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北米project 4 ~Is the order a warbird? その5【2016/03/04~10】

2017-01-31 21:41:07 | 海外旅行記

2016年3月4日(土)14時26分
カリフォルニア州トーランス 西部航空博物館

YF-23などが並ぶ別館から本館へと戻ってきました。"次の討ち入り先"もあるのでそんなにゆっくりとは見ていられません。15時までには出発したいので見学時間は約30分・・・。今回はやたら見学の制限時間に囚われたんですが、初っ端からこれですか。



ボーイングF4B戦闘機(レプリカ・6機目)。
初飛行は1928年6月25日。同社のF2B,F3Bの更新用に自社開発した機体です。前任機よりも小型軽量で機動性も良好だったとのこと。艦上戦闘機として運用されていたんで、空母に搭載されていたんでしょうね。
アメリカ海軍はこれを派生型全部ひっくるめて200機ほどを発注しました。この頃の軍は数年ごとに戦闘機をちまちま購入していたんで、こんなもんなんですかね。
後にアメリカ陸軍もP-12として採用しこちらは約360機生産されました。陸軍向けのほうが多いんだな。



実はまだ製作途中なのかは分かりませんが、主翼の羽布は張られないままでした。
工芸品だねぇこりゃぁ、という感じの主翼でした。



ノースロップF-5A「フリーダムファイター」(7機目)。
別館で見たT-38タロン練習機を戦闘機にした感じのノースロップの代表的機体です。価格が安くて取扱も簡単な小型戦闘機で、経済力の弱い中小国を中心に2000機ほどがバラ撒かれました。開発国であるアメリカでは基本的に採用されておらず、ボンビーな西側陣営の国向けの輸出用戦闘機でした。ここらへんはアメリカではバカ売れしたけど海外では全然売れなかったT-38と対称的でした。
とはいえ超音速飛行も出来たり稼働率が高かったり、安かろう悪かろうという戦闘機ではなかったのが強いところ。
日本ではF-5は採用されなかったので影が薄気味ですが、F-4運用国よりもよっぽど多い国で運用されていました。



超音速戦闘機にはあるまじき、機首に機関銃をデデンと配置した作り。まあこの機体機関銃自体は外されているんですが・・・。この機関銃の銃口が有るか無いかがF-5とT-38を見分ける点のひとつです。
機首のほとんどはこの機関銃で占められていて、レーダーを搭載する空間はほとんどありません。というかF-5は端からレーダーを持っていない戦闘機なのでそうなります。とにかく安価に造るんだという設計思想が垣間見えますね。ただし改良型であるF-5E/FタイガーIIには機首を延長した上でレーダーを実装しています。



コックピット。といってもここら辺はよく分からないんですけどね。
座面の後ろには、緊急脱出時に必要であろう射出レールっぽい部品が見えて、なるほどこれに沿って飛ばされるんだなぁと。



計器盤。どの計器がどの数値を表しているのか・・・というのが分かると面白いんでしょうけどね。無学なもので。



胴体後部と主翼。描かれている国籍マークはノルウェーのものです。ノルウェーは約100機のF-5を運用していました。
主翼は後のYF-17と似たところがあり、YF-17のルーツはF-5なのだなぁというのを感じます。
胴体は主翼の付け根部分がくびれているのが特徴。これはエリアルールという遷音速域での抗力を抑える工夫です。機体を輪切りにした時の断面積変化が緩やかだと空気抵抗が増大しにくく音速突破が容易になるというヤツです。
飛行機の場合、断面積がドカンと増えるのは主翼部分でして、この部分の胴体をくびれさせることで断面積変化の差し引きを少なくしてやろうという魂胆なのです。F-5の場合、主翼端の増槽までエリアルールを適用するという念の入りようです。
現用機でも胴体がくびれていたり、主翼、水平尾翼、垂直尾翼をそれぞれ跨ぎながらずらして配置することで断面積変化を緩やかにしています。
これ以上詳しい話は大変なので無しで。エリアルールに関してはコンベアのYF-102が一番有名なのでそこら辺の話を読んでもらえれば。



そしてF-5の真骨頂が主翼前縁の付け根から飛び出ている前回も出てきたLERXでございます。T-38には付いていないモノでして、これも両者の識別点のひとつ。
何かの部品か配線を主翼に収めきれなくてしょうがなく付け足したもので、狙ってつけたわけではないです。なので当時の設計陣もその効果を知らず。これによりノースロップの予測よりも機動性が良くて失速速度も思ってたより低くなかったという事態になり驚かせたそうな。
これがその後の戦闘機の高機動性の要因の一つになっていくのです。



ノースアメリカンF-86F「セイバー」(8機目)。朝鮮戦争といえばコレ。自衛隊でも運用していたので知っている人も多いでしょう。
実はこの個体(S/N 55-3937)は航空自衛隊で最後まで運用されていた機体でなんだぜ、とサラッと書かれていました。い、意外な所にいるもんだなぁ。自衛隊のF-86はアメリカからの供与機もあったので退役後に返還されたんでしょう。
ただし塗装はバリバリのメリケン空軍でして。朝鮮戦争中に参戦したジャック・スーツケース・シンプソン中尉の乗機だった「スーツケースの田舎者号 Suitcase's apple-knocker」を再現したものです。
この人の名前からF-86の名前までわけわからんセンスなんですが、スーツケースというのはとある漫画のキャラクター「ハリー・スーツケース・シンプソン」から付けられたあだ名、田舎者というのはシンプソン(本人の方)の幼少期のあだ名なのが由来なんだとか。
ちなみにapple-knockerというのは直訳で「りんご摘みする人」という意味です。どうしたら田舎者って意味になるんだ?ただ、お上品な言葉ではないようなので使う時は中尉・・・もとい注意。

個体と全く無関係の塗装で保存されているというのはよくあることなので、ここは注意しておかないといけません。
もうひとつ付け加えておくと、このセイバーは国立アメリカ海軍航空博物館からの借りて展示している機体です。別の博物館から借りて展示というのもこっちではよくあります。といってもなんで海軍の博物館が持ってるんだか。



