元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「監督失格」

2011-10-12 06:25:18 | 映画の感想(か行)
 全編に渡ってヒリヒリするような迫真性が充満している。2005年に若くして急逝した女優・林由美香と、監督・平野勝之との関係性を追う本作は、カツドウ屋が映画を撮ることの本来的な意味を鋭く問い直すという意味で、得難いメッセージ性を獲得したドキュメンタリー映画の力作と言えるだろう。

 林由美香は97年に不倫関係にあった平野と共に、東京から北海道まで自転車旅行を敢行しているが、その記録は映画「由美香」として公開されている。私は「由美香」を観ていないので、この「監督失格」における自転車旅行の場面が既出のものなのか今回新規に公表されるものなのか分からないが、ロードムービーとしての映画的興趣はとても大きい。



 道中で励まし合ったり、ケンカしたり、仲直りしたり、いろいろな人物と遭遇したり、そんな紆余曲折があってやっとの思いで目的地の礼文島沖の小さな島に到着するくだりは盛り上がる。ところが苦楽を共にしたはずの由美香と平野は、旅行の後に疎遠になってしまうのだ。実際は、由美香の方から平野に対して距離を置くようになる。辛い道程を共有して気心が知れたと思っていたのは、平野の独り合点だった。本当のところ、平野は彼女のことを何も分かっていなかったのである。由美香が“監督失格ね”と言い放つのも当然だ。

 平野は彼女との旅行で得た高揚感をもう一度味わいたくて、別の女と同じように北海道まで旅したり、また単身冬の北海道をさまよったりもしているが、充実感を覚えるまでには至っていない。極めつけは、久しぶりに平野が由美香と仕事をすることになって、当日現場に現れない彼女の安否を探るうちに、思いがけず彼女の死の発見者になってしまうことである。



 死因は睡眠薬と酒の過剰摂取による“事故”として片付けられるが、平野は彼女が睡眠薬を多用するほど精神的に参っていることに、まったく気が付かなかった。あれほど彼女と一緒の時間を過ごして、カメラにも素顔を写し取ったつもりであったにも関わらず、実は何も描けていなかった。これが“監督失格”でなくて何なのだろうか。

 しかし、長いスランプを経て平野は再びカメラを回し始めるのだ。監督として未熟であっても、とにかく映画を撮ることでしか自分を表現できない。その、どうしようもない焦燥感と切迫感、そしてある種達観したような諦めと開き直りが画面に充満する。映画を自己のコミュニケーション手段として取り込んでしまった人間の、(ドヤ顔混じりの)どうしようもなさ。これがカツドウ屋の本質ではないだろうか。

 庵野秀明がプロデュース。さらに音楽は矢野顕子が担当し、本作のためにエンディングテーマを書き下ろしているが、これがまた抜群の効果を上げている。とにかく、必見の実録映画である。

 なお、林由美香の出演作はいまおかしんじの監督「タマもの 突きまくられる熟女」(2004年)ぐらいしか観ていないが、この「監督失格」における存在感とも併せて、本当に良い女優であったことが分かる。あまりにも早すぎる退場は残念だ。
コメント
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