世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

それでもリングに上がらなければならない時がある

2011年05月28日 | 人生
負け犬(組)にはなるな。



だが


勝たなくても良い。



いや

勝つ必要はない。


むしろ

勝ってはいけない。



当然だが


勝利の陰には



敗北がある。





つまり


自分が勝てば


誰かが負けることになる。



勝利の美酒に酔っている時も


どこかで泣いている人がいる。





それでも

ボクらは


常に勝ち組になることを強いられてきた。




右肩上がりの時代にあって


敗北は



まさにこの世からの脱落だった。





ときには人を押しのけ、



ときには


人を土台にしてでものし上がらなければならなかった。





自分ことで精いっぱいだった。



他人のことなど考える余裕がなかった。



負けて泣いている人を見ても



ざまあみろ、


悔しかった勝ってみろ



と、つばさえかける始末。




だけど


勝っても勝っても


なぜか虚しさが残った。





そのうち自分が敗者に回ったとき、



何かを犠牲にしていたことに気付いた。




大切なもの、


かけがえのないものを失っていた。







勝っていいのは、


自分だけ。





それでも


戦いを挑まれ


リングに引きづり出されることはある。




そんなときどうするか。




武器を捨て


拳(こぶし)を開く勇気があるか。





昨日の自分に勝って


今日を迎え、



今日の自分を乗り越えて


明日が見えてくる。





その時掲げるのは


どこの国の旗でも


誰の御旗でもない。





自分の心、


志を高く掲げてみよう。




まさに



それこそが





「克己掲揚」

なのだ。