F-86の口の中を覗いてみます。コックピットをかわすように吸気口が少し下を通りながら配置されています。
エンジンが収まる所はガランドウですね。



斜め後ろから。主翼を従来の胴体に対して垂直ではなく斜め後ろに角度をつけて配置した後退翼が特徴です。



尾部。もぬけの殻のエンジン部を隠すために赤いフタをしてあるというのはよくよく見かける展示法です。
一応この赤いフタは現役の軍の戦闘機でも使われるようなもので、なるべくそれっぽい隠し方になるよう博物館側も頑張っているのです。



その後ろにはエンジンがドカンと置いてあって「なんだあるじゃん!」と驚いたんですが、これF-86のエンジンじゃない・・・。
これはプラット&ホイットニーTF-30です。世界初のアフターバーナー付ターボファンエンジンです。純粋な世界初はイギリスのエンジンだったはず。
御存知F-14やマクナマラのアレことF-111に搭載されたエンジンですな。
ただしF-14で大迎え角で高出力を出そうとすると空気の取り込みが悪くなりコンプレッサーストールを起こすという欠陥がありました。
こうなるとエンジンが停まってしまい墜落したり、2基あるエンジンの内片方だけ停まってしまうと機体が水平にぐるぐる回って操縦不能に陥ってやっぱり墜落してしまいました。トップガンでもそんな場面があったと思います。
ちなみにF-111はそんな芸当できなかったので(戦闘機なのに・・・)問題にならなかったそうよ。



アクメ航空機S-1「シエラ」(9機目)。1953年11月23日初飛行。
ノースロップの技術者が設計した推進プロペラ機の実験機です。推進プロペラというのはアレです、震電みたいなやつです。
垂直尾翼は尾部下面に、水平尾翼は斜めに取り付けられていて、これを合わせるとちょうどY字になります。エンジンは胴体内コックピットの後ろに収められていて、胴体の左右にはジェット機のような空気取入口があります。
境界層制御の実験などをやっていたとのこと。



YF-23の模型。風洞実験にでも使ったのかしら。
その左にあるF-35のパチもんみたいなやつはなんなんでしょうね・・・。



ゲゲッ!これはアメリカ軍の飛行船(!!)USSシェナンドーさんじゃないですか!!
1923年に進水ならぬ進空しました。いくら船は海軍の領分だからって飛行船っておまえ・・・となりますが、当時の海軍は大真面目にこれを敵艦隊の偵察に用いる腹でした(米海軍の艦船接頭辞である"USS"がちゃんと付いている辺りマジだったんでしょう)。今だったら笑い話ですが、当時はまだ航空母艦が使い物になるか分からない時代だったし、多少はね。
遮蔽物のない海上では空から艦隊を偵察することの威力は大きいです。自艦隊の着弾観測任務だって出来るはずで、そうなるともし運が良ければ当たっちゃうかもしれない程度の確率で行われる艦砲射撃において着弾観測できれば自艦隊の攻撃力は飛躍的に上がるはずです。
ちなみにその後建造された飛行船USSアクロン(洗剤かな?)は偵察用の航空機を5機搭載できる前代未聞の空飛ぶ空母なのでした。米海軍の飛行船はとにかく野心的な構想なのでした。
ただし飛行船というのは悪天候が死ぬほど苦手で、USSシェナンドーは初飛行から2年後の1925年9月25日にオハイオ州で悪天候により沈没ならぬ墜落してしまいました。文字通りの航空母艦ことUSSアクロンも突風で墜落しています。
結局航空機の性能向上と空母がどうも使えるらしいぞ?というようになったんで飛行船は廃れていきましたとさ・・・。南無。

今日はここまで。


その6へ→

第4回水上機大撮影大会【2015/08/03】

2017-01-29 23:44:43 | バス・航空機撮影記

2015年8月3日。
いつものように西風が吹く晴れた日にビクトリアで水上機を撮影していました。



ハーバー・エアのDHC-3T (C-FRNO)。旧塗装機です。






カナダガンが低空を飛んでいきました。



DHC-3T (C-FODH)と水上タクシーが一緒に入りました。



ウェストコースト・エアのDHC-6-100 (C-FGQH)も来ました。



やっぱいいですね~。



着水!



撮影地点を変えようと移動していたら桟橋にカワウソがいました。



魚を食べているようでした。
オッター(カワウソ)とオッター(DHC-3)を一緒に写真に入れてみよう・・・と思いましたがどうも分かりにくいのでやめにしました。



撮影地点を変えてC-FGQHの離水を撮影。



加速時は機体を揺らしながら滑走しますが速度が乗ると流れるように水面を切ります。



数百mで離水。さすがのSTOL性。



ケンモア・エアのDHC-3T (N31258)。



出港するビクトリアクリッパー号。



ハーバー・エアのDHC-3T (C-FRNO)とケンモア・エアのDHC-2 (N17598)。
同時出発でしたがハーバー・エアが先行します。



DHC-2「ビーバー」。ケンモア・エアによれば徹底的な延命工事が施されているようですが、初飛行1948年のコレが未だに飛んでいるのがすごいですね。
ケンモアにはターボプロップ化された「タービンビーバー」もいますが、数の上ではレシプロエンジンの「ビーバー」の方が全然主力です。この先もまだまだ見られると思います。



N17598も飛んでいきました。

これで今日はおしまいです。

【ギャラリー】陸上自衛隊 73式特大型セミトレーラー&10式戦車【1/72】

2017-01-27 23:57:33 | 模型ギャラリー

■使用キット:アオシマ 1/72 73式特大型セミトレーラー、フジミ 1/72 10式戦車量産車
■仕様:第53回静岡ホビーショー展示搬入時(2014年5月17日)
製作記】



静岡ホビーショーで10式戦車を展示するために前日深夜に搬入されたのを見に行ったのですが、それがなかなか印象に残っていたのでそれを再現するために製作。












アオシマの73式特大型セミトレーラー。
素組みで製作しました。やったとしてもナンバープレートを当該車と同じ数字に変えた程度です。



トラクター。
軍用トレーラーっぽくない顔立ちですが、三菱ふそうのトラックを流用しているんですね。ベース車より車高が高かったりライトの位置が異なったり、相違点はありますが。
キャブ屋根の回転灯が目を引きます。なにせ全長が長いので普通に公道を走ることが出来ません。走行は先導車を付けた上で夜間のみに限られます。回転灯はその時使用します。



