愛知学院大学青木ゼミのブログ

愛知学院大学商学部青木ゼミの活動を報告するためのブログです。

大学で何を行うべきか

2013年02月19日 | 運営
最近,ファーストリテイリングの柳井正氏が,日本経済新聞の卒言直言で,「1年生に内々定,その意味は 大学変えねば日本は沈む 」という記事を書かれている。 

柳井氏の主張は、大学は社会の要請に応えていない。もっと社会の役に立つ人材を輩出せよ,そのために教育力を磨け,ということである。柳井氏に限らず,実業界が大学教育に求めるものは,生徒にもっと役立つことを沢山詰め込んで欲しいということだろう。 

ところが,現在の大学教育では,(直接的には)全く役に立たないことを,ほんの少ししか教えていない。そもそも大学の授業,1コマ90分半期15回の授業で伝達できる知識など高が知れている。大学では役に立たないことについて,ほんの少しばかり教えているだけである。必然的に授業で教えられる知識など高が知れているのである。実際、自分の学生時代を振り返っても、先生の講義や演習から得た知識は、自習して得た知識に比べ圧倒的に少ない。 柳井氏のような実業界の方々からお叱りを受けるのも当然のようにも思える。

もっと世の中に直接役立つことを,パワーポイントなどの最新のプレゼンテーションを使って,数十倍の速さで教えたら,どんなに素晴らしい教育効果が得られるだろうかと思う人も多いだろう。

しかし,これは実際には,ほとんど機能しないだろう。それは何故かというと,東大などトップレベルの大学の学生でも,ほんの一握りの学生しか,自分でどんどん学習してゆく能力がないからである。

それは何故かというと,自発的に学習する学生であっても,自分がきちんと理解しているのか,それとも理解が不十分であるのか,ということすら分かっていないことが非常に多いからである。自分で分かっているつもりでも、全然分かっていないことが非常に多いのだ。

実際、学生に「それは何故ですか?」と訊くとほとんど答えられないことが多い。「そう習いました」「それは公式です」「そう教科書のここに書いてあります」といった答しか学生が持っていないことが多い。物事を自分で考え,自分なりの分析を加える思考力が欠如しているのである。

私の目指す大学教育とは、生徒に自立して考える力を身に付けてもらうことであり,そのために,「それは何故ですか?」という質問を繰り返しているのである。 

従って,私が柳井氏の問いかけに,答えるとしたら,「急がば回れ」と答えるしかない。なぜなら,こうした迂遠にも見える方法が,柳井氏の求める「自分で考えて、自分で結論を出して実行できる人材」を生み出す一番よい方法だと考えるらである。仕事ができる有能な人材とは,学習能力の高い人材,ということではないだろうか。

(アゴラ 2013年 1月13日)

以上はある大学の数学教員が書いた記事の要約です。私が日頃考えている大学教育のあり方と関連するので,引用しました。最近は,FDが重視され,学生にとっての分かりやすさが何より教育上重要になってきています。そして,実学指向が強まっています。「役に立つ知識」を,「動き」のある方法で教授することが大学教育のあるべき姿であるという考え方が蔓延してきました。

商学部のようなビジネス系学部では,企業と連携して,現場の実習,ビジネスプラン立案,ビジネスケースの分析などを組み込んだ授業が,優れた教育の例として,もてはやされています。

もちろん私も,分かりやすさの重要性,「役に立つ授業」の良さは理解します。自分の授業の参考にしています。しかし,大学で学ぶ意義を考えてみると,学生が分かりやすい授業を受けて知識を覚えることや,「役に立つ授業」が大学教育の中心になることはおかしいと思っています。大学は,研究者が教員になり,教員の研究活動に学生を巻き込んで行くことが期待されています。大学教員になるためには,教員免許は必要なく,その代りに,研究業績が求められる点から考えても,研究が教育の中核にあることは明らかです。

大学に在籍している以上,学生は大学らしい学びにきちんと関わるべきだと思います。それは,研究者である教員の指導を受けて,学生が研究活動の一端を体験することです。そして,「なぜ」の探究を行うのです。学生が知識を覚えるための分かりやすい授業は,大学以外の教育機関でも受けることができます。また,ビジネスプランの立案は企業に勤めれば体験できるでしょう。

Researcher-Like Activity という考え方があります。東京大学の市川伸一先生が提唱された教育手法です。これは生徒や学生に,研究者活動の縮図のような活動を体験してもらうことで,学問的探究の面白さを体感してもらい,勉学モチベーションを高めることを狙う手法です。研究発表のみならず,論文査読,シンポジウム開催,講演などを経験させることなど様々な活動が含まれます。

研究者の探究活動は,人の本来的な興味・関心に根差しているので,探究的態度を形成しやすいといえます。科学研究は文化的意義が認められているので,それを体験することは文化の継承にもつながります。何より,研究者の活動には,因果関係の推論,論理的な主張,批判的吟味など,市民活動に不可欠な要素を含んでいます。

