冬季オリンピック、始まりましたね。開会式では、なんとオノ・ヨーコが登場しメッセージを朗読した後、ピーター・ガブリエルが「イマジン」を歌いましたが、あらためこの歌の力の強さを感じました。それもこれも、結局は世界に本当の平和が訪れていないからなのですが……。
ということで、本日はとにかくジャズに没頭出来るこの1枚を――
■What's New / Bill Evans with Jeremy Steig (Verve)
ビル・エバンスと言えば耽美派、叙情派のピアニストと思い込みがちですが、実はその中にも厳しく、ハードな演奏が本分ではないでしょうか? 平たく言うとイケイケの演奏にこそ、ビル・エバンスの本領が発揮されると、私は思います。
このアルバムはその姿勢が100%発揮されたジャズ喫茶の人気盤です。録音は1969年の1月から3月にかけて数回のセッションを敢行しており、メンバーはビル・エバンス(p)、エディ・ゴメス(b)、マーティ・モレル(ds) という当時のレギュラー・トリオにフルートの鬼才、ジェレミー・スタイグが加わった所謂ワン・ホーン盤です。その内容は――
A-1 Straight No Chaser
セロニアス・モンクが作曲したヤクザな風情のブルースで、エバンスが在籍していた頃のマイルス・デイビスのバンドでは定番だったということで、ここでも往年のハードバップなセッションになると思いきや、よりエグイ表現で全篇が押し切られています。
まず、いきなりジェレミー・スタイグのフルートがリードしてテーマが提示され、その後はエバンス、スタイグ、エディ・ゴメスがブレイクの応酬から得意技を存分に披露していきます。このハードな雰囲気が1970年代のジャズ喫茶では大受けでした。この3人を煽るマーティ・モレルのドラムスもドライなスイング感満点でノセられてしまいますし、ジェレミー・スタイグのハスキーで大胆なフルートも、この時代ならでは♪
A-2 Lover Man
ビリー・ホリディ(vo) の持ち歌として、あるいはチャーリー・パーカー(as) の酩酊セッションで有名なスタンダード曲ですが、ビル・エバンスもこの2人の天才に負けず劣らず、自分の表現に没頭しています。それはイントロから続くバッキングのコード・バリエーションがビル・エバンス以外の何者でも無いからです。そこだけを聴いて、満足してしまう演奏です。したがってテーマを巧に崩しつつアドリブしていくジェレミー・スタイグのハスキーなフルートが、ますます印象的という本末転倒が最高に気持ちよい出来になっています。あぁ、名演!
A-3 What's New
これも有名なスタンダード曲ということで、ジャズ史には名演が数多く残されておりますが、ここでの演奏もそのひとつです。しかも曲想を大切にしつつも、力強い部分が前面に押し出されており、4人がバラバラをやっているようで、実は緻密な暗黙の了解が感じられるというジャズの真髄が聴かれるのでした。
A-4 Autumn Leaves
お待たせしました、ビル・エバンスと言えば、この「枯葉」が出なければ収まりませんね♪ ここでもお約束のイントロがあって、こちらの期待どおりにテーマが演奏されます。しかも通常よりややテンポを速めてあるので、完全にハードジャズの世界に身も心も奪われてしまうという仕掛けです。エディ・ゴメスからビル・エバンスにソロが受け継がれるバックではマーティ・モレルが的確なビートで煽りたてるのですから、ファンには完全にツボのはずです。それはジェレミー・スタイグが強烈にエキセントリックなフルートで割り込んできてからも変わることなく、これはイカン! と気がついたエバンスが途中でピアノを弾くのを止めるほどです。もちろん、全員がこれで安心してラストテーマを演奏出来るわけです♪
B-1 Time Out For Chris
このアルバムで初めて披露されたエバンスのオリジナル曲で、幻想的でもあり、またブルース・フィーリングに溢れた雰囲気も楽しめます。そのあたりの意図からジェレー・スタイグのハスキーな表現も全開です。ちなみにジェレミー・スタイグは不幸な事故によって顔面の自由が利かなくなったがゆえに、こういう独自の奏法を開発したと言われておりますが、そのタンギング技法は天下一品! ここでも自在のテンポでアドリブメロディ紡ぎだしていく様には完全に惹きこまれます。
B-2 Spartacus Love Theme
映画「スパルタカス」からの人気曲ですが、その美メロを完全に活かしきった耽美で優雅な演奏が繰り広げられます。なにしろテーマよりも素晴らしいアドリブ・メロディが奏でなれるのですから、このバンドの実力は怖ろしいばかりです。何度聴いても、けっして飽きることのない大名演だと思います。
B-3 So What
マイルス・デイビスの作品というよりも、今やジャズの定番ではありますが、史上名高いマイルスによる1959年のオリジナル・バージョンにはビル・エバンスが参加していたことから、ここでの再演は全ジャズファンにとって全く嬉しい企画です。
肝心の演奏は、いきなりジェレミー・スタイグの不気味なソロでスタートし、それが一段落してからお馴染みのテーマが、かなりテンポを上げて提示されるという思わせぶりがニクイところです。そして激しいアドリブの応酬に突入していくわけですが、バンドの全員の意志の統一が顕著なそれは本当に聴きごたえがありますし、ジャズを聴く快感に満ちているのでした。
ということで、ビル・エバンスの厳しさとハードな面がしっかり出た仕上がりになっています。しかもイケイケの中に繊細な表現を忍ばせているのですから、たまりません。既に述べたように、このアルバムはジャズ喫茶の人気盤でしたが、現在はどうでしょう? お茶の間で聴くよりもジャズ喫茶の暗い空間で大きな音で楽しみたいという、これは典型的な1枚だと思います。ご家庭では「B-2」が絶対のオススメです。