シャーシ。
なかなか精密。



後ろ。
ナンバーは第301輸送隊50-2207です。



トレーラー。
鉄道車両製造でおなじみの東急車輌製です。あそこ、特装車とか立体駐車場とかも造ってたんです。73式開発にあたってはトラクターと同様民生品を流用したそうな。



フジミの10式戦車。
こちらも素組みですが、当該車および搬入時の仕様になるよう工作しています。
機銃・ワイヤーの撤去、アンテナの折り畳み、砲口の封印、注意書き、ヘッドライトの養生あたりです。






ベタ塗りのままではいくらなんでも綺麗すぎたんで、薄いウォッシングを全体にかけました。落ち着いたと思います。



砲塔後部のバスケットが組みづらかった以外は簡単に作れました。






ホビーショー当日の実演展示では砲塔回転や車体傾斜をしていました。



搬入シーンということでランプを装着してみます。
暗闇の中で響き渡る戦車のエンジンを間近で聞いた時は興奮しました。



だいたいこんな感じでした。



以上、陸上自衛隊 73式特大型セミトレーラー&10式戦車でした。

【1/72】73式特大型セミトレーラー&10式戦車 製作【アオシマ&フジミ】

2017-01-26 23:39:04 | スケール模型製作記

毎年5月に開催される静岡ホビーショーでは自衛隊の実車が展示されるのが恒例です。中でも2014年の展示は特別で、10式戦車が展示されました。
戦車の展示となると会場への搬入も大掛かりでして、深夜に専用のトレーラーで運んでもらう必要があります。わざわざ搬入を見に行ったということもありました。→【陸上自衛隊10式戦車の搬入を見る】
その時の姿が強く印象に残っていたのでプラモデルで再現したいなぁと思いつつも、模型が立体化されていなかったので諦めていたのですが・・・。



その後2015年にアオシマから10式戦車を運んだトレーラー、1/72スケールの73式特大型セミトレーラーが発売されました。
同縮尺の10式戦車は既にフジミから発売されていたので、これで役者は揃いました。よし作るぞ。



サクサクと進めていきます。まずはセミトレーラーから。
シャーシは1/72の割には精密でおどろきました。トラックはデコトラなんか出しているんで得意な分野でしょうかね、ここ。
タイヤのパーティングライン消しが面倒でした。



キャブなどを組立てていって、トラクター部分が完成。
部品をひとつひとつ塗ってから組立てていったのですが、塗膜の厚さ分勘合が悪くなってしまったのでこれは失敗・・・。
塗装は車体はクレオスの陸上自衛隊戦車色セットのOD色、シャーシは黒、タイヤはタイヤブラックです。



トレーラーもちゃちゃっと完成。
大きさはトラクターよりも大きいのですが、構造は簡単で部品も少なかったので作業時間はトレーラーの方が短かったですね。



連結させてみる。いいですね。そして結構長くなります。
いい感じに精密で、見ていて楽しいですね。



ナンバーは当日の当該車、第301輸送隊の50-2207です。デカールには予めナンバーが書かれたプレートの他に、白地のプレートに好きな数字を貼れるようになっているので親切です。
トレーラーは62-2186でした。これは運良くキットのデフォルトのナンバーと同じ数字でした。



次はフジミの10式戦車ですね。フジミの10式は何種類か出ていますが、今回は量産車を使用します。



特に悪い部分もなくサクサクと組んでいきます。セミトレーラーの時と違って、ある程度組立ててから塗装するようにします。



搬入時の10式戦車は通常の姿とは細かい部分が少し異なっています。難しい加工ではないので、これも再現してみます。



砲塔の後ろに付けられているアンテナは、収納された上で水平に寝かされています。
キットではアンテナ部を切り取って、水平に取り付けます。



こうなりました。
あとは砲塔上面後部にある環境アンテナも寝かせてありましたのでそのようにします。
砲塔の機銃と車体後部の牽引用ワイヤーも装備していなかったので予め外しておきます。



これはホビーショー当日に実演展示中の10式です。履帯にゴムパッドが付いているのが分かるでしょうか。
市街地を走行する際にはこれを付ける決まりなんだそうです。



なんとキットにもパッドが付属していたので、これを全部付けることになります。これ片側分だけなので同じものがもう1枚あります。ひええ・・・。



全部貼った。辛かった。
途中で何枚か失くしたみたいで数が足りませんでしたが、車体に隠れる部分があるのでちょっとくらいなら失くしても問題ないです。
履帯にはウェザリングをしておきました。



試しに戦車を荷台に乗せてみました。ここまできて縮尺がちぐはぐだったらどうしようと思っていましたが、ちゃんと戦車が荷台に収まってくれたので問題なしです。
まだ作りかけですが雰囲気出ますね。完成が楽しみ。



戦車に塗装します。迷彩柄を塗る時は色の境界のボケ具合が気になりますが、実車はほとんどボケ幅がないのでこの縮尺ならボケ幅無しで大丈夫と判断して、車体に直にマスキングゾルを塗りました。結構な量を使いましたかね。



塗り終えました。かっこいいじゃん。色は先述の戦車色セットの濃緑色3414と茶色3606です。
ただどうも綺麗すぎておもちゃっぽいような。



というわけでウォッシングして全体的に汚します。エナメルの黒と茶色を半々混ぜました。
といっても実車の方は綺麗なものでして、薄く薄く施すに留めました。



終えました。それでもだいぶ落ち着いた印象になりました。



あとは搬入時の仕様に合わせていく工作をしていきます。
砲口には封印をして、砲身の下には注意の看板を吊り下げます。ヘッドライトにも養生がされていたので同じようにしました。どれも新聞紙で拵えました。簡単ですぞ。
戦車のナンバーは第1機甲教育隊95-4293です。



