mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

探鳥の奥行きの深さ(2)鳥と共感性をもつという秘密

2019-06-22 10:58:35 | 日記
 
 もう一人、sshさんと違った達人のたたずまいを見せてくれた方がいました。thさん。ご夫妻で半世紀以上にわたって石川県で活躍なさってきた方。鳥を軸に自然保護活動に取り組み、石川動物園でのトキの保護生育にもたずさわり、啓蒙活動も手広く行っているそうです。

 tkさんは珍しい鳥を観たいという次元を通り越しているように感じました。すでに見るべきほどのことは見つくしてしまったうえで、モンゴルには人文地誌的な関心を向けているようでした。

 たいていはご自分の関心の趣くままに動いています。ガイドの案内などに同調していないようにみえて、気が付くと傍らにいるというふうに、全体の動きを気にかけていて、その佇まいが何とも絶妙な感触を持っていました。白髪の彼が、鳥について語るのを聞いていると、それだけで説得力を持っているように響きます。良い歳を重ねてきているなと感心しました。
 
 今回のモンゴルの探鳥のトピックは四日目。ヘイテイ県ビンデル村のホラ・バンディング基地(KHURKH BIRD BANDING STATION)でのバンディングの見学でした。バンディングというのは、鳥に標識をつける調査です。標識をつけるだけでなく、標識がついている鳥のチェックをして、渡りの経路や時期などから生態をとらえることができるわけです。聞くと、日本ではそれらの情報が山科鳥類研究所に一括される体制が出来上がっているようですが、モンゴルにそのようなシステムがあるかどうかは聞き洩らしてしまいました。
 
 南北を背の高い(なだらかな)山に取り囲まれ、中央に小川の流れがある、盆地様の山のなかです。川の流れに沿って湿原が広がり、樹々も草花も植物は豊かに茂っていて、その周辺に7カ所、霞網を張っています。
 
 高さ2メートルほどの柱を4メートルほどの間隔で立て、撓むように網を張ります。撓んでいるから、網の裾は風下側にゆとりをもってふくらみ、そこに鳥が落ちるとちょうど袋のようにやわらかく受け止める仕掛けです。鳥を傷つけないようにしていると説明がありました。30分ごとに網を見て回り、引っかかった鳥を一つひとつ、大きめの巾着のような袋に入れ、腰からぶら下げてゲルに戻ります。私たちが見ていたときは、7羽を捕獲しました。
 
 設えられたゲルに持ち帰り、一人が一羽ずつ右手の指の間に挟んで毛づくろいをするように撫で、まず鳥の名を指定する。脚に小さな輪っかをつけてラジオペンチのような工具で取り付けます。そのあと、嘴の長さ、身長や尾の長さを測り、羽根の傷み具合をチェックし、ころあいのカプセルに頭から押し込んで体重を計る。別の一人が、その計量をノートに記録していく。計量が終わると、もう一度毛づくろいをするように全身を撫でつけて、人差し指と中指の間に鳥の脚を挟んで姿を、私たちに見せてくれる。そうしてゲルの入口へいって、放してやると鳥は飛び立っていく。その間鳥はおとなしく、安心しきったように身をゆだねている。写真を撮っても構わないというので、何度もシャッターが押されました。
 
 こんな観察ができるのはめったにないこと、と前振りをしてngsさんが「でも写真を公にするのは控えてください」と言葉を挟みます。バンディングをみると、たいていのバーダーは、自分もしてみたいと思うようになる。だが、簡単なようにみえて、鳥を指で挟んで計量するというのは、きわめて難しいこと。鳥にはストレスがかかり、脚を折ったりすることがある、と。その説明を聞きながら私は、珍鳥が出るとずらりと並ぶ、何十人というカメラの砲列を想い起していました。あれもストレスなんじゃないか、と。
 
 捕獲された7羽は、カラフトムシクイ、ヤナギムシクイ2羽、スズメ、ムジセッカとアカマシコの雌。最後のスズメ1羽は計測もしないで、放されてしまいました。朝にも引っかかった個体だそうです。同じ個体がかかっても日が違えば、計測して、体重が増えているか減っているかを、チェックするということです。一度ならず二度までも。うかつな鳥の個体もあるのですね。
 
 これを、渡りの季節に合わせて、4/15~6/15、8/15~10/15の計4ヵ月間、ここで調査しているとのこと。いまは8人のボランティアが手助けをしていて、私たちに見せてくれたボランティアはシンガポールから来た20代の女性。ゲルの入口に置いてある(膝まである)長靴に履き替えて、霞網をひと廻りし、ゲルで計測して記録してもらう。一羽の鳥が同定できなかったのか、ヨーロッパ系のボランティアのところへいって話し込む場面もありました。これほど鳥に接している人でも、同定できないことってあるんだと、探鳥の奥深さを感じました。
 
 この7羽の計測におおよそ28分ほどかかっていました。つまり、すぐに次の巡回タイムが廻って来るのです。聞くと、調査をしている4カ月間に1万5千羽ほどを扱ったといいますから、平均すると1日百数十羽、多いときは一時に十何羽を取り扱うことになり、狭いゲルでは大変です。
 
 この大変な作業をしている方々を観ていると、鳥に向き合う深い愛情を感じます。「愛情」などという言葉を私自身が使うなんて、思いもよりませんでしたが、これ以外の適当な言葉を思いつきません。鳥の生き方に(同じ生き物としての共感性をもって)向き合っているのだと、感じさせられたのです。ニューバードをみようという「異常趣味」ではなく、また単に研究対象としての「親密感」でもなく、そこを通り越して、同じ生物として響き合う感性が揺蕩っていることによって、指の間に挟まれた小鳥たちも安心して身を任せているのではないかと思ったのです。この自然観がすごいなあと感嘆しています。
 
 手狭なゲルに代わってログハウスを建てる計画が進み、ちょうど私たちが訪ねた日に、その完成式をすることになっていて、調査に従事している人たちは大喜びをしていました。「KHURKH BIRD BANDING STATION」とキリル文字とアルファベットで記された銘板が張り付けられたログハウスは、木の香りを漂わせて、誇らしげでした。8畳間ほどの一間と6畳間ほどの二部屋。6畳間にはチェック済の鳥を放つ小窓も設えられています。ガイドのバヤラさんが御礼代わりにと50ドルの寄付をしたので、私たちも何ドルずつか出して、彼らのご苦労にエールを送りました。
 
 学生時代から野鳥にかかわってきたsshさんも、バンディングをしているとのこと。彼の記録の仕方が、見た鳥の名を記すだけでなく、何羽いたかも子細に記録しているのに、驚かされました。鳥を観ることを突き抜けた振る舞いと、冒頭に述べたtkさんも同様です。鳥に向かう関心の深さとその方向性が、一つひとつの振る舞いに体現されているのだと感じ入ったのも、こうした人たちの持つ自然観に思いを寄せたからでした。(つづく)