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山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

ガザの死者、もう7000人

2023年10月24日 16時01分35秒 | Weblog
 ガザ保健省によると、10月26日時点で死者は7028人に達した。負傷者は1万8千人だ。イスラエルによる地上戦が引き延ばされているにもかかわらずだ。
 地上戦突入が延びているのはイスラエルの軍事作戦にとってけっして不利ではない。10月7日以降、徹底したガザ空爆がおこなわれている。中低層の建物がことごとく破壊されている。障害物をなくして地上戦をやりやすくしている。
 国際法違反のガザ北部からの民族移動強要によって100万の人が家をなくし、家を捨てて南部に移動した。彼らにはもう戻る家はない。1948年のイスラエル建国とイスラエル戦争による70万のパレスチナ難民の再来だ。
 報道ステーションでイスラエル政府高官のインタヴューを見た。そこには復讐への強い怨念のみでガザの民衆lへの思いはみじんも感じられなかった。70年におよぶパレスチナへの排外的侵略主義はパレスチアアラブの歴史への配慮がまったくない独善的なものだと、インタヴューで思い知った。
 ハマスによる越境攻撃が予想しない衝撃だったことはわかる。それと同じ恐怖をパレスチナアラブの人々は何十年も経験してきた。

ガザ侵攻をやめよ!即時停戦を!

2023年10月23日 12時05分15秒 | Weblog
 ハマスがイスラエルに越境侵攻して2週間がすぎた。武力では雲泥の差があるのに、あとのことを考えずに10月7日、数千発のロケット弾を撃ち、壁を壊してイスラエル領内に地上部隊を送り込んだ。1400人のイスラエル人と外国人を殺害した。200~250人の人質をとった。75年におよぶイスラエルによる侵攻、占領、抑圧封鎖への怒りはよく理解しつつも、いくら武装過激集団だとはいっても、越境攻撃すればその何十倍の反撃を食らい、パレスチナ住民の命の犠牲は計り知れず、塗炭の苦しみを及ぼすことは十分に予測できた。
 長年の民族的苦難は十分に同情を買うものだが、武装侵攻、民間人殺害、人質は断じて許せない。双方の死者はイスラエル1400人、パレスチナ3785人に達した。
 イスラエルは本格的な地上侵攻を予告している。そのための戦車部隊を境界付近に展開し、ミサイル攻撃はすでに無数におこなっている。一時の越境侵攻の自衛措置だとしてイスラエルがいま準備を整えたのが、ガザのパレスチナをせん滅し地上から消し去ってしまうことを目指した作戦なのだ。まさにこの世の地獄だ。そのために、少しは人道的だと装うためにガザ北部の住民は南部に避難せよと勧告してきた。北部にとどまって無差別爆撃で命を落としても、通告したのに従わなかったのはそちらが悪いというのだ。イスラエルに正当防衛的な権利はあるとしても、新たに侵攻して無差別に爆撃し、そのあとに地上戦で根絶やしにするという正当防衛などこの世のどもにもない。国際人道法違反の戦争犯罪だ。くわえて、自分の命が惜しかったら勧告にしたがって南部に集団で避難せよというのは民族強制移動で国際法違反だ。当然のように、宿泊施設や、水、衛生施設、食料を提供する気など全くない。
 国際社会が今言うべきは、イスラエルはガザ侵攻をやめよ!イスラエル・ハマスは即時停戦を!だ。
  




細田衆院議長の卑怯な態度

2023年10月17日 18時11分16秒 | Weblog
 埼玉県の自民党県議団が提案し、批判に押されて取り下げた「虐待禁止条例改正案」には、この党の質の劣化が手に取るように現れていて、ああそうなんだと変に納得した。安倍以後の自公多数政権の我が世の春に精神的な腐敗がすすんでいるように思われる。
 もうひとつ、ここまで来たかと思わされたのが、細田衆院議長の記者会見だ。議長公邸で、1時間に区切って、許された若干名のクラブ記者だけの質問。いろいろ批判されたが旧ジャニーズの記者会見と比べると雲泥の差だ。だいたい入れる記者の縛りがとんでもない。クラブの忖度記者しか入れない。ジャニーズ会見では、当てられなかったが鈴木エイトさんや当たった赤旗記者、日曜版記者も堂々と入れる。記者クラブという貴族制度がないだけ真実に迫れる。
 忖度質問に対する細田議長の答えがひどかった。統一教会にずぶずぶの関係だったにもかかわらず、表情一つ変えずに、呼ばれたら行くだけで何の関係もないと平然と答える。だらしない記者は徹底追及をしない。政府が統一教会を調査し解散請求をするという決定をしたことについて、わかりませんと、究極の無責任逃亡を決め込んだ。ハラスメントについてもそんなことを訴訟も起こされてませんと平然と逃げた。この人の精神の堕落は想像を超えたものだ。もしかしたら痴ほうが入ったゆえの受け答えかと一瞬思った。いやそうではない。安倍と一心同体の極右政治家の本質暴露の会見だった。こんな人物が首相派閥を率い、衆院議長をやっているのかと思うと、日本国民として寂しい思いにとらわれる。しかし、逃げ得を許してはいけない。


