世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

恋の灯

2011年05月14日 | 
今思えば

それは

ほのかに宿った


恋の灯だったのかもしれない。






電話の向こうの声は


どこか渇いて聞こえた。




「母とお付き合いされているそうですが


母は真剣にパートナーを探しています」




お付き合い。

パートナー。


微妙な言葉だ。



娘の日本語も

まだたどたどしさが残っている。



それだけに

その真意を計りかねていた。




娘は

ボクのプライベートなことや


彼女(母)への想いを



歯に衣を着せない勢いで

根掘り葉掘りと聞いてくる。




「チョッ、チョッと待って下さい」


ボクは焦って答えた。




「あの、お母さんとはまだ2回ほどしかお話していないですし

それも、ほとんど筆談でして・・・



お互いまだよく知らない訳ですしィ・・・

これから・・・」




娘は

ボクが彼女をたぶらかしているのだと


感じているらしい。




そんな気はさらさらないが

自分でも言い逃れしているようで


うろたえている自分が

情けない気分に陥った。





「母はもうすぐ中国に帰ります。


今度日本に来るとしても、

半年後になるかどうか分かりません」



ボクには

冷酷な言葉に響いた。


激怒している表情が想像できた。





時に意識していない感情が


周りの言葉で

激しく掻きたてられることがある。




娘を思う母心。


親を思う娘心。



彼女(母)にとって

娘はかけがえのない一人っ子だ。



中国の一人っ子政策が

ここにも影を落としているように


ボクには思えた。







その日


いつもは夕刻に姿を見せるむかえのテラスに


人影はなかった。




ボクは

コーヒーを片手に


陽が落ちるまでテラスに佇んでいた。



カーテンが閉められ

中の様子も窺い知れない。




その朝触れた彼女の柔らかい唇の感触が


かすかに残っている。




冷めたコーヒーを

想いとともに一気に飲み込んだ。




そしてまた


恋の灯が消えた。