■I Can Hear Music c/w All I Want To Do / The Beach Boys (Capitol / 東芝)
今日では安定した人気のあるビーチボーイズにとって、おそらくは一番苦しかった時期が1968~1970年頃じゃなかったでしょうか。
なにしろレコードの売り上げは、これいったシングルヒットも無く、時代の流れの中で制作するアルバムにしても、決してLPという特性を活かしたものではありませんでしたから、既に過去のグループとして扱われる寸前だったと思います。
実際、この時期のビーチボーイズは本国アメリカよりも、根強い人気が続いていたイギリスや欧州各地に活路を求めていたほどですが、そうなった大きな原因は中心メンバーのブライアン・ウィルソンの不調でした。
いや、これは「不調」なんていう言葉だけで表わすのが困難なほどでしょう。
歴史的に良く知られているように、この天才は当時、ビートルズとの競争やレコード会社とのトラブル、さらに家族や諸々の人間関係に疲れ果て、悪いクスリに逃避したあげく、引き籠り状態……。ほとんどペッドの中で生活し、気が向いた時だけ、自宅に作ったスタジオで何かをやるといった有様で、極言すれば音楽そのものに対する興味や意欲を失っていたといって過言ではないと思います。
しかし他のメンバーには「ビーチボーイズ」という看板を守る義務と意気込みが確かにあって、そこには「契約」という問題も存在していたんでしょうが、同時に音楽的な成熟という進歩もあったことが、その頃に制作発売されたレコードを聴き返すことによって、確信されるのです。
例えば本日ご紹介のシングル盤は、1969年春に発売されたアルバム「20 / 20」からカットされたものですが、ジャケットをご覧になれば、なんとブライアン・ウィルソンが存在しないビーチボーイズという異常事態宣言!?
ご存じのとおり、現実的には1965年春頃から巡業やテレビ出演には参加しなくなったブライアン・ウィルソンではありますが、それゆえに曲作りやスタジオワークに没頭出来る環境を得た事で、その天才性を心行くまで発揮した名盤・名曲には必ずブライアン・ウィルソンの名前と顔がありました。
それが、ここではジャケ写どおり、収録された2曲共、ブライアン・ウィルソンは全く関わっていないと言われています。
まずA面の「I Can Hear Music」は、フィル・スペクターがプロデュースによるロネッツが1965年に出したヒット曲のカバーで、当然ながら曲を書いたのもジェフ・バリー&エリー・グリニッチという職業作家チームでした。
しかし、これをビーチボーイズならではの爽やかでハートウォームなコーラスワークを駆使し、胸キュン仕立てにリメイクしたのは流石♪♪~♪ 特に中間部のアカペラパートやアコースティックギターの用い方は、新旧のビーチボーイズサウンドが見事に一体化した証じゃないでしょうか。
このあたりはロネッツのオリジナルバージョンが、幾分緩い雰囲気だった事を逆手に活かした、まさに掟破りの必殺技というところでしょうか。プロデュースとリードボーカルを担当したのはカール・ウィルソンで、この素晴らしい出来栄えがカール・ウィルソン自身の音楽的な進歩を見事に表わしているといって過言ではないでしょう。
ちなみに当時のビーチボーイズの公式メンバー構成はマイク・ラブ(vo)、カール・ウィルソン(vo,g)、アル・ジャーディン(vo,g)、ブルース・ジョンストン(vo,b,key)、デニス・ウィルソン(vo,ds) という5人組なのはジャケ写からも一目瞭然ではありますが、実際のレコーディングには、これまで同様にセッションミュージシャンが起用されていると思われます。
そしてB面収録の「All I Want To Do」が、これまた素晴らしく、なんとビーチボーイズ流儀のハードロック! ヘヴィなビートとホーンセクションをバックにシャウトするのはマイク・ラブなんですが、曲を書いてプロデュースしたのがデニス・ウィルソンというのが、さもありなん!? 相当にストレートで豪気だったという作者の性格や当時の意気込みが感じられるんじゃないでしょうか。
参考までに同じ時期にビートルズがビーチボーイズをパロッて出した「Back In The U.S.S.R.」と聴き比べると、ハードなギターワークとか、ちょいと面白い接点も垣間見えると思います。
ということで、なかなか充実したシングル盤ではありますが、特に素敵な「I Can Hear Music」でさえ、アメリカでは中ヒットがやっとでしたし、我国でも騒がれるほどの売れ方はしていませんでした。
もちろん本篇アルバム「20 / 20」にしても状況は同じで、ビーチボーイズはこのあたりから急速に影が薄くなった印象に……。
実はサイケおやじにしても、このシングル盤はもちろん、アルバム「20 / 20」も聴いたのは完全に後追いで、それは運良くリアルタイムで感激するほど真相に触れた「サンフラワー」や「サーフズ・アップ」という名作アルバム、あるいは「カール&パッションズ」のオマケ扱いだった「ペット・サウンズ」によって、一般的には暗黒時代のビーチボーイズに興味を向けることが出来たからです。
そしてビーチボーイズはブライアン・ウィルソン以外にも、やっぱり優秀なメンバーが揃っていたからこそ、あれほどの偉大なグループになれたんだなぁ~、と痛感させられたわけですが……。
結局は火事場のなんとやら、だったんでしょうか。
近年のビーチボーイズは完全に活動停止状態ですし、そこに至るまでの迷走やブライアン・ウィルソンのソロ活動を鑑みる時、心境は正直、複雑です。
出来れば、もう一度、このぐらい素敵な名作を出して欲しいもんですねぇ。