Kオジサンの気の向くまま

日々のあれこれ・・・・・思いつくまま

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~ ⑧「村国座まで歩く」

2023年11月28日 23時28分04秒 | 史跡めぐりとウオーキング講座 等

今回の講座、第8回で「村国座まで歩く」となっていまして、各務福祉センターが集合場所となっていました。




今回歩いたコース
各務福祉センター ー 各務氏館跡 ー 村国神社お旅所 ー 村国神社 ー 村国神社奥の院
村国座  ー 境川 ー 各務野櫻苑 ー 各務福祉センター





各務氏館跡です。
石柱が立っています。
この地に各務氏の居城が有ったのだそうですが記録が見つからなく、詳細が分からないそうです。





村国神社の参道を歩き村国神社に向います。



境川越しに臨む村国座です。




村国座の解説板です。




村国神社奥の院に参拝した後、村国座へ来ました。
市の文化財課の人が開けてくれていました。




村国座の内部です。
客席が前へ行くほど下がって行くのが判ります。
大きな幕。
馬上の人物は村国男依(ムラクニノオヨリ)です。




松が描かれています。
この松。能舞台の「影向の松(ようごうのまつ)」を表しているのでしょう。



回り舞台です。



舞台で上を見上げています。



舞台の上に有るのが葡萄棚です。



太夫座の落書きです。
明治十五と描かれています。
振付 中村賀十郎か。
長唄三味線。
杵屋勘七と読めます。




奈落へ降りてきました。
回り舞台の下側です。



木の柱と鉄骨の柱。
大改修で鉄骨の柱で補強されています。



廻って来て先生が見せてくれたのが中村獅童のサインです。
中村獅童はこの地区に縁が有り、時々顔を出したりしたのだそうです。

この後、各務野櫻苑を通って各務福祉センターへ戻りました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~ ⑦「そら~らから歩く」

2023年11月21日 23時24分25秒 | 史跡めぐりとウオーキング講座 等

今回の講座、第7回で「そら~らから歩く」となっていまして、そら~らが集合場所となっていました。
そら~らとは、蘇原地区に有る市民サービスセンターやコミニティセンター、子供館などの複合施設です。


今回歩いたコース
そら~ら ー 安積氏館跡 ー 蘇原銀行跡 ー 無染寺塔心礎 ー 山田寺跡  ー 石敢當
蘇原中学校跡 ー そら~ら



そら~らが集合場所となっていました。
もう、皆さん集まっています。




安積氏館跡に来ました。
ここに立派な門が有りました。
鵜沼宿の方へ移築させたのですが、加納城の門だと思っていたが、移築したら大垣城の門だと判ったそうです。



蘇原銀行跡です。




無染寺塔心礎です。



史跡 山田寺跡です。



山田寺の跡です。
大きな石。
寺の礎石でしょう。



蘇原青雲町を歩いています。



石敢當の表示が有るお宅の前へ来ました。
沖縄からの人だろうか。
先生が散歩中に見つけた石敢當の表示です。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~ ⑤「市内北西部の史跡をバスで巡る」