自民党の本質あらわした埼玉・虐待禁止条例案

2023年10月10日 22時50分50秒 | Weblog
 子どもだけでの登下校、遊び、留守番などを虐待だとして禁止する条例案が埼玉県議会で採択されようとしていたのを、10日自民党が取り下げをした。委員会では自民党と公明党が可決し、本会議に持ち込んでいた。
 関西のテレビでも2日前の夕方のワイドショーで報じられた。変な条例だと話題になった。前の週の金曜日(6日)に委員会採決された直後から大問題になり、反対運動、署名がまきおこった。
 自民党代表は取り下げの理由を、「私の説明不足」で、内容に瑕疵はないとしているがとんでもない。子育て中の親の生活実態、事情を考慮せず、じゅっぱひとからげに虐待だと断定して親を追い詰める内容だ。内容に瑕疵満載だ。
 自民党の古臭い家庭観、子育て観がもろに出たものだ。条件整備への取り組みこそが政治の役割なのに、それを放置して、親の姿勢を問い詰めていく。おそろしい社会が待ち受けている危ないところだった。自民党とともにこれに賛成した公明党という政党の責任も大きい。


「しんぶん赤旗」主催の囲碁将棋新人王戦を正しく報道

2023年10月03日 11時37分40秒 | Weblog
 昨日(2023・10・2)の「朝日新聞」夕刊に「悲願の登竜門 21歳上野愛が突破 囲碁女性初の新人王」という見出しのわりと大きな記事があった。
 新人王を女性が獲得したのは今回の囲碁の上野愛咲美女流名人が初めてだ。女性が勝ったのは画期的なことだ。なにしろ、新人王のタイトルは7大タイトルへの登竜門だからだ。あの藤井聡太将棋名人も2018年の新人王だ。女性は女流戦の枠の中だけというのが過去のことになる、その突破口を開こうとしている。
 ところでこのブログで女性新人王を取り上げたのは、「朝日新聞」が「第48期新人王戦(しんぶん赤旗主催)」と書いたからだ。2018年の藤井聡太将棋新人王誕生のとき、「朝日」も、「東京新聞」以外のすべての新聞もしんぶん赤旗主催であることを隠したからだ。わたしはこのとき、これは真実を隠蔽する不当な扱いだと批判した。新人戦の主催者を書かないのならば、その直後にやられた「名人戦」も朝日新聞主催と書いてはいけなかった。しかし「名人戦」といえば朝日新聞、切っても切り離せない。この時の朝日はじめとした各紙の扱いは、悪意と偏見が土台にあった。朝日はじめ各紙の将棋記者はわたしの名もないブログを見ていたにちがいない。
 このたび、上野愛咲美さんが囲碁新人王を獲得したのは、もしかしたら藤井聡太将棋新人王に匹敵するくらいの大きな出来事に違いない。7大タイトルに食い込むことを予期させる。
 新人王の主催が「しんぶん赤旗」だと当たり前の書き方に是正されたのは、19年から22年までの間だったと思われるが、今回節目となった新人王記事で確認できたのはうれしい。



