Mr.コンティのRising JAPAN

マスコミの書かない&書きそうもない!スポーツ界の雑学・裏話を、サッカーを中心にコメントを掲載していきます。

遠い平壌のゴールネット  4試合連続無得点 北朝鮮 1-0 日本 15.11. 2011 平壌

2011-11-25 | 夏季五輪
NHKのアナウンサーは何度も云っていた。日本代表は終了直前でもゴールを挙げて勝利を掴んで来た…..
しかし今度はどうかな…とテレビ画面を見ながらと思った。相手は約2か月前に同じ目に会っている。今度は想定内だろう、ここは相手のホームだ。そして同点でなくてリードされている…
訂正されて表示されたロスタイム4分を過ぎた。 GK リミョングックが痛んで治療していたのであと2分はあるかな..と思った。そしてこの大観衆を黙らせれば痛快だろうなぁ…と思った。しかし50分51秒。バーレーン人のシュクラーラ主審のホイッスルが鳴り響いた。
あぁぁぁぁ…負けた…と言うよりもまた無得点に終わったかぁ… それが最初に思った事だった。

ワールドカップ3次予選の組み分けが決まり、北朝鮮と同組になったと知った時に真っ先に“平壌でこの試合を見たいなぁ…” と思った。20年以上前、当時勤めていた会社のワルシャワ事務所の現地女性スタッフからどこの国に行ってみたいか…と訊ねられて話をした事があった。そして彼女は
“ North Korea に行ってみたい。今の体制の North Korea に。”と答えた。
当時はまだ金日成が主席だった。そして東欧やオーストリアのウィーンには金日成バッジを付けた北朝鮮の恐らく大使館員か領事館員と何度か顔を合わせた事があった。そして駐在所長とホテルのレストランで食事をしていたら
“ We are North Korean … “ と話しかけられた。そして彼らは我々を仲間に見立てて食い逃げをした…..
今から考えれば私だって拉致されていたかもしれない… と思うとちょっとぞっとする。

日本代表が初めて北朝鮮の地で試合を行ったのは 1979年。8月にソ連極東地域と北朝鮮に遠征。極東地区で3試合行い北朝鮮に渡り地元軍隊チーム等と2試合行った後に遠征のその締めくくりとして8月23日に平壌で北朝鮮代表チームと試合を行い 0-0 で引き分けた。当時日本ではワールドユース ( 今の FIFA U-20 ) が開催されておりかなり濃いサッカーファンでないとこの遠征は知られておらず専門誌でも結果が掲載されているだけだった。この遠征は翌年に日本代表は金田喜稔や落合、清雲、碓井、永井そして木村和司らがメンバーに居た。北朝鮮側のメンバーは今もってわからない。北朝鮮は前年バンコックで開催されたアジア大会決勝戦で韓国と引分け優勝を分け合う程のアジアの列強であった
この遠征はその年の秋に開催される予定であったモスクワ五輪予選に向けての強化合宿であったが予選は翌年3月に延期されマレーシアで開催された。そして日本、驚いた事に筆頭候補だった韓国まで地元とはいえマレーシアの後塵を拝した。そしてマレーシアは当時の西側諸国に同調してモスクワ五輪をボイコットした。



1985年2月翌年メキシコで開催されるワールドカップアジア地区予選が始まった。1次予選の日本はシンガポール、北朝鮮と同組だった。実力的に日本と北朝鮮の一騎打ちと思われたがやや北朝鮮有利と言われていた。
しかし当時私は北朝鮮は1982年インドのニューデリーで開催されたアジア大会の準決勝戦でクウェートに延長戦で敗れた後に判定に激高したコーチ陣が審判団に襲いかかると言う事件を起こし約2年間公式試合の参加停止処分をくらっておりその謹慎明けの試合がワールドカップ予選だったので日本にも大いにチャンスありと思っていた。初戦のシンガポール戦をアウェーながら 3-1 で降すと1カ月後国立競技場で行われた雨の中の北朝鮮戦で 1-0 と勝利を収め連勝のスタート。その1カ月後平壌で北朝鮮とのアウェーゲームをおこなったのだがその試合が行われたのが金日成競技場だった。あるスポーツニュースが数秒間伝えた試合結果でこの試合を引分け貴重な勝点1を得た事を知った。
それから数週間後にある友人の知り合いが何と実際に平壌に行ったらしくそこで撮影したこの試合のビデオを見せて貰った。雨、あられと放たれた北朝鮮シュートをGK松井清隆先輩(この方も京都西高校のOBです。)がことごとく止めていた。そして日本ゴール前に迫られる度にスタンドからの歓声は文字通り地響きを立てる様にボルテージが上がっていた。今振り返ればあの時土下座をしてでもこのビデオをダビングして貰えば良かったなぁ….と少し後悔している。
その後日本代表はあれよあれよと勝ち抜きワールドカップ1歩手前まで進出したが韓国の軍門に降った。
あの“メキシコの青い空”だった。