2023年11月07日 23時21分52秒 | 史跡めぐりとウオーキング講座 等

今回は講座、第5回で市のバスを使い岐阜市の琴塚。その後各務原市の北部の史跡を歩きました。
集合場所は市民会館の駐車場となっていました。


今回歩いたコース
琴塚古墳 ー 柄山古墳 ー うばがふところ ー 尾崎公園 ー 
天狗谷遺跡 ー 船山古墳



32人乗りの市のバスです。



琴塚古墳に着きました。
琴塚の周りを歩きます。



柄山古墳に来ました。



柄山古墳の解説板です。
解説する大堀先生。



船山古墳を見学します。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~ ③「伊吹の滝」から歩く

2023年10月24日 23時37分54秒 | 史跡めぐりとウオーキング講座 等

今回は講座、第3回で伊吹の滝から蘇原地区を歩きました。
集合場所は伊吹の滝の駐車場となっていました。



今回歩いたコース
伊吹の滝 ー 蘇原自然公園 ー (伝)蘇我石川麻呂の墓 ー 八坂神社 ー 
秋葉神社 ー 市儀橋 ー 伊吹の滝




集合場所。
伊吹の滝の前です。



歩き始め。
東海北陸自動車等道のボックスカルバートの中を進みます。



ボックスカルバートから出ると見えてきたのが蘇原自然公園です。




小菊に止まるヒョウモンチヨウを見かけました。




境川の横を蘇我石川麻呂の墓に向かって歩いています。



小高い丘。
蘇我石川麻呂の墓に着きました。
墳丘に登る予定でしたが、雑草が繁茂していて登れませんでした。



八坂神社へ来ました。



石段を登ってきて、更に秋葉神社に向って登ります。



市儀橋まで歩いて来ました。



市儀橋の南側にお地蔵さんが有りました。




そして、市儀橋の北側に馬頭観音が有りました。




伊吹の滝まで戻ってきました。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~ ②前渡地区を歩く

2023年10月17日 23時28分10秒 | 史跡めぐりとウオーキング講座 等

今回は講座、第2回で前渡地区を歩きました。
集合場所は前渡不動の駐車場となっていました。



今回歩いたコース
前渡不動駐車場 ー 承久の乱合戦供養塔 ー 仏眼院 ー 不動山山頂 ー 
旗本陣屋跡 ー 羽島用水 ー 猿尾堤



前渡不動の駐車場です。
ここが集合場所となっていました。
承久の乱について解説する大堀先生です。




仏眼院に向って不動山を登ります。



不動山の途中。
承久の乱合戦供養塔が有りました。



仏眼院に着きます。



仏眼院の本堂の天井です。
天井画が上げられていますが、信者のよるものです。
愛知県丹羽郡岩倉町、愛知県羽栗郡黒田町、愛知県丹羽郡豊国村。
それに名古屋市も有ります。
岩倉町は岩倉市となりました。黒田町は木曾川町です。豊国村は扶桑町になっています。
時代の移り変わりで自治体の名が変わっています。
この仏眼院。
木曾川を渡って来た参拝者で賑わったのが想像できます。




仏眼院の裏側。
不動山に登ります。



不動山からの眺め。
南東方向です。



こちらは北西方向の眺めです。
岐阜基地の中が見えます。
遠くに岐阜市の高層ビルが見えます。



不動山から下山して行きます。
流域下水処理場。
その向こうが木曾川。
遠くに愛知県が望めます。



坪内旗本陣屋跡へ歩いて来ました。



旗本の坪内家に着いて解説する大堀先生です。



木曽川の堤防の外へ歩いて来ました。



石仏が見えました。


これは火葬場の炉です。
古くなったのか壊けています。



炉の近く。
墓石が散乱しています。
墓場が有ったのでしょう。
墓場は組合を作って運営していたのだろうか。
荒れるに任せている。そんな感じがしました。



猿尾堤です。
川から石を運んできて造成したのでしょう。




最後に
この講座に以前、参加した事が有りました。
仏眼院に至るまでに石仏が設置して有り、愛知県から信者かぎ来ているのは知っていました。
仏眼院本殿の天井画、こちらも多くの愛知県人が寄進していたのを知りました。
こう言う発見が面白いです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋の歴史探訪ウオーク 那加の火の見やぐらと街道跡

2023年10月12日 23時44分32秒 | 史跡めぐりとウオーキング講座 等

各務原市西ライフデザインセンターが主催する一日講座。秋の歴史探訪ウオーク 那加の火の見やぐらと街道跡講座に参加しました。

この講座は那加地区の中でも、旧部落の中を火の見やぐらを訪ねながら歩くと言うもので、中山道鵜沼宿のボランティアガイドに寄る解説で歩きました。


秋の歴史探訪ウオーク 那加の火の見やぐらと街道跡のチラシです。





集合場所は手力雄神社となっていました。



今日のガイド。
中山道鵜沼宿のボランティアガイドのハッピです。



手力雄神社からスタートして、来たところが長塚町の火の見やぐらです。
火の見やぐらは根元から切倒されて基礎だけが残っていました。
跡の形から三角形の火の見櫓が立っていたと想像できます。





手力雄神社へ戻ってきました。
本殿の周りを歩きました。
本殿に付している龍の彫刻です。
この龍の彫刻、市の文化財指定を受けています。
この彫刻、以前にも見た事が有りますが、寄木でパーツを組み合わせているのだそうでした。
その工法だから柱に絡まるカタチになったのだと納得でした。





手力雄神社から歩いて山後地区へ来ました。
山後公民館の裏側に有った火の見やぐらです。



歩いて来て目にしたのが軽四トラックの荷台にに乗ったプラケースの中のナマズです。
鮒とナマズがゴチャゴチャと居ます。



そして、河の中で、タモで魚をすくっている男性が居ました。

この川。
境川です。
新境川は水が流れているが、境川は農閑期に水を流さないので川床が露出します。
僅かに、水溜りに残った魚を獲っています。
アノ魚、食べてしまうのだろうか、下流で放流するのだろうか。



