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ノブレス オブリージェ

2006-01-26 15:48:04 | 雑感
 最近のビッグニュース

  「ライブドア堀江社長逮捕」
  「マンションホテル強度偽装事件」

などの取り上げ方を見ていて、どこか違うなあと思います。

勿論これらの事件が、拝金主義に端を発していることは間違いなく、その限りでは指弾さるべきものです。ただ、マスコミが取り上げる底意が、やっかみから出ているように感じます。

私はノブレス オブリージェ(高貴なる者の義務)という言葉を思い出しました。

Noblesse Obligeは主としてヨーロッパにおいて、貴族などの高い身分の人間には、それに相応した重い責任・義務があるとする、支配的な考え方です。平等主義と正反対の考え方といってもよいものです。

 現在の日本人は、ノーブレス(高貴なる人間)があってはならないと信じ込んでいます。アメリカ人はスタートの時点での平等を主張するのに対して、日本人は結果において平等でなければならないと考えています。だから、自分よりも少しでも有利な奴を許せないから、よってたかって足を引っ張り、ねたみ・そねみ・やっかみが支配する社会になる。こんな心情が今の日本の社会一般にありはしないでしょうか?

 古来日本にあった武士道の精神は、自らを律し、正義をモットーとして、利欲に走らず、ひとたび約束した以上は、命懸けでその言葉(約束)を守り、不正や名誉のためには死を持ってあがなうことが義務づけられたのであります。厳しい掟を守ったからこそ武士は「民の模範」となり得たのです。(新渡戸稲造「武士道」)日本流のノブレス オブリージェと言えます。私達の心にはこれが生きていると信じたいのです。

 アメリカではこういう哲学を寄付という場面で表しています。アメリカにおける慈善活動の担い手は主に個人です。企業と個人の寄付金支出比は、日本では 95:5 であるのに対し、米国では 6:94 と、個人に寄付文化が根付いています。
特に高い身分には道義上の義務が伴うとするノブレス・オブリージェの考え方があり、金持ちや資本家は、私財を投じて慈善活動を行うことが要請され、それを行わなければ大実業家と認められない風潮が作り出されたことが、企業慈善活動へと発展したものと考えられます。

私は個人的には金持ちとは言えませんし、クイックスもまだまだ、零細企業ですが、この精神は忘れないようにしたいと考えております。


また、この言葉には全く別の意味もあります。

 ノブレス・オブリージェ:特定の国からの輸入に頼らない制度