専門である経営学やマーケティング論以外の本もあれこれ乱読しています。最近読んだ専門外の本の中で面白いと感じたものを紹介します。これらを学生に薦めるわけではありません。ただ,読書の参考にしてもらえれば幸いです。
1つめは,旦部幸博『珈琲の世界史』(講談社現代新書,2017年) 。タイトルの通り,コーヒーがどこで生まれて,どのように飲まれてきたのかという歴史をコンパクトにまとめた本です。コーヒーが好きなので読みました。意外なことに,私の知る限り,一般向けのコーヒーの通史はあまりないので,重要な著作です。イスラム世界からヨーロッパへコーヒー文化が広まった経緯,紅茶大国であるイギリスでかつてはコーヒー文化が花開き,その拠点コーヒーハウスが政治や経済にまで影響を与えた歴史,最近のスターバックスの隆盛からサードウエイブ・コーヒーへと至る動きなど,興味深い内容をさらっと読むことができました。
この本でイスラム世界の記述を読んでいるときには,頭の中で,「昔アラブの偉いお坊さんが・・・」という歌詞で知られるコーヒールンバの曲が鳴っていました。なぜかサードウエイブ・コーヒーの記述を読んでいるときにもそれが鳴っていました。新手のサードウエイブ・コーヒーに懐かしい雰囲気を感じたようです。
2つめは,山口裕之『「大学改革」という病』(明石書房,2017年)。昨今,文部科学省による組織的な再就職あっせん問題が起き,多くの文部官僚が大学に天下ってきた例が報道されました。なぜ多くの文部官僚を大学が受け入れるのかといえば,大学にとって交付金・補助金の類を獲得するのに元文部官僚の存在が有利に働くことを知っているからです。大学人なら周知の事柄ですが,この本を読むと,この構造の根源は文科省が繰り出してきた大学改革にあることが分かります。大学改革の根底には予算の過少さがあげられます。少ない高等教育予算を何とか各大学に振り分けるために,改革の名の下競争的資金という概念を持ち出し,大学および教員・研究者間を競わせるようになりました。そして,競争こそが大学の教育や研究を改善するという考えを打ち出してきました。しかし,問題はその競争の裁定者は文科省だということです。結局は文科省が中央集権的・社会主義的に大学を統制することになっています。日本の高等教育行政は,競争によって各大学の個性が際立つようになるとしながら,実際には資金欲しさに文科省の方針に従う個性のない大学群が出来上がるというパラドックスに陥っています。しかも,資金獲得のためのペーパーワークに大学が疲弊するというおまけつき。
なお,これも大学人にはよく知られた事実ですが,過去10年間,主要国の中で日本が唯一論文発表数が落ち込んでいます。世界第2位から4位に転落しました。国立大学を独立法人化して国から切り離し,予算削減した直後から起きています。おそらく10年後には日本は科学立国とは名乗れなくなると指摘する声が多いのですが,それを納得させてくれる本です。
3つ目は,ナイジェル・クリフ『ホワイトハウスのピアニスト』(白水社,2017年)。500頁を超える大作の人物評伝です。しかし,数日間で一気に読んでしまいました。サブタイトルにヴァン・クライバーンと冷戦と記されている通り,1950年代ソ連で開催された第1回チャイコフスキーコンクールで優勝したピアニストのクライバーンが,商業的に大成功を収めながら,米ソ冷戦下の国際政治に図らずも巻き込まれてしまったいきさつを中心とする内容です。冷戦下ソ連が威信をかけ,自国の芸術水準の高さを世界に知らしめるため,ソ連の有為な音楽家が受賞することをもくろんで開催した国際コンクールで,あろうことか若いアメリカ人であるクライバーンが優勝してしまった経緯に引き込まれます。ソ連の一般聴衆たちはクライバーンの演奏に熱狂し,審査員も才能を認めざるを得なくなったのでした。米ソ両国でポップスター並みの人気者になったクライバーンは,母国でレコードがヒットし,コンサートは大盛況になりました。さらに,最高指導者フルシチョフを始めとするソ連の大物政治家にも愛され,御前で演奏する機会を度々持ちました。しかし,商業主義に疲れ,近しい人の死に悲しんで隠遁生活を余儀なくされます。その後,1980年代後半,立ち直ったクライバーンが,軍縮交渉のためにアメリカ大統領レーガンがソ連最高指導者ゴルバチョフをホワイトハウスに迎えての首脳会談中の晩餐会で,ピアノを演奏するシーンが登場します。クライマックスです。両国が対立し,硬直した会談の雰囲気を,クライバーンが和らげ,交渉妥結に向かわせたのではないかとこの本は示唆しています。
この本を読んだ後,クライバーンのコンクール優勝直後の演奏をCDで聞きました。チャイコフスキーやラフマニノフというロシアの作曲家によるピアノ協奏曲です。多くの演奏家は,それらを奏でるとき,どこか重々しく陰鬱な雰囲気を漂わせるのですが,クライバーンの演奏は,明るく,快活で,しかも少し素朴な感じがします。冷戦の重苦しい時代だったからこそ,この快活さに人々は魅せられたのかなと独断しています。
