ノルウェー絵画の民族派ロマン主義

 

 ナショナリズム(nationalism)というのは、「民族主義」、「国民主義」、「国家主義」、「国粋主義」など、様々な訳語があり、厄介なことに、それぞれ随分とニュアンスが違う。が、一般にナショナリズムは、19世紀、列強の帝国主義的覇権の傾向が強まるなか、市民階級を中心に、自由主義思想にもどづいて、民族や国家の統一・独立を目指して高揚した思想や運動を指す。
 このナショナリズムは当然、芸術にも反映され、ロマン主義の主要なテーマの一つとなった。民族派ロマン主義(National Romanticism)は、19世紀半ばに、ヨーロッパ、特にスカンジナビアやスラブ地域で、それら文化的・民族的な伝統やアイデンティティを喚起する様式として広まった。

 ドイツ・ロマン主義精神の中心が、ドレスデンからデュッセルドルフへと移ると、ドイツのアカデミーで学ぶノルウェー画家たちの活動の拠点も、デュッセルドルフへと移った。デュッセルドルフ派のロマン主義風景画は、フリードリヒに代表されるドレスデン派のものに比べて、概ね、より明快で親しみやすく、自然主義的な印象を持つ。
 デュッセルドルフで学んだノルウェー画家たちの絵も、この特徴を継承している。彼らの世代が、ノルウェー絵画史における民族派ロマン主義として知られている。

 その代表的な画家がハンス・ギューデ(Hans Gude)。彼は同時代、デュッセルドルフで活動したノルウェー画家たちを牽引した。
 デュッセルドルフのアカデミーで、オランダの動感ある風景画から強く影響を受けたアンドレアス・アッヘンバッハに学び、その光と影の細やかな、リズミカルな諧調を受け継いでゆく。
 湧き上がる雲間から差す光を映し、光に揺れる水面を描くギューデの絵。静謐だが表情のある、雄大で荘厳な風景。ノルウェー独特の山々や海岸、フィヨルドなど、自然の力強いイメージを描き、若くして、故国ノルウェーのみならず、ヨーロッパ各国で名声を得た。
   
 ギューデとともに、ノルウェー民族派ロマン主義の重要な画家として知られるのが、アドルフ・ティーデマン。彼のほうは、ノルウェーの伝統的な農民文化を主題として取り上げた、最初のノルウェー史画家と言われている。
 絵を学ぶためイタリアに向けて旅立ち、途中、立ち寄ったデュッセルドルフが気に入って、そこに落ち着いてしまったとか。

 ギューデとティーデマンが共同で制作した「ハルダンゲル・フィヨルドの婚礼航行」は、今日でもノルウェーそのものを象徴する絵なのだという。
 
 ロマン派画家たちは、ノルウェーの飾らない自然を描き、そこに暮らす、伝統的な衣装をまとった農民たちの生活を描いて、故国の風土の美しさを表現しようとした。
 こうした絵を観ると、描かれたノルウェーの自然美を、この眼でも見てみたい、と強く思う。

 画像は、ギューデ&ティーデマン「ハルダンゲル・フィヨルドの婚礼航行」。
  ハンス・ギューデ(Hans Gude, 1825-1903, Norwegian)
   アドルフ・ティーデマン(Adolph Tidemand, 1814-1876, Norwegian)

 他、左から、
  ギューデ「ハルダンゲル」
  ギューデ「サンドヴィカ」
  ギューデ「リンガーリカ」
  ティーデマン「祖母の花嫁冠」
  ティーデマン「銛漁」

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