ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

①韓国文学②韓国漫画③韓国のメディア観察④韓国語いろいろ⑤韓国映画⑥韓国の歴史・社会⑦韓国・朝鮮関係の本⑧韓国旅行の記録

韓国ドラマ「英雄時代」を読み解く[4] ミカ3型機関車のこと

2010-04-10 15:43:10 | 韓国ドラマ
 延々と続くドラマ「英雄時代」の第2部の読み解き。
 このペースだと全70話完結までに本何冊分になることか、との懸念もありますが、そのうち走り出します、たぶん。

⑤テソンは友人たちと家を出て汽車で元山に向かいます。その機関車のプレートにあるのが미카(ミカ)という字。
 ある鉄道ファンのサイトに、「「ミカ3型」とは、朝鮮総督府鉄道の旧「ミカ-サ」型、つまり「ミカド型の3番目」の形式の車両です」とあります。
 何度も思うことですが、どんな分野にも、すごく詳しい人がいるものです。
 しかし、このドラマ撮影のためにわざわざこのSLを走らせたんですかねー。「1981年から1983年に、慶州-釜山間で観光列車を牽引したこともある」と鉄道博物館の説明(ウィキ)にはありましたが・・・。

   
      【臨津閣に保存されているミカ3型蒸気機関車

 なお、現代韓国の代表的詩人の1人で、ロングセラーの「鮭(연어.ヨノ)」(邦題「幸せのねむる川」)の作家としても知られるアン・ドヒョン(安度眩)が、「鮭」同様<大人のための童話>として「蒸気機関車 ミカ」という本を出しています。物語の大略は次のとおりです。
 かつては韓半島の南側の海岸から大雪の降る満洲の野までひた走っていた蒸気機関車ミカですが、今は上記のサイトの写真にあるように、京畿道義王市にある鉄道博物館に置かれています。そこに昔の機関士が訪ねてきます。
 「消滅に向かってゆくミカと機関士は、たがいの傷と夢をいたわりながら存在に対し、生に対し、そして何かに向かって走る道と速度に対して、私たちにゆっくり語りかける」
 ・・・と、ある韓国サイトの説明文に記されていました。
 日本の鉄チャン同様、韓国の鉄道ファンも蒸気機関車には特別の思い入れがあるんでしょうねー・・・。(私ヌルボも、中学生時代SLに乗って通学したこともありました。)
 
     
   【アン・ドヒョン「蒸気機関車 ミカ」の表紙
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韓国ドラマ「英雄時代」を読み解く[3] ヴ・ナロードとハングル普及運動

2010-04-10 15:08:41 | 韓国ドラマ
 ドラマ「英雄時代」の読み解き、まだ第2話です。遅々たるあゆみですねー。(笑)

④テソンは夜間学校の若い先生から感化を受けます。
 この頃「東亜日報」によってヴ・ナロード運動が始められた、ということです。
 ヴ・ナロードとは19世紀社会変革をめざすロシアの学生たちが唱えたスローガンで、「民衆の中へ」という意味。つまり農村に入って社会主義の宣伝をしようというものです。高校の世界史の教科書にありましたね。

 朝鮮では、具体的にはハングル普及運動が進められましたが、総督府は1934年運動を中止させました。
 「東亜日報」では、今年の2010年2月8日から<「東亜日報」の中の近代100景>という連載を始めましたが、その第1回として、<文盲(非識字者)退治(문맹퇴치)運動>と題して1920年代後半~30年代前半に展開されたハングル普及運動をとりあげています。


当時80%近くもいたという非識字者をなくすため、学生に브나로드(ヴ・ナロード)をよびかけた。】

 また、10年以上(?)前に私ヌルボも観た映画「常緑樹」も、まさにその時代のこの運動を描いた作品でした。申相玉監督によるこの映画は、1962年の 第1回大鐘賞受賞作でもあります。<輝国山人>のHPにくわしい内容と写真があります。

  
【「東亜日報」が1931~34年<ハングル普及運動>の教材として作った「한글공부(ハングルの勉強)」

 次のネタも続けて書こうと思ったのですが、いつも記事の分量が多すぎる(約1000~2000字)という反省もあるので、いったん区切りをつけておきます。


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韓国ドラマ「英雄時代」を読み解く[2] 書堂、北間道など

2010-04-09 23:39:57 | 韓国ドラマ
 ドラマ「英雄時代」、ようやく第2話後半から時代が1930年にさかのほります。

 舞台は江原道の通川。鄭周永の経歴そのままです。
 江原道といっても現韓国領ではなく北朝鮮領。鄭周永のウィキによると通川郡松田面峨山里とあります。
 鄭周永の号の峨山(アサン)や、現代峨山という社名はこの地名からきているんですね。