1つめは,旦部幸博『珈琲の世界史』(講談社現代新書,2017年) 。タイトルの通り,コーヒーがどこで生まれて,どのように飲まれてきたのかという歴史をコンパクトにまとめた本です。コーヒーが好きなので読みました。意外なことに,私の知る限り,一般向けのコーヒーの通史はあまりないので,重要な著作です。イスラム世界からヨーロッパへコーヒー文化が広まった経緯,紅茶大国であるイギリスでかつてはコーヒー文化が花開き,その拠点コーヒーハウスが政治や経済にまで影響を与えた歴史,最近のスターバックスの隆盛からサードウエイブ・コーヒーへと至る動きなど,興味深い内容をさらっと読むことができました。
この本でイスラム世界の記述を読んでいるときには,頭の中で,「昔アラブの偉いお坊さんが・・・」という歌詞で知られるコーヒールンバの曲が鳴っていました。なぜかサードウエイブ・コーヒーの記述を読んでいるときにもそれが鳴っていました。新手のサードウエイブ・コーヒーに懐かしい雰囲気を感じたようです。
2つめは,山口裕之『「大学改革」という病』(明石書房,2017年)。昨今,文部科学省による組織的な再就職あっせん問題が起き,多くの文部官僚が大学に天下ってきた例が報道されました。なぜ多くの文部官僚を大学が受け入れるのかといえば,大学にとって交付金・補助金の類を獲得するのに元文部官僚の存在が有利に働くことを知っているからです。大学人なら周知の事柄ですが,この本を読むと,この構造の根源は文科省が繰り出してきた大学改革にあることが分かります。大学改革の根底には予算の過少さがあげられます。少ない高等教育予算を何とか各大学に振り分けるために,改革の名の下競争的資金という概念を持ち出し,大学および教員・研究者間を競わせるようになりました。そして,競争こそが大学の教育や研究を改善するという考えを打ち出してきました。しかし,問題はその競争の裁定者は文科省だということです。結局は文科省が中央集権的・社会主義的に大学を統制することになっています。日本の高等教育行政は,競争によって各大学の個性が際立つようになるとしながら,実際には資金欲しさに文科省の方針に従う個性のない大学群が出来上がるというパラドックスに陥っています。しかも,資金獲得のためのペーパーワークに大学が疲弊するというおまけつき。
なお,これも大学人にはよく知られた事実ですが,過去10年間,主要国の中で日本が唯一論文発表数が落ち込んでいます。世界第2位から4位に転落しました。国立大学を独立法人化して国から切り離し,予算削減した直後から起きています。おそらく10年後には日本は科学立国とは名乗れなくなると指摘する声が多いのですが,それを納得させてくれる本です。
3つ目は,ナイジェル・クリフ『ホワイトハウスのピアニスト』(白水社,2017年)。500頁を超える大作の人物評伝です。しかし,数日間で一気に読んでしまいました。サブタイトルにヴァン・クライバーンと冷戦と記されている通り,1950年代ソ連で開催された第1回チャイコフスキーコンクールで優勝したピアニストのクライバーンが,商業的に大成功を収めながら,米ソ冷戦下の国際政治に図らずも巻き込まれてしまったいきさつを中心とする内容です。冷戦下ソ連が威信をかけ,自国の芸術水準の高さを世界に知らしめるため,ソ連の有為な音楽家が受賞することをもくろんで開催した国際コンクールで,あろうことか若いアメリカ人であるクライバーンが優勝してしまった経緯に引き込まれます。ソ連の一般聴衆たちはクライバーンの演奏に熱狂し,審査員も才能を認めざるを得なくなったのでした。米ソ両国でポップスター並みの人気者になったクライバーンは,母国でレコードがヒットし,コンサートは大盛況になりました。さらに,最高指導者フルシチョフを始めとするソ連の大物政治家にも愛され,御前で演奏する機会を度々持ちました。しかし,商業主義に疲れ,近しい人の死に悲しんで隠遁生活を余儀なくされます。その後,1980年代後半,立ち直ったクライバーンが,軍縮交渉のためにアメリカ大統領レーガンがソ連最高指導者ゴルバチョフをホワイトハウスに迎えての首脳会談中の晩餐会で,ピアノを演奏するシーンが登場します。クライマックスです。両国が対立し,硬直した会談の雰囲気を,クライバーンが和らげ,交渉妥結に向かわせたのではないかとこの本は示唆しています。
この本を読んだ後,クライバーンのコンクール優勝直後の演奏をCDで聞きました。チャイコフスキーやラフマニノフというロシアの作曲家によるピアノ協奏曲です。多くの演奏家は,それらを奏でるとき,どこか重々しく陰鬱な雰囲気を漂わせるのですが,クライバーンの演奏は,明るく,快活で,しかも少し素朴な感じがします。冷戦の重苦しい時代だったからこそ,この快活さに人々は魅せられたのかなと独断しています。