どのくらい空中にいたのだろうか?ふと気が付くと大木の折れる音、家屋の崩れる音、その他もろもろの轟音のする暗い民家の中から助けを求める声、呻き喚く声、人間であって人間の声ではない。先程までの広島は何処にあるのか?一体地球はどうなっているのか(どの様に表現したらいいのかわからない)。そして、先程まで私が引率していた部下は今何処にいるのか、一体、今どうなっているのか?
私には重大な責任がある。あの物凄い爆風がだんだん薄れて行くに従って明るくなってくると、私と行動を共にして来た部下の姿が見え始めてきた。私の身近にいるはずである。まだ、はっきりと見えない。(後でわかったことだが、私は、右眼を負傷して視力がなかった)。
やっと見えた。中腰になって戦友を助けている姿が、4、5名見えて来た。先程まで男前であった部下の美男子の顔は、今や一人もいない。汚れ果てた長虫が、血の中でのたうち回ってうごめいている。どうしようもない。私は今どうしたらいいのか?再び爆弾が投下されれば、私はどうでもいいが、全員が死んでしまう。
「早く防空壕に入れ!」と何回もどなっているのに通じない様である。一体、自分の口から声が出ているのか、それもわからない。
私は戦争でいつ戦死しても悔いのない、女性も知らない独身者である。部下の多くは、妻子のある兵である。何とかして一人でも部下を救いたい。ふと頭に過(よ)ぎった。陸軍兵器学校時代、実行演習中、相模原で(陸士と同じ場所)泥沼田の中で銃を両手に支え、泥まみれになり、ブドウ畑を前進中、若井区隊長から「近本、貴様、腰が高い」と言われて、鞘付きの軍刀で強く腰と尻を殴られ、非常に痛かった記憶が甦って来た。
かくなる上は、私の最後の手段を使う。一名の部下でも助けたい。尊い部下を助けたい。私はとっさに軍刀を腰からはずして持ち、正に鬼と化し、のたうち回る可愛い部下の連中の中に飛び込み、「早く防空壕に入れ!」と鞘の付いている軍刀で部下の背中・腰・尻を殴っていた(だが、実際にそうしていたかどうかわからない)。私は人間ではない、気違い野獣と化していたと思われる(果たして近くに避難すべき防空壕があったのだろうか)、ああっ、眼が見えない。無惨になっている地球が見えない。地球のどん底にいる(ここまでしか記憶にない)。後でわかったことであるが、この時、私は、頭部に3、4箇所のひどい裂傷を負い、血まみれになり、出血多量で倒れていたのである。
「ガタン。」、私の体に大きなショックがあったのだろうか?何となく変だ。右の眼は全く見えない。左眼でボーッとかすかに何かが見える。私は何をしているのだろうか?ここは一体どこなのか?私は普段は、柔らかいベッドで寝ている筈なのに、今の背中の下は硬い。すぐに当番兵を呼んだ。寝ている私の足下に二人の兵がぼんやりと立っているのが見えた。オオ、俺は大負傷している。私の体は全身血まみれで、ハエが蜜蜂の様にブンブンとくっついていた。私は生きていた。足下に立っている二人の兵に、「早く連れて行ってくれ!」と声を掛けた。
とたんに兵は、「上官殿は生きているぞ!」と言い、頭の傍に立っている兵に、「どうしようか・・・」と言っている。私は、生きているので、病院か本隊に連れて行ってくれるものと思っていた。「どうしようか」とは、何事ぞ。「とぼけたことを何を言うのか」、この野郎何を考えているんだ。気力のない私は、頭を左に傾けた。
3、40メートル先に、赤々と大きな火の固まりが燃え上がっている。4人の兵は、茫然として立っている。
わかった!私を死体置き場に運搬中なのだ。今にも火の中に投げ込まれる寸前であった。「おう神様仏様、人間、生と死の間は、どちらを取っていいのでしょうか。私は、生を取りました。生と死は、わずか2、3分間で決まりました。
私には重大な責任がある。あの物凄い爆風がだんだん薄れて行くに従って明るくなってくると、私と行動を共にして来た部下の姿が見え始めてきた。私の身近にいるはずである。まだ、はっきりと見えない。(後でわかったことだが、私は、右眼を負傷して視力がなかった)。
やっと見えた。中腰になって戦友を助けている姿が、4、5名見えて来た。先程まで男前であった部下の美男子の顔は、今や一人もいない。汚れ果てた長虫が、血の中でのたうち回ってうごめいている。どうしようもない。私は今どうしたらいいのか?再び爆弾が投下されれば、私はどうでもいいが、全員が死んでしまう。
「早く防空壕に入れ!」と何回もどなっているのに通じない様である。一体、自分の口から声が出ているのか、それもわからない。
私は戦争でいつ戦死しても悔いのない、女性も知らない独身者である。部下の多くは、妻子のある兵である。何とかして一人でも部下を救いたい。ふと頭に過(よ)ぎった。陸軍兵器学校時代、実行演習中、相模原で(陸士と同じ場所)泥沼田の中で銃を両手に支え、泥まみれになり、ブドウ畑を前進中、若井区隊長から「近本、貴様、腰が高い」と言われて、鞘付きの軍刀で強く腰と尻を殴られ、非常に痛かった記憶が甦って来た。
かくなる上は、私の最後の手段を使う。一名の部下でも助けたい。尊い部下を助けたい。私はとっさに軍刀を腰からはずして持ち、正に鬼と化し、のたうち回る可愛い部下の連中の中に飛び込み、「早く防空壕に入れ!」と鞘の付いている軍刀で部下の背中・腰・尻を殴っていた(だが、実際にそうしていたかどうかわからない)。私は人間ではない、気違い野獣と化していたと思われる(果たして近くに避難すべき防空壕があったのだろうか)、ああっ、眼が見えない。無惨になっている地球が見えない。地球のどん底にいる(ここまでしか記憶にない)。後でわかったことであるが、この時、私は、頭部に3、4箇所のひどい裂傷を負い、血まみれになり、出血多量で倒れていたのである。
「ガタン。」、私の体に大きなショックがあったのだろうか?何となく変だ。右の眼は全く見えない。左眼でボーッとかすかに何かが見える。私は何をしているのだろうか?ここは一体どこなのか?私は普段は、柔らかいベッドで寝ている筈なのに、今の背中の下は硬い。すぐに当番兵を呼んだ。寝ている私の足下に二人の兵がぼんやりと立っているのが見えた。オオ、俺は大負傷している。私の体は全身血まみれで、ハエが蜜蜂の様にブンブンとくっついていた。私は生きていた。足下に立っている二人の兵に、「早く連れて行ってくれ!」と声を掛けた。
とたんに兵は、「上官殿は生きているぞ!」と言い、頭の傍に立っている兵に、「どうしようか・・・」と言っている。私は、生きているので、病院か本隊に連れて行ってくれるものと思っていた。「どうしようか」とは、何事ぞ。「とぼけたことを何を言うのか」、この野郎何を考えているんだ。気力のない私は、頭を左に傾けた。
3、40メートル先に、赤々と大きな火の固まりが燃え上がっている。4人の兵は、茫然として立っている。
わかった!私を死体置き場に運搬中なのだ。今にも火の中に投げ込まれる寸前であった。「おう神様仏様、人間、生と死の間は、どちらを取っていいのでしょうか。私は、生を取りました。生と死は、わずか2、3分間で決まりました。