「人権侵犯」常習の杉田水脈をそれでも重用する自民党

2023年10月02日 11時25分58秒 | Weblog
 杉田水脈自民党衆院議員のあいつぐ差別発言にはほとほといやになる。批判されても何の反省もない。公の職に就く資格がない。にもかかわらず、所属の自民党も基本的にはこれに同調し、処分もせず辞職もさせない。
 2023年9月7日、札幌法務局は杉田水脈自民党衆院議員のアイヌ民族に向けたツイッター投稿を「人権侵犯」だと認定し、啓発をおこなった。2016年にスイスでの国連女性差別撤廃委員会の参加者について、杉田水脈氏は「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。完全に品格に問題があります」と投稿した。これに対し関係者が人権救済の申し立てをしていた。
 憲法、国際人権法を先頭に立って守るべき国会議員が、これを真っ向から踏みにじる行為をしたことは、国会議員の地位とは両立しえない。だが、法務局から指摘されても記者会見もしない、無視を決め込んでいる。
 驚くのは自民党のふるまいだ。人権、民主主義を尊重する政党ならば、議員を辞職させるなどの措置をとるべきだ。ところがその正反対の行動をとっている。自民党は9月29日、杉田氏を党環境部会長代理に就任させた。同じ安倍派に所属する党の重鎮・萩生田政調会長がすすめた人事らしい。岸田首相は昨年、杉田氏を総務政務官に起用するなど杉田氏重用はずっとつづいている。だが昨年は、同性カップルは生産性がないという問題発言で辞任させられた。
 自民党は2013年以後、もう法も倫理も通用しない集団になり下がったといえる。杉田氏は日本維新の会をへて、その極右歴史修正主義発言が安倍晋三氏に見染められ、比例上位で現在3期目だ。安倍以後の自民党は杉田氏流の人権認識(人権侵犯)、歴史認識(歴史の偽造)が党全体に浸透してしまった。これは世界的に見ると異常な状態だ。フランスでもオーストリアでも極右が伸長し、イタリアではついに極右女性が首相にまでなった。だが日本ではどのマスメディアも今の安倍以後の自民党政権が極右政権だとは言わない。しかし私から見れば、安倍以後は、ヨーロッパの極右政党をはるかにしのぐ極右政党、極右政権だ。このような人権侵犯や歴史の偽造を公然とやることはヨーロッパ的な政治倫理では見られない。人権侵犯も歴史の偽造もヨーロッパでは政治家、政党、政権がやってはならない最低限の常識だ。それがもともと日本では弱いが、安倍以後は意図的にこれを覆し、政治の世界だけでなく社会一般に浸透させるたくらみがやられている。日本政治を世界的な、国連人権規約のレベルでたえず検証するようにしなければならない。

医療・福祉の世界に巣くって利益をむさぼるシロアリ

2023年09月26日 16時32分35秒 | Weblog
 わたしは医療福祉生活協同組合の監事をしている。毎月の理事会に出席する義務を負い、年2回監査を行う。
 今年の総代会に向けた監査で、看護師、介護士紹介会社への支出が膨大になっていることを問題にして議論した。看護師も介護士も人手不足で医療機関、介護施設は苦しんでいる。今、多くの診療所、施設は来週、来月のスタッフ不足に対応するために「人材紹介業者」にたよっている。紹介料は年収の3割といわれる。看護師で二百万円、介護士で百数十万も要求される。それでも緊急の対応を迫られる診療所、施設ではこれにたよらざるを得ない。ハローワークがこの実情を知ってもっと積極的な対応をしてくれればいいのだが間尺に合わない。自前の求人も足りない。
 ハローワークのあるいは自前の求人で人材が確保できれば、経営も安定し、労働条件改善にもつながるのだが、紹介業者に毎年莫大な額を支払わなければならないのは実に腹の立つことだ。
 とくに、紹介業者経由で入職した人はやめる人が多い、離職率が高いという結果が出ている。監査の場で、これは人材転がしがやられているのではないか、リベートをエサに辞めるように仕向けて、別の人を紹介して荒稼ぎをしているのではないかと指摘した。
 その後、6月29日の「朝日新聞」1面に、わたしが考えていた通りのことが暴露されていた。記事は、介護・医療・保育分野の人材紹介業者が、働き手に「お祝い金」を出して転職を促す違反行為が広がっているというのだ。転職が成功したら数万円出すのだ。職場に不満はないか、転職してはどうかと誘いをかける。労働者の側も数か月で辞めて数万円追加して手に入れば、その誘いにのって、なかには常習化、ぐるになる人もでてくるだろう。
 最近では、これら紹介業者はテレビコマーシャルで大々的に人集めをしている。その中に人材転がしがしっかり組み込まれている。医療・福祉の苦境に食い込んで利益をむさぼる仕業はシロアリのようで許せない。

