認識が違う相手とどうやって意思疎通を図ることができるかどうかであるが、真剣に意思疎通を図りたいというお互いの意思があればともかく、まったくその気のない相手とは不可能と思われる。
絶対に、同じ土俵にはたたないという決意のもと、とことん水掛け論にしようと当事者の一方、がそう決意すれば、おそらく合意することは、不可能であろう。
ところが、証拠があって、一方が、どうにも逃げ切れなくなった場合は、決着がつきそうなものだが、それでも、頑張って、証拠さえ認めない相手の場合は、これは交渉相手ではない。こんな相手とは、話し合うこと自体が無駄というものだ。
今の日韓関係は、そんな風にみえる。
今後どのように展開していくのか、先のことはわからないけれども、正しいと思うところを実行していくほかあるまい。相手が、困る状況を作り出すことに力を出そうとする様子さえみえて、これは、とうてい理性的な相手とは思えない。どう関係を良くしていこうかという気がない。
それどころか、ウソや捻じ曲げや事実の隠ぺいや、情報の改変など、ありとあらゆる陰謀をしかけてくる。こちらは、相手の変なところ、ごまかしているところをキチンと証拠に基づいて反論するほかない。感情的ではなく、あくまで理路整然と解明すべきである。
歴史問題だから、歴史問題を洗いなおしてみたらどうか。当方の都合の悪いところも、相手に損害をどう与えたかも、なぜそうなっていったかの分析とともに、堂々と明らかにすべきである。
韓国の歴史そのものも、明らかにすべきであろう。日本の歴史も同様である。国際情勢との関連において全体をみなおし、明らかにし、どんな悲劇があったのか、そこから、今後どうしていけばよいのか、双方が、将来を見通していくことである。
そのためには、相当なエネルギーが必要だろう。簡単にはいかない。すぐに、相手を否定し、その言い分にまったく耳をかさないというのではなく、論点を整理して、徹底的に分析論議すべきである。
日本の国会の論議のような、意図的なすりかえや、問われたことには答えず、ずらしていたずらに時間稼ぎばかりをして、最後は議席数で決まりというようなやり方では、とても無理な相談である。その意味では、現政権には信頼がおけない気分も否定しえない。本当に誠実であってほしいものだ。
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