実車はこんな感じです。



トレーラーに載せれば10式戦車の完成です。なかなかいい感じに仕上がったと思います。



トレーラーを降りているシーンも再現できます。
路面ジオラマも作ろうと思ったけど、まあいいやということにしました。たぶんこの先も作らない・・・。

あの時見た光景を再現するというプラモデル作る人なら1回はやってみたいと思うものを作れて満足です。
AFVものは滅多に作らないので楽しみながら作ることができました。正直敬遠していたんですが、たまに作るのもいいかもしれません。

完成品写真はいつも通りギャラリーで。

北米project 4 ~Is the order a warbird? その4 【2016/03/04~10】

2017-01-24 23:26:31 | 海外旅行記

西部航空博物館編の続きです。前回のYF-23以外の機体を見ていきます。
まずはノースロップYF-17「コブラ」(3機目)。1970年代のアメリカ空軍の軽量戦闘機計画(LWF計画)においてジェネラルダイナミクスYF-16と競作となった試作戦闘機です。これもレア物ですよ!

軽量戦闘機と言えば地元アメリカでは(基本的には)1機たりとも採用されなかったけど世界中にバラ撒かれてウハウハだった戦闘機ことF-5「フリーダムファイター」を造ったノースロップでして、F-5開発後に自社開発でF-5後継機のP-530を開発。これがファイターマフィアの目に留まって、改良モデルのP-600を経てYF-17となっています。
LWF計画は元々研究目的の計画でYF-16もYF-17も実証機に過ぎなかったのですが、ジョン・ボイド率いるファイターマフィアの暗躍(?)でいつの間にか性能はいいけど値段が高すぎて数を揃えられないF-15を補完する戦闘機選定計画にのし上がっていました。

飛行選考前のシュミレーションではYF-17が有利だったのですが、航続距離の短さ、新型エンジンの実績の無さ(YF-16はF-15で実績のあるエンジンと同様のものを採用)、搭乗した現役の空軍パイロットの評価が高かったのがYF-16だった、といったことから結局はYF-16が勝者となりご存知F-16「ファイティングファルコン」として採用されることになったのです。
哀れノースロップ、またも決勝戦で負ける。



ところがアメリカ海軍がこれに目をつけてYF-17を採用します。エンジンを2発積んでいるので単発機よりも冗長性があるから、YF-16のフライバイワイヤ等の電子機器は空母などと干渉して危険だから・・・というのが選定の理由だそうですが、たぶん空軍と同じF-16を採用するのがイヤで仕方なかったんじゃないかなと思います・・・。
元々ACF計画は空軍の計画ですが、実は予算削減のために連邦議会から海軍もそれに乗っかれ(=空海軍で同じ戦闘機を採用しろよ!)とお達しが来ていたのです。それを上記のようにアレコレ理由をつけてYF-17にしたんじゃないの?っていう感じです。
だって単発機の機体はF3H、F-8、F-11、A-4、A-7とこれまでいくつも運用してきましたし、ついでにこの度採用されたF-35Cも単発機ですし(そしてこれらが単発機だったゆえの弊害は私の範囲では聞いたこと無い)、YF-17を制式化したF/A-18は結局フライバイワイヤ実装してるし他にも電子装備てんこ盛りだし・・・。よく議会を押し通せたなと。

で、めでたく敗者復活を果たしたノースロップさんチームでしたが、海軍は艦上戦闘機の設計経験のないノースロップは不適と判断し、マクドネル・ダグラスに設計を任せます。ノースロップにしてみれば美味しいところだけ持って行かれたものでして、その後マクドネル・ダグラスと一悶着起こしています。
で、マクドネル・ダグラスがYF-17を再設計して制式化したのがご存知F/A-18「ホーネット」でございます。YF-17とシルエットはそっくりですがそれよりひと回り大型化していて、まあF-16とF-2と同じくらいの別物具合と言っていいです。



ここに保存されているのは2機造られた内の1号機。2号機はアラバマ州という日本人の12割は正確な場所を答えられなさそうなところの戦艦USSアラバマ記念公園にあります。戦艦と航空機と戦車が一度に見られるというお得感ある博物館で面白そうではありますが、アラバマとか行く機会なんてあるんですかねぇ・・・。

デカデカとNAVYと書かれているので塗装は海軍による敗者復活後の姿のようですね。この時点でもうF-18と決まっていたようですが、まだF/A-18とはなっていなかったようで。



ノースロップの戦闘機と言えばこれ、主翼前縁から延びるストレーキ、LERXと言います。詳しい原理は省略しますが(手抜き)これにより離着陸性能や旋回性能の向上、高迎角時の揚力不足の引き下げが見込めます。つまりは戦闘機の機動力を上げてしまうんですね。一番最初に実装したのはノースロップF-5でしたが、これは偶然発見されたものだったというのが面白いところでござんす。
YF-17を再設計したF/A-18にはもちろんのことF-16でも採用され、さらにはソ連のSu-27、MiG-29にも装備されています。すごい発見だったわけですね。
で、なんでLERXを下から見ているのかというと、機体表面とLERXの間に広いスキマがあるからなんですね。F/A-18ではかなりちっちゃくなってしまって、これはYF-17だけの特徴になってしまいました。このスキマは境界層対策です。よく見ると空気取入口まで連なって延びているのが分かります。



ノースロップのロゴと愛称コブラのマーク。コブラというのは機体を下から見た時にLERXの部分がコブラの頭に見えるからというのが由来だそうです。たしかにな。
機体がややくたびれていますが、まあ下手に扱うことはないでしょう。それでも気になったので、後で入館料を払う際にここへ連れてきてくれたチップも兼ねて「これでレストアの足しにして」と言いながら多めに支払っておきました。
こういう活動の大変さは少しはわかっているつもりなので、親切にされると気前よくなってしまいますね。



