




最近ちょっと思うところがあって、狭い(と言うか、制約のある)政治思想を持つ絵描きは、どこまでの絵を描くのか、興味がある。狭い視野というのは大抵、傲慢を伴うから、私とは相性が合わないんだけれど。
ジャン=ジャック・ヴァルツ(Jean-Jacques Waltz)というアルザスの挿画家がいる。通称、アンジ(Hansi)。
屋根にコウノトリが巣を作る木骨組みの家々。ヴォージュ山脈を背に広がるブドウ畑。コワフ(coiffe)という黒い大きなリボンの帽子に、白のブラウスと赤のスカート、上から黒いエプロンドレス、という民族衣装を纏った女の子。
アルザス地方独特の可愛らしい情景を、そのまま絵にした画家アンジ。
今でもアンジはアルザスの名物。地方のシンボルとして一役買っているみたい。
が、アルザスをモティーフとしたアンジの牧歌的な絵には、当時のドイツに対する手厳しい批判と、馬鹿にしきった皮肉とが込められている。アンジ自身、フランス贔屓の強硬な活動家で、その行動はいささか度が過ぎているほど。
一律にフランスを礼讚し、ドイツを否定するアンジの主張は、大戦後、芸術的評価を得られなかったらしく、アルザス以外ではあまり知られていない感がある。
コルマールに生まれ、生涯をそこで過ごしたアンジ。彼の生まれた当時、アルザスは、普仏戦争によってドイツ皇帝に併合され、ドイツ領となったばかり。
進学後、ドイツが教えるドイツの学校で勉学を放棄、教師にもことごとく反発して、とうとう退学。その後、デザインの勉強などを経て、美術学校へと進学、本格的に絵の勉強を始める。
故郷コルマールでデザイナーとして働く傍ら、ポストカードやプログラムの挿絵を手がけ、アルザスの村々をスケッチしてまわった。
で、もともとラディカルだったアンジは、政治運動にも参加。絵のほうも、ドイツをコケにした風刺画を次々と発表する。ドイツの旅行者や兵士、教授などを揶揄しながら、ドイツ人を野暮ったく滑稽に描いた。
こうなったら、ドイツ権力がアンジを、反ドイツ主義者としてレッテルを貼り、マークするのも仕方がない。
アンジは何度も投獄され、ライプツィヒ裁判所には1年以上の禁固を言い渡されている。このときには、フランス全土に国民的悲憤が巻き起こったとか。
……が、この判決、とある記事によると、レストランで、そばに座ったドイツ兵に対して、なんとアンジ、汚れた空気を浄化してやる、と、その椅子の下で、砂糖に火をつけて燃やしたからだという。いくらなんでも、こりゃダメだ。
が、アンジは警官の隙を突いて逃走、フランスへと亡命する。第一次大戦が勃発すると、偵察兵としてフランス軍に入隊。
第二次大戦時には、反ドイツ主義的な作品と政治的叛逆とを理由に、ゲシュタポに手配される。スイスへ亡命する途中、ナチスに危うく暗殺されそうになって、このとき負った重症が原因で衰弱、とうとう死んでしまった。
アンジの絵に、反ドイツ思想を評価する人はほとんどいないだろう。もともと絵は、そういうものではない。
今、アンジの絵に漂うものは、せいぜい祖国愛、そして郷土愛だけ。
画像は、アンジ「日曜日、外出前の正しい“ストゥヴァ”」。
アンジ(Hansi 1873-1951, French)
他、左から、
「コルマールの聖ニコラウスと善き肉屋」
「ガチョウ番」
「コウノトリの家」
「私の村」
「“ブレダラ”作り」
Bear's Paw -絵画うんぬん-