AD際族

コロナ共存の広告表現の近未来観

「夢で会いましょう」(2)

2012-11-25 23:29:12 | 学問のススメの涙



古市憲寿氏の「絶望と言う国の幸福な若者達」を読んだが、将来に希望を持てない若者達は、今をそれなりに楽しんでいる。彼等は高度成長期もバブルも経験していない。この暗い日本と言う出口のないトンネルの中を今もこらえて生きている。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」川端康成の名作「雪国」の冒頭の様な真っ白い雪国も待っていないし、もちろん駒子にも巡り会えない。この暗いトンネルの闇が何処に繋がっているのか誰も解らない。言論の自由とは言うが、この格差社会では言論の自由すらも縛っている様に思える。一握りの優秀な若者達は昔と変わらずに大きな夢を実現している。このSNSの時代、チャンスは世界へ向かって広がっているのだ。ところが、こう言っては失礼ではあるが標準レベルの若者達にとっては先ほどの高校生ではないが「その夢すら叶えるのが難しい。」のかもしれない。但し、「大きな夢を持たずして、小さな夢は叶わない」のだ。真面目でそれなりに勉強して、でも標準レベル。 そういう若者達が少しでも報われる社会になって欲しい。「若者が報われなければ、老人も報われない。」

「夢で会いましょう」(1)

2012-11-24 04:47:04 | 学問のススメの涙










11月になって著名人の方々の訃報も多くなった。クレージーキャッツの櫻井せんりさんも先日御亡くなりになった。残るところ犬塚ひろしさんだけとなった。
1961年から日本テレビではじまったのが「シャボン玉ホリデー」であり、同じ年にNHKでは「夢であいましょう」もはじまっている。「徹子の部屋」の黒柳徹子さんは2代目ホステスだった。中村八大 永六輔 そして坂本九と多くの名曲とシンガーを世に出した。特に「上を向いて歩こう」は「スキヤキ ソング」として、Billboard誌では、1963年6月15日に、週間ランキング第1位を獲得した。東日本大震災支援のCMでも歌われている。なんでこんなタイトルが頭を過ったかと言うと、先日某ファーストフード店でiPadで作業をしていると、隣に3人の男子生徒が大学入試試験らしい話をしていた。そこで一人の学生が「僕は一流企業に入って、結婚して子供を二人もうけて、、、。」「うん?え!自分がこの年の頃こんな事かんがえていたかな?いや、かんがえているはずもない。」
もっと夢のある事を考えていたはずだ。指揮者にはなりたかったが、挫折をしてミキサーになろうとした。間違っても高校3年でこんな事は考えてもいない。大学を出てからも挫折と夢と現実とのごちゃ混ぜのジューサーミキサー人生だ。今でも「夢」を持ち、「ほらふき」と言われない程度のプレゼンを心がけている。バブルが弾けてからか、、、。そしてリーマン ショック、ユーロ危機と現実は負のスパイラルに入っている。そして若者の夢は形を変えて、、、。現実味のない話なのかも知れない。


SNSが企業に与える損失と効果(1)

2012-11-21 23:46:16 | ブランディー質で割ったらブランデイング



以前にご紹介したフェデックスのグラフィック広告、そしてセデルマイヤーを起用した名作CMと1971年に設立されたFederal Expressは、日本では当たり前の翌日配達を実現した。2009年からはカンヌライオンの前哨戦 スーパーボールのCM枠から撤退している。クロネコヤマトさんの車には、配達員の方の名前が明記され荷物を集荷に来た時でも直接携帯電話に顧客から連絡が来る。本当に大変な仕事だとつくづく思ってしまう。




YouTubeにアップされた防犯カメラに映された「門から商品を放り投げる」映像。この配達員は既にレイオフされていると思うが、いくらマスメディアで企業イメージをアップする広告をうってもYouTube等のSNSでこの様な映像が流れてしまえば、元の木阿弥となってしまう。おまけに米国内に限らない「ボーダレス」で良い事も悪い事も瞬時に世界を駆け巡る。