次、ノースロップT-38「タロン」(4機目)。
ノースロップの大ヒット練習機です。F-5とそっくり、というかほぼ同型です。これはN-156というノースロップの自社開発機を原型にしているからです。
練習機ですがアフターバーナーが使えて超音速飛行出来るという、一時期流行った超音速練習機です。時代は超音速戦闘機!ならば練習機にも超音速を!というのはある意味自然な流れなんですが、いざ運用してみると、あれ、別にいらなくね?となってしまい、今ではほぼ廃れてしまったジャンルです。
戦闘機型のF-5は米空軍全く興味を持たなかったのですが、こっちは大量採用となり輸出機含めて1000機以上を生産しました。アメリカでも未だ現役ですがそろそろ置き換えないとイカンということで次期練習機T-Xが選定されているはず・・・と思って調べてみたら、新型機は選定されず2029年までT-38を延命して使い続けることになったそうでイヤハヤ・・・。初飛行が1959年なので70年間も飛び続けるということですかそうですか。
これで泡食ったのはT-50でT-Xに挑んだ韓国KAIでしょうけどね。F-16をちっちゃくしたような感じで見た目はなかなか良いんですけど。



この機体はご覧の通りNASAの塗装をしています。スペースシャトルから超音速爆撃機まで色々持っています。
連絡機やスペースシャトル乗員の養成に使用されていたといいます。

ところで、ここら辺で「やけにノースロップの機体ばかりつづくな・・・」と疑問に思った人もいるかもしれません。私もそうでした。
実はこの博物館のスポンサーはノースロップ・グラマンでして、YF-23やYF-17はそのツテで寄贈してもらったものかもしれません。



最後はみんな大好きグラマンF-14A「トムキャット」(5機目)。
これは有名だしこの後もたくさん出てくるんで説明は省きますが(手抜き)、ご存知アメリカ海軍の艦上戦闘機です。
普通だったら大興奮モノなんですが、YF-23とYF-17の前には脇役扱いでして・・・どうもあまり。



主翼とか。塗装はVFA-2バウンティハンターズでした。
これはノースロップの機体ではないですが、ノースロップグラマンのグラマンの方の機体なのでやはりそういうツテでもらったのかな。

もう1周して見て回りたいところでしたが、連れてきてくれたおじいちゃんがもう待ちぼうけ状態だったのでこれで引き上げました。
1箇所目から良いものを見ることが出来て大変満足しました。普通に一声かければ案内してもらえると思うのでみんなも行ってみよう。

次回は本館です。


その5へ→

掃海艇「ししじま」清水港へ来港【2016/08/03】

2017-01-22 23:15:54 | 日常記

海上自衛隊のすがしま型掃海艇「ししじま」(MSC-691)が清水港へ寄港して艇内を公開するとのことでしたので、見に行ってきました。母港は沖縄基地で、何かの回航の途中で立ち寄ったとのことでした。
ししじまはすがしま型の11番艇で2004年進水、2006年就役。艇名の由来は鹿児島県にある獅子島から。「し」が3つも続くんですね・・・。
背景のはごろもフーズの建物が清水って感じがしていいです。



掃海艇というのは海上に敷設された機雷を見つけ出して処分する作業を専門とする船です。なので後部甲板は掃海具がいっぱいあります。
海上自衛隊の掃海能力は、機雷に親でも殺されたのかってくらい練度が高いそうですよ。



掃海具を投下するための機械なんだろうなぁ・・・と。



これもとくに説明がなかったのでよく分からず。たぶん綱で錘に繋がれたまま海中を浮かんでいる係維機雷の綱をカッターで切る時に使う浮きだと思います。
吊り下げられているパネルは船の建造工程の話です。機雷には船艇の金属に反応して爆発するものもあるので、掃海艇の船体は非金属で建造されるのが普通です。「ししじま」はベイマツなどの木材で出来ています。でもエンジンなどどうしても金属を使わざるを得ない部品の場合は、アルミ合金を素材にすることで磁性を帯びないようにしています。



機雷処分具。爆雷を下部に抱えて潜行して、遠隔操作にて探知した海底に沈んでいる沈底機雷に接近し、爆雷を落として機雷を処分する・・・というもの。



船体中央には煙突が2本並んでいてその間に通路があります。機関はディーゼルと低速航行用の電気推進の2種類があるんだそうです。



艦艇公開の密かな楽しみが船内のどこかにいる妖精さんを探すこと。救命訓練なんかで使うであろう人形なんですが、どこの船も船員によって落書き魂が込められており、それがそれぞれ異なるので見比べるのが楽しいのです。
ししじまには掃海具の下にいました。



お顔を覗いてみると・・・やなせたかしが描いたような顔をしていました。肩の階級章によれば海士長・・・下から3番目の階級ですね。だいたいアンパンマンを船に乗せても顔が湿気て力が出なさそうです。



艦橋内。まあよう分からん。



操作盤とか。自動操艦装置というのだが、やっぱり分からん。触らないでねの顔文字に時代を感じる・・・。八頭身を思い出しますね。
この下の階には掃海任務を指揮するCICがあるはずです。



艦橋の前方は甲板みたいに広い空間になっています。ここに立って見張りとかするんですかねぇ?



船首にはJM61-M 20mm機関砲。開発から100年経ってもバリバリ使われていそうな火器ことM61 20mm機関砲、いわゆる狭義のバルカン砲を基にしたものです。



海上に浮上してきた機雷をこれで撃ち抜いて爆破するというのが主な役割。あとは船の自衛にも使うんでしょうね。こんな丸腰で対峙したくないですけど。



弾も展示されていました。本物!?と思いましたが、よく見るとダミーと書かれていたので模擬弾なのでした。



以上、ししじまの見学でした。

【ギャラリー】海上自衛隊 新明和PS-1・US-2【1/300】

2017-01-19 23:14:59 | 模型ギャラリー

■使用キット:プラッツ(F-Toys) 1/300 US-2/PS-1
■仕様:PS-1/第31航空隊、US-2/第71飛行隊



PS-1 5822号機。
対潜哨戒飛行艇として開発された飛行艇です。世界最高水準の飛行艇・・・のはずなんですが、肝心の哨戒性能は機材が時代遅れだったんであんま良い機体だったとは言えないのかなと言うところで。
現在は全機退役済みで、一部が静態保存されています。そういえば山口県の陸奥記念館で見ましたねこいつ。



後ろ。PS-1は駐機状態で製作しました。というわけで脚が付いているわけなんですが、離着陸に耐えられるだけの強度はなく、地上を走るのに使えるのがせいぜいだったようです。






せっかくなので飛行状態でも。
4発機なので小さい模型ですが迫力はありますね。









US-2 9904号機。
PS-1とは似ているようで細かい部分があちこち異なっています。用途も対潜哨戒飛行艇から救難飛行艇にジョブチェンジ。
荒天下でも離着水できるというのがウリ。飛行艇や水上機というのは水のあるところならどこでも離着水出来るほど便利なモノでもなく、普通は波の無いところでやります。



”救難”飛行艇なのに視認されにくい迷彩塗装なのはどういうわけよと前から疑問だったわけなんですが。
これは、有事に敵地で遭難した友軍を救難する必要がある時、ハデハデな色だと敵の目に着きやすくなってしょうがないからなんだそうです。一理あるなと。












スタンド付きで撮影すると結構かっこよくなりますね。






以上、PS-1、US-2でした。

【1/300】新明和PS-1&US-2 製作【プラッツ(F-Toys)】

2017-01-18 23:10:31 | 航空機模型製作記

ついに私もエアブラシが導入しました!部活の先輩からお祝いでもらいました。ありがとうございます。
エアブラシは前にも使ったことがあるので感覚は掴めているのですが、最後に使ったのが随分前なので何かを作りながらカンを取り戻す必要を感じました。



そこでこれ!
昔購入してそれ以来積んであったプラッツの新明和PS-1・US-2です。
買った頃はUS-2に関心があったので買ったんですが(今は当時ほど無い・・・)、これって実はF-Toysという塗装済み完成品を出しているメーカーの製品を未塗装キットとして売り出しているヤツでして。いやだったら完成品でええやん・・・とすっかり冷めてしまい、以来積みプラの肥やしになっていましたとさ。
そこにエアブラシがやって来てこれが目に入ったものですから、これは!もう!今!作るしか!無いでしょう!人として!って感じに練習台となったのでした。



キットは青い飛行艇のUS-2とそれの古いやつPS-1の2機セットになっています。
ランナーはこんな感じで、胴体と主翼は大胆なつなぎ方をしています。輸送時の衝撃でランナーから外れそうですが、キットとして売ること考えてないからだろうなーと。



組立てはまあ普通に。
置いた時後ろにコケないように機首にはおもりを入れておきます。釣具屋で売っているような玉状のおもりです。
胴体は合わせ目消しをしましたが、他は特に何もせず。



塗装します。まずは機体に灰色を塗ってその後マスキングして次の色を塗ります。
エアブラシだとマスキングをしないといけないのが面倒ですね。
塗装はごく普通なベタ塗りです。



ぬりぬり。準備と片づけも面倒ですね。ちゃんと手入れしないとすぐに動作不良起こすし。それでもそれを差し引いても余りあるメリットがありますね。きれいに仕上がるし、なんだかんだ筆塗りよりも作業時間短いでしょうし。
ちなみに持ち手は伝統的な竹串に両面テープ。たまに両面テープの代わりに目玉クリップを使います。



部分塗装とかは筆塗りやペン塗り。



デカール。プラッツのキットはカルトグラフ製デカールが入っているのがウリだそうな。なかなか凄まじい量です。



デカールを貼る時に気をつけたいのが組立図の誤植です。
エンジンポッドの後ろに貼る銀色のデカールですが、9番と10番が逆になっています。気をつけような。
私の場合は時既にお寿司。



全部貼り終えて仕上げのつや消しトップコートを吹きます。



US-2の方は知らんうちにカジって塗装が剥がれていたので、筆でタッチアップしておきました。



最後に組立てて完成!

塗料の吹き加減とかエアブラシの手入れとか昔のカンは取り戻すことが出来ましたので、今後ガンガン使っていくことになります。

BC航空博物館オープンハウスへ向かう 後編【2015/07/25】

2017-01-16 23:54:23 | バス・航空機撮影記

引き続きBC航空博物館のオープンハウスです。
黄色いニクいやつのノールダイン ノースマンです。ノースマンNorsemanというのはノルウェー人という意味でして、「この飛行機の名前はノルウェー人なんだよ」としゃべると途端にダサくなるやつです。日本語も万能ではないのだなぁ。
カナダで開発された未開地用汎用機「ブッシュプレーン」という種類の飛行機のひとつです。初飛行は1935年11月。ガニ股の脚が目を引きますが、写真のようにタイヤを履いた通常離着陸型の他に、フロートを履いた水上機型、スキー板を履いた雪上離着陸型があり、これらは簡単に換装できるという汎用性がウリ。
輸出もされており、カナダ空軍やアメリカ陸軍も採用しています。アメリカ陸軍が運用していたおかげで、ドマイナー機に分類されそうなこの機体もレベルによりプラモデル化されています。せっかくだからそのうち作ろう。

カナダの国産機かつカナダではそこそこ知られた機体らしく、何箇所かのカナダの航空博物館ではノースマンが保存されています。
この機体(CF-DRE)は、1944年にアメリカ陸軍向けUC-64Aとして造られた機体で、1956年にカナダに帰還して民間で使われていましたが墜落。
博物館はこの墜落機と、別のところから手に入れたもう1機とをニコイチして2003年に復元しました。フライアブル状態にまで持っていきましたが、飛行する時の保険料がべらぼうに高いという切実な事情により、飛行したのは一度きりです・・・。恐らく現在も飛ぼうと思えば飛べる状態で維持されているはず。



ヴィッカーズ ヴァイカウント757。第二次世界大戦後のイギリス製旅客機市場の需要調査、ブラバゾン委員会により生み出された旅客機のひとつ。
初飛行は1948年7月で生産数は約400機。ブラバゾン軍団の中では一番成功した機種でして、商業機では初めてターボプロップエンジンを搭載した機体です。
757型はトランスカナダ航空向けの機体で35機を生産。TCAを引退後はバンクーバー空港にあるBC工科大学の教材に使われていました。バンクーバー空港もビクトリア空港も海がすぐそこというのをいいことに、機体の輸送は巨大なイカダに乗せて運ぶという大胆なものでした。
状態は元々よかったようで復元は比較的順調に進んだと言います。世界でも指折りの良好な状態で残るバイカウントだと思います。



普段は格納庫の中を目一杯使って収納されているため全体がどうにも撮りにくいという機体だったのですが、オープンハウスに際して屋外へ出されたのでもう撮り放題です。これだけでも今日来た価値はありましたね。



尾翼のViscountとTCAのロゴ。なおバイカウントというのは「子爵」という意味です。男爵よりも上で侯爵よりも下。なんで公爵(デューク)でなく子爵止まりになったのかは気になる所です。



機内も公開されてたんですが、前も見たしまあいいか、となりました。



4発機というのがいいですね。



やはり美しい機体だと想います。機首の造形と膨らんだ客室部の胴体がいいですね。



見慣れぬ機体、ウェストウィンド4号 Westwind IV
そういえば前に行った時にレストアハンガーでなんかやってたなぁというのを思い出し、復元が完了したということらしい。
カナダ空軍用に1943年に製造され、退役後はBC州の所有になります。この時、1960年代に魔改造が加えられ姿を大きく変えました(後述)。
その後民間に売却されましたが火災で破損、1990年に破損した状態でここに寄付されました。で、ようやく復元完了して今回お披露目(になるのかな?)。



で、魔改造のことなんですが、原型はこのビーチクラフト・モデル18というやつ・・・。いやぁ、何から何まで手を加えているなコレ。原型と同じ箇所を見つけるほうが難しいぞ。
パッと見ただけでも、エンジンの換装(レシプロ→ターボプロップ)、(恐らくレーダーを積むための)機首の延長、主翼翼端の形状変更、主脚の配置移動(尾輪式→前輪式)、垂直尾翼の配置変更(2枚→1枚)あたりか。ようやったわ。もう新品買えばよかったんじゃないかな・・・。

屋外展示はあとCT-33なんかがありました。



もうひとつの格納庫もいつもは閉まっているシャッターが全開になっていたので幾ばくか見やすくなっていました。
ダグラスA-26インベーダー(ただし消防機)も全体が撮影できて満足。



地元の模型クラブの作品も展示されていました。
これはCF-104の模型ですね。すげぇデカい。



水上機の模型。これもデカい。ここまで大きいとラジコン飛行機かもしれませんね。



オープンハウスももう終了時刻・・・となってくると地元参戦していたカナダ空軍のCH-124シーキングが撤退準備に入りました。
後ろで待機していたトーイングカーで引っ張っていくつもりのようです。



エプロンをドナドナされながら基地へと戻っていきました・・・。お疲れ様でした。



別の方向を見てみれば、バイキングエア所有らしき建物があり、そこにはDHC-6が並んでいました。



どこの飛行機かと思ってよく見てみるとなんとロシアのオーロラ航空の機材でした!日本にも飛来してくる会社ですぞ。
2015年にオーロラがDHC-6を導入したという記事もありますし、どうやら本当にそのようです。ということは納品前の機材ですか。
これの航続距離は1400km程なんですが、どういう経路で回航するんだろうか・・・。ベーリング海とかどうやって渡るんだ。

ついにオープンハウスも閉幕となったので、私も撤退します。
毎年7月頃に開催しているので、都合の付く人は行ってみると良いのではないでしょうか?
おしまいです。

北米project 4 ~Is the order a warbird? その3【2016/03/04~10】

2017-01-12 23:45:34 | 海外旅行記

2016年3月4日(土)13時52分
カリフォルニア州トーランス 西部航空博物館

最初の討ち入り先、西部航空博物館 Western Museum of Flightへとやって来ました。
小さい博物館でして、トーランス空港内にある格納庫のひとつを使って展示をしています。空港の格納庫を博物館にするというのはアメリカだとよく見かけます。特に動態保存をしている博物館はだいたいこの方式です。
ここは別段動態保存機は持っていないんですが、空港のエプロンには個人所有のT-6などが駐機されていてなんというかまあ国の違いを見せつけられました。

さて、とりあえずはYF-23を見ないことには仕方がありませんので、学芸員のおじいちゃんに「YF-23見たいんだべさ、見してくれるだす?」と聞いてみます。すると「ええんやで、連れてってやるからあの車に乗るんやで」と快諾されます。やったぜ。



おじいちゃんの車で素敵エリアに到着。
おおお(*^○^*) これはいいですよ、盛り上がってきたぜ。

この別館には、YF-23、F-14、T-38それとYF-17が展示されています。やばいよね。



まずYF-23ドーン!!モノホンだぞ!息を呑みますね、これ。てか、思ってたよりずっとでかいです。

今旅行2機目の飛行機、ノースロップYF-23ブラックウィドゥIIは1980年代の次期戦闘機開発計画「先進戦術戦闘機計画(ATF計画)」でYF-22(後のF-22ラプター)との競作で2機が試作された試作戦闘機です。
いわゆるステルス戦闘機であり、機体にはそのための機構が組み込まれています。これを今から見ていくぞ。
ATF計画の勝者は結局はYF-22となりYF-23は試作機止まりとなってしまいましたが(ノースロップさんチームはいつも決勝戦で負ける)、1号機PAV-1「スパイダー」はデイトンの米空軍博物館に、2号機PAV-2「グレイゴースト」はここ西部航空博物館に保存されています。スパイダーの保存場所はまあ妥当として(世界最強クラスの航空博物館なのだ)、グレイゴーストはよくこんな小さな博物館に保存されたなぁ・・・と。



