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韓国映画「1987、ある闘いの真実」を観る ▸今につながる<6月民主抗争> ①予備知識編(ほとんどネタバレなし!)

2018-09-17 07:26:17 | 韓国映画(&その他の映画)
[1]31年前の、史実に基づいた群像劇。人気スターたちが大挙出演

 今年4月に公開された「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」に続いて、9月8日から同じ80年代の民主化闘争を描いた韓国映画「1987、ある闘いの真実」の上映が始まりました。
 1987年の<6月民主抗争>をベースに、大枠は史実に沿った内容です。
 一番主演っぽい人物が(近年主演が増えている)ユ・ヘジン演じる刑務官(看守)ハン・ビョンヨンで、これは実在の複数の人物を組み合わせたキャラクターとのことですが、他の主な登場人物の多くは実名がそのまま用いられています。
 なにしろ大勢が登場する群像劇なので出演俳優もたくさん。それも日本でもよく知られた人気スターがわんさか登場します。
 出演作はすべてヒットと言っても過言ではないハ・ジョンウ「チェイサー」(2008)では連続殺人犯のハ・ジョンウを追う元刑事役だったキム・ユンソク、「お嬢さん」(2016)で青龍映画賞新人女優賞を受賞する等注目された若手女優キム・テリ、そして私ヌルボには懐かしい光州事件関連の名作「ペパーミント・キャンディー」(1999)で共演したソル・ギョングムン・ソリ等々。ただ、ムン・ソリは思いがけない場面でちょっと出てくるくらいなので、ファンでも気がつくかどうか? そして、韓流ファンなら誰でも知ってるレベルの人気スターの。観た人のコメントに「がメイン・ビジュアルに入っていないのはなぜ?」とありましたが、それにはちょっとワケが・・・、ということで、この件については後日の<ネタバレ編>に回します。

[2]1987年の<6月民主抗争>とは、何だ?

 上記のように、「1987、ある闘いの真実」は、韓国の<6月民主抗争>を描いた映画です。
 しかし、<6月民主抗争>といってもご存知ない方がほとんどでは? 30歳以下の人たちは生まれる前のことだし、学校でも教わってないでしょうし・・・。
 50歳以上の方なら、ソウル五輪の前年、ソウル等で大規模なデモが繰り返される中、全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領の独裁政権が結局終止符を打ったという記憶は残っているかも。1987年6月に盛り上がったあの多くの民衆が立ち上がった民主化運動が<6月民主抗争>です。
 この後同年12月新憲法が公布され、国民の直接選挙で盧泰愚(ノテウ)大統領が選出されます。
 政治体制だけでなく、社会の雰囲気、国民の意識等まで含めて、現在の韓国社会の起点というべき年が1987年でした。2016年末のあのローソクデモにもつながっているのです。そんな点で、韓国の現代史を知るだけでなく、今の韓国を理解する一助にもなる映画です。
 また、とくに半世紀前までの日本と違って、デモに参加した経験がない人が多くなった今の日本の、とくに若い人たちにはぜひ観てもらって、日本の状況を見つめ直してほしいと思います。

[3]1980年5月の<光州事件>の延長線上にある<6月民主抗争>

 上記の「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」など、1980年5月の<光州民主化運動(光州事件)>を描いた映画はこれまでいくつも作られてきました。
 ※「ペパーミント・キャンディー」(1999)・「光州5・18」(2008)等。ちなみに私ヌルボの一番のオススメはドラマ「砂時計(モレシゲ)」(1995)です。)
 光州事件について書かれた本も多く出ているので、<6月民主抗争>に比べればかなり知られていると思われます。
 その前年(1979年)10月、1961年の<5・16軍事クーデター>以降長く独裁体制を維持してきた朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が暗殺されます。その後12月12日の<粛軍クーデター>で政治の実権を握ったのが全斗煥で、光州事件を武力で鎮圧した責任者も彼でした。そして80年9月に大統領に就任します。
 全斗煥は、光州事件当時も、その後も事件についての報道を封殺しました。しかし「タクシー運転手」で描かれたドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーター撮影の映像や、日本のメディア報道による情報等が秘密裏に民主化運動圏を中心に広まっていったことは、この映画の一場面でもうかがい知ることができます。
 70年代は、金大中拉致事件(1973)には当然大きな関心が寄せられ、政治批判の詩を発表して検挙され死刑を宣告された詩人金芝河(キム・ジハ)の釈放運動が展開されるなど、日本でも民主化運動への弾圧を続ける朴正熙大統領に対する批判の声が高まっていました。
 朴正熙暗殺事件のニュースは「寝耳に水」でしたが、これで韓国の民主化が進むかなと思われました。ところが再び全斗煥による独裁政権が確立して失望したのは私ヌルボのみならず、大多数の日本人も同じ思いだったでしょう。言うまでもなく、多くの韓国人も・・・。
 やや鳥観図的に見ると、このような前史が1987年の<6月民主抗争>につながっていったのです。

