自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★2011ミサ・ソレニムス-3

2011年12月26日 | ⇒ドキュメント回廊
 能登のたぐいまれな農耕儀礼「あえのこと」は「神への饗宴」だ。家々の田んぼには神が宿っている。冬になると、その家の主は田んぼに神様を迎えに行く。そして自宅に招き入れ、田の神にお風呂にも入ってもらい、ごちそうでもてなす。非常に丁寧な所作である。しかも、もてなし方は家々で異なり、座敷でもてなすパターンや、土蔵でもてなすパターンなど、その家々によって流儀が異なる。田の神に恵みに感謝し、1年の疲れを癒してもらうと儀礼のコンセプトは同じだ。今月(12月)5日、能登町柳田植物公園の「合鹿(ごうろく)庵」であった「あえのこと」=写真・上=を見学した。

        世界農業遺産(GIAHS)と「あえのこと」に見える能登の未来可能性

 粛々と執り行われる儀式。その丁寧さには理由がある。床の間に田の神を描いた掛け軸がある=写真・中=。白いきつねは田の神の遣いだと昔から言い伝えられている。そして田の神は目が不自由だという設定になっている。この家の田の神は、左目が不自由である。別の家では両目が不自由な神もいる。私たちに田んぼの収穫の恵みを与えてくれる神は、稲穂で目を突いてしまい目が不自由なのだから、神が転ばないようにも座敷へと案内をしなさい、並んでいるごちそうが何か分かるように説明しなさい、先人は今に伝えている。「あえのこと」の農耕儀礼は連綿で引き継がれる「里山文化」のシンボルであ り、国連教育科学文化機関(UNESCO)の無形文化遺産に登録された(2009年9月)


 先月(11月)5日、台湾の国立台北護理健康大学旅遊健康研究所(大学院ヘルスツーリズム研究科)から講義の依頼があった。世界には温浴効果の高い温泉はあちこちにある。これに「もてなし」というメニューを加わえ、「心と体を癒す」のが日本の温泉ツーリズムの特色である。その「もてなし」の独自の進化のカタチが能登にある。それを説明してほしいと。講義ではこう解説した。「もてなし」をホスピタリティ(hospitality)と訳する。能登の農耕儀礼である「あえのこと」は病院での介護や介助に近い意味合いのもてなし方になる。しかも、自分の家の構造によって、それぞれもてなし方が異なる。自らイマジネーションを膨らませ、自身が目が不自由であったと仮定すれば、どのように介助、案内、説明をしてほしいかとあれこれ自ら考えることになる。健常者と障がい者の分け隔てのない便宜の提供をユニバーサル・サービスと称するが、「あえのこと」はその原点とも言えなくもない。これが能登では、「能登はやさしや土までも」と呼ばれる風土へと深化した。この風土の上に和倉温泉というサービス産業があり、また「日本一の旅館」と認定された「加賀屋」がある。さらに、衣料品販売のユニクロは1店舗に1人の障がい者を従業員として雇い、日ごろから職場全体でその従業員がスムーズに働けるよう周囲が気配りや目配りをする。このトレーニングがあってこそ、障がいを持ったお客が訪れても普通に接することができるようになる。こうした「あえのこと」の現代的な解釈と応用は従来のサービスとはまったく違った概念である。温泉ツーリズムだけでなく、サービス産業や販売、さらにヘルス・ケア分野への広がりに未来可能性を感じる、と。

 国連食料農業機関(FAO)はことし6月11日、佐渡市と能登半島4市4町を世界重要農業資産システム(GIAHS:Globally Important Agricultural Heritage System)として認定した。中国・北京で開催された世界農業遺産の認証式に立ち会った=写真・下=。

 佐渡市は国の天然記念物トキとの共生をめざす減農薬農法などの取り組みが評価され、能登半島は棚田のコメ栽培や「あえのこと」の伝統文化、海女漁を営む山村や漁村を「里山里海」と呼んで守っていることが評価された。世界重要農業資産システム(GIAHS)は世界農業遺産と呼ばれ、伝統農法や地域で伝承される独特の農業の知恵を世界に残そうとFAOが創設したもの。2011年6月現在、アンデス農業(ペルー)、イフガオの棚田(フィリピン)、マサイ族の放牧(ケニア)、万年の伝統稲作(中国)など12地域が認定されている。世界農業遺産と称されるものの、FAOが重視するのは農業の多面的な機能をシステムととらえている点だ。GIAHS事務局長のパルビス・クーハフカン氏は「大切なのは、農産物の生産だけではなく、景観や生物多様性、文化、レクリエーション、ツーリズムなどを包含しているこの素晴らしい農業システムを未来に生かし継承することだ」と述べている。

 認証名は、能登は「NOTO's Satoyama and Satoumi(能登の里山里海)」、佐渡は「SADO’s Satoyama in harmony with Japanese crested Ibis(トキと共生する佐渡の里山)」である。昨年10月に生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で「里山イニシアティブ」が採択されたことを受け、同じ国連機関が里山をテーマにした案件を日本で2つ認証したのである。 認証名に「里山」と付いたことは、国際的に大きな意味合いがある。世界の人たちから「日本の里山はどこにあるのか」と問われたとき、「能登や佐渡に行けばある」と答えられる。要するに、里山というシンボル的な言葉を能登と佐渡が冠したということだ。今後、日本の里山あるいは里海を見に来たい、研究しよう、体験をしようという里山ツーリズムが組まれた場合には、能登と佐渡がターゲットになる。

 来月(2012年1月)、フィリピンのルソン島北部にあるイフガオに行く。広大な棚田は「ライステラス」として世界遺産に登録され、そして世界農業遺産にも認定されている。能登と佐渡、そしてイフガオなど世界農業遺産に認定された地域との国際的なネットワークづくりができないか、その可能性を探りに行く。

⇒26日(月)朝・金沢の天気  ゆき  
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