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EXPRESS DIARY~鉄人日記~

鉄道に関することを日々徒然なるままに書いて行こうと思います。

越美北線遠征

2009年09月06日 | 北陸

090905etsumi1202  昨日18きっぷ残り1枚の消化のため越美北線へと行ってきました。本当は姫新線へ行くつもりでしたが、大雨の影響で未だ不通区間があるため、そちらは後回しにして越美北線の乗り直しに福井へと出向きました。往復するだけの路線なので、それに加えて新疋田、南今庄で撮影するプランを組みました。新疋田で日本海を撮るいつものプランを立て、京都~米原間を新幹線で飛び、新疋田に7時30分頃めでたく到着。電車を降りると結構なファンが降り立ち、皆が上りホームへと向かいます。私も上りホームへと向かいましたが、途中道を逸れてコースアウト。短絡ルートを使って大カーブへと向かいました。以前にも上りホーム裏手の道を通って大カーブへと行きましたが、こちらから行くと10分以内に撮影地に着くのでまさに短絡ルートです。大カーブにはパラパラと撮影者がいてましたが、それほど大した数ではなく、余裕を持って場所選びができ、とりあえず線路そばではなく、少し離れたお立ち台から日本海を狙うことにしました。雷鳥・しらさぎ・サンダーと一通りの北陸特急を撮り、貨物も撮って、本番の日本海も無事に定時に通過し、新疋田を辞します。先の短絡ルートを使って駅まで戻り、ほぼジャストタイムで8時42分の普通福井行きに乗れました。従来国道へ出て大カーブへ向かうルートを使っていましたが、そのルートではおそらく間に合っていなかったと思います。521系2両編成でやってきた普通は混雑しており、席にありつけないまま南今庄へ。南今庄の上りホームはアホほどファンが集まっており、ネタでもあるのかと聞いてみるとみな雷鳥が目当てとのこと。10月から683系の運用が増えて、485系の運用が減少するようで、その前に撮っておこうという人が多いようです。18シーズンラストの週末ということもあるでしょう。結構電車移動の人が多かったです。ホームは人でいっぱいなのと何度も撮っているので、ここは回避して、とりあえず目当ての北陸トンネル坑口付近へ。雑誌でも有名な地点ですが、実際には立ち入り禁止の鎖があり、昔からなのか最近からなのかわかりませんが、基本立ち入り禁止区域のようです。とは言え、平気で入っている人がいるので、いっぺん試しにということで便乗して中に入り、485系雷鳥1本を撮ってそそくさと退散しました。思ったほどの画が得られなかったのと300mmを持って来なかったこともあり、思ったような画が撮れなかったので次なるスポットへと移動します。続いては駅の反対側の今庄方のトンネル付近へと向かいます。ここは6月に日本海を撮っており、その際には雷鳥も撮っていたので、どっちでもよかったのですが、とりあえずここでも1本撮って、さらにもう1本をホームでという算段でいました。トンネルまではうまくいったもののホームからの撮影は雷鳥の遅れにより、乗車予定していた普通の方が先に来てしまい、雷鳥を撮れず仕舞いのまま南今庄を辞すことになりました。メインは越美北線の乗り直しだったので仕方ないと諦め、雷鳥はまた今度…いつ来れるやら…ということで521系2連の普通に乗りこみいざ福井へ。先ほど乗った521系も混雑していましたが、今度のはさらに混んでおり、福井まで満杯の状態でした。

090905hokurikuef5109  さらに福井から乗り継いだ越美北線キハ120単行も非常に混み合っており、終点の九頭竜湖まで立ち客が出たままでした。越前大野での下車は多いものの、九頭竜湖へ向かう人も多く、その半分ぐらいは九頭竜湖でそのまま折り返す人が多く、18きっぱーの多さを思い知らされます。もっとも如何にも鉄っちゃんという人は案外少なく、一般人風の半鉄程度の人が非常に多かったように思います。このあたりは鉄道ブームの一端感じるところではありますが、それが果してローカル線の存続に一役買うのかどうかは微妙なところです。何しろ皆が18きっぷ利用ですから…。九頭竜湖での折り返しは昔はもっと時間があったように思いますが、今は案外短く、駅前に隣接している道の駅で焼き鯖寿司をGETしてとりあえず列車の中でゆっくり味わおうと列車(列にはなっていないが)に戻ると先に書いたように折り返し乗車の人で車内は埋まっており、何とかロングシートの一端を確保してそそくさと食事を済ませ、帰りはうつらうつらと朝からの疲れを取る道中となりました。

