Mr.コンティのRising JAPAN

マスコミの書かない&書きそうもない!スポーツ界の雑学・裏話を、サッカーを中心にコメントを掲載していきます。

ワールドカップ開催中なんだけど…..

2007-09-23 | Weblog
9月7日からフランスと英国で開催されているラグビーのワールドカップ。我がジャパンもアジア代表で参戦しているが、ここ日本ではなぜか全くと言っていいほど何も報道が伝わってこない。4年に一度開催されるラグビーでは世界最高の大会ではないのかな?? 日本でもラグビーは人気スポーツの一つだ。私が学生時代でもラグビーは大人気。私がしていた陸上競技なんて誰も見向きはしなかった。しかしよく考えれば昔から日本にあるラグビー人気は代表よりもむしろ学生ラグビーが主流だった気がする。それも関東勢の。結局テレビ局や政治家など世間に影響力を持つ人々が関東の“老舗大学”出身が多いのでそちらの方が主流なのだろう…..
今大会、大会開幕時は幸運にもオーストラリアに商用で滞在していた。おかげで日本の開幕戦である地元の Wallabies との試合は現地の地上波で観戦する事が出来た。第二戦の Fiji 戦。メンバーを替えて臨んだこの試合は激闘の末 31-35 で惜敗した。この試合の時は New Zealand の Christchurch に移動していた。
New Zealand と言えば All Blacks 。今大会は優勝候補で20年振りの優勝に地元も期待も大きく街を挙げて All Blacks に期待をよせているのがよくわかった。 Fiji との試合は現地時間の午前3時半キックオフ。しかし地上波で放映されるので是非見て下さいね、と地元の邦人の人に教えて貰いながら移動の疲れでこの試合を見逃してしまった。残念な事をしてしまった。 第三戦のウェールズ戦は日本時間の9月21日午前4時ごろから。この試合も出張の疲れで試合を録画して後に観たのだが、日本でテレビ観戦できるワールトカップは日本戦のみ。
もちろん CS放送 J Sports で全試合中継がなされているらしいが、どうもサッカーのワールドカップとはかなり報道に差があると思わずにいられない。 
昨年ドイツでのワールドカップでは連日日本選手の一挙手一挙動が非常に細かく伝えられたが、このラグビーのワールドカップでは何も報道されてこない。
また開幕戦はホスト国のフランスがアルゼンチンに 12-17 で敗れるという波乱のスタート。そしてグループリーグではベスト8を目指して連日熱戦が繰り広げられているが、さっぱりその様子が報道されてこない。
Group A では前回覇者の England が優勝候補の南アフリカに 0-36 で完敗するなど“予想通り”の苦戦。
28日にはトンガとベスト8を掛けてグループリーグ最終戦に臨む。
日本のいる Group B では Australia Wallabies が圧倒的な強さを見せ、2位を掛けて Wales と Fiji が 29日に対決する。 
Group C には New Zealand All Blacks が余裕の試合運び。2位も Scotland でほぼ決まりかもしれない。 Italy, Romaniaでは少し Scotland の相手にならないかも知れない。大会前日本にテストマッチで敗れたポルトガルは All Blacks 相手に13点を取って健闘した。
Gorup D は大波乱。地元フランスがアルゼンチンに敗れ一時はベスト8落ちも懸念されたが日本時間の22日にサンドニで行われたアイルランド戦で 25-3 と勝利を収め1次リーグ落ちは何とか免れそうだ。
こうした試合を思う様にテレビ観戦出来ないのは果たして今後のラグビー人気を考えたらどういう事かは言うまでもないと思う。 ラグビー少年達の心中を思うと…..
そうでなくても IRB は大会出場国枠を20から16に戻そうとしている。そうなると日本の出場の可能性は……
日本の報道陣にジャーナリズムはまだまだ宿らないね。俺がサラリーマンをしているうちは無理か?????

9月25日。我がジャパンはワールドカップ2勝目を目指してカナダ戦に臨む。
今大会はまだ3連敗中だけど選手達の奮起を期待する。

そして私は23日から再びオーストラリア出張に旅立ちます。25日はシドニーです。いきつけのバーでこの試合を観戦する予定。でも身体に発疹が出ない事を祈るよ……
でも日本が参加している大会をテレビ観戦するのでさえ国外の方が都合よく観られるなんて本当に日本のスポーツジャーナリズムはどないなっているのだろう??

