『朝日新聞』7月31日(2014)付けの「論壇時評・あすを探る」に東大准教授で政治学者の菅原琢氏の論説が載った。菅原氏の専門は政治過程論、計量政治だ。各種選挙の計量的分析には、事実にもとづいたものだけに納得できる部分が多い。
だがこんどの論説は氏の政治的意見をのべたもので、憲法学との共通の理論的土俵を持たない、憲法学からの批判を単に無視することをきめこんだ意見開示だ。
菅原氏が主張するのはこうだ。
憲法学者の通説と裁判所の判例がしめす憲法解釈はしばしば対立する。最高裁が示した解釈が、司法や政治・行政の場で意味を持つ。今回の憲法解釈の変更は訴訟リスクが待ち受けていると憲法学者の木村草太氏は指摘した。
仮に最高裁の判事全員が集団的自衛権の行使を認めない立場なら、解釈を確定するために15人の裁判官のうち8人を交代させる必要がある。2017年3月までに8人が70歳の定年を迎えるるから、自民党はあと1回衆院選に勝利すれば、お墨付きを確実にできる。
これは政権党の横暴ととらえる人も多いだろうが、これはまさに憲法に規定された民主的手続きの帰結である。政権は、時代の変化や自身の好みに応じて条文の解釈を変更できる。複数回の選挙に勝てばそれを追認する最高裁をつくることもできる。以上は、憲法が学説や権威によってではなく民主主義により守られ、作られていることを意味する。
したがって、集団的自衛権行使容認の解釈を覆したいならば、政権に入る必要がある。さらに最高裁に同調者を送り込めば確実だ。
選挙制度が少数派にいちじるしく不利であるのは言い訳にしかならない。少数派なりの戦略で政権にくみし、じょじょに変えていけばよい。妥協を嫌い政権から逃げていては、護憲も何も絵に描いた餅でしかない。
いまの日本の憲法をめぐる激しい対立と、9条の会に見られるような草の根からの護憲運動、日本国憲法を世界に広げようという世論をみるとき、この論説には激しい違和感をおぼえる。安倍自民党の側からは、うん、もっとも、そのとおりと称賛されるだろう。
このひとは世論や世論調査についても研究している。安倍内閣の閣議決定に、8月の読売調査では「集団的自衛権を限定的に使うようになったことを評価する」41%、「評価しない」51%、共同通信では「集団的自衛権行使容認に賛成」31・3%、「反対」60・2%と、政権に厳しい世論動向をその論理構成にいっさいかかわらせていない。
政権党が長年やってきた最高裁裁判官の送り込みを民主的手続きだと肯定する。手続き的に問題はないとしても、政権政党の目的遂行に役立つ裁判官人事が、真に司法の独立に資するものとはとうていいえない。それを手続き論レベルで民主的というのは、その民主主義の権力主義的な色彩を浮かび上がらせるものでしかない。
時代の変化によって条文の解釈が変わることは否定すべきではない。たとえば憲法13条は、個人の尊重、幸福追求権を規定した条文として、新たな社会問題を解決するために、環境権やプライバシーの権利などを生みだす役割をはたした。ただしこれは、日本国憲法が人権を第1義とする憲法であることの必然であった。ところが、集団的自衛権行使容認は、憲法9条のどこからも出てくる余地のないものだ。解釈の変更という形をとって、9条を根底からくつがえすものだ。菅原氏は、これを憲法上ゆるされる解釈だという前提に立っている。
ここでいえるのは、菅原氏は立憲主義をその理論の内部に取り込んでいないことだ。憲法は憲法学説や権威(たとえば内閣法制局がつみあげた9条解釈)によって憲法は守られるものでないというのは、権力の恣意的暴走を容認するものだ。憲法は民主主義によって、氏によれば憲法破壊的解釈を最高裁の入れ替えで確定することによって、憲法はつくられるというのだが、まさに麻生副総理が「ナチスのあの手口に学んだらどうかね」(2013.7.29)というその手口も民主主義だとして今も肯定するものだ。
安倍内閣の解釈を覆したければ、政権に入る必要がある、または少数派であっても政権にくみし、じょじょに変えていけばよいという。ここではナチスの手口的立憲主義破壊が問題にもならない。原則があいまいなまま政権に与することがどういう事態をもたらすかは、安倍内閣の公明党ですべてが物語られている。
妥協を嫌っては護憲も絵に描いた餅だというが、憲法手続きによらない実質改憲を強行する権力と妥協して護憲が実現できる筋道を教えてほしい。
憲法に立憲主義があるのに、菅原氏の理論には立憲主義が取り込まれていないという欠陥だけでなく、広範な国民の草の根からの憲法擁護運動を理論に位置づける枠組みを持っていない。だから日本の生きた政治分析はできない。朝日の論説も現実とは遊離した論の組み立てでしかない。
それと、菅原氏は、最高裁の裁判官は集団的自衛権行使容認か否かで判決を出すという前提でこれを書いているが、憲法9条の解釈だけでなく、その前に立憲主義がの立場から判断するという自明の推論を放棄している点で受け入れられない。