090905hokurikuef8125  越美北線の乗り直しを終えて、福井から普通で帰阪…の前に再び夕方の南今庄で一仕事。夕方の光線の中を走る雷鳥を撮るのが目的で同駅へ降り立ちましたが、雷鳥通過の時刻を読み違えて、トンネル付近で撮るつもりだったのですが、移動する間もなく、仕方なくホームで撮るとピンあまになり散々な出来となりました。下り雷鳥も露出がいま一つで、いきり立って降りた割には大した成果を得られず帰ることになりました。帰りは敦賀から1本新快速を見送って、珍しい湖西線経由の京都行き普通で山科まで戻り、山科から新快速で高槻へ。高槻からは定番の高槻市歩き阪急乗り換えで茨木市まで戻りました。

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北陸遠征6~鯖江撮影失敗~

2009年08月11日 | 北陸

090808fukutetsu886  今回の北陸遠征の目的は第1に夜行3連発撮影、第2に日本海を福井県内で撮影する。そして第3の目的は485系雷鳥を追いかける。このうち第2の目的をとりあえず達成し、翌日の第1の目的の前に第3の目的のために活動していく。南条~王子保で雷鳥を2発撮って、続いて鯖江付近の撮影地を目指して移動する。高速1000円を利用せずに下道を走る。高速は安いがガソリン代はまだまだ高く、高速1000円あるいは政権によっては無料となる時代にはガソリン代も安く上がるハイブリット車が売れるのも当たり前だろう。鉄道も色々対抗策を打ち出しているものの、鉄道としては格安であっても対クルマを考えればまだまだ割高であり、利用しづらいところもある。エコの時代に政治で高速無料化という何ともエコには後ろ向きな政策展開しかできないのは情けない限りで環境後進国にならないか心配になってくる。エコカー全盛の時代が来れば、エコは達成されるという少し筋違いなエコが持て囃される時代が来ないことを祈るばかりだ。と言いながらも環境に悪いガソリン車を走らせて北陸を走りまわっているのだから私も人のことは言えない[E:catface]

090808hokuriku419d3  鯖江付近の撮影地は時間と思いつきでとりあえず行ってみようと思っただけなので、付近で迷ってしまい雷鳥もへったくれもなくとりあえず419系をそれらしきところで撮って退散し、武生まで出た。武生に出てもいい撮影地は見つからず、結局駅付近で雷鳥を撮り逃すことになってしまった。その代わりに撮ったのが福井鉄道で、とりあえずここはこれで我慢して次へと歩を進めることにした。今年購入したカーナビはこの手の撮影旅行では威力を発揮してくれるが、事前にネットなどで撮影地を調べてナビに地点を設定していたところはそれなりにスムースに行けるが、地点登録していないところは野生の勘?に頼らざるを得ず、続く撮影地も北鯖江~大土呂間にどっか撮れるところがあるやろうというおぼろげ情報を元に移動することになった。

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北陸遠征5~南条王子保日本海~

2009年08月10日 | 北陸

090808hokurikuef81101niho2  8月8日・9日と北陸へ遠征してきました。前回遠征(6月13日・14日)同様撮影のみが目的のクルマでの遠征となりました。クルマでの遠征はコスト面や鉄道を利用しない面などからあまり個人的には好ましくないのですが、撮影地への機動力とやはり高速1000円につられる形で今回もクルマ利用となりました。盆休みの前の週ながらも高速1000円が平日にも拡大されていることもあり、高速道路は混雑してました。7日の夜に茨木ICから名神に入りましたが、上り線も前回遠征時よりもはるかに多い交通量があり、下り線に至っては渋滞してました。23時頃茨木を発って翌朝南条付近で日本海の撮影をするつもりだったので、前回同様杉津PAあたりまでを目標にクルマを走らせましたが、先週の関東遠征の疲れが尾を引いているのか、睡魔に襲われ、無理せず多賀SAで一眠りしました。一眠りで出発するつもりがかなり爆睡してしまい、目が覚めると4時を過ぎてました。南条あたりまでなら十分4時でも対応可能だろうと早朝ながらも交通量が多い名神と北陸道を走り、途中杉津PAで小1時間ほど睡眠休憩をとり、南条付近には7時前に到着。王子保~南条間の有名撮影地へ行き、定番とは違ったポジションで日本海の前を走る雷鳥、そして本番の日本海を頂き、少しぶらぶら走りまわって、定番に位置から雷鳥を撮って、同所からは撤収。次なる撮影地に移動しました。090808hokuriku485a6rai

