式を行う予定でした。




住職のご好意により、茶道具を拝見させて貰います。





案内を受け、茶道具を拝見できました。
こちらには一休さんの掛軸も有りました。



名鉄南宿駅

名鉄南宿駅まで歩いてきました。
ここがゴールです。

お疲れ様でした。

一緒に歩いたMさんのホームページです。
http://www.geocities.jp/jk2unj/no67.htm

感想
今回はJR穂積駅から名鉄南宿駅までを歩きました。13キロ余りです。岐阜県での開催でして、私がリーダーを勤めました。今日が本番でしたが、その前、16年11月2日に会長と下下見を。http://blog.goo.ne.jp/gifu2212/e/2420e5eaceb58ae934af8722350a3e79
そして、2月18日には運営委員で下見を行いました。
http://blog.goo.ne.jp/gifu2212/e/4a79ef95d94bee8c3dc65001f4998b5a
下下見や下見をした時、本番は桜の満開を迎えれると思っていました。3月に寒い日が続き、開花が遅れてしまいました。
本番に開花した桜が見れなかったのは、残念でした。

一宮友歩会には豊富なブレインが揃っています。例会の内容が、単にウオーキングをするのでなく、場所場所で解説が有ります。今回は一夜城址公園で解説が有りました。今は石垣が有ったりして、当時の姿とは違った形の城となっていますが、砦の役目をさせるように築城された事には間違い有りません。
解説を受けて知識が膨らみますし、当時を想像する事が面白いです。

観音院で井上さんと浅井さんの思わぬ出会いがありました。西方寺では茶道具を見せてもらいました。ハプニングと言うとオーバーになりますが、このような事が生じるのも、面白い事です。

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春の訪れ  旧木曽街道を歩く (今渡駅から羽黒駅へ)  

2017-03-30 23:32:01 | 街道歩き

木曽谷を尾張藩が所領として治めていました。尾張と木曽を結ぶ街道で、今の国道19号線に沿った街道を下(シモ)街道とか善光寺街道と呼んでいす。同じく、もう1本の街道で、尾張と木曽を結ぶ街道で上(ウワ)街道が有ります。またの名を木曽街道と呼んでいまして、名古屋城の東大手門前の志水口を起点として、小牧宿、善師野宿、土田宿と経由して中山道に至る街道です。
多くのホームページで、木曽街道を名古屋から北に向うコースで紹介されています。私は北から南に向かって歩いてみました。
木曽街道を歩いた人の記録を事前に準備し、地図を片手に歩いたのですが、街中では道に迷ってしまいました。街道の指示標識など、何もない状態なのです。先人の歩いた古の街道です。何か対策をとって貰えたらと思いました。
道端にスミレが咲いていたり、歩いている先へ先へとチョウが道案内をしてくれました。陽気が良く、春の訪れを感じながら歩きました。
参考にしたホームページです。
https://www.google.com/maps/d/viewer?ll=35.41430600000001%2C137.00105699999995&spn=0.031478%2C0.054932&t=m&msa=0&z=14&source=embed&ie=UTF8&brcurrent=3%2C0x600314104053e367%3A0xc2f572441cc9e60d%2C0&mid=19jTw3dvmnEVSLAcYxPyYQHqeCuE
http://aroundgifu.web.fc2.com/kisokaidou/00_kisotop/00_kisotop.htm
http://fumiki.travel.coocan.jp/furoku6/uwakaido6.html
カメラ画像の記録タイムから行程したものです。
今渡駅(9:33) ― 木曽川 ― 太田の渡し跡(9:53) ― 県道交差点(10:10) ―  土田宿本陣跡(10:49)
 ― 石原公民館(11:32) ― 石拾峠(12:07~12:37)  ― 大洞池(12:51)  ― 善師野宿説明板(13:11)
 ― 清水BS(13:20)  ― 新池(14:05)  ― 羽黒駅(15:07)


名鉄日本ライン今渡駅に着きました。
これからウオーキングスタートです。
駅を出て中山道へ、そして木曽川に向かいます。

善師野駅でご夫人2人が下車しました。
そして、可児川駅では10人以上の人たちが下車しました。
何れも鳩吹山を目指す人達です。それも、ご高齢の人達ばかりです。
改めて、鳩吹山は人気が有ると思いました。




木曽川に向かう途中に見かけた、まだ新しい案内板です。
今渡公民館に設置してありました。
この案内板で表示してあるコースを歩いたのですが、途中には何も表示が無く、案内板を設置しただけと言う感じのモノです。途中のポイント、ポイントに標識を設けたらと思いました。




木曽川の川岸まで来ました。
前方が木曽川で太田橋が見えます。あの場所。日本ラインの川下りのスタート場所で、中の島乗船センターが有った場所です。もう、建物は取り壊されています。ライン下りが中止となって数年が経ちます。でも、この案内表示板。残されたままとなっています。撤去を忘れているのでしょう。




木曽川渡し場遊歩道へ来ました。
石畳の遊歩道になっています。




かつて、この地と対岸の太田宿を結ぶ渡し舟が運行していました。
渡し場の説明板が設置してありました。




ここは県道84号線の交差点です。
これから向かう先。
真っ直ぐ道となっています。



土田宿本陣跡。
石柱が設置して有ります。




土田宿の説明板が有りました。




本陣跡を出て西に向かい、途中で左に折れなければなりませんでした。
地図を見ながら歩いたのですが、この道で良いのか、不安でした。
牛乳配達中の明治乳業の人。
この人に、コースを聞きましたら住宅地図を見て、この道で間違いないと応えてくれました。




