1日中曇りの天気でしたが昨日よりは暖かく過ごしやすい日。
甥っ子姪っ子と滝野すずらん公園に遊びに行ってきました。私長く札幌に住んでおりますが、来たのは初めて。いやいや広い公園なんですねここは。びっくりしました。広大な敷地の中には厚別川が流れ、優美な滝が4つもあり、なだらかな丘陵地には趣の異なる花園が十数カ所。森の中は探検できるようになっており、写真のような巨大な滑り台や蟻の巣をモチーフにした迷路、蜘蛛の巣風のドームなど、子供たちが楽しく安全に遊べるような遊具が沢山。この充実ぶりはやっぱ国営だからかな。
まる1日たっぷり遊んで休日らしい休日を過ごしました。
甥っ子姪っ子と滝野すずらん公園に遊びに行ってきました。私長く札幌に住んでおりますが、来たのは初めて。いやいや広い公園なんですねここは。びっくりしました。広大な敷地の中には厚別川が流れ、優美な滝が4つもあり、なだらかな丘陵地には趣の異なる花園が十数カ所。森の中は探検できるようになっており、写真のような巨大な滑り台や蟻の巣をモチーフにした迷路、蜘蛛の巣風のドームなど、子供たちが楽しく安全に遊べるような遊具が沢山。この充実ぶりはやっぱ国営だからかな。
まる1日たっぷり遊んで休日らしい休日を過ごしました。
あの暖かさはどこへ。またしてもストーブを要する寒い日となりました。
世間はGW中ということもあり、なんだか会社は暇な雰囲気。だいたい電話が少ない。緊急なお仕事は殆どなく、なかなか多忙なときには出来ないような込み入った作業にじっくり集中することができました。
先週は20日に見た映画「実録・連合赤軍」の重さ暗さをどっぷり引き摺った1週間で、そのトラウマが癒えることなく例の事件の死刑判決が下され、なんともやり切れない週でありました。
犯行が残忍な上反省の色もあまり伺えず、控訴審では突拍子もない説を持ち出し遺族を愚弄したとして、世間の怒りに拍車をかけたこの事件については、私も犯行時少年であったとしても死刑が妥当とは思っていました。1審2審の時から注目を集めていた事件でもあり、少年が友人に送った手紙の中で遺族を貶めるような表現をしていたことや自分は少年だから死刑にはならない、などと書き綴っていたことなども報道され、また遺族の本村さんの必死の訴えに打たれ、どうしても遺族の感情に寄り添って考えてしまっていたので。
ただ今年になってから週刊現代だったかポストだったか。忘れてしまったんですが、被告の少年の悲惨な生い立ちに関する記事をあらためて読んで計らずも目頭が熱くなり、なんとも暗澹たる気分になったことも事実です。
幼い時から実の父親に凄まじい虐待を受け、同じように父親から暴力を受ける母をかばいながら寄り添い合って生きてきたけれども、その母親も自殺ししかもその遺体現場を目撃した少年。虐待を受けた子供であっても真っ当に成長する方もいると思いますが、心に何らかの深い傷を受けてはいるわけで。この少年精神のほうはまともだったのでしょうか?殺人を冒す人間が元々まともな精神の持ち主であるはずがない、とも思うので何でもかんでも精神鑑定を持ち出されて心神喪失で無罪となってしまってはたまったもんじゃないなとは思いますが。控訴審での「魔界転生」やら「ドラえもん」の話などは死刑逃れの作り話にしてはあまりにイタい話だし、やはりちょっと変なのではないかとも思ったり。
この少年が虐待されていたとき、世間は少年を助けてはくれなかったですね。そして成長して犯罪を冒し、罪もない女性と赤ちゃんを無残に殺害し、検察側から死刑を求刑され世間もそれを望んでいる。なんだかどうしようもなくむなしい気分になってしまいました。
元少年の家庭環境を思うとき、私は奈良で起きた幼女誘拐殺人事件の小林被告と通りがかりの女性をメッタ刺しにしたレッサーパンダの男の事件を思い出しました。確か小林被告もやはり幼いときから父親から虐待を受け、殴られて片耳が聞こえなくなり、そのせいで学校からもいじめを受け、唯一庇ってくれた母親も亡くなってしまったはず。レッサーパンダの男の父親も凄まじい暴力で家族を虐待し、家にお金もいれず、やはり母親は亡くなっており、妹さんが一人働いて家計を支えていたと聞きます。起こった事件すべてがそうとは言い切れないまでも、やはり残虐な事件の陰には社会の暗部のようなようなものが内在しており、特殊な人間が起こした特殊な事件であると切り捨てることはできないような気がします。
私は死刑廃止論者ではないのですが、命の尊さを教えるには誰も何者も人を殺すことはできない、というふうにするのも一考かと思います。個人でも国家でも戦争であっても。死刑は極刑とは言いますが、実際ポックリ死ねるならそんなに畏れるに足らないことのような気もするし、酷い罪を冒した人間に対して死刑じゃ簡単すぎるような気もするし。終身刑を導入して死ぬまで閉じ込め、責め苦を・・なんてそれじゃ人権問題に抵触するか。不謹慎でした。でも終身刑ということは死ぬまで税金で養わなくちゃいけないんだよね?必死に頑張っているのにまともな生活が送れなくて自殺する人が急増している世の中で、罪人だけが生きながらえているのも変な話だよなあ・・。でも罪は厳罰でなければ犯罪の抑止力にはならないよね?・・もうなんかよくわかりません。
弁護側は世間というかワイドショーなどの感情的な報道に負けたような気がします。本来冷静であるはずの司法が世間の流れを読むような形になったことに若干の違和感を覚えます。でも時代が変わったのかもしれませんね。
私が弁護人なら(有り得ませんが)被告に徹底的に反省を促し、世間には被告の生い立ち、被告自身がどういう人物であるが(ここがよく見えてきません)ということをアピールする作戦にしたと思うけど。もちろん例の荒唐無稽な証言は採用しませんね。
この裁判は長すぎ。何度も何度も審議をかけてじっくりやるのはいいけど、9年て。いくらなんでも酷過ぎる。日本の裁判が長いのはシステム上の欠陥だと思うのに、それを早めるために今度は裁判員制度を設けるなんてのも・・なんか納得いかないですね。
サンプロの「言論は大丈夫か」シリーズなどを見ていると、検察や司法の言ってることもあんまりあてにならない、という気がしてきます。
最後になりましたが遺族の本村さんの頑張りには本当に頭が下がります。頭の良い方で、冷静を保ちながら遺族としての怒りを訴え続け、世論を動かした事実は大きいと思います。ただマスコミはこの方にぶら下がり過ぎた感じは否めません。
以上駄文でした。
世間はGW中ということもあり、なんだか会社は暇な雰囲気。だいたい電話が少ない。緊急なお仕事は殆どなく、なかなか多忙なときには出来ないような込み入った作業にじっくり集中することができました。
先週は20日に見た映画「実録・連合赤軍」の重さ暗さをどっぷり引き摺った1週間で、そのトラウマが癒えることなく例の事件の死刑判決が下され、なんともやり切れない週でありました。
犯行が残忍な上反省の色もあまり伺えず、控訴審では突拍子もない説を持ち出し遺族を愚弄したとして、世間の怒りに拍車をかけたこの事件については、私も犯行時少年であったとしても死刑が妥当とは思っていました。1審2審の時から注目を集めていた事件でもあり、少年が友人に送った手紙の中で遺族を貶めるような表現をしていたことや自分は少年だから死刑にはならない、などと書き綴っていたことなども報道され、また遺族の本村さんの必死の訴えに打たれ、どうしても遺族の感情に寄り添って考えてしまっていたので。
ただ今年になってから週刊現代だったかポストだったか。忘れてしまったんですが、被告の少年の悲惨な生い立ちに関する記事をあらためて読んで計らずも目頭が熱くなり、なんとも暗澹たる気分になったことも事実です。
幼い時から実の父親に凄まじい虐待を受け、同じように父親から暴力を受ける母をかばいながら寄り添い合って生きてきたけれども、その母親も自殺ししかもその遺体現場を目撃した少年。虐待を受けた子供であっても真っ当に成長する方もいると思いますが、心に何らかの深い傷を受けてはいるわけで。この少年精神のほうはまともだったのでしょうか?殺人を冒す人間が元々まともな精神の持ち主であるはずがない、とも思うので何でもかんでも精神鑑定を持ち出されて心神喪失で無罪となってしまってはたまったもんじゃないなとは思いますが。控訴審での「魔界転生」やら「ドラえもん」の話などは死刑逃れの作り話にしてはあまりにイタい話だし、やはりちょっと変なのではないかとも思ったり。