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北陸遠征4

2009年06月18日 | 北陸

090614hokurikuef81102niho  北陸遠征2日目。前夜夜行3連発撮影が出来なかったので、本日は気合を入れて4時に起床。シャワーを浴びて目を覚ます。気合を入れてホテルを出たのは早朝5時前。遠征の際に愛用しているスーパーホテルはチェックアウトの手続きがないので、早朝から活動する私にとっては便利なホテルだ。しかし、朝食無料のサービスも7時からで、滞在時間も異常に短い時が多いので、安いとは言えもったいない話だ。もっとも今回はよく眠れたので元は取れた感じがした。早朝の高岡市内を抜けて一路福岡~石動間の撮影地へ。ここもネットで見つけた撮影地だが、撮影地地図などを持ち歩かない人間なので、嗅覚と記憶を頼りに移動する。地図は持っているが全国地図なので尺度が大きすぎて撮影地探しには向いていない。やはりナビが欲しい。宝塚記念で勝ってナビを買おう!!福岡を過ぎて流して走っているとネットで見た地図にあったしまむらがあったので、そこで横道に入り線路脇に出る。あたりを見回すと三脚が既に立っており、何人か同業者の姿が見られた。朝から雨模様で天気は中途半端によろしくない。現地到着時には小降りで雨が気にならない程度だったが、第1陣の日本海通過前に雨が強くなり、風とあいまってレンズに諸に雨粒があたる悪条件となった。周囲が暗くなり、露出はISO感度を高めて何とか対応という感じだ。日本海、北陸、能登と立て続けに定時に通過していく様は夜行列車衰退時代としてはかなり貴重な場所であることを改めて痛感した。北陸新幹線開業時あるいはその前にこの光景も見られなくなるのだろうか。090614hokuriku489h1noto

090614hokurikuef81141hoku  夜行3連発を終えて、続いてどうしようかと思案して、雨晴海岸へ撮影に行くことも考えたが、天気が悪いので、トワイ狙いで東富山~水橋間へと向かう。こちらも天気が悪いので立山連峰を望む景色は望めないだろう。高速並みに整備された国道8号線バイパスをひた走り東富山近辺へ到着。思ったより時間がかかったようなかからないようなだが、道は空いていた。東富山近辺では以前鉄移動で撮影したことがあったが、駅チカで済ませていたので、今回は駅トオの箇所で撮影を試みる。有名ポイントでトワイを撮り、後はこまごま移動しながらはくたか、北越などを撮る。ちょうど現地に着いたときに原色の485系北越が通過して惜しいことをした以外はまずまず撮影を楽しむことができた。雨が降ったりやんだりする中、常願寺川の河川敷の水橋側で撮影したり、東富山駅側で撮影したりと3時間ほど場所を変えながら撮影し、12時前頃に富山から脱出した。雨晴海岸や高山線なども回ってみたかったが、天気が悪かったので、それらはまた次回ということで早々と切り上げた。

 富山から高速を快調に走り、石川県に入ると天気が良くなってきたので、昨日見つけられなかった牛ノ谷付近の撮影地を探しに行くため、金津ICで下りてみる。何べん走ってみても見つからなかったので、とりあえず各所で撮影をして、最後に芦原温泉~細呂木間で雷鳥の撮影をして本日の締めとした。家に帰って牛ノ谷付近の撮影地を見返してみると信号がある付近のS字ということで、踏切と思い込んでいた私の大失策であったことがわかった。そういえばS字カーブらしき付近に信号があったなと帰ってから思い起こしていたのであった。

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北陸遠征3

2009年06月17日 | 北陸

090613hokuriku475a16  芦原温泉~細呂木間で撮影を終えて、続いて細呂木~牛ノ谷間の有名撮影地を訪問・・・と思っていたが、線路脇を流して走れどそれっぽいところはなく、仕方なく、牛ノ谷駅近辺で撮影した。こういうときナビがあれば便利なのに・・・と思う。鬱蒼とした森があり、午前中に見たあの生物を思い浮かべ身震いしながら撮影した。本来、同区間のS字カーブで撮影しようと思っていたのを、それが見つからずに断念した撮影だったので少々不満を感じながら後にする。光線状態の関係で出来もあまりよくなかった。牛ノ谷から大聖寺にかけても撮影地が点在しているところなので、国道8号線を流して走り、とりあえず取れそうなところのわき道に入り、クルマを止めた。朝南今庄付近の山中で起こったシフトロックがおかしい現象が相変わらず続いており、エンジンをかけてPからシフトを入れようとするとしばらく入らない。何度か動かしたり、アクセルを踏んでエンジンを吹かしたりしてあれこれしていると入るようになるが、どうもクルマの調子がおかしい。立ち往生は出来ないので、エンジンをかけたままにしたりして撮影していたので、車から遠く離れられない状況での撮影が多かったのでポジショニングはあまりよくない画が多い。次はクルマをよく整備してから現地へ向かいたい。