日朝両国は次のワールドカップ予選でも同組となる。東京国立競技場で先制されながらも水沼のゴールなので逆転勝利を収めた日本だが神戸で行われた香港戦で引分け最後のアウェーの北朝鮮戦は勝たねばならない試合となった。この試合はNHK地上波で中継録画された。だけどBSでは生中継されたかもしれない。開始早々長谷川健太がスルーパスに抜け出しGK と1対1になるチャンスがあったがこれを決められず以降は劣勢に。そして猛攻に耐えきれずに前半に先制を許し後半は日本が攻勢に出る時間も短くは無かったが終盤に追加点を奪われ前回の雪辱を果たされ最終予選に残れなかった。
両国に実力差がそのまま出た感じがした。そして中継を通して聞こえる大観衆の大歓声が非常に印象的だった…
その後両国はワールドカップ予選や Asian Cup 、東アジア選手権で対戦し戦績は日本が優位にたっているが平壌でのアウェーゲームはなかなか実現しなかった。そしていつの日が平壌での試合を現場観戦したいと思う様になった。



4日前ドシャンベのタジキスタン戦で勝利を収めた時は数時間後にタシュケントに遠征した北朝鮮の勝利をひたすら願った。
15日のアウェーゲームが消化試合になっては面白くない。アウェーとはいえこの試合に勝ってこそ日本代表のチーム力が向上した事が証明される…と思ったからだ。 しかし翌朝 AFC のホームページにウズベキスタンの勝利が確認されがっかりした。日本の最終予選進出は決まったのではあるが……
こうなると日本のスタメンはどうなるのだろう…この際欧州組は帰して国内組でスタメンを組んで経験を積ませても面白い。
いやベストメンバーでも良いかもしれない。情報統制の国で国民は自国の代表が既にワールドカップ出場の可能性が無い事を知らされていないのでは。あの完全敵地の雰囲気の中でプレーする事が最終予選への経験になるだろう、と勝手に想像していた。



そして待ちに待ったキックオフ。2005年にワールドカップ予選のイラン戦、バーレーン戦以来の平壌からの生中継をみるとわくわくしてきた。こんどこそどんなメンバーであれ日本がここで勝つ事を信じて疑わない自分がいた。
日本はタジキスタン戦からGKを含む6人のスタメンを替えて来た。CBには栗原を入れ左SBに伊野波。
ボランチには遠藤に替って細貝。2列目右は清武。ワントップにはハーフナーに替えて前田が久々のスタメンに入った。北朝鮮もけっこうメンバーが替った。“日本勢”は鄭大成こそスタメンに起用されたが梁勇基はベンチスタートで安英学は累積警告で出場停止だった。ウズベキスタン戦からスタメンを4人替えて来たが特筆すべきは今年コロンビアで開催された FIFA U-20 のメンバー Park Song Chol とJong Il Guan がスタメン入りした事。更にスイス FC Basel 1893 でプレーする Park Kwang Ryong もこの試合スタメン起用。 さいたまの試合では途中出場し退場となったPark Kwang Ryong も FC Basel に合流する為にFIFA U-20 こそ出場しなかったが昨年のAFC U-19 では中心選手。そしてシステムもこれまでの鄭大成の1トップからPark Kwang Ryong との2トップ。2列目に Park Song Chol, Jong Il Guan そしてテクニシャンの④ Park Nam Chol を並べDFラインは3バックにし CB にはさいたまでの日本戦では起用されなかった長身の Jang Song Hyoku が起用された。 Jang Song Hyoku も FIFA U-20 のメンバーで前節ウズベキスタン戦からスタメン起用されていた。ボランチに Ri Kwang Hyoku と ⑭ Park Nam Chol を置いた。ユンジョンス監督は早くも4年後を見据えてのスタメン構成か…と思った。

キックオフ前の国歌演奏で君が代は大観衆のブーイングと言うよりも悲鳴でかき消された。でも最後の1小節くらい前にはその悲鳴は止んだ。今時こんなことをする観衆もいるのか?と少し呆れた。韓国でもこういう事は無い。まぁここと中国くらいかなぁ…

