松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

有権者のダブルスタンダード

2014-10-25 08:38:05 | 日記・エッセイ・コラム

 

           政治とカネの問題に、我々の責任はないのか。

  これは日本人の慣習と関連してくる問題なのだが、有権者は地元の政治家を甘やかしすぎる傾向がある。たいていのセレモニーでは、上座にすわるのは国会議員、いなければ県会議員、そして市会議員の順番だ。これが既に間違っている。議員さんはエライのではない。我々の意見を代表する「代議士」なのだ。この根本が間違って認識されるために、さまざまな公職選挙法に違反する事例が出てくる。飲み会の招待状に会費が記載されていれば、問題ないらしいが、普通、議員さんに出す招待状に「会費」は書かない。すると、少なくない程度に多い「包み」を差し出す。これで違反になるそうだ。もちろん少なくても違反は違反だ。それでハッと気が付いた。葬儀の際にはまず間違いなく議員さんからお悔やみの電報が来る。さすがに読む方は末席にはなるけれど。そういう一種の社会通念のようなものが形成されている。ご招待しておいて、寸志(会費)を期待する。欠席でも何らかの「付け届け」を期待する。まさか手ぶらでは来ないだろうと思っている。エライ人の宿命のように考えている。

 第二に選挙はカネが掛かるものと信じて疑わない。選挙カーで名前を連呼するのを禁止する法案を出してほしいくらいだ。投票のやり方なら、金の掛からない方法がいくらでもある。例えば、今のテレビは色の付いたボタンを押せば即時に、集計されるようになっている。この手を使わない手はない。タダで選挙が出来てしまう。AKBのファン投票並みに、簡単にすればいい。選挙運動も禁止。自分をアピールするのは、ネットとテレビだけ。

 当選した議員に、地元への便宜を期待するのも間違っている。地元に金や企業や道路を持ってくるのが彼らの仕事ではない。ただし今となっては地元選出議員に限らず、だれ彼なく地方再生には努力してほしい心境ではある。

 議員さん本人が、誰でも金額の多少はあっても同じ過ちを犯しているそうだから、叩けばホコリの出ない人はいない。前に進まない議論をしている間にも、議員さんには報酬が支払われている。それに交代するたび、ご高齢の天皇陛下を煩わせるようなことは、なるべく避けようじゃないですか。

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