090613hokurikuef8122  続いて大聖寺から動橋付近へ移動する。お立ち台通信にあった場所を目指しているつもりが、ぜんぜん検討が付かず、仕方なく、近くにあった踏切で撮影を試みる。案外撮りやすいところで、上りは順光でバリバリ撮れるところだったので、しばらく居座ることにした。雷鳥を上下とも撮り、少々満足していたが、トワイライトの通過もあったので、いま少し居座ろうと思い、クルマに入り、うとうとしていると先走りのサンダーバードはともかく、肝心のトワイライトまでもが通過してしまった。早朝からの活動と昨晩3時間少々の睡眠しか取っていなかった疲れがなぜか肝心なところで出てしまった。集中力の欠如というやつだろうか。プロではないので仕方ないが、残念極まりないところだ。

 眠たい目をこすりながら運転するのは危険だが、不思議と運転中は眠たくなかった。続いて小松市内の渋滞気味の道を走りぬけ、明峰付近にて撮影を行う。この近辺なら駅からそう遠くもないので、列車利用でも撮影できそうだ。明峰、美川と夕方の上り列車の撮影を行った。美川付近で締めのつもりで雷鳥を待っていたが、時間になっても来ないので、時刻表を確認すると日曜運転の記事が・・・トワイに続いての失態で時間をロスしてしまった。失態で意気消沈しながら今晩の宿の高岡までクルマを走らせチェックイン。夜の部は高岡でバルブ撮影!!と気合いを入れなおすも宿に入ると睡魔に襲われ、気が付くと1時30分。これでは夜行3連発もへったくれもない。3度目の失態を犯し、明日こそリベンジと再び眠りについた。

 ~明日へと続く~

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北陸遠征2~田んぼでへびに遭遇~

2009年06月16日 | 北陸

090613hokurikuef81107niho  杉津PAで一夜を明かして、仮眠どころか爆睡して早速上り日本海を撮るべく、今庄ICで下りて撮影地を物色する。候補としては色々考えたが、新疋田あたりなら電車でも来れるので、南今庄以北での撮影を前提とした。まずは南条~王子保間へ向かう。早朝だけに道路に誰もおらず快適に走り、早速現地へ。水田が広がり、なかなかいい画が撮れそうなところだが、水鏡の時期はとおに過ぎており、稲が育つまではいまいちの印象もある。しらさぎやローカル列車を何本か撮ったが、イメージどおりの画が撮れなかったので、ここはまたの機会にして、南今庄へと向かう。日本海通過まで少し時間があったが、途中で道を間違えて、山に入り、クルマのシフトロックがおかしくなったり、色々トラブルに見舞われながらも何とか日本海通過前に南今庄に到着。クルマの装備にはあまり力を入れてないのでナビもつけていないが、クルマで活動して行くならナビぐらい欲しいと思った・・・もっともクルマ中心の鉄撮影活動は毛頭するつもりはないが。南今庄の今庄トンネル出口付近で迫力ある日本海や雷鳥の撮影を行い、昨夜からの強行道中の甲斐もあったと満足して、後ろ髪を引かれながら南今庄を立ち去る。ここなら鉄道利用で十分撮影が楽しめるので、また脚を運びたいところだ。