だがこんどの論説は氏の政治的意見をのべたもので、憲法学との共通の理論的土俵を持たない、憲法学からの批判を単に無視することをきめこんだ意見開示だ。
菅原氏が主張するのはこうだ。
憲法学者の通説と裁判所の判例がしめす憲法解釈はしばしば対立する。最高裁が示した解釈が、司法や政治・行政の場で意味を持つ。今回の憲法解釈の変更は訴訟リスクが待ち受けていると憲法学者の木村草太氏は指摘した。
仮に最高裁の判事全員が集団的自衛権の行使を認めない立場なら、解釈を確定するために15人の裁判官のうち8人を交代させる必要がある。2017年3月までに8人が70歳の定年を迎えるるから、自民党はあと1回衆院選に勝利すれば、お墨付きを確実にできる。
これは政権党の横暴ととらえる人も多いだろうが、これはまさに憲法に規定された民主的手続きの帰結である。政権は、時代の変化や自身の好みに応じて条文の解釈を変更できる。複数回の選挙に勝てばそれを追認する最高裁をつくることもできる。以上は、憲法が学説や権威によってではなく民主主義により守られ、作られていることを意味する。
したがって、集団的自衛権行使容認の解釈を覆したいならば、政権に入る必要がある。さらに最高裁に同調者を送り込めば確実だ。
選挙制度が少数派にいちじるしく不利であるのは言い訳にしかならない。少数派なりの戦略で政権にくみし、じょじょに変えていけばよい。妥協を嫌い政権から逃げていては、護憲も何も絵に描いた餅でしかない。
いまの日本の憲法をめぐる激しい対立と、9条の会に見られるような草の根からの護憲運動、日本国憲法を世界に広げようという世論をみるとき、この論説には激しい違和感をおぼえる。安倍自民党の側からは、うん、もっとも、そのとおりと称賛されるだろう。
このひとは世論や世論調査についても研究している。安倍内閣の閣議決定に、8月の読売調査では「集団的自衛権を限定的に使うようになったことを評価する」41%、「評価しない」51%、共同通信では「集団的自衛権行使容認に賛成」31・3%、「反対」60・2%と、政権に厳しい世論動向をその論理構成にいっさいかかわらせていない。
政権党が長年やってきた最高裁裁判官の送り込みを民主的手続きだと肯定する。手続き的に問題はないとしても、政権政党の目的遂行に役立つ裁判官人事が、真に司法の独立に資するものとはとうていいえない。それを手続き論レベルで民主的というのは、その民主主義の権力主義的な色彩を浮かび上がらせるものでしかない。
時代の変化によって条文の解釈が変わることは否定すべきではない。たとえば憲法13条は、個人の尊重、幸福追求権を規定した条文として、新たな社会問題を解決するために、環境権やプライバシーの権利などを生みだす役割をはたした。ただしこれは、日本国憲法が人権を第1義とする憲法であることの必然であった。ところが、集団的自衛権行使容認は、憲法9条のどこからも出てくる余地のないものだ。解釈の変更という形をとって、9条を根底からくつがえすものだ。菅原氏は、これを憲法上ゆるされる解釈だという前提に立っている。
ここでいえるのは、菅原氏は立憲主義をその理論の内部に取り込んでいないことだ。憲法は憲法学説や権威(たとえば内閣法制局がつみあげた9条解釈)によって憲法は守られるものでないというのは、権力の恣意的暴走を容認するものだ。憲法は民主主義によって、氏によれば憲法破壊的解釈を最高裁の入れ替えで確定することによって、憲法はつくられるというのだが、まさに麻生副総理が「ナチスのあの手口に学んだらどうかね」(2013.7.29)というその手口も民主主義だとして今も肯定するものだ。
安倍内閣の解釈を覆したければ、政権に入る必要がある、または少数派であっても政権にくみし、じょじょに変えていけばよいという。ここではナチスの手口的立憲主義破壊が問題にもならない。原則があいまいなまま政権に与することがどういう事態をもたらすかは、安倍内閣の公明党ですべてが物語られている。
妥協を嫌っては護憲も絵に描いた餅だというが、憲法手続きによらない実質改憲を強行する権力と妥協して護憲が実現できる筋道を教えてほしい。
憲法に立憲主義があるのに、菅原氏の理論には立憲主義が取り込まれていないという欠陥だけでなく、広範な国民の草の根からの憲法擁護運動を理論に位置づける枠組みを持っていない。だから日本の生きた政治分析はできない。朝日の論説も現実とは遊離した論の組み立てでしかない。
それと、菅原氏は、最高裁の裁判官は集団的自衛権行使容認か否かで判決を出すという前提でこれを書いているが、憲法9条の解釈だけでなく、その前に立憲主義がの立場から判断するという自明の推論を放棄している点で受け入れられない。
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