境川沿いの道を歩きます。



稲刈りが終わった田です。
田に虫でもいるのだろうか。
アオサギかゴイサギか。それにシラサギが見えます。



西市場水源地の前を歩いています。



西市場町の旗本徳山陣屋公園へ来ました。



西市場町の火の見やぐらです。



製造年月日が昭和34年3月20日となっています。
施工のプレートには岐阜市外那加町となっています。
正式な住所は稲葉郡那加町なのですが、岐阜市の隣の町なので岐阜市外と言う表現を使っていました。



歩いていて見かけたのが「ご自由にお持ち帰り下さい」と書かれた紙を畑で見かけました。
その横にはカボチャが実っていました。
何と言う種類のカボチャだろう。



前野町の火の見やぐらが見えるところまで歩いて来ました。



前野町の火の見やぐら。
那加消防組前野部となっています。
そして建立年月が昭和弐年壱月建設となっています。




前野町から南へ歩いて来ました。
前洞新町の五差路です。
南北の道と東西の道が交差しています。
何とか街道と説明されましたが、忘れてしまいました。






五差路近くに有った石仏です。
道標の役目を帯びていて、右せき かさ神 道。
左谷汲道となっています。




野畑町の火の見やぐらへ来ました。




手力神社に戻って行く途中、馬頭観音を見かけました。
頭の馬の部分が欠損しています。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~ ①「中央ライフ」から歩く

2023年10月10日 23時37分44秒 | 史跡めぐりとウオーキング講座 等

各務原市産業活力部中央ライフデザインセンターが開催した歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~を受講しました。
集合場所は中央ライフとなっていました。
中央ライフとは中央ライフデザインセンターで、市が管理する文化、教養施設です。会議室や研修室を備え、図書室も有り、本の貸し出しを行っています。市民向けに長期講座や短期講座を行ってます。
その中の1つである長期講座を受講しました。
今日は講座の第1回で今日は講座の第1回で中央ライフデザインセンターの研修室で開講式が有り、その後に近辺を歩きました。
講師は大堀 等先生です。



歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~ のチラシです。




今回歩いたコース
中央ライフ ー 金山寺 ー おがせ街道 ー 八幡神社 ー 
馬頭観音 ー 中央ライフ








第1回で開講式が有りました。



開講式を終えて、中央ライフから出発します。



各務原市民会館の北側に3台の観光バスが停まっています。
春日井ナンバーなので愛知県から来たのでしょう。
少し離れた東側。
幼稚園児たちなのでしよう。
ここに観光芋掘り園が有ります。
幼稚園のいも掘り遠足。多分1人、1株となっています。
一人で何個のサツマイモの収穫が有ったのでしょう。
時間的には芋ほりを終わった時間。
お弁当を食べて談笑している所だろうか。






金山寺にやってきました。
稲が実って収穫間近となっています。



金山寺に着きました。



寺の前で大堀先生の解説が有りました。
重要文化財の円空仏が有りますが拝観は、お願いして無くて見せて貰いませんでした。





八幡神社です。
八幡神社は県道沿いにあります。
この県道。またの名をおがせ街道と呼びます。
先生の少年期。
荷車の後ろを押して手伝った。そのような事を語られました。



こちらは八幡神社のすぐ横に有った馬頭観音です。
他所から移築されたそうです。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~ ⑧村国座まで歩く

2021年11月30日 23時31分08秒 | 史跡めぐりとウオーキング講座 等

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~の第8回です。
集合場所は各務福祉センターの駐車場となっていました。
各務福祉センター ー 各務氏館跡 ー 宮川 ー 村国神社 ー 村国座 ー 
村国神社奥の院 ー 各務福祉センター



今回、回ったポイントです。



集合場所は各務福祉センターの駐車場でした。



季節外れのヤグルマソウが咲いていました。



各務氏館跡に向かって歩きます。



各務氏館跡に来ました。



この石柱が立っている場所の字名が城之屋敷と言います。
城と言っても石垣など無い所です。
各務氏が勢力を誇った場所なのでしょう。



村国神社へ向かいます。



境川に架かる橋を渡ります。
この川。
村国神社の前で、宮川と呼ばれていると解説が有りました。



南から見た村国座です。



正面に回り、説明を受けています。



村国座に入りました。
舞台に幕が有りましたが、引いている所です。
幕を引いているので判り難いのですが、幕には馬上の村国男依が描かれています。



舞台に上がってみました。
回り舞台の円が判ります。



この場所。
鳥屋と言う所です。義太夫を語ります。
明治のころの落書きが見えます。



奈落に降りました。
回り舞台の下となります。



村国神社の奥の院に向かいます。



石の階段を登って行きます。


この後、各務福祉センターに戻り閉講式が行われました。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~ ⑦少林寺から歩く