090613hokuriku485a10  南今庄のお次はどこへ・・・と考えて、今度は湯尾~南条間を目指した。田園地帯が広がるところで撮影をと思っていたが、クルマを容易に止められるところがなく、なんとか路肩付近に止めて、あぜ道を通って線路脇へ向かった。475系ローカルやしらさぎなどを撮って、本番の雷鳥が通過する前に、好ポジションを取るため線路脇のあぜ道を歩いて少し移動した・・・何気にあぜ道の脇にあったちょっとした藪を見るとなにやら長いモノが・・・少しは警戒していたのでそれが何かはすぐに判明した、と同時にその場から一目散に逃げ去ったのであった。明らかに蛇だったので、種類がどうのこうのなど関係なく、一目散に逃げた。相手も驚いていることだろうが、私にとっては大きさ(結構大きく思えた)とか毒の有無など関係なく、蛇なら逃げるというのがポリシーである。蛇を掴むなどもってのほか、見るのはともかく、かかわりたくないという性質(ちなみにゴキブリについても同様だ)なので、蛇さんにご迷惑がかからない位置まで移動(逃げて)して雷鳥の撮影に挑んだ。撮影の出来などどうでもよく、さっき見た蛇が追いかけてこないかとそればかりが気になって仕方がなかった。後でネットで蛇の生態について検索するとよっぽどでない限り蛇から攻撃してくることはないとのこと。見てみぬ振りをして通り過ぎるのがベターなようだ。今後の参考にしたい。撮影地で蛇を見たのは一昨年だったかに倶梨伽羅峠へ遠征した時以来だ。蛇は縁起物でもあるので、何とかそれにあやかって馬券でも取りたい物だ。湯尾~南条での雷鳥の出来は今ひとつだったが、ポジショニングが悪かったのと蛇に遭遇したのが悪かったということであきらめて、即座に退散した。これ以降の撮影活動の際に自然豊かなところに入る際はそれまで以上に、いや異常に蛇を警戒したのは言うまでもない。

090613hokuriku413b2  次の雷鳥を南条~王子保間で撮ろうかと思ったが、似たような場所だったので、先の件もあり、ここはパスして、高速で丸岡へ移動した。高速に入ったのは朝食とガスの確保のためだったが、ガスがあるSAはなく、朝食のみ取って、丸岡に到着。丸岡~芦原温泉間は以前電車移動で訪れているが、丸岡駅近辺で済ませたので、今回は芦原温泉寄りのポイントで撮影した。田園地帯が広がるイメージがあったが、田んぼというより畑が多いのか結構殺風景な周辺だった。編成写真を中心に撮影し、光線状態などを除けば満足がいく撮影を楽しめた。同所を辞して芦原温泉駅で少々用を足して、次の目的地芦原温泉~細呂木間へ。芦原温泉で入浴でもしたいところだが、時間に余裕がない。芦原温泉~細呂木間では何点か撮影地が点在しているようだが、私はクルマを止められるということだけの理由でマイナーなカーブがある区間で撮影をした。踏切付近では下り列車を直線的に撮れる(トラロープはあるが)のでまずまずの撮影地だ。ここまで同業者の姿は見られず、さすがに高速1000円とは言え、ネタがない時はこんなものかと思った。もっとも日曜には細呂木付近で三脚が数本立っていたので、雷鳥追っかけをする人はいるようだ。

 ~明日へと続く~

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のと鉄道

2008年08月28日 | 北陸

040904notont1324  04年9月6日はJR七尾線の乗り潰しをして、午後からのと鉄道の乗り潰しに取り掛かった。のと鉄道は2001年に輪島への路線が廃止されている。その翌年にクルマで輪島まで行った時に廃線跡は拝んでいるが、輪島線は乗車することはできなかった。穴水~蛸島間の路線の廃止も決定されていた時期だったので、沿線や車内にはカメラやビデオカメラを持ったファンの姿が結構見られた。私が乗った列車は土曜の昼下がりだったので、高校生が大量に乗りこんでいた。しかし、混雑していたのは穴水までで、穴水から先は閑散とした車内になっていた。穴水以北が廃止になるのも仕方ないといったところだろうか。観光客と思しき人の姿もちらほら見られたが、地元の人の利用は高校生とお年寄り以外は皆無に近いという感じだった。道路の整備が進み、現役世代には鉄道不要というのが地元の認識なのだろう。終点の蛸島まで乗り通し、折り返しに1時間以上時間があったので、事前にリサーチしていた日帰り温泉まで歩いて温泉に浸かりに行った。途中で雨が降り、想像以上に距離があったり、さらには温泉には身体にいろいろ絵を描かれている方が入っておられたり(ちょっとちびりました)とゆっくり温泉に浸かってリラックスするという雰囲気もなく、そそくさと入って列車に間に合うように走って駅まで戻ったのを思い出します。