なんやこれ!岸田内閣改造。副大臣・政務官54人全員男

2023年09月18日 10時45分40秒 | Weblog
 岸田首相が政権浮揚をねらって内閣改造をおこなった。13日の改造では女性閣僚を5人起用したことで同数過去最多として、見得を切ったかに思われたが、15日の副大臣、政務官人事で国民をあっとおどろかせた。内閣改造写真は、普通は大階段での大臣お披露目写真のみだ。この大階段は岸田の息子らがふざけて寝そべった場所だ。庶民の息子でふざけた連中はバイト先の食品冷凍庫の上で寝そべって罰を受けたが、身分がちがうと見栄えも違うなと当時思ったものだ。
 こんどのヒット写真は、54人全員が男で真っ黒集団の副大臣・政務官お披露目写真だ。ふつうは副大臣・政務官写真は報道されないのではないか。ところがあまりに異様な、岸田政権の本質をみごとに表象した写真だから新聞・テレビとも報じた。この写真で多くの国民が真実をつかみとった。
 広島サミットで、日本もジェンダー平等を取りくみますよと約束したのに、全くやる気がないことを世界にさらした。「ジェンダーギャップ指数2023年版」で日本は146か国中125位だ。2009年版は101位だったのに着実に大階段を転げている。政治分野での順位は138位だ。 
 岸田弁明で、おかしいと思うのは、「女性ならではの感性を発揮してほしい」という言葉だ。女性登用の意義はその範囲でのものだと言っているようなものだ。これはジェンダーそのものだ。
 政治主導を名目に2001年から導入された副大臣・政務官制度、計52人。当選4、5回で副大臣、当選2、3回で政務官だという。順番待ちの面々がまだか、まだかと派閥の中から声をあげる。派閥のバランスをとりながら、解散総選挙、自民総裁選を思い通りに進めるために派閥に割り振りをしたらこの結果になったのだ。そこにはジェンダー平等に取り組む観点はまったくない。この程度なのだ。
 内閣改造をおこなうと普通はご祝儀相場として支持率が7、8ポイントも上がる。ところが岸田内閣支持率は、「朝日」で37%(8月33%)不支持は53%(8月54%)、「毎日」では25%(8月26%)不支持68%(8月同率)だった。国民はご祝儀を出す気がなかった。「朝日」では改造人事を評価しないが57%にも達している。大々的な新装開店に客はふりむきもしなかったのだ。



『完全版・袴田事件を裁いた男』を読む

2023年09月16日 11時16分36秒 | Weblog
 新聞広告に尾形誠規『袴田事件を裁いた男』(朝日新聞出版)を見つけ、書店で買った。トマ・ピケティの『資本とイデオロギー』の広告もあり、切り取って手帳に張ったが、これは1128ページもあってしり込みした。
 袴田事件についてはこのブログでも味噌タンクに漬けた5点の衣類が警察の捏造証拠であることを書いた。現代日本の歴史の中で、警察・検察そして裁判所も加担したもっとも醜い冤罪事件だ。
 1968年、静岡地裁で死刑判決を書いたのが熊本典道(当時30歳)である。司法試験をトップで合格したエリート裁判官だ。1963年に東京地裁に判事補として任官し、66年11月静岡地裁に転任。袴田事件を担当した熊本裁判官は、「強制、脅迫、長時間の取り調べによる自白は証拠にならない」として無罪を主張したが、二人の先輩裁判官との合議で多数決に敗れ、心にもない350枚に及ぶ死刑判決を書かされた。判決は若手の左陪席裁判官が書くのが通例だった。三人の裁判官の中では、とくに高井吉夫裁判官は「やってないことを認めるわけがない」と有罪に凝り固まっていた。熊本は高井に「あんた、それでも裁判官か!」と怒鳴り、「あんたが書けよ!」と用紙を投げつけたりもした。熊本は泣きながら判決を書き、翌年退官した。
 その後弁護士登録し、大企業の顧問弁護士にもなって一時は金を得たが、世界で最も長く収監されている死刑囚をつくった罪に苦しんできた。冤罪をつくった罪の意識から逃れられず、酒に逃げ道を求め、生活はすさんでいった。
 時が過ぎて2007年2月、「報道ステーション」に出演し、裁判官に課せられた守秘義務をやぶって、評議で2対1でやぶれ、無罪の判断を押し殺して死刑判決を書いたことを暴露した。                                                                                                                                                                                                                                             
 熊本は2020年83歳で亡くなった。
 わたしは、熊本のことをこの本を読むまでうかつにも知らなかった。2007年は定時制に勤めており、夜のニュースは見たことがなかった。熊本の暴露は大変な反響を呼んだが、袴田事件への関心が薄かったことも手伝って私の記憶に残らなかったのかもしれない。
 袴田巌さんは半世紀にもわたって身柄を拘束され、拘束による拘禁性認知機能障害をも背負わせられた。2023年3月、東京高裁は再審開始を決定した。しかし、検察は最高裁への特別抗告を断念したが、7月10日に「有罪立証」する方針を明らかにした。今に至っても、冤罪をつくった罪を自覚せず、引き延ばしをはかる検察の罪は重い。




映画「福田村事件」おすすめ! 想像力が広がります!

