いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
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小説 カケス婆っぱ(2)

2013-02-25 06:14:25 | Weblog
                                            分類・文
      小説 カケス婆っぱ
          第31回 吉野せい賞奨励賞受賞        箱 崎  昭


 キクが一緒に付いてくる和起と顔を合わせると、にっこりと笑顔を作り、さあ行くぞ、という無言の気合を入れたのを和起は見てとった。
 駅前を始発とする各方面行きのバスは、乗客を乗せると2人から逃げるようにして慌しく去っていく。
 キクと和起は駅前広場の角を曲がり細い路地を抜けて石畑踏切の方へ歩いて行ったが、人通りが疎(まば)らになったところでキクが思い付いたように和起に声を掛けた。
「和起はもう4年生なんだから、これから向こうさ行って暮らすようになっても寂しいだとか、また重内さ帰りてえだとか決して弱音を吐いては駄目だかんなあ。それこそ村の人らの笑い者になってしまうんだから。婆ちゃんと2人で一生懸命にやっていけば必ず良い時がくっから。分るな」
「分っているって。だからこうやって婆ちゃんと一緒に来て婆ちゃんと一緒に歩いているんだっぺよ」
 和起は自分が置かれている今の立場を、子供ながらに理解してくれているのだなと思うとキクは和起が不憫であり、又それとは逆に喜びと心強さの相矛盾するものを感じた。
 石畑踏切を渡ると直ぐに陸前浜街道に出て、その道は炭礦夫が水野谷礦から来る人、向かう人で賑わった。
 ぞろぞろと歩いてくる礦夫たちはキクと和起と擦れ違っても別に関心を示す訳でもなく時折、後ろを振り返り見る者が何人かいるくらいだった。
 2人は話しながら歩くと疲労が増すように思えたので必要以外の会話は避けて寡黙になって歩いた。
 和起は手持ちの雑誌が気になるらしく、立ち止まってはページを捲り、キクとの間隔が開くとまた慌てて追いかけた。
 磯原で汽車に乗る前にねだって、駅前の本屋から買ってもらった〈少年クラブ〉だった。いつもは友だちが買ったものを仲間内で順番を決めて読み回す月刊誌なのだが、今日は特別にキクが購入してやったのだ。誰の物でもない正真正銘、和起自身の所有物だから嬉しくて仕方がなかった。
 関船の十字路を左に折れると、矢鱈と平屋建ての家屋が目立つようになってきた。
 相変わらず炭礦夫の往来は激しいが、その中に主婦や子供たちも混じってきたことは炭礦長屋の生活圏にも足を踏み入れたことを知らされている。
 なだらかな坂道を進んで行くと、礦業所が現れて周辺に石炭積み込み場や貨車の引っ込み線があり、ズリ山が几帳面に円錐形を作り上げ天を突いている。
 駅前からこの辺りまで来ると湯本町と鹿島村の境が目と鼻の先になって、目的地まではそこを一山越えることになる。
 傾斜がきつくなり、坂を上り切った所に三沢トンネルがある。
           
                    《現在の三沢トンネル》 
 採炭場の坑道にも似たトンネルは双方の地域を繋ぐ重要な役割を果たしているのだが、トンネル内は照明がなく荒く削られた天井からは穴の空いたヤカン同様に水が滴り落ちている。
 ポタポタと止め処なく落ちてくる雫によって水溜りができ、泥濘(でいねい)の道は搗きたての餅のように足にへばり付いて歩行を困難にした。
 出口から射し込んでくる唯一の淡い光を頼りに、覚束ない足元を気にしながらゆっくりと進んだ。 (続)
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