大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第180回

2020年09月07日 22時39分35秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第170回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第180回



「紫さま?」

ニョゼの声ではない。

だれ?

――― ニョゼさん、会いたいの。 ニョゼさんにいっぱい頑張ったって話したいの。

え? 頑張った?
頑張ってなどいない。 流れに身を安易に投じることなく、自分の思うがままに進んだだけだ。

――― ニョゼさん、褒めて欲しいの。 私、頑張ったの・・・。

頑張った?
そうなのだろうか。 思うがままに、感情のままにいただけなのに。
・・・それでも・・・花を咲かせられたの。 枯らさなかったの。 みんなが喜んでくれたの。

「・・・だ、れ?」

「此之葉に御座います」

「コ、ノハ・・・?」

目覚めかけた紫揺がまた意識を失った。
紫揺の枕元にいた此之葉が寂しげな歎息を吐いた。


ニョゼが美味しいお茶を淹れてくれている。 髪の毛を切ってくれている。 庭の芝生で初めてガザンと向かい合って困惑した顔を見せている。 美味しいパンを焼いてくれた、料理を作ってくれた。 お心を庭に向けて頂けますかと言ってくれた。

「・・・ニョゼ、さん」

「紫さま?」

紫揺がうっすらと目を開けた。

「紫さま・・・?」

「あ・・・」

目の前に憂心を抱いた此之葉の顔が覗き見ていた。

「・・・此之葉、さん?」

「お気づきですか?」

「私・・・」

身体を持ち上げようとした。

「深く考えられませんように」

「え?」

身体の動きが止まった。

「紫さまは紫さまです。 紫揺さまです。 先の紫さまのことはゆっくりと」

また紫揺と呼ばれた。 ここではそう呼ばないと言っていたはずなのに。

「・・・此之葉さん?」

「肩のお力をお抜きになって下さい」

「カタのチカラ?」

「はい。 お楽になさって下さい」

(そうだ。 たしかに、あの緑が続く芝生のようなものを見て、それから・・・)

「紫さま? 先の紫さまも紫さまのことを案じてられておられるのではないでしょうか」

「お婆様が?」

「あの先に行かれますと・・・」

「え? ・・・もしかして」

「はい。 先の紫さまが花を愛でに行かれた場所に出ます」

先の紫が崖から落ちた場所とは言わない。

「お婆様がそこに行かそうとされなかった・・・?」

だからあの顔が浮かんだ? 祖母が襲われた時の北の者の顔が。
あの時、急に何かを感じて、行かなくっちゃ、助けなくっちゃと思って走ろうとしかけた時に湖彩に声を掛けられた。

助けなくっちゃと思った、と言う紫揺に “誰を” を此之葉が訊いた。

「先の紫さまをお助けしようとされたんですね」

「・・・そうかもしれません」

「この領土に先の紫さまはお暮しでした。 紫さまのお力で色んなことをお感じになるかと思います。 ゆっくりと感じていかれればと」

「ゆっくりと・・・」

「はい。 まずはお付きの者がご案内いたしますので、お声をおかけください」

湖彩が言っていたことを思い出す。 『もう紫さまを失いたくないんです』 そして遠くで聞こえた『我らはもう二度と紫さまを失いたくはないのです』 と。
声を掛けるのも迷惑だろうと思ってこっそりと家を抜け出したが、それこそが何よりも迷惑をかけていたのかもしれない。

「・・・はい」

「お昼ご飯は食べられそうですか?」

「え? もうそんな時間なんですか?」

「はい。 いかがいたしましょう」

「あ、じゃ、いただきます」

腹は減ってないが準備をしてくれているのだろう。

「薬膳に致しましょうか?」

「フツーでお願いします」


紫揺と湖彩が櫓の上に立っている。
昼飯を食べ終えた後、湖彩が謝罪にやって来た。 言い過ぎたと。 紫揺が倒れたことを気にしてのことだろう。 湖彩が悪いわけじゃない自分が悪かったのだと、湖彩が下げた頭を上げるまで紫揺が頭を上げなかった。 そのあとに此之葉から “お願いですから辞儀はされませんように” と懇願されたが。

「広いんですね」

紫揺が今見ている背中側に午前中に倒れた場所がある。
見渡す限りずっと先まで家が立ち並んではいるが、けっして押し詰め状態ではない。 一軒一軒が家の周りにゆとりを持っている。 右手と左手のずっと先には稜線が見える。 書蔵の高い塔も見える。