2023年09月09日 15時38分30秒 | Weblog
 昨日、第7芸術劇場で今評判の森達也監督の「福田村事件」を観た。開場前から客がつめかけていた。第7だけではなく、いくつもの映画館で同時上映している。9月1日から上映中だ。
 1923年9月6日、千葉県東葛飾郡福田村(現野田市)で実際に起きた集団暴行殺人事件を題材に劇映画にしたものだ。関東大震災、朝鮮人大量虐殺のちょうど100年の9月1日を期して上映を始めたもので、今に生きる日本人が歴史をふり返り、歴史の偽造に手を貸さないための必見の映画だ。小池百合子、岸田文雄両氏にもぜひ見てもらいたい。
 香川県から薬の行商ではるか千葉県まで来ていた大人子ども15人の集団が、大震災に遭い、何日か宿に泊まったあと、商売へと利根川を渡る船に賃料の交渉でもめたとき、怒りが方言となり、それを聞きつけた者が朝鮮人じゃないかと騒ぎ立てた。千葉県でも直前に官民一体の自警団がつくられていた。「朝鮮人が暴動をおこしている」との流言が千葉県にももちこまれていた。
 ヒステリー症状は自警団から村人にあっという間に伝播し、竹やりをもった100~200人の集団が殺害行為におよんだ。殺されたのは子どもを含む9人、生き残った被害者は6人。生き残った被害者の証言も残されている。「とび口を頭へぶち込んだ」「銃声が2発」「バンザイの声が上がった」などだ。
 映画では、いきなりとび口を行商の座長の頭に打ち込んだ衝撃の画面があった。刀で突き殺した後、まわりの村民がつぎつぎと竹やりを突き刺した場面も。音が聞こえそうだった。理由もない朝鮮人憎しのヒステリーだ。
 止めようとする人もあった。「朝鮮人ではない、日本人だ!」という人、「朝鮮人だから殺していいというのはおかしい!」と。村長も良識派だった。しかし、軍服を着た在郷軍人で自警団の分会長におさまり、肩で風を切っていた男は「腰抜け!それでも日本人か!」と恫喝をくりかえす。
 映画では、朝鮮3・1独立運動中のでの日本軍による集団殺害放火事件の提岩里(チアムリ)教会の牧師をしていた青年夫婦が村に帰国して事件に遭遇したというエピソードを配している。また千葉の地方紙の女性記者が、福田村事件の前に朝鮮人が殺されたのを目撃したのを記事にしたが、上からの指示で「不定鮮人が暴動」という記事に差し替えられたという話もこの映画を立体的かつ歴史縦断的なものにしている。今の新聞やテレビの姿を100年前の炎であぶりだしているようだ。もちろん100年前にそのような新聞記者の抵抗があったわけではないが。
 森達也監督、脚本家のみなさんの意欲、気力には敬服する。ときあたかも、小池百合子、岸田文雄らによって歴史の改編がすすめられている、まさにその時にこれに真っ向から切り込む映画だ。それも日本人の行商団を方言を理由に朝鮮人だと断定し、朝鮮人は殺して当然だという法的にもちろん、人道的にも許されない集団殺害の動かぬ事実を中心に据えて、100年前の大虐殺事件に視野を広げて考えようと、決死の問題提起をしてくれた。
 この事件は私は全く知らなかった。1980年代に千葉県と香川県の歴史教育者協議会の教員によって調査研究がすすめられた。これに比べれば、東京の大虐殺は規模が大きく隠しようがない。研究の歴史も長く、携わる人も多く、研究成果は膨大だ。
 ところが、岸田氏は政府は文書を探したが見つからなかったと寝言をいい、小池氏は歴史家がひもとく問題だとねじ曲げる。あんたが指図する前に立派な研究者が歴史を紐解いて、嘘をつけないほどに真実を明らかにしている。
 この映画は、日本人だと叫び続けている人たちをも朝鮮人だといいつのって次々と殺した事件を描いた。では、6000人も殺した東京中心の大虐殺はいかばかりのものか、想像を絶する。福田村事件を心にしっかり留めて、6000人の大虐殺に視野を広げよう。映画では川合義虎と思われる社会主義者も捕らわれ虐殺されたこともしっかり描いている。
 この映画は、公権力が真実を擁護するのではなく、歴史を捏造するのに躍起となっている今、多く人に見てもらいたい。


