その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

評価が難しい・・・堤 未果 『沈みゆく大国アメリカ』 (集英社新書)

2015-05-09 08:24:51 | 


堤さんの著作を読むのは、岩波新書『貧困大国 アメリカ』シリーズの3冊に続いて4冊目。私は、氏の著作については、当初から、扇動的な文章、一部の人の意見を取り上げて一般化する論理構成、出典不明確かつ結論ありきに見えるデータ収集について批判的でした(※)。が、それでも取り上げる題材や視点のユニークさに魅かれて、ついつい読んでしまいます。本書についてもスタイルは全く変わっていません。

テーマはオバマケアを軸とした米国医療制度。オバマケアは、国民皆保険を謳ってオバマ大統領が政治生命を賭けたと言って良いほど精力的に取り組んだ医療保険改革です。本書は、そのザル法ぶり、甘い汁を吸う医療・保険業界、ウォール街の投資家たち、そして良くなるはずの新制度で貧困化する中間層など、「明暗」をくっきりと描き、オバマケアを批判します。

巻末に参考文献がついたのは随分進歩と感心しましたが、文体は相変わらずアジテーションに近いです。データも良く見ると、作為的に加工がしてあったり(業界別の献金額は医薬品/保健/健康維持機構の3業界を加えて一つの業界として比較する棒グラフが作られています(p159)で眉に唾して読まねばなりません。個人のコメントを一般化してあたかもそれが事実のように記載する文体も相変わらずです。この点、憲法改正に誘導する日本の某政党のパンフレットとレベル的には変わりないですね。この方、アメリカの大学院を出ているはずなのですが、リサーチメソッドとか何をどう勉強したのでしょうか。(現に、専門家からは本書の指摘には多くの事実誤認があるとの指摘もあります← https://healthpolicyhealthecon.wordpress.com/2014/12/24/%E6%B2%88%E3%81%BF%E3%82%86%E3%81%8F%E5%A4%A7%E5%9B%BD%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB/ 

一方で、オバマケアの負の側面は日本ではあまり報道されてこなかったでしょうし、米国の医療業界のビジネス化の流れが今後、日本に押し寄せるだろうという警告は正鵠を射ていると思います。ここ30年近くの外圧による自由化、開放化の流れの中で、その恩恵に預かっているのは日本国民よりも外国資本であり、彼らの次のターゲットが日本の保健・医療産業にあるというのは決して誇張ではないでしょう。筆者言うように「知らないということはすきをつくる」のです。

よって、毎回そうなのですが、氏の著作の評価は難しいです。氏は「学者」でないのはもちろんのこと、事実を正確に伝えるべき「ジャーナリスト」とも呼べないと思います。一人の運動家からのプロパガンダとして読むのが良いのでしょう。その限りにおいて、本書は少しでも多くの人が読むべき本だとは思います。


※過去3冊の感想はこちら

堤未果 『ルポ 貧困大国アメリカ』  (岩波新書)

堤未果 『ルポ 貧困大国アメリカ 2』 (岩波新書)

堤 未果 『(株)貧困大国アメリカ』 (岩波新書)


コメント
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