正面から。
ノースロップのステルス機で特徴的なのが、横から張り出しているツバのような形状の機首。見ようによってはカエルのような印象を与えます。
なんだかめちゃくちゃ話が長くなりそうだし私には理解不能な話なんで超簡単に済ませてしまいますが、つまりは照射されてきたレーダー波をレーダーアンテナに反射させて探知されるのを防ぐため、明後日の方向に反射させるための工夫です。
とにかくレーダー波を垂直に反射させないように、形状を曲面とすることと鋭角を作らないことを追求した結果がこの形状です。飛行中の戦闘機に対してレーダーサイトからのレーダー波はだいたい横から来るということなので、この機体に横からレーダーを当ててみると、見事に上へ下へあらぬ方向へと弾き飛ばされるというのが分かるかと。まあ、そんな感じなのです。



機首を別角度から。
機首を円錐状にしないで上下で分割できそうな形状は以降どこの国のステルス機でもおなじみの形態になりましたね。
あとは、試作機と言えば鼻っ先から長く伸びたピトー管ですが、YF-23にはこれが無いです。そこにステルスへのこだわりがあるかは知りませんがそれが感じられます。一方ロッキードさんチームのYF-22はステルスなんて知るかバーカという感じでピトー管がにょきっと生えているんで、うーん・・・。

コックピットの辺りは一段盛り上がったような形状になっていて、後方視界にも配慮した形になっているのかな?



機首を後ろから。首が異様に長い。蛇みたいだ。
ちなみにブラックウィドゥというのは「クロゴケグモ」の意味です。直訳すると「黒い未亡人」と戸田奈津子バリのスカポンタン誤訳になってしまうんで注意。
ブラックウィドゥという名前の戦闘機は昔にP-61(これもノースロップ製)が採用していたのでYF-23はそれの2代目、なのでブラックウィドゥIIなのです。



降着装置とそのフタ。単純な六角形でなんだかいい加減だなーと思わなくもないですが、こんなもんなんですかね。



裏側。これはPAV-2グレイゴースト号のはずなんですが、なぜかスパイダーの文字が。ナゾい。
機体にはノースロップの文字が大きく書かれていますが、その横にはマクドネル・ダグラスもいます。戦闘機の試作を1社だけでなく複数社に分担させることでメーカーが潰れないように保護するための策とされています。ロッキードさんチームの方もロッキードの他にボーイングと手を組んでいます。




ジェット機の空気取り入れ口は、空気の境界層を取り込まないように機体表面からはわずかに浮かして境界層隔壁(ダイバータ)配置されています。境界層っていうのは機体表面を流れる空気の層のことで、機体との摩擦により周りよりも空気の流れが遅いのです。空気をガンガン取り込みたいジェット機にとってはこの流れの遅さから来る流入量の減少はエンジン効率を下げるんで、基本的に境界層対策として上記のような配置をします。境界層はこの後も何回か出てくるかもしれないので覚えておくように。
で、YF-23はそうでなく機体に直に取り付けられているので、どうなっておられるのやら・・・と思ったのですが、取り入れ口の手前に境界層を取り除くための細かい穴がたくさん空いていました。なるほどね。理論はよく分からないけどさ・・・。
ダイバータを設けるとレーダー波の乱反射を起こしてしまいやすくなるので、ステルス機では避けられる傾向があります。YF-23もそのためのこの配置だと思います。こんなに穴開けて大丈夫だったのかなとは思いますが。
ただし、ダイバータレスにするのは結構難しかったようでして、F-22ではこれを諦めて通常の取入口の形にしています。アメリカのF-35や中国のJ-10でようやく実用化されてきたって感じです。




垂直/水平尾翼。YF-23の大きな特徴のひとつです。通常垂直尾翼と水平尾翼をそれぞれ用意するところを、1枚に統合したのがこれです。これもステルスのため。
斜めに傾けて配置されているのもレーダー波を飛ばすため。これはもうどこでもやってるおなじみの手法ですね。
主翼も左右合わせると四角形に見えるというこれまた奇怪な形状をしています。



エンジンの排気口。これもまた特徴的で、下側が覆われていて黒い耐熱タイルで囲まれています。排気口から出る赤外線を下方へ出さないための対策、いわゆる赤外線シグネチャ対策です。これは先に開発されていたB-2爆撃機からのアイデアでしょうね。ただしこれによりF-22には実装されている推力偏向ノズルは無いです。
ステルスとは何もレーダー対策だけでなく赤外線、音、振動なんかも含まれます。そもそもATF計画で要求されたステルス性能というのは、地上から発射されるレーダー誘導の地対空ミサイル(SAM)対策だったのでした。
莫大なコストを掛けて戦闘機を買ってパイロットを育てたのに、それよりも圧倒的にコストの安いSAMにボコスカ撃ち落とされたんじゃもうタマランわけです。だからレーダー/赤外線に探知されないならミサイルも無効化されるよね?という考えだったんだと思います。

ちなみに、既に撤去されて中はガランドウになっていると思いますが、これに搭載されていたエンジンは超音速巡航が出来る代物でした。超音速巡航というのはアフターバーナー無しで音速を突破できてなおかつその状態で長距離飛行出来るということでし。
これも確か敵(ソ連さん)のSAMが飛んでくる前にミサイルを超音速で振り切ってしまえばよかろうという考えだったはずです。
これだけ読むとATFというのは当初はいかにSAMを避けるかというのを念頭に置いているように見えて、まあアレですね。
なんだかややこしくなってきたのでこの話はおしまい(逃



後ろから。こうしてみると曲線美がグラマラスな形状です。ここら辺もB-2を開発したノースロップらしいものですね。



お腹にも潜れます・・・がウェポンベイはよく分からず。ここまで舐めるように見回して、連れてきてくれたおじいちゃんも少し引き気味・・・。
胴体が横に広い・・・つまりデブというのもステルス機の特徴でして、ミサイルや爆弾を胴体内に収めるためですね。従来機のように武装を機外へぶら下げていてはせっかくのステルスも台無しなのです・・・。



最後に全体を。
幻の戦闘機としてその存在は前から知っていたんですが、こんな所に保存されているとは知らずしかも実際に見られるとは。
YF-22がステルス機ながらも戦闘機としてまともな形状をしているのに対して、YF-23は未来的でSF的な機体なのがえらくかっこいいのです。F-22とタメを張れるのはこいつだけだろうなぁと思います。

まだ他にいますが、今日はここまで。


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