AD際族

コロナ共存の広告表現の近未来観

HAVE・DO・BE」vs「BE・DO・HAVE」(1)

2015-11-27 17:33:02 | アイディアのIdentity
「プレデターシンキング(略罰思考)」で紹介されておりました「HAVE・DO・BE」vs「BE・DO・HAVE」の思考回路をご紹介させて頂きます。

私はどんなこともはしごの段としてとらえる。
はしごのいちばん上に一足飛びにたどり着くことは不可能だ。
挑戦しても失敗が続くだけで、いずれは諦めることになる。
だから個人的には、一度に一段ずつ上がるのがいちばんだと信じている。
コピーライターの職を得たとき、いつかクリエイティブディレクターになりたいと思った。
クリエイティブディレクターの1つ下の段は副クリエイティブディレクターだ。
その1つ下の段はグループ責任者だ。
その1つ下の段はコピーライター、すなわち私だ。
つまり、私はまずグループ責任者にステップアップしなければならない。
だが、エグゼクティヴ・クリエイティブディレクターのジョン・ウェブスターの考えは違った。
彼曰く、それはクリエイティブでない時代遅れの広告会社の組織構造だった。
彼は会社をそういうふうにしたくなかった。
コピーライターとアートディレクターのチームから成るフラットな組織にしたかった。
そしてクリエイティブディレクターは1人、彼だけ。
確かにクリエイティビティの面から言えば、文句なしの仕組みだ。
問題は、それでは私の計画どおりにならないこと。
どうやったら状況を変えられるか。
私の望みは、とりあえず少人数のジュニアチームを率いることだった。
それができれば、少なくともグループ責任者への道が開ける。
とはいえ、話し合いでジョンの考えが変わるはずもない。
ならば、ジョンが自分でそう思いつくようにしよう。
私は仕事を山ほど引き受けるようになった。
本当に山ほど。
仕事を手伝ってもらうために、実習生のチームを使うようになった。
じきに私は少人数のグループを率いるようになっていた。
私たちは山ほどの仕事をこなしていた。
そのうち、ジョンがそれに気づいた。
。mは私に言った。「1人では、これだけの仕事はできないだろう?
補佐役としてジュニアチームを雇ったらどうだ?」
こうして私は事実上のグループ責任者になった。
世界は「HAVE・DO・BE」で動いていると、大抵の人は思っている。
その手の人々は、肩書きを持つ(HAVE)まではグループ責任者になる(BE)のは無理だと言う。
肩書きを持つ(HAVE)、それからその肩書きに伴う仕事をする(DO)、そうして彼らはグループ責任者になる(BE)。
彼らはHAVE・DO・BE主義者だ。
だから、誰かに肩書きをもらおうとする。
もらえるまで待ち続け、もらえないままで終わることもある。
私には、そんなことをする時間もつもりもなかった。

そこで反対の道を行った。(続)

破壊的進化に気ずく時(3)

2015-11-27 01:17:57 | 学問のススメの涙
新経済サミット2013 セッション03 「今起こりつつある破壊的なイノベーションの新潮流とは何か?」


月尾嘉男 レコードが復活、デジタルからアナログへ アナログコンピューターの研究が始まっている!



デジタルからアナログに物事が変化した事で逆にアナログの秀でた事も判ってくるものです。例えば文章もワープロが生まれた事で全てに手書きがなくなっていきます。手書きでコピー 特にタグライン(キャッチコピー)を書く。鈴木八朗さんは筆て書いていた。アートディレクターにしても手書きでフォントを書き、カンプも全て手作業だった。デジタル化された文字は良いも悪いも判らなくなる。デジタルに埋没してしまう。Kindleが生んだデジタル書籍にデジタルサウンド、しかしながら高い数百万もする真空管アンプやターンテーブルにカートリッジ、スピーカーが売れているそうです。CDはこの高域をカットしてしまうのです。レコード盤から針は耳には聞こえない倍音をとらえます。20000HZ以上は実は音のレンジ(幅)に大きく影響します。mpeg3などの圧縮された音はペラペラなあつみのない音です。「アイディアはデジタルか?」これも人間が考えるから「アナログ」であり、実際の表現ツールとして「デジタル」があるのだと思います。昨今の文科省のスーパーグローバル構想 国立大学から文科系をなくす。
それが画期的な構想なのか?それとも破壊的な構想なのか?技術的な分野のみ「破壊的なイノベーション」が起こりうる事ではありません。広義の意味で全てに言える事です。例えば高等教育においてもです。
昨今の文科省の「スーパーグローバル構想 国立大学から文科系をなくす。」
この発想は何なんでしょう?今の家電 携帯スマホ 全てにおいて消費者を置き去りにして、業界でくだらない競争ばかりしていた、、。そこには技術屋ばかりでクリエーティブな発想をする者がいない。4K、そして8K そんなコンテンツはまだない。ビジョンがなかったのですね。イノベーションは直ぐに追いつかれ「コモディティ」となりますが、「ビジョン」は数十年単位で歩めます。まさにこのスーパーグローバル構想も「仏作って魂入れず。」これでは「スーパーグローバル妄想」と言われても仕方のない机上の空論でしょう。、。
忘れてはいけないこと。「変化しない唯一の媒体、それは人間」だと言うことです。