2021年11月16日 23時32分00秒 | 史跡めぐりとウオーキング講座 等

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~の第7回です。
集合場所は少林寺の駐車場となっていました。
今回歩いたコース。
少林寺駐車場 ー 新加納陣屋公園 ー 少林寺内旗本坪内氏墓所 ー 一里塚跡
 ー 日吉神社 ー 浜見町墓地 ー 善休寺 ー 少林寺駐車場


今日、回ったポイントです。



少林寺駐車場が集合場所となっていました。




最初に向かったのが新加納陣屋公園です。
門の横に解説板が有りました。



解説板の内容は旗本坪内氏由緒記です。



旗本坪内陣屋の門です。
ここから入ります。



資料室の史料です。
坪内氏とはと坪内氏の家系図です。
歴代の殿様の名に「定」の字がついています。




廊下のようになっています。



解説する大堀先生です。



新加納村古地図と小休本陣「梅村屋」
新加納は鵜沼宿と加納宿の間に有り、両宿の距離が長く、その間の宿として間(アイ)の宿となりました。




色々の解説板が掲示して有ります。



少林寺の稲荷堂へ来ました。
この稲荷堂。
市の文化財に指定されています。



坪内家。歴代の殿さま奥方の墓石です。



少林寺から歩き始めました。
今尾医院は坪内家の御殿医を勤めていました。



中山道の道標です。
この道標、高札場跡の横に有ります。



左 木曽路。
右 京道。南かさまつと彫られています。



中山道を歩きます。
一里塚跡の石碑が立っています。



日吉神社に来ました。
この日吉神社、カエルに由来が有り狛犬ならぬ狛カエルが対になっています。




浜見町の墓地に来ました。




浜見塚七里の渡しの伝説です。
女と男の悲恋物語です。
かつては伊勢湾北部から濃尾平野に掛けて東海湖と言う大きな湖が有りました。
浜見町と言うようにここまで海が来ていたようだ。
でも、何万年も前の話。
解説では1,800年ほど前の話。
年代の事はこだわらなく、ロマンとして捉えれば良いのでしょう。




少林寺に戻ってきました。
少林寺に着く前に善休寺に寄りました。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~ ⑥市民プールから歩く

2021年11月09日 23時53分59秒 | 史跡めぐりとウオーキング講座 等

歩いて学ぶかかみがはら ~各務原の史跡・文化財~の第6回です。
集合場所は市民プール前の駐車場となっていました。
今回歩いたコース。
市民プール東駐車場 ー 正法寺 ー 承国寺跡 ー 大安寺川 ー 東山道 ー 
鵜沼の渡し常夜灯 ー 羽島用水旧取水口 ー 羽島用水新取水口 ー 市民プール東駐車場


今日、回ったポイントです。



今回の集合場所は市民プール東駐車場となっていました。



歩き始めです。
遠くに犬山城が見えます。



正法寺に来ました。
小川山と号が付いていますが、このお寺。岡崎の方から移って来たのだそうでした。
それに伴って小川姓の人が一緒に来たのだそうです。



正法寺のカヤの木です。
巨木で市の天然記念物に指定されています。




正法寺の中の五輪塔です。
先生は、市からこの五輪塔の説明板の依頼を言われたと話していました。




古市場町を歩いています。
古市場と言う名のように、かつては市場が立ったようです。



この道。
古い道で東山道だったなのだそうです。
ここから木曽川を渡って犬山へ。
そして東美濃に向かって行きました。
家康が整備させた中山道とは少しコースが異なります。



鵜沼の渡しの常夜燈です。
渡し場で、かつては犬山に向かって渡船が出ていました。
岐阜県側からは「鵜沼の渡し」愛知県側からは「内田の渡し」。
同じ渡し場でも呼び方が異なります。



説明する先生。



説明のその先です。
羽島用水の取り入れ口が有ります。



ライン大橋が見えるところまで来ました。
説明する先生です。



対岸。
犬山城が良く見えます。



飛来してきたカモが翼を休めています。
沢山の渡り鳥。
野鳥観察会が出来そうです。



ライン大橋に向かっています。
この道。
遊歩道として整備されました。



犬山頭首工の説明板が設置して有りました。
犬山城を望む景観を考えて位置を決定したとか、犬山頭首工で木曽川を堰き止めて恩恵を受ける範囲を示していました。
愛知県側は木津用水や宮田用水。岐阜県側が羽島用水です。



羽島用水の取り入れ口です。



低空で飛来したジェット。
ここライン大橋の上空は岐阜基地の滑走路への進入路となっています。
頭上をC2が飛んでいきました。





 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする