マジョルカピンク

水曜どうでしょう。大泉洋。大谷翔平。大好き

5月~♪

2008-05-01 22:19:47 | 大泉洋・CUE
今日はうちの田舎の方で真夏日だったそうだ。日本の最高気温がオホーツク沿岸て(笑)
有り得ないから!年間通して真夏日なんてほとんどないような土地なのに。
この暖かさで舗道のチューリップも一斉に咲きました。どうか切られませんように(祈)

5月に入りまして、ま、一応今日はメーデーだったんですけど今どきそんなの関係ないもんね。
5月は色々あるんですよ。まずいよいよお待ちかね。大泉さんの映画「アフタースクール」が24日から公開に。もちろん初日に行こうと思っていますが、最低2回は見ると思うさ。
で、公開に伴ってひさびさにテレビのバラエティなどにも登場します。私が知ってるところではぴったんこカンカン、ゴチ、おしゃれイズムなど。TBS製作の映画なのに日テレで宣伝してくれるのがありがたいですが、おそらくカウラの前宣伝も兼ねてかと思います。
おっとその前に近いところではシゲちゃんの「愛馬物語」というSPドラマもありますね。ラテ欄を見るとチョイ役でもなさそうな順番なので、そこそこ期待してみたいと思います。
そして5月14日にはいよいよどうでしょうDVD第10弾の討ち入りが待っております。
討ち入りって言ったって実際0時ちょうどに受け取ったことなんてないけど・・近くにローソンないし、物騒でしょ。まあ今回もおそらくうれしーのBBS祭りがあると思いますので、それが一番の楽しみかな。DVDじたいは東京ウォーカーと「トラでした」でおなじみのマレーシアジャングルの組み合わせですが、正直自分の中ではどっちもそんなに好きな企画ではないんだよな(失礼)特に東京ウォーカーは1話目の羽田空港から出られなくて右往左往するあたりは爆笑モノですが、あとはそんなに・・(笑)やっぱ歩くというのは絵柄が地味になっちゃうよね。なーんて結局DVDになると、やっぱじっくり見ちゃうと思うけど。副音声も楽しみだし。

最近連合赤軍のこととかばかり書いてて、どうでしょう周辺もあまり動きもないし、どうでしょうブログでも洋ちゃんブログでもなんでもないよな・・いっそもう革命ブログにすっか!?(笑)とか思ったりしましたけど、昨日もシリアスに政情を嘆いてみようと思ったりしたのですが、試験に出る日本史見ながら書いてたら、大泉さんの秀逸な語呂合わせに笑いが止まらなくなり、途中まで書いてから最後どうでもよくなってしまった(笑)「群馬くんイワシ食い過ぎ船頭気分か?」「大盛りを3つ下さい3ないジョ」「大盛り貝っつーか東京ばな奈だジョ」(笑)いっつも思うんだけど、語呂のインパクトがあり過ぎて元ネタがわからないのはどーなのよ(笑)でも日本史やっぱり面白いです。大泉校長最高。教えるの上手ですよ。

実録・連合赤軍その2

2008-05-01 00:54:13 | 映画
「ガソリンの価格を高く設定してその消費を抑制することは地球温暖化対策に確実に役立つ」官房長官のお言葉である。詭弁だ。ガソリンの話に環境問題を絡めてくるなんて浅はかだ。そんなこと言うなら車を売るのも止めたらいいし、もう道路もこれ以上作らなきゃいいのだ。

昨日はドライブ中南区や中央区でスタンドに車が行列をなす光景をいくつか見かけた。日本人は大人しいというか従順な国民だなとつくづく思う。いや、内心怒り心頭なのかもしれないけど、政治はそういう声を掬ってはくれないし、どこに怒りをぶつけていいのかわからないのかもしれない。かくして、溜まりに溜まったストレスは個人から個人へ、弱者から弱者へとぶつけられているのが今の世の中のような気がしますがいかがでしょうか。

一昨日の夜お風呂から上がったら、見覚えのあるスキンヘッドがNEWS23に出ていた。連合赤軍メンバーだった梅垣氏です。映画の大ヒットを受けて「36年目の連合赤軍」という特集をやっていたのね。梅垣氏は出所後はじめて山岳ベースの現場に行ったらしい。8人の粛清に関わっていたんだよね・・。彼は今でもよくトークショーなんかに出てくるので珍しくないけど、驚いたのは加藤兄弟の真ん中倫教氏がインタビューを受けていたこと。浅間山荘たてこもりのメンバーで社会復帰しているのは当時未成年の加藤兄弟だけ。坂口・吉野は服役中。坂東は中東へ飛んだ後行方不明。だからこそ兄弟の証言というのは貴重なのですが、長男の粛清に関わったという自責の念が強く今まであまり表には出てきていなかったのです。
長男が継ぐはずだった家業の農業に従事し、田舎で静かに暮らす彼。今は地元の環境問題などに熱心に取り組んでいるらしい。穏やかな表情からはテロリストの面影は微塵も感じられないけれど、55歳にしては少々老けて見え、彼の上を過ぎ去った年月の重さをしみじみと感じてしまいました。

彼らのやったことを非難するのは簡単ですが、少なくとも彼らは自分たち以外の人々の幸せのために戦った。当時の警視庁長官後藤田正晴氏もその点だけはくみするべきだ、とも言ってます。自分のことばかり考えている現代人には到底理解しがたいことかもしれませんが、そんな理想に燃える時代もあったわけです。政治や体制に言いたいことがあれば堂々と文句をいい実力を公使したりしたのです。はらわれた犠牲も多く、結局連赤も学生運動も圧倒的な敗北で終わってしまったんですけど。私は何故か彼らを批判する気になれません。真面目な人たちが真剣に命を賭けて取り組んだことを哂う気にはなれないです。
じゃあむごたらしい総括や粛清をどう捉えるのか、と聞かれると、映画のパンフレットに載っていた元新右翼「一水会」顧問の鈴木邦男氏の文章が秀逸なので引用させていただく。この方、連合赤軍事件を非常に上手くまとめていると思うので。

『あの変革の時代、政治の季節が、連赤事件ひとつで吹っ飛んだ。そして無気力な「現代」になり、無気力な若者を量産した。僕らもそう思ってきた。連赤は日本をひっくり返した。だったら、皮肉にも連赤はまさに<革命>を起こしたのだ。だが、あの事件さえなかったら今も革命運動が燃え盛っていたのか。違うだろう。そんなに簡単に「総括」してはならない。自分たちの無能力、怠惰を棚に上げて、全てを連赤のせいにするな。それを乗り越えて進む力がなかったのだ。敢えて言おう。この程度の「仲間殺し」は歴史上いくらでもあった。輝かしい明治維新の前夜は、長州、土佐、水戸藩などで「仲間殺し」が日常的だった。江戸時代も戦国時代も、源平の時代も「仲間殺し」の時代だ。日本そのものが「仲間殺し」国家だ。しかし僕らは、歴史として見、「そんなこともあるさ」と寛大に容認している。連赤時代から36年。連赤はまだ客観的な歴史にはなっていない。もう50年たったら歴史になる。明治維新前夜の「天狗党」「天誅組」「新撰組」のように功罪含めて語られるようになる。今は「罪」しか言われない。「歴史」になるまで待つしかない』