元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「無能の人」

2008-05-31 07:04:44 | 映画の感想(ま行)

 91年作品。竹中直人の商業用映画監督デビュー作で、かつては漫画家として有名だったが、今は多摩川の河原で石を売る主人公助川助三とその家族を描く。つげ義春の同名コミックの映画化。

 竹中の演出は第一作とは思えないほど手慣れている。助川一家とそれをとりまくユニークな登場人物を、抑えたタッチで淡々と描き、題材の非日常性をキワ物一歩手前で普遍性のあるドラマとして構築している。そして絶妙のキャスティング。主役の竹中はじめ妻を演じる風吹ジュンや愛石狂会会長のマルセ太郎、その弟子の神戸浩など、派手さはないが納得のいく演技が印象的。学生時代は8ミリ作品を多数手掛けていたという竹中の手際の良さは認めてもいいと思う。

 しかし、私は映画の出来としては不満である。それは“無能”であるということの意味をつっこんで描き切れていないからだ。

 河原で石を売るという、まったく誰のためにもならない商売は、無能な人間の無用のこだわりをつきつめたような、無駄な行為だ。バカなくせにプライドだけは高い無能な人間のやりそうなことだ。竹中直人が憧れる加山雄三演じる若大将みたいな明るく健康的な生活を夢見ながら、絶対そうはなれない無能人間の屈折。頭の悪さを自覚しながらそれをどうしようも出来ないみっともない自分。誰からも相手にされない自分。そういう人間は身近なものは目に入らず、抽象的でどこか遠くに絶対的なものを追い求めるだろう。“無能”と“孤独”は近い位置にある。

 ところが、この主人公は結局は家族の愛に安らぎを求めてしまう。それ以前に彼には理解のある妻や子供に恵まれているではないか。ラスト、家族3人で去っていくシーンには孤独感はない。話のわかる家族を持つことのできた彼は全然“無能”ではない。

 無用なこだわりの果ての何か(それがいいものであろうと悪いものであろうと)を映像の中に結晶させてほしかった。実は無能ではなかった主人公を見送る観客としては、取り残されたような感想を抱くしかない。
コメント
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