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JR七尾線

2008年08月27日 | 北陸

040904nanao4157  JR七尾線には04年9月4日に乗車した。18きっぷシーズン最終週に余った18を有効活用して北陸~高山~岐阜と回るルートで乗り潰しを計画した。早朝茨木を出て、湖西線経由で北陸へ向かう計画を立ててみた。当時は敦賀直通の新快速もなく、近江今津が関所のようになっており、1日数本しかない永原~近江塩津間の列車を基準に乗り継ぎを考えなければならなかった。午前中のうちに金沢に着かなければ、のと鉄道も含めた能登半島の鉄道乗り潰しができないので、どう見ても早朝の乗り継ぎを行わなければ目的を達せられないので、結局は金沢までサンダーバードを使うことにした。18は七尾線と宿を取っていた富山までの移動のみとなり、少々勿体ないが、ここは乗り潰しを優先した。七尾線内は415系800番台に乗り、とりあえず七尾へ。並行する能登有料道路に比べると見劣りする路線だが、さすがに特急が走る路線だけにそれなりの軌道にはなっているようだ。七尾でのと鉄道への乗り継ぎの間に駅付近でしらさぎやサンダーバードの撮影を行い、珍しい415系800番台の快速をカメラに収めてのと鉄道の乗り潰しへとかかった。七尾港へ向かう使われていない線路が少し気になったが、それを探求するだけの時間がなかったのは残念だった。

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北陸鉄道石川線

2008年07月26日 | 北陸

080727hokutetsukagaichinom  今日は先週の首都圏遠征に続いて北陸へ遠征しています。目的は北陸鉄道の乗り残し路線であった石川線の乗り潰し。他には目ぼしい予定がないので、18を使うついでに城端線、氷見線の乗り直しとブルトレ撮影をすることに。朝から茨木から延々と西金沢まで普通で移動。朝一の敦賀行き新快速は敦賀まで立ち客満載。18シーズンはやはり混み合っているようです。新快速直通効果は長浜ほどなかったようですが、敦賀直通により北陸方面への乗り継ぎは格段によくなってるので18ユーザーにはありがたいです。

 敦賀から西金沢までくたびれた475系に乗車。6両編成で福井県内はまったり余裕がある車内だったが、石川県内に入ってからはパラパラ立ち客もでる盛況ぶり。北陸ローカルも結構使われているのか、あるいは原油高騰で列車利用へのシフトがあるのか?いずれにしても3セクに転換しても北陸本線はそれなりにやっていけそうです。

 西金沢から新西金沢まで0分の徒歩移動で乗り換え。加賀一の宮行きに乗車。2両目で大道芸を行うイベントが行われて車内に活気はあるが、利用者はそれほど多くない。終点加賀一の宮で立派な駅舎を拝んで、折り返し野町へ。野町方面は少しは乗っているかと思っていたが、行きと変わらぬ乗車率。新西金沢で下車があり、野町へ向かう人は少なかった。野町は町中の駅でバスとリンクして金沢市街地へ向えるが、利便性はあまりよくないターミナルといえる。石川線の今後を考えるなら野町から先の延伸を真剣に考えなければならないだろう。

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JR富山港線

2007年11月14日 | 北陸

040808toyamako475  JR富山港線には学生時代に一度乗り、社会人になって再訪問して、さらに富山ライトレールになってから1度訪問している。学生時代に訪問したのは98年夏の遠征の時でJR氷見線と一緒に乗車している。JR氷見線のところでも書いたが、当時臨時で残っていた大垣夜行に品川から乗って、それを岐阜で降りて高山本線経由で富山に入り、富山港線に乗って、高岡に移動して氷見線に乗っている。城端線も乗るつもりで計画していたが、根性のない学生時代の私は氷見線乗車を終えて、白旗を上げてスーパー雷鳥で帰阪した。この当時の富山港線は475系3両編成が使用されており、昼間の本数が少なく、これを逃すとしばらくないという列車に乗って、岩瀬浜まで往復した記憶がある。車内は閑散としており、18シーズンだったので折り返して富山に帰る鉄の姿がやたら目立っていた。

 次に訪問したのは04年8月8日の北陸遠征で、この時はワンマン運転を行うための合理化で475系の姿はなく、キハ120が使用されていた。乗車時間帯は似たような時間帯だったが、キハ120の単行だったからか乗り具合は立ち客が出る程度の乗りで、帰りの富山行きは結構な乗車率だったと思う。この後富山ライトレールに転換して、少なかった運転本数は倍増以上になり、利用者も倍増までとはいかないだろうが、開業後にはかなりの利用者が集まっていた。利便性が向上すればまだまだ立ち直る鉄道もあるという良い事例のように思う。全部が全部そのようにはいかないだろうが、創意工夫と努力次第では第2の富山ライトレールが現れるのではないかと思う。

