オランダ絵画によせて:黒の肖像

 

 肖像画には今一つ興味ないのだが、フランス・ハルス(Frans Hals)の絵は好き。当時の写実絵画のなかにあって、あれほど大胆な筆致だったなら、きっと、定めし異端児だったろうと思う。
 実際、ハルスには弟子が多いのに、あの筆致を継承した画家はほとんど見当たらない。ハルスの躍動的な筆触は、新鮮な描法としてマネなどの近代絵画に影響を与えたという。つまりは、そんな後年になるまで評価されなかったってこと。いつの時代にも、そういう人っているもんだ。
 
 当時の中産階級たちが、自分をモデルに、お金を払ってわざわざ描いてもらうのだから、当然かも知れないが、あまり美人の絵はない。面食いな私としては結構気になるところ。でも人物はみんな、確かに生き生きと描かれている。
 モデルは礼装して、上品に澄ましている。が、実際は緊張しているとか、照れているとか、虚栄心くすぐられていい気分でいるとかするだろう。敢えてくつろいだポーズを取ったなら、それはそれでくだけた気分だろう。そういう瞬間的な表情を、ハルスはあの素早いタッチで捉えている。だから、やけにモデルに存在感がある。

 礼装と言っても、白い襟と袖のついたシンプルな黒い服。この白、そして黒を、ハルスは何種類もの白と黒とで描き分けている。これは秀逸! 
 ……と思っていたら、同じくゴッホも、「ハルスは27種類以上の黒を使っている」と評価している(どうやって数えたんだか)。う~む、私ってば鑑識眼がゴッホと同じとは。

 けれどもハルスは本来、礼装の中産階級よりも、居酒屋でお酒飲みーの、乱痴気騒ぎしーの、ばくち打ちーのする庶民たちが、きっと好きだったんだろうと思う。そういう酒飲みや、楽器弾きや、娼婦を思わせるジプシーなどの活力旺盛な表情を、本当に巧みに描いている。酒場で気に入ったモデルを見つけたら、その場でさささっと描いた感じ。
 
 だからハルスの粗い素早い筆致を、その後の画家が誰も継承できなかったんじゃないか。あの筆致に、的確な人物表現が伴わなければ、ただの雑な絵に終わってしまう。
 ハルスは歴史画をほとんど描かなかったけれど、その風俗画的な肖像画には、宗教とは異なるある種の精神性が感じられる。
 豊橋の「フランス・ハルスとハールレムの画家たち展」で、その種の闊達な絵が来てくれなかったのは、残念無念。

 ただ、ハルスの弟子ブラウエルは、ハルスの特徴をかなり受け継いだタッチをしている。彼は農民風俗画の創始者で、かなり野卑な農民たちを描いている。
 つまりは、そういうところを含めてハルスを継承したわけかな。 

 画像は、ハルス「ジプシー娘」。
  フランス・ハルス(Frans Hals, ca.1582-1666, Dutch)
 他、左から、
  「陽気な酒飲み」
  「マッレ・バッレ」
  「塩漬けニシン」
  「リュートを弾く道化師」
  「小枝を持ち座る男」

     Related Entries :
       オランダ絵画
       農民風俗画

 
     Bear's Paw -絵画うんぬん-
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« オランダ絵画... タバコ・ロード »