朝鮮人虐殺100年。日本政府は今もういちど朝鮮人を殺そうとしている

2023年09月02日 13時35分36秒 | Weblog
 1923年9月1日の関東大震災を機にくりひろげられた軍・警察・民衆による朝鮮人大虐殺から100年をむかえた。
 「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れている」「朝鮮人が放火している」「暴動を起こしている」というデマにおどらされて朝鮮人を探しだし殺していった。その数は6000人といわれる。
 1974年から虐殺犠牲者の追悼式典が日朝協会などによって続けられてきた。ところが今、歴史をねじ曲げ、否定する動きが激しくなっている。小池百合子都知事は就任翌年(2017)から追悼式典への追悼文の送付を拒否している。議会で問われて小池氏は「何が明白な事実かについては、歴史家がひもとくものだ」と虐殺の事実がいまだ明らかになっていないかのように事を歪曲している。
 くわえて政府も同様の態度をとっている。松野博一官房長官は8月30日の記者会見で、朝鮮人虐殺について「政府として調査したかぎり、事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」とのべた。この説明は2015年の神本議員の質問主意書への答弁と一言一句同じことばのくりかえしだ。
 ここにあるのは今の政府が100年前の帝国主義日本の植民地政策から何も変わっていないということだ。事実はいまだ究明できていないから、虐殺だといわれても政府としても東京都としても態度表明はできないというのだ。
 日本人の中にはこのことについて認識が不十分な人が一定数いるのをいいことに、歴史をねじ曲げようとするあからさまなねらいがある。
 「何が事実かは歴史家がひもとくもの」というが、歴史家の研究によって基本的事実はすべて明らかになっている。1960年代以降、姜徳相(カンドクサン)氏、松尾尊よし氏によって、公文書の発掘を含めて虐殺の真相究明がなされてきた。その他多くの研究者・市民の努力によって真実が明らかになった。いまだ暗闇の中にいるかのような妄言は通らない。事実を把握する記録が見当たらないというのは、権力犯罪を認めたくない者が逃れるための口実に過ぎない。
 明白な権力犯罪、権力による大虐殺事件なのに、100年たっても事実はまだわからないといいつくろって逃げを打つ。戦前の暗黒政治を本質を今も受けついでいることを証明するような問題だ。
 わたしは、100年たつのに大虐殺に国家としてけじめをつけず謝罪もしないのは、朝鮮人を再び殺すことになると思った。ところが今週の『赤旗日曜版』(9月3日)が「朝鮮人は三度殺された」の見出しで大特集が組まれていた。法政大学の愼蒼宇(シンチャンウ)教授が朝鮮人は三度殺されていると指摘している。1度は「虐殺の時」、2度は「事後処理における国家権力の隠蔽」、3度は「いま」。愼教授のくわしい論考は『前衛』9月号に載っている。ヨーロッパでは植民地支配の反省と謝罪に踏み出し、さらに奴隷制にも視野を広げている。ところが日本は、朝鮮植民地支配は合法的で正しいこと、見直すべきことは何もないとの態度だ。
 戦争であっても6000人もの民間人虐殺は人道に反する戦争犯罪として責任を問われる。朝鮮人大虐殺は震災中とはいえ平時の日本国内での大虐殺だ。しかも軍と警察がその中心に位置して虐殺が成立した。未曽有の権力犯罪だ。ところが100年たっても、この大犯罪の真相究明をする気もないし、責任の追及もしない、被害者への謝罪も補償もしない。おそろしい国家犯罪を隠蔽し続けている。これで自由と民主主義の国だとよくいえるなと思う。中国のことを価値観を異にする権威主義国家で信用ならないと政府もマスコミもいう。たしかにその通りだ。自由も民主主義もない。加えて社会主義でもないし、中国の政権党は共産党を名乗る資格はもとよりない。中国の人権と民主主義を批判するなら、足元の日本の朝鮮人大虐殺を遅まきながらも、今から政府として調査をし(懇切丁寧な研究結果は山ほどある)、責任を明確にし、国家としての謝罪と補償に踏み出すべきだ。
 政府が朝鮮人大虐殺に1ミリも踏み出さないのは、ここで責任問題と謝罪に立ち入ると、朝鮮植民地支配をいまも肯定している日本政治の土台を覆すことになるからだ。だが、植民地支配が正しかったといい張ることは21世紀の世界で孤立する道にはまり込むことになる。そのことがわかっているのか。