「あちらの山から鉱石が採れます。 代々の紫さまの飾り石もあちらの山から採っております」

紫揺から見て右手の山を指さした。

「あっちの山からは採れないんですか?」

反対側の山。

「採れなくはありませんが、あちらはどちらかというと山の恵みが豊富です」

「じゃ、あの山は?」

くるりと後ろを向いた。

「あちらの山は我が領土の山ではありません」

ちょっとぎこちなく湖彩も方向を変えた。 下穿きが脛に当たり顔を歪めかけたが、なんとか平静を保つ。 

「え?」

「北の領土の山です」

北の領土に入った時、ずっと左手に山が続いていた。 その山から続く木々の横を歩き、馬車で通った。
けさ倒れることなく、あのまま行くと先の紫が花を愛でに行った場所に行くと聞いた。 早い話、先の紫が落ちた崖に行くということだ。

北の領土に着いた時、すぐ建物の裏を見にいった。 覗いてみたわけではないが、深い谷があるのが分かった。 何故ならずっと向こうに断崖が見えたのだから。 断崖の先には平原のようなものが見えて 『芝生でも生えてるのかなぁ。 こっちとエライ違い』 と思ったことを思い出す。 

「あの山・・・」

北の領土に入った時に歩いたあの山に違いない。 そして断崖の先に見えた平原のようなところで先の紫は花を愛でていたのだろう。 そしてあの崖から落ちた。

「あそこから・・・」

北の領土で目にしたあの崖から。

「どうされました?」

「・・・いえ」

一旦顔を伏せると、身体の向きを百八十度変えた。

(そうか、辺境と呼ばれていたのは北の領土の端、この東の領土との境だったのか)

だからあそこが一番暖かい所と言っていたのか。 谷を挟んで気温が全く違ってくるのだろうか、ここは温暖だ。 その地に一番近いのだから、あそこが一番暖かいと言われれば納得がいく。

「広いんですね、左の山はなんとか行けそうですけど、右の山まではかなりありそうだし、それに正面はずっと続いてて終わりが見えない」

「正面の方は段々と下っていって海に出ます。 領土の広さとしては、そうですね・・・向こうで言うところの九州より少し小さいくらいの大きさでしょうか」

「え? そんなに広いんですか?」

「日本とは比べ物になりませんが」

「ってことは、ここは日本じゃない?」

それは念を押して訊きたかったことだ。

「我らもよく分からないのですが、あちらでいう異世界ということになるのでしょうか」

湖彩に限らずお付きの者は日本で生活を続けていたことがある。 異世界という言葉はこの領土には無いが、あちらで耳にしていた。 この領土と日本との関係をあらわすには一番適した言葉ではないのだろうかとお付きの者達で話していた。 それを湖彩が口にした。

「異世界・・・」

改めて周りを見渡す。 後ろ以外だが。

「異世界って・・・アニメみたいですね」

「向こうではテレビやゲームで流行っているようですね。 ですがこの領土には異世界という言葉はありません」

「じゃ、なんて言うんですか?」

「まず、日本の地図にこの領土は載っていませんし、もちろん世界地図にもです。 そしてこの領土の者も日本という所がある事も知りません。 世界という所もです。 ですからその言葉は必要ないんです」

「それって・・・離島でずっと暮らしてるようなものなのかな。 一歩も島から出ないで島以外の情報は遮断して島以外のことを知らない」

「そうであり、そうではありません。 我らにとってここはここなんです。 閉じ込められているわけではありませんし、遮断もしておりません。 ですが紫さまの仰りたいことは分かります。 ですからそうであるかもしれません」

「うーん、分かったような分からないような・・・」

「難しく考えられるのではなく、受け入れていかれれば何となく分かってこられると思います」

「そっかー。 そんなものかな」

湖彩が頷く。

「ここは、工場なんてないんですか? 工房とか?」

北の領土にはそんな風なものがあるとアマフウが言っていた。

「あちらのように大きな工場はありません。 車もテレビもパソコンもありませんので。 ですが小さな工場ならございます。 あちらの煙が見えますでしょうか」

湖彩の指さす方を見た。 右手の山に近い所に目を眇めると一本の白い煙が見える。

「あそこでは鋳造をしております。 他にもあるのですが、今は煙が見えませんね。 あの辺り一帯が、物造り場となっています。 ガラス工場もありますし、陶芸工房もあります。 あちらのように流れ作業ではなく、全て手作りです」