 以下、ドラマ中で私ヌルボの目にとまった点を列挙します。

①主人公テサンの祖父は書堂(ソダン.서당.少年対象の学塾)の先生で、父は農夫だったとか。
 書堂は民間の庶民教育機関。とくに開設に許可は不要で、日本の寺子屋同様、今でいえば学校というより塾に近いですね。生徒は7~16歳の少年が中心ですが、20~25歳くらいの成人もいました。「千字文」や、「論語」等をテキストに、基本的に儒学を教えたといってよいでしょう。ハングルは蔑視されていたので、教わった文字は漢字のみ。
 韓国の時代劇等で、たまに子どもが書堂で「千字文」で漢字を勉強している場面があります。その最初が「天地玄黄」の4文字ですが、これを「ハヌル(하늘)天(チョン)、タン(땅)地(ジ)、コムル(검을)玄(ヒョン)、ヌルル (누를)黄(ファン)」というように音読して覚えていくわけです。
 韓国のウィキでは、書堂は高麗時代に始まって朝鮮時代まで続いたとありますが、日本の植民地時代にも、このドラマに描かれたり、下の写真に写っているように存続していました。今も年配の人の中には、学校に行かず書堂に通った人もいるようです。

  【慶尚北道星州郡:道山書堂の建物は道指定文化財

  【往時の書堂のようす

②「粥も食べられず北間島(プッカンド.북간도)に行く人もいるんだ」という言葉が村人の会話中にありました。
 北間島とは、豆満江以北の旧<満洲>、現在の中国吉林省東部の延辺朝鮮族自治州一帯をさします。詩人尹東柱もこの地(現在の龍井市)出身です。
 日本の植民地時代は、抗日運動の拠点ともなった所です。ちょうどこのドラマの時代にあたる1932年、日本のプロレタリア詩人槇村浩が反戦詩「間島パルチザンの歌」を発表しています。
 現在も多くの朝鮮族が居住していますが、「日帝の圧政から逃れて来た」というよりも、歴史的にはもっと古くから、飢饉等で食料事情が厳しくなると豆満江を越えてやってきたということのようです。
 私ヌルボが2004年延辺方面を訪れた時も、現地のガイド氏は「以前こちら(中国側)が苦しい時は朝鮮半島に行った人たちがいたものですが、この頃は北朝鮮から来る人が多くなっています」と語っていました。昔から、豆満江は(政治状況にもよるでしょうが)そんなに命がけで越えるような国境というものでもなかったと思われます。

※北間島の<島>とは、本来的には豆満江の中洲島をさしていたようです。

※北間島一帯は、歴史的にみて中国のナワバリなのか、それとも朝鮮のナワバリなのか、という問題は今も中韓両国の間でくすぶり続けています。この件については、ウィキの間島の項目中の間島問題、あるいはウィキの東北工程の説明を参照されたし。このブログでもそのうち取り上げます。

③テソンは病気の妹に「町に行けば日本人の医者がいる」と言います。
 日本人の医者は夜でも急遽駆けつけてくれたり、貧しいようすを見て診察料はいらないと言ったりします。「英雄時代」についてのウィキの説明文中に、「感情的な反日描写ではなく日本統治下の社会的な構造、人々の暮らしを素朴に表現するに留めている」とあるのはこの辺の描写のこともそしているのかも・・・。

※6月20日の追記
 6月20日の記事で、書堂について再びとりあげました。
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韓国ドラマ「英雄時代」を読み解く[1]

2010-04-08 23:48:41 | 韓国ドラマ
 ドラマ「英雄時代」は、韓国を代表する企業グループの<現代><サムスン>の創業者=鄭周永(チョン・ジュヨン)李秉(イ・ビョンチョル)の一代記というべき大河ドラマです。

 1915年生まれの鄭周永(ドラマではチョン・テサン)が満15歳だった1930年から、現代に至るまでのさまざまな歴史・文化の勉強になります。
 今後、時々その中からテーマを拾って記事にしていきます。
 日本放映が2007年ということで、すでに多くのブログでこのドラマを取り上げていますが、本ブログではあまりフツーの人が注目しない細部にこだわる等、独自の視点で書くことを心がけます。

 さて、ドラマの始まりは1930年からではなく、現代。
 第1話でまず驚いたのは、世紀グループ(現代グループのドラマでの名称)の会長チョン・サグクの自社社屋からの飛び降り自殺からこのドラマが始まっていることです。
 役名チョン・サグク、実は鄭周永の5男・現代峨山(アサン)会長の鄭夢憲(チョン・モンホン)が現代峨山のオフィスから飛び降り自殺したのが2003年8月4日。彼は金剛山観光事業推進の中心人物だったのですが、2003年2月5億ドルの対北朝鮮秘密支援が明らかになり、検察から厳しく追及されていたということです。