石上三登志さんの訃報に接して

2012-11-19 02:44:28 | アイディアのIdentity



今村昭さんが亡くなられた。CRの現場時代 制作ルームの直属の上司だった。
当時 フマキラーさんで競合プレゼンがあり、先輩のSさんとクライアントにプレゼンテーションをした際、今村さんが「お前達のプレゼンは滅茶苦茶に笑えるが、なにも喋らなくてすむから助かる。」と呆れた顔で笑われたのを思い出す。大林宣彦監督作品にも出演なさっていた。
東宝の沢口靖子「竹取物語」の時は、「百姓役で出ないか?」と言われ「名主じゃなければ嫌です。」と冗談交じりで話もした。この時に脚本も手がけてらっしゃるのは知らなかった。CR開発部に戻された時には、電通テックのサポートでプレゼンテーションツールを開発する作業にも参画させていただいた。新しい局ができた際、今村さんがやってきて「もう決めたから、、。」仕事をしながら「エ!ナンデスカ?」すると「役員に話をした。君に来てもらう事を了承してくれた!」「私の上司は知っているんですか?」「話はまだしていない。」実直な方でした。何にしても、今村さんには自分の幅を広げて頂いた。諸先輩の方々には今も感謝しております。今村さんからは「探究心」と「奢りのない実直さ」を学びました。有り難うございました。
ご冥福をお祈り致します。


座りの良い言の葉(4)

2012-11-16 13:15:53 | 言の葉の輪転機



最近 よく似た住宅CMを よく見る。
「♫ 家に帰れば、、、。積水ハウス♬」
始まりは「三井に住んでます。」この広告からだと思う。







そう言えば、富田靖子さんのルルを担当してた頃だったか, 武田さんのベンザエースは
「ベンザエースを買って下さい。」仲畑さんの最強のコピーだった。
この頃から、イメージのキャッチフレーズは影を潜める。非説得のコミュニケーションではなくなる。もちろんアランドロンが「D'urban c'est l'elegance de l'homme moderne.」
「ダーバン、セ・レレガァ~ンス・ドゥ・ロム・モデルヌ (ダーバンは、現代の男性のエレガンス)」
とフランス語で言っているが、よく判らない。だからなんか高級感が漂う。私だったらアランドロンに「ダーバン セビロ ニ ズボン!」にしただろうが、プレゼンした時点で出入り禁止となったであろうし、日本のメンズファッションの初まりにもならなかっただろう。ファッションと風邪薬では、言える事も結構規制される。「薬事法」を考えて企画もコピーも考えなくてはいけないからだ。「使用上の注意」のピンポンと最後に入れるのもその為である。若い頃に米国の大学教授に聞かれた事があった。彼女は日本の和歌の一節を聞いてきた。要は日本人はその短い歌に、隠れた恋心や愛おしい心を詠んでいる。それが、直接的な言葉の表現しかしない、判らない外国人達には奇異に映るのだろう。「君を愛してる。」と言わないと判らない。その分、アクションは派手だ。日本人は言葉の中に四季を織り込み、心を詠ませる。そう言う意味、ハイブローな言葉から誰でも判る表現になったんだろう。でも「ベンザエースを買って下さい。」から幾つかの言葉のバリエーションは、やはり巨匠の巧みなわざだが、、、。三井にしても、積水にしても、、、。なんかクライアントへの心地よいマスターベーションの様に思えてしまう。そこには、何故か消費者不在だ。





座りの良い言の葉(3)

2012-11-12 02:57:48 | 言の葉の輪転機



両雄と言っておいて、松下さんにも触れなくてはいけないですね。電通賞、ACC、そしてカンヌ広告祭でも多くのグランプリを獲得している。商品説明をロボットがしている。そして心臓部から電池を抜くとバターンと倒れる。「ナショナルの灯り」は電球や蛍光灯をフルーツに見たてた秀逸な作品だ。グレープフルーツを剥くと電球が、りんごの皮を剥くとまた中から電球が、、、。この映像美を演出したのは今は亡き 里見監督だ。




サントリーのサミーデービスジュニアも入れれば、もっと多くのグランプリを獲得していた。
ラジオも賞対策で5月 6月は大変なことになる。誰がどこの担当なのかも解っているから
「今度はどう出てくるか?」特に60秒以上の長ものとシリーズは激戦区となる。
常連のサントリーに松下電器、それに資生堂、ソニー ライオンとクライアントの皆さんが賞を取りたいのだ。一つ面白いことがあった。丁度 鈴木清順監督の映画「チゴイネルワイゼン」が流行った頃、この映画のサウンドトラックで自作自演のレコードが発売された。演奏途中で、「○⬛ ×▲!」なんか言っているのだ?この言葉は何なのか?を追って行くドキュメントタッチで追いかけた。録音速度も変えて、スペインのサラサーテの記念館、エリザベート音楽院にも送って分析を依頼した。しかしながら、回答は「よくわからない?」まあ、賞ものというのはどこでどうなるか?はわからない。しかし、同じ題材で松下さんも考えているとは思わなかった。松下電器担当のKさんは、この「サラサーテの盤」を意図も簡単に巧みな文章力 コピー力で作り上げた。ラジオグランプリを獲得した。さすがKさんは凄かった。



座りの良い言の葉(2)

