記録 小松基地(日本海)日米共同演習 2013.12 小松基地問題研究会
米軍部隊 自衛隊部隊
(01) 1982.11.30~ 第5空軍(横田、嘉手納) 小松、入間
(02) 1983.08.22~ 第5空軍(横田、嘉手納) 小松、入間、百里
(03) 1985.04.01~ 第5空軍(横田、嘉手納、エレメンドルフ)小松、入間、百里、海自
(04) 1986.04.07~ 第5空軍(横田、嘉手納) 小松、入間、百里
(05) 1987.07.13~ 第5空軍(嘉手納) 小松、百里、三沢
(06) 1988.04.25~ 第1海兵航空団(岩国) 小松、百里
(07) 1989.04.17~ 第1海兵航空団(岩国) 小松、百里
(08) 1989.05.30~ 第5空軍(嘉手納)、海兵隊(岩国) 小松、百里
(09) 1990.04.16~ 第5空軍(嘉手納)、海兵隊(岩国) 小松、百里、三沢
(10) 1991.05.13~ 第5空軍(嘉手納)、海兵隊(岩国) 小松、三沢
(11) 1992.04.06~ 第5空母航空団(厚木) 小松
(12) 1992.06.01~ 第5空軍(嘉手納)、海兵隊(岩国) 小松、百里、三沢
(13) 1993.04.19~ 第5空母航空団(厚木) 小松
(14) 1993.05.17~ 第5空軍(嘉手納)、海兵隊(岩国) 小松
(15) 1994.11.14 日本海G空域で日米統合演習…米軍A6小松基地に緊急着陸
(16) 1997.11 ?
(17) 1998.11.02~ 第8戦闘航空団(韓国群山) 小松
(18) 2001.08.06~ 第5空母航空団(厚木) 小松
(19) 2001.12.03~ 第5空母航空団(厚木) 小松、
(20) 2005.11.04~ 第5空軍(嘉手納) 小松
移転訓練
(01) 2007.05.16~ 第5空軍(嘉手納) 小松、入間、百里、輪島、浜松
(02) 2007.11 (中止)
(03) 2008.12.01~ 第35戦闘航空団(三沢)80人 小松、入間
(04) 2009.11.14~ 第12飛行大隊(岩国) 小松、入間
第35戦闘航空団(三沢)、合計180人
(05) 2010.06.05~ 第12飛行大隊(岩国)180人 小松、入間
(06) 2010.12.01~ 第35戦闘航空団(三沢)200人 小松
(07) 2013.12.07~ 第5空軍(嘉手納)90人 小松
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解説 小松基地での日米共同訓練について
小松基地で初めて日米共同訓練がおこなわれたのは1982年11月です。新聞報道をチェックすると、2013年12月までに、26回の日米共同訓練(米軍移転訓練)がおこなわれました。毎年小松市が発行する『基地と小松』に、日米共同訓練の実施状況を記載(1993年第14回)してきましたが、1994年以降は記載されていません。小松市は日米共同演習をはじめとして、小松基地の諸行動を対象化することを回避し、市民に小松基地の実態を知らせることをないがしろにしています。
大規模化の一途
初期の訓練は比較的小規模で、横田、嘉手納、岩国、厚木などの各米軍基地から数機の戦闘機が飛来して、数日間の訓練でした。しかし、2005年以降の日米共同訓練(小松基地・日本海)は、米軍再編下で大規模化し、横田、三沢、厚木、岩国などから米軍FA18戦闘機、早期警戒機、空中給油機、自衛隊からは小松、三沢、入間、浜松などから参加し、1~2週間の長期訓練へと規模が拡大しています。
米軍移転訓練
2007年以降、「沖縄の負担軽減のため」と銘打って、「タイプ1」規模で、米軍嘉手納基地からF15戦闘機5機、兵員約80人が参加して、小松基地で日米共同訓練がおこなわれ、半年後の2回目以降は「タイプ2」(F15戦闘機12機、兵員180人)の訓練がおこなわれています。
沖縄の負担軽減のためではない
F16戦闘機は「サージカルアタック(先制攻撃)」のために開発された戦闘機であり、三沢基地に配備されているのは朝鮮半島への「外科的先制攻撃」のためです。小松基地での共同訓練はそのためにこそおこなわれてきました。
米軍移転訓練は「沖縄の負担軽減」を理由に始まりましたが、小松基地での移転訓練を見ると、6回の移転訓練のうち、4回までが岩国と三沢の米軍部隊が参加しています。米軍移転訓練は「沖縄の負担軽減」ではなく、朝鮮半島への先制攻撃のための訓練です。
米軍部隊 自衛隊部隊
(01) 1982.11.30~ 第5空軍(横田、嘉手納) 小松、入間
(02) 1983.08.22~ 第5空軍(横田、嘉手納) 小松、入間、百里
(03) 1985.04.01~ 第5空軍(横田、嘉手納、エレメンドルフ)小松、入間、百里、海自
(04) 1986.04.07~ 第5空軍(横田、嘉手納) 小松、入間、百里
(05) 1987.07.13~ 第5空軍(嘉手納) 小松、百里、三沢
(06) 1988.04.25~ 第1海兵航空団(岩国) 小松、百里
(07) 1989.04.17~ 第1海兵航空団(岩国) 小松、百里
(08) 1989.05.30~ 第5空軍(嘉手納)、海兵隊(岩国) 小松、百里
(09) 1990.04.16~ 第5空軍(嘉手納)、海兵隊(岩国) 小松、百里、三沢
(10) 1991.05.13~ 第5空軍(嘉手納)、海兵隊(岩国) 小松、三沢
(11) 1992.04.06~ 第5空母航空団(厚木) 小松
(12) 1992.06.01~ 第5空軍(嘉手納)、海兵隊(岩国) 小松、百里、三沢
(13) 1993.04.19~ 第5空母航空団(厚木) 小松
(14) 1993.05.17~ 第5空軍(嘉手納)、海兵隊(岩国) 小松
(15) 1994.11.14 日本海G空域で日米統合演習…米軍A6小松基地に緊急着陸
(16) 1997.11 ?
(17) 1998.11.02~ 第8戦闘航空団(韓国群山) 小松
(18) 2001.08.06~ 第5空母航空団(厚木) 小松
(19) 2001.12.03~ 第5空母航空団(厚木) 小松、
(20) 2005.11.04~ 第5空軍(嘉手納) 小松
移転訓練
(01) 2007.05.16~ 第5空軍(嘉手納) 小松、入間、百里、輪島、浜松
(02) 2007.11 (中止)
(03) 2008.12.01~ 第35戦闘航空団(三沢)80人 小松、入間
(04) 2009.11.14~ 第12飛行大隊(岩国) 小松、入間
第35戦闘航空団(三沢)、合計180人
(05) 2010.06.05~ 第12飛行大隊(岩国)180人 小松、入間
(06) 2010.12.01~ 第35戦闘航空団(三沢)200人 小松
(07) 2013.12.07~ 第5空軍(嘉手納)90人 小松
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解説 小松基地での日米共同訓練について
小松基地で初めて日米共同訓練がおこなわれたのは1982年11月です。新聞報道をチェックすると、2013年12月までに、26回の日米共同訓練(米軍移転訓練)がおこなわれました。毎年小松市が発行する『基地と小松』に、日米共同訓練の実施状況を記載(1993年第14回)してきましたが、1994年以降は記載されていません。小松市は日米共同演習をはじめとして、小松基地の諸行動を対象化することを回避し、市民に小松基地の実態を知らせることをないがしろにしています。
大規模化の一途
初期の訓練は比較的小規模で、横田、嘉手納、岩国、厚木などの各米軍基地から数機の戦闘機が飛来して、数日間の訓練でした。しかし、2005年以降の日米共同訓練(小松基地・日本海)は、米軍再編下で大規模化し、横田、三沢、厚木、岩国などから米軍FA18戦闘機、早期警戒機、空中給油機、自衛隊からは小松、三沢、入間、浜松などから参加し、1~2週間の長期訓練へと規模が拡大しています。
米軍移転訓練
2007年以降、「沖縄の負担軽減のため」と銘打って、「タイプ1」規模で、米軍嘉手納基地からF15戦闘機5機、兵員約80人が参加して、小松基地で日米共同訓練がおこなわれ、半年後の2回目以降は「タイプ2」(F15戦闘機12機、兵員180人)の訓練がおこなわれています。
沖縄の負担軽減のためではない
F16戦闘機は「サージカルアタック(先制攻撃)」のために開発された戦闘機であり、三沢基地に配備されているのは朝鮮半島への「外科的先制攻撃」のためです。小松基地での共同訓練はそのためにこそおこなわれてきました。
米軍移転訓練は「沖縄の負担軽減」を理由に始まりましたが、小松基地での移転訓練を見ると、6回の移転訓練のうち、4回までが岩国と三沢の米軍部隊が参加しています。米軍移転訓練は「沖縄の負担軽減」ではなく、朝鮮半島への先制攻撃のための訓練です。