「あそこまで行くのにどうやって行くんですか?」

「馬や馬車です」

「え? ここも?」

「ここも、とは?」

「北の領土です」

「領土は東西南北があります。 その昔、各領土が本領から独立する時に、各々の領土に干渉せぬこと、各々の領土に足を踏み入れぬこと、それを確約しておりますので、他の領土のことは知り得ませんが多分どの領土も車などはないと思います」

「ガソリンがないから?」

「まぁ、たしかにそうですが、それが理由でということではありません。 車という発想がないと言いますか、必要としていません。 もし誰かがこの領土に車を持って入ったならば、誰しもが眉を顰(ひそ)めるでしょう」

「どうしてですか?」

「排気ガスです。 でも、電気自動車の四駆なら欲しいと思うかもしれませんね。 あくまでも電気があればの話ですが。 山の中から重いものを運ぶのは大変ですから。 怪我人も出ます。 ですがそれ以外は、便利というものを好みません。 荷を運ぶ時には、汗を流して荷車を引くのを好みます」

電気自動車にどれほどの電力が必要なのかは知らないが、大きな電力がないことは北の領土で何となく分かっている。

「勤勉なんだ」

「子供たちは親の姿を見て育ちますから、同じことをします」

「子供達って・・・学校はあるんですか?」

「寺子屋のようなものがあります。 あちらと違って午前中は家の手伝いをして、午後からあります」

「午後から。 あ、じゃ電気は? 寺子屋や家の電気はどうしてるんですか?」

目の先に電線など見えない。 地下に潜らせているのだろうか。

「寺子屋にも家にも書蔵にも、どこにも電気はございません」

「え? だって、夜には明るいですし、寝る時に電気を切りますし、書蔵も明り取りの窓が実用的ではなかったけど明るかったですよ」

暗くなってくれば此之葉が紐を引っ張って灯りを点け、寝る時には自分で紐を引っ張って灯りを消している。

「あれは光石というものです」

「光石?」

「向こうで言うところの動くものをセンサーでキャッチして自動で電気が点いたり消えたりするものと同じです。 違う所は電気ではなくて石自体が光っているんです。 お部屋の光り石もそうなのですが、先の紫さまが二歳であのお部屋に来られました時に、せっかく寝てらしているのに、側仕えが動くせいで光石を消すことが出来ず、苦肉の策で光石に刺激を与え点灯消灯をさせています。 ですから紫さまのお部屋の光り石だけは完全手動になっております」

紫揺の居る部屋だけ手動。 それでは他の部屋や他の家は不便なのではないのか? センサーでキャッチする日本の自動点灯消灯と同じということは、起きていてもじっとしていれば消えるのではないのか? そうでないとするならば。

「その光石って、人が寝ているのが分かるってことなんですか? 寝たから消える、起きたから点く?」

僅かに湖彩の頬が緩んだ。 何という幼く突飛な考え方なのだろうか、と。 そしてそれは紫揺の突飛な動きにも通じていることなのだろうか。

「動きを感知しています。 側仕えは先の紫さまが寝られたからと、じっとしているわけではありませんから」

紫揺が紫の部屋以外のことを訊いたとは知らず、側仕えのことを再度説明した。 それは側仕えが動けば光石が点灯する。 だから紫の部屋だけは手動にした、と。 だがあとに言葉を添える。

「それにあちらのセンサーのキャッチとは少々違いまして、広い範囲で僅かな動きにも反応いたします。 指一本の僅かな動きにでも」

日本の電気の自動点灯はセンサーの前だけに動きがあれば点灯をするが、ここの光石は狭い範囲での動きをキャッチするのではなく、広い範囲で認識するということか。 それも指一本に対してでも。

「ああ、そういうことですか」

と、納得しかけて、では寝返りをうったら点灯するのだろうかと疑問を持ちかけた時に湖彩が続けた。

「明るい時には点きませんし、暗い時には布をかぶせると動きがあろうとも点灯せず消灯いたします」

疑問が解消された。

「わぁー、賢い石なんだぁ」

紫揺の言いように笑いを殺すような顔で頷くと、足まで揺れてしまって痛みが走る。

「あ、ってことは、わざわざ苦肉の策を使わなくてもよかったんじゃないですか? 布をかぶしてしまえばいいんでしょ?」

「幼い紫さまが寝ていらしているところで布をバサバサするのを憚ったのでしょう」

単なる幼い紫さまなのか、やっと寝てくれた力を秘めた幼い紫さまを起こさないようになのか、そこのところは今生きている誰にも分からないところだ。

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