Researcher-Like Activity は,将来社会人として活躍する学生には,「頭の使いよう」という基盤を形成するために極めて重要な教育手法だと思います。

ただ,これは特殊な手法ではありません。大学にとっては当たり前のことをやるだけのことです。わざわざこの重要性を主張しなければならないのは,学生の学力低下や短期的な教育効果を求める一部世論のため,大学自身が本来の姿を見失いかねないからです。

学生の学力低下に適応し,教育の効果の見えるResearcher-Like Activity のあり方を模索する必要があるようです。
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コスト

2013年02月10日 | Weblog
華の大学生活はサークルに合コンにバイトなどやりたいことが目白押し。つい魔が差して,講義をさぼる先輩も少なくない。でもちょっと待った! あなたがサボろうとしているその講義,お値段いくらかご存じだろうか? 

まず国立大学の場合。文理にかかわらず,標準的な授業料は年間53万5800円。4年後の卒業までにかかる授業料は,214万3200円になる。では,その授業料で何回講義を受けるのか? 卒業に必要な最低単位数は124。一般的に,1コマの講義を通年で受講すると4単位なので,最低31コマ取得する。1コマあたりの年間授業回数はおよそ30回(週1回。長期休暇を除く)なので,4年間で31コマ×30回=930回の講義が用意されている。つまり,授業1回あたりのお値段は、約215万円÷930回=2311円となる。

では,私立大学は? 一般的に授業料は国立大学より高く,施設設備費や実験実習料も必要だ。文部科学省によると,私立文系の平均授業料は年間74万3699円,施設設備費の平均は年間15万8540円,実験実習料の平均は年間1万1879円。これをもとに,国立大学と同条件で試算すると1回の授業料は3809円。

一方,私立理系はさらに高額。平均すると授業料は104万472円,施設設備費は18万9406円,実験実習料は6万9693円となる。卒業に必要な単位は文系より少し多く130前後。1回あたりの授業料は5332円だ。

そしてもっとも高いのは、実習が多く、最新機器類を多用する私立医歯学部。授業料,施設設備費などの合計額は年平均395万4053円。医歯学部は6年制で,年間200単位前後の取得が必要だが,概算すると1回の授業料は,なんと1万5506円にもなる。

医歯学部は別格としても、じつはけっこうなお値段の大学の講義。代返で済ませるなんて考えちゃダメ,ゼッタイ!

(R25 2013年1月27日)

以上の記事と同様の内容を授業で1年1度は話します。しかし,自分でお金を稼いで学費を払っていないためか,ほとんどの学生は実感を持って理解することがありません。

授業に出席しない理由として,ある学生が私に放った言葉。「この授業に出ると,アルバイトに間に合わない。それじゃお金を稼げないから,授業に出るのは無駄だ」と。授業1回あたりのコストが,自分のその時間で稼げるアルバイト代よりも高額なことを知らないようです。ほとんどの学生は,学費の高額さを得心していないでしょう。

ただ,学費を授業1回あたりで割って,コスト負担を計算することは,不熱心な学生に警告する際の材料としてはいいのですが,学生が大学で受ける教育を授業出席のみで理解してしまうようになるならば,問題だと思っています。

教育は教員と学生の間の相互作用で捉えられることが多いのですが,重要なのは学生間の相互作用です。学生間で刺激し合うことで,学生は学習意欲を高めます。そして,優秀な学生を見習うことで(ダメな学生からも教訓を得ることで),様々な思考を重ねます。学生は,教員からよりも多くのことを同じ立場の学生から学ぶかもしれません。このような状態を,教育学ではピア効果と呼ぶそうです。ピアとは同士・同僚のことです。つまり,授業で教員から教えてもらうだけが教育を受けることではないのです。自学自習を旨とする大学の場合には特にそうです。

そういうと,授業は意味がないのか。そんなことはありません。授業がなければ,大学は教育機関ではなく,単なる人の集まる場にしかすぎません。授業がコアになって,それをめぐってインフォーマルに学生間で学び合う場が提供されているというのが大学の本来の姿です。

そう考えると,授業1回あたりのコストは先述の半分ぐらいが適当な値かなと思います。私立文系のうちの場合,それでも2000円弱。映画1回分程度。授業をさぼっても,図書館で読書するなり,学生間で刺激し合う活動をするなりすれば,残りのコスト(授業コスト以外の大学在籍コスト)は無駄にはならないかもしれません。ひょっとすると,授業コスト分をも回収できるほどの利得があるかもしれません。ただ,アルバイトを理由に授業をさぼって,さっさと大学を後にする学生は,もちろん学生間の相互作用もないので,大きなコストを無駄にすることになります。

ゼミ生はじめうちの学生には,大学生活の過ごし方を考えて欲しいと思います。
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