2012-11-07 02:52:49 | 言の葉の輪転機



開高建さんのサントリーオールド1979年のコピー。
跳びながら一歩ずつ歩く。
火でありながら灰を生まない。
時間を失うことで時間を見出す。
死して生き、花にして種子。
酔わせつつ醒めさせる。
傑作の資格。
この一瓶。
そして、成人の日に出稿された山口瞳さんの新聞広告も楽しみだった。






戦後 アメリカに追いつけ、追い越せで経済発展を告げた日本だが、広告表現も振り返ってみると独自の表現の世界を開拓したのかも知れない。
ダーバンにしても、オールドにしてもそこには商品特性など詳しくいっていない。市川崑監督の映像美と大原麗子さんの演技そして糸井さんの名コピー「すこし愛して、 ながーく愛して」3つが醸し出す表現はもはや広告ではない。
これを「非説得の説得コミュニケーション」と言った方がおられるが
これはもしかしたら?「非説得の錯覚コミュニケーション」だと思う。
自分が恰もアランドロンになれる。自分のカミさんが大原麗子になる。
それだけ、研ぎすまされた言の葉の境地に経っていたと思う。
考えて観れば、アメリカの商品は単純である。ハンバーガーしかり、
ツーリストバッグしかり全て「誰でも間違いなく伝わる表現」である。日本はそこから
感性の高い表現を求めていった。広告にハイブローな映像、言葉を持ってきた。「わからない人はわからなくても良い」と言うか「判らないとは言えない。巧さ」
それが昭和のCM文化を築いたのだと思う。なかには、デフォルメしすぎて全くわからないのも多くあった。コンセプトもなにもない。そこには単に目立てば良い。カタカナ言葉を第一線に仕立てたのは良くも悪くもブティックと呼ばれた方々だったと思う。


座りの良い言の葉(1)

2012-11-04 21:04:00 | 言の葉の輪転機
先日の全日本CMフェスティバルで故松尾眞吾氏がACCクリエイターズ殿堂入りした。
松尾さんと言えば、電通テック 旧電通映画社の質を高めた演出家であった。映画社の質を高めた牽引者でもありました。49歳という若さであった。
レナウン ダーバン アランドロンのCM演出をはじめ数々の名作を世に出した。



ダーバンは、ドブネズミ色のスーツを着ていたサラリーマンにとって、メンズファッションの先駆けでもあった。










昭和のCMは文化を発信していったわけだが、広告の質を高める牽引して行ったのは松下電気(現Panasonic)とサントリーの両雄と言っても過言ではない。先日 作家開高健さんの、コピーをサントリーさんのサイトで拝読した。
「人間」らしくやりたいナ
トリスを飲んで
「人間」らしくやりたいナ
「人間」何だからナ
1963年のトリスウィスキーの新聞広告だ。
開高健さんはテレビCMにも自ら出演もしていた。
当時キリンビバレッジを担当していたが、酒は喜怒哀楽だから何でも表現し易いと思っていたが、それは自分への逃げだったと思う。コピー力がない自分へのイジケだったんだと思う。


映像のiPS(2)

2012-11-03 03:02:06 | メディアの一向一揆









CGが人間の動きを解析し、3Dではユタ大学のコンピュータ グラフィック学科が進んでいた。この3Dは映画「Future World」で使われた。そして映像革新はスピルバーグの「ET」ジョージ ルーカスの「スターワーズ」ジェームスキャメロンの「タイタニック」「アバター」へと引き継がれていく。ここまで来るとあとは、逆回転である。iPS細胞でノーベル賞を受賞した中山教授ではないが、細胞の原点回帰の様に映像の原点への逆戻りかもしれない。この「漫画カメラ」ではないが、どうデフォルメしていけるか?例えば撮った画像をルノワール風に、ゴッホ風に。そんな画家テンプレートも出てくるかも知れない。日本のアニメーションは制作費の削減もあり、3コマうちが多い。1秒間で8枚の動画の動きだ。これが、逆に時間軸で流れてしまうフルアニメーションと違い、キャラクターの動きの思考にまで入り込めた様にも映る。これも「アニメのイノベーション」かもしれない。
携帯カメラで連写できるCMをやっていたが、これを赤塚不二夫先生のバカボンのパパや、イヤミ、うなぎ犬、(ちょっと赤塚先生に傾倒しすぎだが)そういうキャラクターテンプレートも面白いかもしれないです。こうなるとiPhone カメラで動画を撮影し、それをアニメに変えてくれるソフトも考えている研究者もいるかもしれない。映像への革新はリュミエール兄弟の世界最初の実写映画とされる『工場の出口』から、エジソンへ引き継がれていった。そして先人たちの映像への「映像革新への欲望」は今も続いている。