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JR城端線

2007年09月07日 | 北陸

060709jyonaha402136  JR城端線には02年8月1日に乗車している。かつて学生時代に東京帰りに高山本線経由で富山入りして、氷見線を乗り潰して、その次に城端線と意気込んでいたが、大垣夜行疲れで城端線はパスしてスーパー雷鳥で帰阪してしまい、城端線乗り潰しは保留となっていた。これを解消すべく、18きっぷを利用して高岡まで普通を乗り継いで城端線に乗りに行った。砺波平野を坦々と走る路線で、貨物列車が走っていたのが意外なぐらいで、あとは平凡な路線という印象だ。北陸新幹線が開業すると新高岡駅が城端線沿線近辺にできる予定で、城端線が新幹線アクセス路線となる公算が大だ。JRとして残るのか、あるいは北陸本線とまとめて3セク化されてしまうのかわからないが、北陸新幹線が大阪方面まで延びない限りは大阪からの特急は在来線のままとなるはずなので、北陸本線の3セク化はなるとしてもまだまだ先の話と言える。かつては快速の運転などもあり、結構頻繁運転されていた城端線だが、JR西日本のローカル線の粛清に遭い、快速はなくなり、本数も幾分減っている。新幹線開業を機にアクセス路線として再生してほしいものだ。

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北陸鉄道浅野川線

2007年08月14日 | 北陸

070729hokutetsu8813  北陸鉄道浅野川線には07年7月29日に乗車している。富山地鉄遠征を計画し、黒部峡谷鉄道などを乗り潰して2日間を富山ずくしで過ごす計画を立てたが、少し時間が余るということで、どうせなら未乗の北陸鉄道も乗り潰しておこうと思い、金沢からの乗り換えが容易な浅野川線を乗って帰ることにした。北鉄金沢は金沢駅東口の立派な地下街の中にある。地下街と言っても店が連なっているわけではなく公的な地下広場みたいなところだ。広々として開放的ではあるが、その分人が少ないと閑散として感じがする。立派な地下駅に浅野川線は発着しているが、改札は昔ながらの係員が切符を切る手動改札で、最近導入されたICカードの読み取り機があるぐらいで、真新しい地下とアンバランスな駅の構成となっている。利用動向としては郊外電車のため、北鉄金沢と各駅を結ぶという性格はわかるが、各駅の中でも終点の内灘までの利用が圧倒的に多かったのが印象的だ。内灘から先バスに乗り換えて住宅地へ向かう需要が大きいようで、それに対応して北鉄金沢からかつては急行が設定されていたのだと思われる。ただ、路線としては制限がかかる区間が多く、かなりゆっくり走る区間が多いので急行運転をしても所要時分の短縮は高々知れているということなのだろう。それで急行運転をやめて全て普通として各駅の乗車チャンスを増やした形になっている。しかし、内灘からの利用を見る限り、やはり速達電車の設定は必要と思われる。行き違い設備が三ツ屋のみという欠点もありフリークェンシー運転にも限度がある。行き違い設備を増やし、スピードアップと電車の増発(15~20分毎の運転が理想)を行って郊外電車としての役割をはたして欲しいところだ。

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富山地鉄市内軌道線

2007年08月10日 | 北陸

060708toyamac80034  富山地鉄しない軌道線には06年7月8日、9日の北陸遠征にて乗車している。この時は7日大阪発の急行きたぐにで高岡に入り、早朝から距離の長いウォーキングをして高岡~西高岡間で夜行列車群を撮影して、倶梨伽羅、東富山~水橋間などの有名撮影地で、JRの撮影をこなして、午後から富山ライトレールに乗り、夕方近くになってようやく富山地鉄市内軌道線に乗った。予定ではもっと早く富山地鉄に乗る予定で、万葉線までこなすつもりにしていたが、富山ラインとレールで時間を食ってしまい、万葉線は翌日回しとなった。富山駅前から乗り潰しをはじめ、まずは大学前まで乗り、大学前から南富山駅前まで乗り通して乗り潰しを達成している。南富山からは不二越線に乗ったが、不二越線の本数が少なく、待ち時間が長かったので、南富山でしばらく行き来する市内軌道線の路面電車を撮影して時間を潰した。市内軌道線は将来的にはJR富山駅高架化などが完成した時に富山ライトレールとの相互直通も検討されているようで、そうなればまた乗りに行かなければならないという嬉しい悲鳴となる。新しいLRV車両で揃う富山ライトレールに対して地鉄の方は古いタイプの車両も多く、そのあたりが相互直通時にどうなるのか注目したいところだ。

