学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

一番優れた入門書、平山昇『初詣の社会史』(その1)

2019-11-11 | 村上重良と「国家神道」

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2019年11月11日(月)11時44分37秒

一昨日、9日(土)は年内に刊行予定らしい東島誠氏の『「幕府」とは何か』(NHK出版)をめぐるツイッター界の第二次東島騒動にちょこっと参加してしまい、昨日はずっと外出していて投稿できませんでした。
スタートでのんびりしてしまいましたが、これから暫く、一日一投稿程度のペースで「国家神道」について論じて行くつもりです。
さて、「国家神道」をめぐる厳しい論争の世界を眺める前の準備体操として、まず第一にお奨めしたいのが平山昇氏(九州産業大学地域共創学部准教授)の『初詣の社会史─鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム』(東京大学出版会、2015)です。
同書については、8月4日の投稿で序章からほんの少し引用しました。

https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/ddcc4ae665a9553914f37dcdc4466a1f

同書の目次を東大出版会サイトから引用すると、

-------
序 論 「国民的行事」はいかにして誕生し,継続しえたのか
第一部 初詣の成立
 第一章 明治期東京における初詣の形成過程――鉄道と郊外が生み出した参詣行事
  補論 「初詣」の用法について
 第二章 恵方詣と初詣――東京と大阪
第二部 初詣とナショナリズムの接合
 第三章 二重橋前平癒祈願と明治神宮創建論争――天皇に対する「感情美」の変質
 第四章 知識人の参入――天皇の代替りと明治神宮の創建
  補論 「庶民」についての若干の補足――日雇労働者に注目して
第三部 初詣の展開――都市の娯楽とナショナリズム
 第五章 関西私鉄・国鉄と「聖地」
 第六章 戦間期東京の初詣――現代型初詣の確立
 第七章 初詣をめぐる言説の生成と流通――〈上から〉のとらえ返し
 終章 鉄道が生み出した娯楽行事とナショナリズムの接合

http://www.utp.or.jp/book/b307129.html

となっています。
細かいことですが、冒頭の一行は、正しくは「序論」でなく「序章」、「継続」ではなく「持続」で、僅か一行に二つも誤記がありますね。
ま、それはともかく、「序章 「国民的行事」はいかにして誕生し、持続しえたのか」の構成を見ると、

-------
一 課題の設定
二 基本視角
(1)「鉄道+郊外」
(2)「下→(プラクティス)→上→(言説)→下」の回路
(3)天皇に対する国民の「感情美」
(4)都市の娯楽とナショナリズム─鉄道の集客戦略への注目
(5)「社寺」と「寺」
三 構成と史料
-------

となっています。
冒頭を少し引用してみます。(p1以下)

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 本書は、明治期の都市化のなかで庶民の娯楽行事として生まれた初詣が、大正期以降知識人へと波及し、娯楽とナショナリズムが絡み合いながら、知識人から庶民まであらゆる「国民」を包摂した正月行事として定着していく過程を明らかにするものである。

 一 課題の設定

 初詣はいうまでもなく日本の代表的な正月行事であり、現在都市部の有名社寺では百万人単位の参拝客を集めるほどの賑わいを見せている。この一見するといかにも"伝統"の如く思われている行事が、実は近代以降の「創られた伝統」であるという説を初めて提示したのは、高木博志であった。高木は、初詣は「官が上から、宮中儀礼と連動させて、正月元日に特別の意味をもたせ」るべく創出したもので、その後庶民が娯楽としてとらえ返していったと説明している。すなわち、初詣はナショナリズムの文脈で「上から」創出されたものであるという説である。この説に対して、二つの疑問が生じる。
 まず第一に、「上から」の意図というものは、そのようにすんなりと一般社会に浸透しうるものなのだろうか。
 たしかに、地方町村レベルでみれば、「氏神=地域社会」という従来の近代天皇制あるいは国家神道をめぐる研究が基本的前提としてきた「上から」の国民教化回路の一環として、高木説が妥当すると思われる事例もないわけではない。だが、問題は都市部である。容易に想像できるように、移動の自由が保障されて各地から雑多な人々が流入して集住するようになった近現代の都市においては、「氏神=地域社会」という枠組みでの統一的な儀礼の実現は容易ではない。このような都市部において「上から」の強制や動員によらない自発的なプラクティスとして初詣が定着するに至った過程を明らかにする必要があろう。
 本書第一部の内容を先取りしていえば、東京や大阪といった都市部の初詣は、明治期に鉄道の展開によって郊外行楽が活性化するなかで近世以来の正月参詣が再編されて成立したものである。したがって、もともとは庶民中心の娯楽という性格が強いものであり、ナショナリズムの文脈で「上から」広められたものではなかったのである。
 しかし、だからといって高木説を否定して事足れりとするわけにもいかない。というのも、その後の歴史のなかで初詣がナショナリズムと深く関わるようになったのもたしかなのである。もともとナショナリズムとは別次元の庶民の娯楽として誕生したはずの初詣が、なぜ、いかにして、ナショナリズムと結びついていくことになったのか、ということについて考える必要がある。
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いったん、ここで切ります。

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