日本のキックオフで始まった試合は北朝鮮の“猛攻”で幕が開けた。13秒にははやばやとシュートに持ち込まれ吉田に当たってCKとなった。3分52秒には憲剛が倒されてファールを貰ったがこのファールは既に3度目のファールであった。地元観衆の大声援に乗って出足の早い相手に後手に回らねばいいが…と思うも6分49秒にはJong Il Guan からボールを受けた鄭大成が強烈なミドルを放ちGK西川が弾いてCKに。12分50秒には中盤でボールを拾った鄭大成が前線にフィードし22. Pak Song Chol が正面から放ったミドルはクロスバーを僅かに越えた。更に16分17秒にはPark Kwang Ryong が強引にシュートを放つ。 北朝鮮は鄭大成とPark Kwang Ryong の2トップに加えJong Il Guan が積極的に攻撃に絡み左に④ Park Nam Chol 右に22. Park Song Chol が両翼を上がり対峙する駒野、伊野波の両サイドバックは上がれない。長身のFW Park Kwang Ryong は身体の強さを見せる。北朝鮮に4本のシュートを撃たれた後、日本はようやく16分48秒シュートを放つ。前線でボールを繋いで憲剛が惜しいシュートを放ったが伊野波、駒野が前線に上がった事がチャンスに繋がったがこれで日本も落ち着きを取り戻し攻勢に出ると思ったけどここから更に北朝鮮の攻撃が続いた。
21分には右サイドでボールを持った岡崎にJong Il Guan が激しくマークに入りボールを奪われ④ Park Nam Chol に繋がれカウンター攻撃を受ける。23分46秒には日本のPA付近に入れられたボールが跳ねて栗原の手に当たりハンドを取られいやな位置でFKを与える。22. Park Song Chol が直接狙ったFKは西川が右に倒れてセーブをしたが壁の右に3人北朝鮮の選手が入り22. Park Song Chol が蹴った瞬間に上手くしゃがんでコースを作った巧妙なシュートだった。33分にはテクニシャンの④ Park Nam Chol が左サイドから上げたクロスにPark Kwang Ryong 、Jong Il Guan がなだれ込むが今野、栗原が必死の守りでシュートを撃たせない。
33分52秒北朝鮮ベンチははやくも選手交替を。 FIFA U-20 メンバーだった⑦Pak Song Chol が投入されるが下げられた選手は何と鄭大成だった。鄭大成、これが最後の代表試合とならない事を祈るけど。北朝鮮国家代表の試合は今後どれだけあるかなぁ…..
この交替でJong Il Guan がトップに入りPark Kwang Ryong と2トップを組み⑦Pak Song Chol がトップ下の位置に入った。そしてボランチに入っていた Ri Kwang Hyok が前線に上がってくるようになった。この試合がワールドカップ3次予選初スタメンの Ri Kwang Hyok は空中戦でも強さを見せ日本の選手が競り負けるシーンが目に付いた。前半の終盤になっても北朝鮮の攻撃は止むことなく40分には④ Park Nam Chol からボールを受け、そして41分にはJong Il Guan からそれぞれボールを受けた⑦Pak Song Chol がシュートを放つが駒野がマークに入る等してシュートコースを消し失点を防ぐ。44分には右サイドを上がった Jang song Hyok から逆サイドの④ Park Nam Chol にボールが送られシュートに持ち込まれるがここも駒野がマークに入ってシュートが外れた。
日本は27分51秒に右サイドを上がった駒野が Jon Kwang Ik をかわして入れたクロスに岡崎が飛び込む46分に長谷部がミドルを放った以外は北朝鮮ゴール前に迫る事が出来ず、相手の猛攻を凌いで何とか 0-0 で前半を終える事が出来た。 
この時点では引き上げる選手達を見て人工芝は思いのほか脚に来るので後半は北朝鮮の選手も脚が止まる。後半は日本が攻勢に出るだろう。と胸算用をしていた。
時折映し出される観客席には朝鮮頑張れの人文字が。結構練習したのかなぁ….そして何度か高校生くらいのかわいらしい女の子が数人映しだされた。身なりは日本の同世代とは変わらない。まさか彼女達の服装は撮影用に日本の朝鮮総連から輸入されたのだろうか……