この少年が虐待されていたとき、世間は少年を助けてはくれなかったですね。そして成長して犯罪を冒し、罪もない女性と赤ちゃんを無残に殺害し、検察側から死刑を求刑され世間もそれを望んでいる。なんだかどうしようもなくむなしい気分になってしまいました。
元少年の家庭環境を思うとき、私は奈良で起きた幼女誘拐殺人事件の小林被告と通りがかりの女性をメッタ刺しにしたレッサーパンダの男の事件を思い出しました。確か小林被告もやはり幼いときから父親から虐待を受け、殴られて片耳が聞こえなくなり、そのせいで学校からもいじめを受け、唯一庇ってくれた母親も亡くなってしまったはず。レッサーパンダの男の父親も凄まじい暴力で家族を虐待し、家にお金もいれず、やはり母親は亡くなっており、妹さんが一人働いて家計を支えていたと聞きます。起こった事件すべてがそうとは言い切れないまでも、やはり残虐な事件の陰には社会の暗部のようなようなものが内在しており、特殊な人間が起こした特殊な事件であると切り捨てることはできないような気がします。
私は死刑廃止論者ではないのですが、命の尊さを教えるには誰も何者も人を殺すことはできない、というふうにするのも一考かと思います。個人でも国家でも戦争であっても。死刑は極刑とは言いますが、実際ポックリ死ねるならそんなに畏れるに足らないことのような気もするし、酷い罪を冒した人間に対して死刑じゃ簡単すぎるような気もするし。終身刑を導入して死ぬまで閉じ込め、責め苦を・・なんてそれじゃ人権問題に抵触するか。不謹慎でした。でも終身刑ということは死ぬまで税金で養わなくちゃいけないんだよね?必死に頑張っているのにまともな生活が送れなくて自殺する人が急増している世の中で、罪人だけが生きながらえているのも変な話だよなあ・・。でも罪は厳罰でなければ犯罪の抑止力にはならないよね?・・もうなんかよくわかりません。
弁護側は世間というかワイドショーなどの感情的な報道に負けたような気がします。本来冷静であるはずの司法が世間の流れを読むような形になったことに若干の違和感を覚えます。でも時代が変わったのかもしれませんね。
私が弁護人なら(有り得ませんが)被告に徹底的に反省を促し、世間には被告の生い立ち、被告自身がどういう人物であるが(ここがよく見えてきません)ということをアピールする作戦にしたと思うけど。もちろん例の荒唐無稽な証言は採用しませんね。
この裁判は長すぎ。何度も何度も審議をかけてじっくりやるのはいいけど、9年て。いくらなんでも酷過ぎる。日本の裁判が長いのはシステム上の欠陥だと思うのに、それを早めるために今度は裁判員制度を設けるなんてのも・・なんか納得いかないですね。
サンプロの「言論は大丈夫か」シリーズなどを見ていると、検察や司法の言ってることもあんまりあてにならない、という気がしてきます。
最後になりましたが遺族の本村さんの頑張りには本当に頭が下がります。頭の良い方で、冷静を保ちながら遺族としての怒りを訴え続け、世論を動かした事実は大きいと思います。ただマスコミはこの方にぶら下がり過ぎた感じは否めません。
以上駄文でした。
ずっと前から可愛いなと思っていた靴が昨日見たら半額になっておりまして♪迷わず即買い。多分前のシーズンの商品なのでしょうが、そんなことは気にしない~。
問題はこの靴に合う可愛い服がないことですな(^_^;)
問題はこの靴に合う可愛い服がないことですな(^_^;)
大好きな映画雑誌「映画秘宝」が「『靖国YASUKUNI』は公開中止?なぜだ!!~我々から映画を観る機会を奪うな!!」と息巻いております。
靖国騒動にからめ、傑作が埋もれロクな映画が公開されない日本の現状を分析、解説している必読の特集です。
靖国騒動にからめ、傑作が埋もれロクな映画が公開されない日本の現状を分析、解説している必読の特集です。