核抑止論について――広島・長崎市長の核抑止論批判を支持する

2023年08月21日 14時11分12秒 | Weblog
1、2023年8月、松井広島市長は、「核抑止論は破たんしているということを直視」するよう世界中の指導者に求め、鈴木長崎市長は「核抑止への依存からの脱却を勇気をもって決断」するよう核保有国と核の傘のもとにいる国のリーダーに
訴えた。核抑止論の破たんの直視と核抑止論からの脱却がいまこそ求められている。
 核抑止論とは何か。核兵器を使用した場合、相手側からさらなる破滅的な核による反撃を受けることが自明であり、結局、核の使用は思いとどまらざるをえないというのが核抑止論だ。
 強烈な核攻撃、破壊を覚悟しない限り、核攻撃に出れない。このことが核戦争を抑え込んできたという。これが防衛を目的とした抑止で、核はよいとは言わないが必要なものだという。となると、永遠に核抑止にたよることになる。これが一番の安全保障だとなると、これまで核を持たないできた国でも核武装する国がでてくるし、それを批判する根拠がなくなる。核抑止論に立つ限り、新たな核保有国を批判することは不可能だ。すべての国が核開発、核保有するか、核の傘に入るところまで行きつく。これは核抑止論の破たんそのものだ。
 核の問題を冷静に考えるには、核使用の実相に立ち戻らなければならない。核兵器は通常兵器による殺害とはまったく異なる。広島・長崎の原爆投下では、服も皮膚も焼けただれ、影だけを残し蒸発した人もあった。核爆発による空気の膨張=爆風によって壁や地面にたたきつけられ、目玉や腸までもが飛び出した。さらに放射能被害は遺伝子にまで影響を及ぼした。通常兵器なら逃れるすべもあるが、核兵器ではきわめて広範囲に、しかも一瞬に焼きつくし、殺しつくす。
 核抑止論者は、この広島・長崎の実相に思いをいたすことなく、単に有用な大量破壊兵器として核兵器を脅迫と勢力均衡の道具として位置付けている。

2、最終・究極の脅しとしての核と実際に使用した核とは、同じ線上で比較しえない。大量殺害であればあるほど、残虐であればあるほど、兵器として大きい役割を果たしたことになるのが核兵器だ。
 原爆投下に先立って、1928年に不戦条約が侵略戦争を禁止した。しかし、日本の満州事変、日中戦争、アジア太平洋戦争は、戦争ではない衝突、あるいは自衛の戦いだとして国際法をあざむいた。アメリカの原爆投下は無防守都市への無差別爆撃、不必要な苦痛を与えてはならないというハーグ陸戦法規に違反する犯罪である。
 第2次大戦後、国際連合は武力による威嚇と武力の行使を禁じ、自衛権は認めるが、国連安保理が必要な措置をとるまでの間とした。武力行使においても、やって良いこととやってはいけないことを定めた国際人道法を発展させた。
 だが核保有国はその被害の実相を直視することなく、大量破壊・残虐兵器としての有用性から、核兵器を中心にした軍事戦略を立ててきた。
 細菌・生物兵器、毒ガス・化学兵器、地雷、クラスター爆弾と、残虐兵器に対してつぎつぎと禁止条約がつくられてきたのに、最大・最悪の核兵器だけは、禁止への道のりは妨害つづきだった。それをのりこえ、2021年に核兵器禁止条約は発効した。