 このドラマが韓国MBCで放映されたのは2004年7月5日~2005年3月1日。自殺事件から約1年後に、出来事も登場人物もほとんど現実とそのまんまのドラマを作っちゃったんですねー。
「驚いた」というのはそういうことです。

 第1話の冒頭は、大雨の中、車に乗っているチョン・サグク会長が兄のチョン・イグク世紀自動車会長と日本(新宿)に出張中のパク・テチョル国会議員に無言電話をする場面です。
 チョン・イグク世紀自動車会長は鄭夢九(チョン・モング)現代自動車会長、そしてパク・テチョル議員は李明博現大統領(2008~)のことで、ますますもって日本ではありえない内容です。
※実際は2003年当時李明博はソウル市長だった。

 2001年に世を去った老チョン・テサン(=鄭周永)会長が、チョン・オグク(=鄭夢準.チョン・モンジュン)世紀重工業社長、パク・テチョル議員と話す場面(回想シーン)もありました。
ますますもって日本ではありえない内容です。また、現代グループとしても創始者の一代記はいいとして、2代目会長の自殺から始まるというのは見過ごせないと思うのですが・・・。

※ドラマ中のチョン・テサンの息子たちの名前を漢字で書いて実在のモデルと対照させると、
 グク(二国) =次男:鄭夢九
 グク(四国) =五男:鄭夢憲
 グク(五国) =六男:鄭夢準
 ・・・と、下の2人の数字がずれています。三男の現代百貨店会長鄭夢根がなぜかドラマではとばされているようです。
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韓流時代劇が中高年男性に人気だって・・・・

2009-11-06 21:17:15 | 韓国ドラマ
 昨日の「毎日新聞 夕刊」で、韓国ドラマの最近の動向について、「韓流時代劇:今ごろ?なんて言わないで!中高年男性に人気」と題して大きく第2面で取り上げていました。

 ポイントはというと、
①この頃韓国ドラマファンは男性の比率が増えている。それもとくに中高年男性。
②とくに人気が上がっているのは韓国時代劇。
ということです。

 韓国時代劇人気の幕開けとなったのは「宮廷女官チャングムの誓い」、(ま、そうでしょ)

 韓国エンターテインメント・ナビゲーターの田代親世さんのお勧めは、「チャングム」と「朱蒙」は見たという前提で、と前置きしたうえで「商道(サンド)」「海神」「イ・サン」の3作。
 さらに、「これからは女性が主人公のものが注目です」と、BSフジで木曜午後7時から放送中(再放送は金曜正午からと土曜午後5時から)の「善徳(ソンドク)女王」も挙げる。

 CCCの韓流担当者が勧めるのは「風の国」。「朱蒙」の主人公の孫の話だし、主演俳優も同じなので、「朱蒙」を見た人はぜひ」という。韓国版大奥といった趣の「チャン・ヒビン」「女人天下」もお勧め。

 ・・・・ということです。詳細を知りたい方はリンク先でご覧下さい。

 韓流ドラマについては、私ヌルボはまだ語れるレベルではありませんので、今回は単なる記事の紹介にとどめておきます。

 しかし、歴史ドラマ(※韓国では史劇(サグク.사국)という)は長いからなあ・・・・。
 記事中でも紹介していた「大祚栄(テジョヨン)」なんてDVDの第1巻は借りて観ましたが、たしかにおもしろかったです。
 ・・・が見終わって考えてみると、あれ? 今活躍してた武将は主人公大祚栄じゃなくってそのお父さんなんだ・・・。大祚栄はまだ生まれてないってか?
 ウカツだったなー、DVD67枚、全134話だって!? ジョーダンじゃナイジェリア!

 「毎日」の記事の末尾に「オジサマ方、秋の夜長に試しに見てみたらいかがでしょう。ハマるかもしれませんよ」とお気楽に記されてますが、ハマったら恐ろしいことになりそー・・・・

★私ヌルボがいつも気になっているのが<韓流>の読み方です。
 カンリューじゃなくハンリューというのがミソなんですが、たしかにハングルでは한류と書くものの、한.ハン+류.リュの発音はハンリュではなくハルリュ.hallyuに変化するんですよ~。
 ですから、皆さんこれからはハンリューじゃなくハルリューにしましょう! (・・・って、もう遅すぎますか、やっぱり)
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