ACL 準々決勝 好調J リーグ勢 そして俺は……

2007-09-23 | Football Asia
9月16日にニュージーランド、オーストラリアの商用の旅から帰国。
二日後の19日にはさいたまスタジアム2002に行って Asia Champions League の浦和レッズ対全北現代の試合を観戦する予定であった・・・・・・・

翌日17日は祝日だと言うのに野蛮な我社は出社日。朝の通勤ラッシュが避けられたのは唯一の救いか…. 会社に行って机上に山積みされた書類やら部品を片づけつつ出張中にペンディング事項になっていた事も優先順位をつけながら一つずつ……. しかし夕方から腹の調子が…… 俗に言われる飽満感にさいなまれ、帰宅しても食欲はさっぱりわかずそのまま寝入ってしまった。 そして深夜、強烈な腹痛で目がさめ脂汗がしたたり落ちる。激痛は半時間余りで鎮痛された。翌18日朝、食欲は無いものの痛みは無かったのでそのまま会社に。昼食も抜いたが夕飯時には食欲も出て来て軽くメシを食って寝た。19日朝起床時にはほぼ体調は普通に戻っており家族で朝食を摂ってそのまま出社。この日はさいたまスタジアムに行く予定でった。少しからだはだるいけど大丈夫だろう…….
昼食は久々に再会したアメリカ駐在員と近所の焼肉屋に食いに行った。ここの昼定食は肉の味もボリュームも良く定評があるのだ。おいしい定食を食いながら色々な話をしながら昼休み時間も過ぎて行き店を出てデスクに戻った。さて午後の仕事を片付けてあとはさいたまスタジアムに…….と思うと、なぜか身体中が少しずつ痒くなって来る。 その痒みはあっという間に全身にひろがり、後輩の“どうしたんですか?顔が真っ赤です….”の言葉に洗面所に行って鏡を見ると顔中に発疹が。そして首筋、腕、足のすねさらに足の裏(これは水虫か?)に発疹と痒みが広がっている。更に胴周りに背中…… そう言えば激しい腹痛が鎮まった深夜、少し身体が痒かったなぁ………. しかしこの時は痒みも発疹もなかなか引かない。結局一時間程度早く早退して近所の病院に直行する事に。 顔馴染の先生は私の発疹を見るや否や、”あぁこれ腸から来ていますね。腹痛が酷かったでしょう…..云々”と非常に的確にここ数日間の私の症状を言い当てた。この手の発疹は腸と直結しており、何か食べたものがあたって腸に来て腸が激しく膨張しそれが急激な激痛を引き起こす。今の状態で肉等の腹に堪えるものを食うとそれが腸などに負担がかかり発疹が急に出るとの事であった。注射を打って貰い、その後は整腸剤のおかげもあって発疹も腹痛も出てはいない………
しかしながら楽しみにしていた ACL の浦和戦は観戦できなかった。チケットまで買っていたのに。息子は特に興味湧かなかったのかこの試合には行かないと言っていたので自分一人分のチケットしか買っていなかったのがかえって良かった。

数日後にBSで録画中継された試合を観たが立ち上がりから浦和が主導権を握り優位に試合を進めていた。ロスタイムの失点は少し痛かったと思う。でもオジェク監督は気にしない旨のコメントを残した。 一方の全北の崔康熙監督は試合前日の午後11時。父親御逝去の連絡を家族から受けながらそれを隠して浦和戦の指揮を執っていたそうだ。

http://www.chosunonline.com/article/20070920000068

崔康熙といえば1990年ワールドカップイタリア大会の韓国代表メンバー。チームは1次リーグで帰国したが3試合(ベルギー、スペイン、ウルグアイ)に全てフル出場を果たした。1989,1991年の日韓定期戦にも出場したDF選手だ。

また翌日の朝鮮日報紙はさいたまスタジアムのレッズサポーターについても紙面に“日本にも赤い悪魔が”とのみ出して報道を。

http://www.chosunonline.com/article/20070920000024

9月26日、今度はレッズサポーター軍団が敵地に乗り込むだろうが、これには全北側も歓迎しながら胸算用をしていると思う。9月19日、ACLに臨んだ同じ韓国勢の城南一和はホームにシリアのアルカラマを迎え 2-1 と逆点勝利を収めたが、城南タンチョン総合運動場には数えるほどの観衆しか集まらなかったらしい。その原因は時ならぬ大雨だったらしい。  
今やレッズサポーターの名声はアジア諸国に轟こうとしている。来シーズン ACL 出場が決まっているオーストラリア A League のディフェンディング王者 Melbourne Victory のサポーター達は“是非日本のクラブチームと同じグループに入りたい。出来ればウラワ・レッズと同じグループでやり、Sydney FC 戦で彼らが見せたあの素晴らしいサポートを見たい。”と言っていた。レッズサポーター達は既にある歴史の1ページを作ったと言えるだろう。それは同じ日にナグシ・エジャハン・スタジアムに乗り込んで熱心な声援を送り続けたフロンターレサポーター達にも当てはまる事だ。 NHK BS の中継を観てロスタイムに入ると“最後 !最後!! もっと心の底から大きな声出そうよ”と鼓舞するリーダーの声に続いて御馴染の応援歌が声高に響き出した時に私は熱いものを感じた。