[4]<6月民主抗争>のキッカケとなったソウル大生拷問致死事件

 結局は大デモに拡大していった1987年の民主化運動のキッカケとなったのが1月のソウル大生・朴鍾哲(パク・ジョンチョル)君の拷問致死事件でした。
 見出しで「ほとんどネタバレなし!」と書いたのは、映画冒頭のこの事件について多少なりともふれないと話が始まらないからです。
 デモに参加した後連行された朴鍾哲は南営洞の対共分室で取調べを受け、逃亡中の仲間の居場所等について拷問により自白を強要されますが、結局1月14日死亡します。その後、死因が<水拷問>によることが明らかになると、権力側はあの手この手で隠蔽を図りますが、真相糾明を求める抗議の声が広がっていきます・・・。

[5]あの拷問部屋は、現在ふつうに見学できます!

 拷問部屋があった対共分室の建物は、現在警察庁人権保護センターになっています。①ソウル駅④龍山駅の間の③南営(ナミョン)駅至近にあり、予約不要なのでソウル旅行の折に手間をかけずに見学することができます。

        
 上右の図のが(旧)対共分室。④淑明女子大駅□からも歩いて行ける距離です。

      
 正門を入って右の建物が(現)警察庁人権保護センターです。7階建ての建物の5階部分だけ窓が極端に小さいことに注目してください。
     
 その5階こそ、廊下の両側に調査室つまり拷問部屋が計16室並んでいる階でした。朴鍾哲君が拷問死した9号室は保存され、彼の写真が飾られています。部屋の奥に浴槽があるのは水拷問のためです。私ヌルボが訪れてこの写真を撮ったのは16年11月。この映画の公開後は見学者が増えたようで、ハングルで画像検索すると花が供えられた画像がいくつもありました。
 4階には朴鍾哲記念展示室があり、彼の遺品や関連資料が展示されています。
 この建物を17年4月に訪れた方の→コチラのブログ記事は写真も多く、「窓は調査対象者が脱出できないよう、すべて極端に狭く作られています」等、説明も詳しくてオススメです。また私ヌルボが愛読している<韓国古建築散歩>の→コチラの記事も参考になります。
 この対共分室での拷問を主内容とした映画に「南営洞1985」(2012)があります。日本では2014年に小規模ながら公開されました。2011年12月30日に死去した往年の民主活動家で、その後進歩陣営の国会議員として活躍した金槿泰(キム・グンテ)(→ウィキペディアの手記「南営洞」に基づいた映画です。彼もここで厳しい拷問を受けます。朴鍾哲のように死に至らなかったのは、拷問のプロというべき男イ・ドゥハンが「ヘマをしなかった」からでしょうか。しかし金槿泰は拷問の後遺症でパーキンソン病を発症して死亡したとのことです。この映画は内容の大半が22日間に及ぶ拷問シーンで、観るだけで緊張を強いられ、大変疲れた記憶があります。なお、イ・ドゥハンには李根安(イ・グナン)という実在のモデルがいます。またその李根安をモチーフにした小説に千雲寧「生姜(センガン)」(新幹社)があります。

 おっと、かなり拷問関係に深入りしてしまいました。朴鍾哲君の拷問致死事件の発覚の経緯やその後の運動の展開については皆さん映画館でご覧ください。
 その中でのもろもろや、さらに<6月民主抗争>以降のことについては、いずれ<ネタバレ編>で書くことにします。本作の最後に流される歌のタイトルは「その日が来れば(그날이 오면)」なのですが、「その日」ははたして本当に来たのか、考えてみたいと思います。(むずかしそうだなー・・・。)