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濃尾・各務原地名文化研究会 6月定例講演会

2017年06月17日 23時46分22秒 | 濃尾・各務原地名文化研究会

濃尾・各務原地名文化研究会の6月定例講演会に行って来ました。2人の方の講演会でした。第1部は研究会の副会長の瀬川照子さんによる「続・各務原市から展開する古代地名」でした。
第2部は犬山城白帝文庫理事長で犬山城の城主。成瀬淳子さんによる「犬山城と成瀬家」でした。


今日の講演のご案内です。




会場へ来ました。
鵜沼西町交流館です。
確か、ここは福祉センターか、西町の集会施設が有った場所です。
新しい施設となっています。




受付が見えています。
館内に入り受付を済ませます。




2階に上がりました。
もう、既に多くの人が出席しています。




第1部。瀬川照子さんの「続・各務原市から展開する古代地名」です。




第2部は成瀬淳子さんによる「犬山城と成瀬家」です。




成瀬家の初代、正成が三河で生まれると書いてあります。岡崎の六名で誕生したといっていました。




成瀬家は御三家の中の尾張徳川家を竹腰家と一緒に支えました。
いわゆる、付家老五家の1つです。
徳川御三家を付家老五家で支えていました。

付家老五家が御三家を支えていたのですが、それに関連して、第四回 徳川御三家附家老サミットが2013年11月30日に海津市で開かれました。
この時、付家老の文字で、「附」が使われています。今日は「付」が使われています。「附」と、「付」にはどのような違いがあるのだろうかと思います。




成瀬さんの講演は原稿を読む形でイッキに進んでいきました。

その後でQ&Aとなったのです。聴講者から率直な質問が出ました。
中には淳子さんは独身かと言うような質問が出ました。恐らく成瀬家が長年にわたって続いてきて、これから先を心配しての事だったのでしょう。


第2部で成瀬淳子さんが講演をされました。講演に先立ち、成瀬さんの紹介はサラッとしたものでした。このような事柄ですが、コーディネーターから尾張徳川家を成瀬家が付家老として支えて来たと説明が有ると良いと思いました。



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