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富山地方鉄道不二越線

2007年08月05日 | 北陸

060708fujikoshi14763  富山地鉄不二越線には地鉄乗り潰し計画(07年7月28日、29日)より前の06年7月8日に南富山駅前まで地鉄市内軌道線を乗り潰して、その折り返しに不二越線に乗っている。頻繁に電車が来る市内軌道線と違い、不二越線は1時間に1本程度の悠長な運転間隔で、利用者は高校生とお年寄りが中心のローカル線の様相だった。南富山では市内軌道線との並びが見られ、線路もつながっているようで、やろうと思えば直通運転も可能なようだ。不二越線とは直接関係ないが、上滝線沿線から市内軌道線に入り、富山市中心部への乗り入れを行えば利便性は増すのではなかろうか。上滝線沿線は田園地帯が広がる長閑な路線だが、南富山寄りは宅地開発もされているので、市内線乗り入れの効果は出るはずだ。

 不二越線の方は市内軌道線への乗り入れはスイッチバックになるし、あまり効果もないと思われるので、現状のまま推移していくしかないだろう。変化があるとすれば立山線との連携で、岩峻寺から立山線に乗り入れて、立山アルペンルートの短絡線とすることだが、線路規格が低い不二越・上滝線では急行運転をしても本線~立山線経由とさほど所要時分が変わらないだろうから実現性は低い。

 07年7月28日の地鉄遠征でも不二越線には乗車している。06年に乗車した時は地鉄14760系だったが、今回は元京阪3000系の10030系だった。昼下がりの電車だったが、今回は高校生の姿は少なく車内は閑散としていた。夏休みの土曜だったので富山へ遊びで出る人が乗ってもおかしくはないが通勤通学以外の利用は少ないようだ。富山県、富山市の鉄道は思い切った改善を行い、全国的に見ても先進性を感じるところがあるが、不二越線も何らかの施策で思い切った改善を行って欲しいものだ。まずは悠長な60分毎運転を30分毎なり、20分毎なりに増発することが望まれるところだ。

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富山地方鉄道立山線

2007年08月04日 | 北陸

070728tateyama16012  富山地鉄立山線には念願の富山地鉄乗り潰し計画を先ごろ(07年7月28日、29日)に実行し、初日の28日に立山線制覇を成し遂げた。本線の時にも書いたが、富山地鉄は長い間計画をしては頓挫してきたので、やっと乗り潰せたという感慨がある。感慨無量とまではいかないが、今はほっとした気分だ。28日はサンダーバード1号で富山入りし、電鉄富山駅で2日間の電車全線2日間フリー乗車券を購入し、早速10時40分の立山行き普通に乗り込んだ。車両は元京阪3000系の10030系で、富山に来たというより淀屋橋か京都三条にでも来た気分になった。世代的には京阪3000系を知る世代ではあるが、京阪沿線の住民ではなかったので3000系特急に乗ったのは数えるほどである。私の中では京阪3000系は本の中の車両である。ワンマン化改造され、運転席直後にあったかぶりつきシートは見事になくなり、中央に料金箱が置かれていた。私が乗った電車は急行だったが、10030系は普通に用いられる多いようで特急車ではないようだ。特急には元西武レッドアローや自社ブランドの14760系が中心に運用されているようだ。富山地鉄は狭軌のため、足回りは京阪時代のものではなく他社の廃車品を流用しているようで、京阪時代の快足を味わうという感じではなかった。それでも富山地鉄は地方私鉄にしては結構走る方で、本線のみならず立山線でも結構な速度で走っていたのが印象的だ。

 立山到着後、折り返し時分が短かったので、1本見送って、立山駅周辺を鉄散策することにした。同駅周辺には立山アルペンルートへのケーブルや立山砂防軌道などがあり、マニアには興味深い場所になっている。まず、上り電車を常願寺川橋梁で撮影した。天気が悪かったので今一つの出来だったが、諦めて駅へ引き返そうとしたところで大雨が降ってきた。突然の大雨にずぶ濡れになり、駅へ向かわずとりあえず砂防関連の資料館方面へ歩いていき雨宿りすることにした。折りたたみ傘を持っていたものの役に立たないぐらいの豪雨だった。山の天気は変わりやすいというが山の麓でも思わぬ天候に巡り合うものだと思った。雨がいつまで降るかわからないので、豪雨の中資料館の裏手にある立山砂防軌道のヤードを撮影しに屋外へ出て、またずぶ濡れになった。しばらくすると豪雨が嘘のように止み、立山を出るころには晴れ間すら覗くようになっていた。ずぶ濡れになっているのは私一人という状態で折り返し電車に乗り、岩峻寺で降りて上滝・不二越線の乗り潰しに向かった。

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