ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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脱北者女性初の博士イ・エラン教授の本「北韓食客」②奥さんの料理の腕が夫の出世に直結する北朝鮮

2013-11-01 23:59:14 | 韓国料理・食べ物飲み物関係
 2つ前の記事で紹介したように、脱北者女性イ・エランさんの著書「北韓食客」は、主に北朝鮮の食文化について書きながらも、それを通じて北朝鮮の社会や、人々の生活の実態を具体的に叙述しています。

 今回はその1例についてですが、「奥さんの料理の腕が夫の出世に直結する」という表題から見当がつくでしょうか?
 「風が吹けば桶屋がもうかる」ほど長くはならないのですが・・・。

 前提として、北朝鮮では外食文化が発達していないという事情があります。食堂はもっぱら出張や旅行をしている人のためのものです。
 したがって、韓国や日本のように家族で外食を楽しんだり、忙しい時や面倒くさい時等に出前を頼んだりということはありません。(一部の有名食堂で食事をする場合の手続きはすごく大変かつ高価かつ何日も待たなければなりませんが、それについてはまたいずれ。)
 また、カルククスのようなごくふつうの料理は家庭で作るものなので、韓国に来たイ・エランさんは、多くのカルククスの店が多様な具の入ったカルククスを売っているのを見て驚いたそうです。

 さて、北朝鮮は社会の隅々まで賄賂がふつうに横行している社会であることはよく知られています。脱北に際しても、財力のある人は国境警備隊の隊長に裏金を渡したところ、体長は部下たちに「今日はみんな休め」と命令を下したという話を何かで読んだことがありました。
 韓国も賄賂関係のニュースはうんざりするほどよく見かけますが、北朝鮮ではそれが常態化しているため問題にさえならないのではないでしょうか?

 話を本筋に戻します。

 北朝鮮で、出世に必要とされるのは、まず出身成分が良いこと。しかし成分だけ良くてもダメ。適当にお世辞を振りまいていい人脈を持っている人と関係を維持することが必要です。
 そのためにとくに効果的なのはつけとどけ(뇌물)と接待。それらのことを北朝鮮では<事業(사업)>とよぶそうです。その<事業>の中でも欠かせないものが食べ物と、とりわけ酒。そのため酒工場やビール工場等で製品販売関係の仕事をしている人にはかなりのパワーがあるとか。イ・エランさんはこのような現象を北朝鮮の<フード・パワー>、<アルコール・パワー>とよんでいます。
 ※しかし、これって会社の製品を自分の処世のため流用しているってことで、ふつうの国なら当然犯罪ですよね。本書の別の部分には、家族の1人が食堂で働いていると家族は皆タダで食べられるとも・・・。

 続き。出世に必要な<接待>についても、上述のように街に食堂が少ないため自宅に招いて食事接待することになります。仕事上の会議等も同様だそうで、北朝鮮社会で家に人を呼んで食事でもてなすことは非常に重要なことのようです。公私ともに・・・って、その境界自体がハッキリしないような社会のようですけどね。

 ということで、家庭での食事接待となるとそこで大きく物をいうのが奥さんの料理の腕前というわけです。とくに酒の肴(술안주)。韓国同様北朝鮮の男性も酒好きで、酒の肴が上手に作れるかが奥さんの腕の見せどころ。ただ北朝鮮では、奥さんは、夫が酒に酔ってうっかり政治向きの失言をしないように注意することが肝要。ヘタすると収容所送りになってしまいます。

 この奥さんの料理の腕がいかに夫の出世や一家の暮らし向きを左右するか、イ・エランさんは2組の対照的な夫婦の例をあげています。

 まず中卒で特別な技術も持っていないAさん。鉄道機関士として働いていたが、機関車の火災事故のためひどい火傷を負い、治療を受けたものの、手がよく使えないようになってしまった。その奥さんは彼と同じ中学校を卒業して、幹部用の65号供給所等の店で販売員として長く勤務しただが、彼女は料理をとても美味しく作り、よく人々を招いて接待したりもした。とくに酒の肴が得意で、夫の友人たちを呼んで酒と料理でもてなした。 

 一方、Bさんは金日成総合大学の政治経済学科で法律を専攻し、道の検察所で予審署長まで務めたこともある人。学生時代には「百科事典」というあだ名がつくほどのインテリだ。仕事も徹底してきちんとやる実務型の人だった。彼の夫人は金亨稷(キム・ヒョンジク)師範大学(平壌第一師範大学)を卒業し、大学教授と行政委員会教育課で視学(奨学官)という相当な仕事をしてきた人だ。ところが、この女性は家事は全然ダメで、料理はなおのこと苦手だった。それでこの家庭では食事に招待することはできるはずもなく、やるとしても料理が不味くて誰も行こうとしなかった。

 ※韓国では、このような地位にある奥様(사모님.サモニム)は高収入を得て、家事等はお手伝いさんに任せるのでしょうが、北朝鮮ではそのような「労働の搾取」は否定されるのです。

 さて、このAさんとBさんの暮らし向きはとみると、「比較にならない」のです。圧倒的にAさんの方が上なのです!
 障害を負ったAさんの稼ぎはたいしたものではないとしても、奥さんは良い所で働き、イ・エランさんが住んでいたその都市(恵山?)で5本の指に入るほどの財産家!だったといいます。そしてその家の娘たちも外貨商店の販売員や高級洋服店の裁断師、芸術大学のアコーディオン講師といった良い職を得ることができました。婿たちも金日成総合大学を出て市の党職に就き嘱望されているとのことです。

 ところがBさんはというと、最高の大学を卒業しながらも権力の後ろ盾がなく、いつも貧しく腹をすかせている生活。彼ら夫婦に対して、人々は若干の尊敬心は抱きつつも、かわいそうな人たちという取扱いをするばかりだったそうです。子どもたちも両親に似て勉強はよくできたが、家が貧しいため結婚もうまくいかなかったとか。

 ・・・こうしたことを読んだだけでも、北朝鮮と韓国が分断以降いかに大きく違ってしまったかがわかります。
 今後南北統一が実現したとしても、ここまで違ってしまった生活様式や物の考え方等々のミゾを埋めるのはとても大変なことのように思われます。
 韓国に来た脱北者たちも、まさにそんな困難に直面しているということです。

 興味深いことがいろいろ書かれている本ですが、気が重くなる本でもあります。
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