両軍メンバー交替無しに後半にはいり開始早々の46分20秒憲剛のCKに前田がネアーサイドに飛びこむが惜しくも合わなかったが後半は日本が….と思うも50分に先制ゴールを喫してしまう。
中盤の左サイドでFKを与えゴール前に放り込まれると走り込んだPark Kwang Ryong が栗原に競り勝ち折り返すとこの試合ずっと日本を悩まし続けた走り込んだ④ Park Nam Chol がそのままヘッドを放ち日本ゴールネットを揺らした。マークに入った駒野の対応が少し遅れて競り負けた形になったそして撃たれたシュートもGK西川が取りにくい位置でバウンドしたと言う不運も重なった。 
しかし時間はまだ40分もあるのでこれから挽回をしてくれるとこの時は思った。 だけど更に北朝鮮の攻撃にさらされる事に 51分 47秒にはPark Kwang Ryong にドリブルシュートを許し西川が右に倒れて何とかストップ。55分には⑦Pak Song Chol がドリブルからシュートを狙うが駒野がマークに入りCKに。 ⑦Pak Song Chol は投入されてから早い動きと運動量で日本の中盤をかき回していた。 日本は前半の25分過ぎから憲剛が少し位置を下げそこから起点を作ろうとするも前線の岡崎、清武にボールが入りづらくなってしまっていた。それに北朝鮮の早くて上手いカウンター攻撃にラインをなかなか上げられない様に見えた。
57分中盤でボールを受けた前田に⑭ Park Nam Chol が肘を高く上げてマークに入る。それが原因で両軍の数選手が入り乱れて小競り合いとなり両選手にイエローカードが出される。北朝鮮は次でワールドカップ予選は終わるが日本はまだ10試合以上残っている。ここはカードが、とは思わなかった。劣勢の中でこういう“競り合い”には絶対に負けてはならないと思った。
61分伊野波のFKに岡崎が左に流れてシュートを放つとGK Ri Myong Guk がファインセーブで防ぐ。この試合初めてさいたまでファインセーブを連発したRi Myong Guk を脅かしたシーンだった。そして日本ベンチが動く。
憲剛を下げて内田を投入し 3-4-3 にシステムを替えた。 リードをしていればこういう交替も無かったかもしれないがこれで中盤でのボール支配が高くなり北朝鮮の攻撃はPark Kwang Ryong にロングボールを送る事に集約される様になった。それでもなかなか日本のシュートシーンが見られない。75分には長谷部が前に上がってくる様になり76分にはハーフナーが投入されたが下がったのは同じFWの前田。ツィンタワーではないが両者をトップに入れても面白くは無かったか?この戦術は1987年ソウル五輪予選で試されたがあまり効果なかった。でも今なら行けるんじゃないかなぁ….と述懐した。 
77分Jong Il Guan が内田にスパイクの底を見せてスライディングに入るとシュクラーラ主審は一発レッドを示す。
納得のいかない北朝鮮ベンチそしてJong Il Guan 。長谷部がJong Il Guan に声を掛けて退場を促すが何語で話したんだろう…? これで北朝鮮はPark Kwang Ryong の1トップとなり⑦Pak Song Chol のポジションを下げた。79分には内田がドリブルシュートを見せる。 GK Ri Myong Guk がパンチで防いぐ。内田が元気に回復している事が解った。所属先での活躍を期待した。
なかなか同点ゴールが生まれない日本は84分清武を下げて李忠成を投入した。勝っていれば原口だったかもしれない。
清武はずいぶんタイトなマークに苦しめられていた様に見えたが怪我でもされると来年の五輪予選が心配だ。だけどドイツに行かれると五輪予選に合流するのだろうか….と変な心配もした。
86分北朝鮮は激しく動き回っていた⑦Pak Song Chol を下げてさいたまでの試合ではスタメンだったMF Ri Chol Myong を投入し逃げ切りに入る。その1分後遂に北朝鮮ゴールにシュートが突き刺さったが主審はすぐにオフサイドの判定。
ハーフナーにラストパスを入れた李忠成がボールを受けた時のポジションが僅かにオフサイドだった。
88分からは栗原が上がってくる。こういう時にDFを埋めるのは誰だろう?細貝か…..
89分には Jon Kwang Ik が倒れてなかなか起き上らない。日本の選手が手当てをして試合再開を促す…
ロスタイムは5分….と出て4分に訂正された。4分なら同点、逆転は可能だ。この平壌で何とかゴールを。
金日成競技場に静寂を齎してくれ。 
競技場は違うが10月にはウズベキスタンが平壌でゴールを挙げて勝利を収めている。2005年にはイラン、バーレーンがここで勝っている。日本が勝てない理由は無い…..と思う様になった…

後日テレビで試合後平壌市民が喜びに沸いていたシーンが映し出された。 それを見ると悔しくなって来た。
勝ってほしかったなぁ~という思いが沸き上がる。
でも北朝鮮は何故最終予選に残れなかったのだろう? AFC U-19 や U-16 そして女子五輪予選の様な集中開催であれば結果が出るがワールドカップ予選の様に長丁場そして敵地での試合となるとまた違うのだろう。
現体制が続く限りそういう経験を積むのは難しいだろう。 FW Park Kwang Ryong は今後 FC Basel でポジションを獲得できるだろうか…. 鄭大成ら“日本組”は今後メンバー入りするだろうか? 
次に日本代表が平壌で試合をする日は何年後だろう?その時こそかの地に行けるだろうか…. 試合後北朝鮮の事ばかり気になった。 それから女の子が着ていた服装の出どころも…



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  この子たちはおそらく在日の娘たちで修学旅行でここに来られた娘たちでしょう。試合とは関係ありません。

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