自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★「ペンタゴン・ペーパーズ」と報道の自由

2018年04月27日 | ⇒トピック往来
    輪転工場での鉛のにおいが立ち込めるような、見覚えのある懐かしいシーンが随所に出てきて印象に残る映画だった。きょう27日鑑賞した『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(スティーブン・スピルバーグ監督)はエンターテイメントではなく、社会派、そして実録映画なので話の流れが硬い、しかし少し涙がうるんだ。

   映画は1971年の「ワシントン・ポスト」紙の編集現場。今と違って当時はローカル紙だった。映画では、冒頭に述べたように鉛を使った活版印刷の輪転工場の様子や、編集局で作成した原稿や写真を筒に入れて制作現場に送るエアシューターが出てくる。私は1978年入社の元新聞記者なので、その当時の新聞社の現場が映画でリアルに再現されていて、つい身を乗り出してしまった。このワシントン・ポストが社運をかけた取り組んだのが、「アメリカ合衆国のベトナムにおける政策決定の歴史 1945-1967年 」という調査報告書(最高機密文書)を記事として掲載するか、どうかの実録のドラマだった。最高機密文書はペンタゴン・ペーパーズとも呼ばれ、国防長官ロバート・マクナマラが指示してつくらせた歴代大統領トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンのベトナム戦争に関する所感などとまとめた調査報告書だが、歴代の大統領はアメリカの軍事行動について国民に虚偽の報告したとする内容が含まれていた。

    「ニューヨーク・タイムズ」紙が6月13日付でスク-プ記事を出し、それを追いかけるようにワシントン・ポストも最高機密文書を入手する。ただ、タイミングが悪かった。社主で発行人の女性経営者キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)が株式公開に動き出している最中だった。ニューヨーク・タイムズの記事は、6月15日にはニクソン政権によって国家機密文書の情報漏洩であり、国会の安全保障を脅かすとして連邦裁判所に記事の差し止め請求が出され、実際に法的な措置が取られた。

    後追いでペンタゴン・パーパーを入手したワシントン・ポストは6月18日付で記事にするか、しないかと決断に迫られた。ニューヨーク・タイムズと同様に記事が差し止めになれば株式公開、どころか経営が危うくなる。同社の顧問弁護士たちも記事掲載に反対した。そもそも4千ページにも及ぶ最高機密文書を入手からわずか一日で掲載することに、果たして精査された記事と言えるのかといった経営上層部からも懸念が発せられた。編集現場のトップ、ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)は抵抗する。「We have to be the check on their power. If we don't hold them accountable — my god, who will?」(権力を見張らなくてはならない。我々がその任を負わなければ誰がやす?)と。

    最終判断は、社主で発行人のキャサリン・グラハムが下した。「ワシントン・ポストは祖父の新聞だった。そして夫の新聞だった。今は私の新聞」と言い、「私が決める」と掲載を決断する。ニューヨーク・タイムズが差し止め命令を受けた後にペンタゴ・ペーパーズを報道した最初の新聞となった。連邦裁判所はワシントン・ポストに対して政権側の訴えを却下した。さらに、同紙が後追いしたことで、6月30日、最高裁判所はニューヨーク・タイムズの差し止め命令を無効と判断した。ペンタゴ・ペーパーズを公表したことは公益のためにであり、政府に対するメディアの監視は報道の自由にもとづく責務であるとの判決理由だった。

    鑑賞を終えて、ふと思った。ワシントン・ポストの社主で発行人が女性ではなく、男性だったらどう判断しただろうか、と。おそらく「7:3」で掲載却下となっていたのではないか。男性はどうしても経営リスクの回避を優先するのではないか。では、なぜキャサリン・グラハムは掲載を決断したのか。おそらく、女性として、母親として、アメリカの若者たちをこれ以上、戦況が悪化するベトナムに送り込めないとの本能的な思いと、ジャーナリズムの社会的な使命への思いが合致したのかも知れない。

    映画のシーンでも、キャサリン・グラハムが孫たちに寄り添う姿がある。スティーブン・スピルバーグ監督の映画制作の意図はひょっとしてここにあるのか、とも思った。キャサリン・グラハムの判断が、その後にワシントン・ポストを一流紙の座へと押し上げた。

⇒27日(金)夜・金沢の天気 はれ

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