前方に見える山は鳩吹山です。




歩いて来て、この親子連れに出合いました。
「カタクリの所へはどのように行ったら良いですか」と声を掛けられました。
カタクリの場所への行き方を教えてあげました。
そして、「写して良いですか」と許しを得て、撮らせて貰いました。
笑顔が返ってきました。



この先に橋が見えます。
そして、橋の下には可児川が流れています。
谷のように深くなった川です。




歩いて来て、土田城の石碑を見ている男性が居ました。
男性は名古屋から来たそうでした。
そして、これから鳩吹山に登ると話しました。



土田城の石碑の表と裏です。
戦国時代の城と言うより、砦のようなものなのでしょう。
石碑の南が山となっています。
平常時は麓で生活し、戦の時は山に駆け上ったのでしょう。




切通しの馬頭観音。
右ハかち(徒歩)道。左ハ馬道、川渡(太田の渡し)ハ東道と書かれています。





民家の塀越しにサンシュユの花が見えました。




石原公民館まで来ました。
ここ、木曽街道は東海自然歩道でも有ります。




これから住宅地の中を進んで行きます。
曲がりくねった、街道らしい道です。




左右がゴルフ場となっています。
コースをつなぐ橋の下を通過します。








道が二股に分かれます。
右が大平林道で左が木曽街道と東海自然歩道のコースです。左に進みます。




旧木曽街道の石柱。
左側と右側です。




街道らしい道です。




石拾峠から下りて来た男性。
自転車を引っ張ってきました。
言葉を交わしたのですが、「カタクリの所」へ行くと話していました。




石拾峠まで登って来ました。
この峠は東海自然歩道の恵那コースと愛知県コースが合流する地点です。
ここで合流して、犬山城の方へ向かいます。
テーブルとベンチが完備しています。ここで、昼食にしました。




石拾峠から下ってきました。
たどり着いたところが大洞池です。
道の両側に池があります。
釣り人と挨拶を交わしました。
その向こう。
ここは溜池のようで、アノ施設は水門みたいでした。



歩いていて、正面にドーンと、大きな岩が目に入りました。
その岩に祠のように祀られたところが有りました。
信仰の対象となった大岩なのでしょう。






ショウジョウバカマが群生しています。




〇〇スミレ。
スミレも街道沿いで見かけました。





左はヒョウモンチョウの仲間だと思います。
タンポポの密を吸っていました。
右はテングチョウです。
まるで道の案内人のように先へ先へと飛び、戯れている。そんな感じがしました。





大洞池の所から出てきました。
道が二股になっています。
どちらに進んで良いのか判りませんでしたが、右に進みました。
それで、正解でした。




馬頭観音があり、一里塚の跡に石柱が立っています。
観音様に花が供えて有ります。




石柱の右側と左側です。
裏側の前田四郎と言う名前は、この先で見た説明板でも見かけました。
前田四郎さんが私費で建立したのでしょう。




これから進んでいく木曽街道。
善師野宿です。
先に見える高架橋は尾張パークウェイです。




善師野宿の宿場概要図が掲げて有りました。




名鉄の踏切まで歩いてきました。
後ろを振り返りますと、歩いて来た善師野宿が見えます。
直線でない道路ですので街道らしさが有りますが、宿場跡を想像させるものは有りません。




木曽街道。善師野宿の説明板です。
文を書いた人が前田四郎さんです。




名鉄の踏切を渡り御嵩街道を右折しました。
途中から、道路を左へ入ったのですが、この道で正しいのか、判りませんでした。
集会所のような所から出て来た男性たちに、城東中学の方向はこれでいいのかと確認したら、良いと返事が有りました。




清水寺の前のバスストップです。
城東の歴史を知る会の説明板がありました。




今日のKオジサンの後ろ姿です。




歩いていて、塔野地地内で街道から外れてしまいました。
そして、修正するために辿った所に新池が有りました。
この池も溜池なのでしょう。
土手を登りましたら、カモが一斉に飛び立ちました。




尾張富士の見える所まで歩いて来ました。




歩いて来た後方を眺めました。
今回はここまでとして、街道から離脱します。


幹線道路を外して田の横の道を歩きます。
この道を羽黒駅に向かって進みます。




羽黒駅に着き、しばらくして電車が入ってきました。
犬山行きの電車です。



感想
太田の渡、つまり木曽街道が中山道と合流地点です。そこから楽田までを歩きました。北から南へ歩いたのです。尾張藩は木曽谷を領地として持っていましたので、藩士が役目を終えて戻ったのと同じ道程を辿った事になります。
歩いていて出会ったのは、カタクリの里に向かう親子連れ、これから鳩吹山に登る人。石拾峠から降りて来た男性。それに牛乳屋さんには道を教えて貰いました。一期一会の出会いが有りました。こう言うのもウオーキングの良さです。
道中、ジンチョウゲが芳香を放ち、ツバキやカワヅサクラが色を添えてくれました。春が始まる時期で、春の訪れを感じました。
途中、城東小学校区コミニティ推進協議会、郷土城東の歴史を知る会の説明板を目にしました。このような地域住民の手による活動が取り組まれていることに敬意を表したいと思います。道に迷った事も有りました。行政で何とかして貰えたらと思いました。

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