3、核抑止論者は先制不使用をなぜ言わないか。非核保有国への不使用をなぜ言わないか。先制不使用は核抑止論の範囲内のことだ。核抑止論が成り立つとすれば先制不使用はその中心に位置づくものだ。しかし、核保有国の多くはこれを言わない。言わないということは、先制使用がありうるし、自らの手をしばらないということだ。すべての核保有国が先制不使用を宣言すれば、核兵器の体系は必要なくなる。
 非核保有国への不使用をなぜ言わないか。非核保有国への使用は二重に人道に反する。残虐兵器を持たない国に対して残虐兵器を使うことは、国連人道法の歴史から言っても絶対許されない。倫理的に最低のことだ。だがこれも言わない。つまり、相手が誰であれ、丸腰の者にも遠慮なく使うということだ。
 中国とインドは先制不使用宣言を維持している。北朝鮮も先制使用を控えるとしている。先制不使用に反対の国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、パキスタンだ。自国の領土に対する侵略、攻撃があった場合、核保有、非保有のいずれにも核を使用するとしている。2016年、オバマ大統領は先制使用禁止政策の採用の検討をしたが、閣僚から説得されてとりやめた。日本の安倍内閣も足を引っ張る役割を演じた。被爆国の政府にあるまじきことだ。
 それは、核兵器をもっとも有用な兵器だとして、核抑止論をのりこえ、あからさまな核脅迫に道にすすむことを意味した。核兵器を柱にして軍事戦略・国家戦略を組み立てているがゆえに究極的な残虐性があると指摘されても決して見直さない。
 核が最悪の残虐兵器であることを認めれば、先制不使用政策をとることは理性的判断となる。強力な軍事国家であっても、残虐兵器を先制使用することは人道にもとる政策であることは明白で、国際的な尊敬と支持を集めることは不可能だ。残虐兵器を禁止してきた延長線上に核兵器を位置づけることが、国際法、国際人道法の発展に沿う道だ。そこで受け入れなければならないのが、先制不使用政策と非保有国への不使用だ。
 広島・長崎の被爆者や反核運動の人々は、この被爆者の訴えが78年間核兵器を使わせなかった力だと考えている。だが核抑止論者は、核抑止論こそが核兵器使用を押しとどめてきたという。
 核5大国にだけ核保有を認め、それ以外には認めないというNPT(核不拡散条約)体制は不平等条約だ。だから、NPTを抜け核開発に走る国が出てくる。これを止める論理は核抑止論には内包されていない。核開発は永遠にふえつづけることになる。ただしNPT第6条は「核軍備の縮小に関する効果的な措置につき・・・誠実に交渉を行う」ことを義務付けている。2000年の再検討会議では、「核兵器廃絶を達成する核兵器国の明確な約束」を盛り込んだ最終文書を採択した。核保有国がその義務を誠実に履行しておれば、NPTの正統性はかろうじて保たれる。しかし現実は、第6条無視が公然とまかり通っている。
 核抑止論は脱却するしかない。だが、核抑止論の線上にも核廃絶の道があるようにいう論者もいる。核兵器を上回る大量破壊兵器が開発されれば、核保有国もすすんで核を放棄する、これが核廃絶への一番の近道だと、ある箔抑止論者は述べている。もっとひどい残虐兵器の登場によって核も抑止論も必要なくなるという。とんでもない核兵器救済論だ。

4、核抑止論は、ロシアのウクライナ侵略がやられている今、かつてなく勢いを得ているように見える。核を絶対悪として核抑止論をのりこえてきたはずの日本においても、ロシアからの核脅迫がくりかえされているもとで、核の傘を越えてアメリカとの間で核共有をすべきだとの公然とした議論が維新の会から出されている。だがこれへの国をあげた反論がまきおこっている状況ではない。抑止論に従う世論も強まっているだろう。
 ロシアはかねてより先制使用を政策としてかかげている。アメリカも同様ではあるが、ウクライナ戦争がさらに長引いて困難な状況に陥るとき、戦術核の使用にふみ切って局面打開をはかる可能性はありうる。その時点で核抑止論はこっぱみじんである。
 ロシアが戦術核を使うのに対して、米・英・仏が反撃で核使用をすれば、これは新たな問題を生む。第1に、ロシアが核使用によって放射能を含む悲惨な状況をつくるのと同様に、これまで人権と民主主義を旗印にしてきた米・英・仏が、被爆者をあらたにつくりだし、その責任を負うことになるのである。
 第2に、反撃はロシアからワシントン、ロンドン、パリへさらなる核攻撃を招くことになり、この核政策は自国民を破滅に追いやることになる。拍抑止は成り立たない。
 ロシアの核脅迫がくりかえされ、実際に核使用の危険性が強まっているもとで、核抑止論は破たんした。事態の可能性冷静に考えれば、抑止論に希望があるとするのはまったく馬鹿げている。広島・長崎市長の主張は正しい。世界のリーダーはこの主張を深く検討し、核抑止論をのりこえるべきである。

5、プーチンは、ロシアは「世界で最も強力な核保有国の一つ」だと公言し、抑止力の「特別態勢移行」を命じた。プーチンの姿勢は、核抑止――核によって核使用が止められるとの理屈が偽りであることをあらわにした。核は、抑止とは無縁の脅迫と支配、侵略の道具だ。NATOの核共有がロシアの核使用を抑止しえないこともはっきりした。
 ロシアは、核先制使用方針をかかげている。先制使用で打撃を与えて戦争を有利にすすめるという方針だ。プーチンは、2022年2月27日、核抑止部隊高度警戒体制への移行を指示した。4月27日、「もし必要になるならば、われわれは脅すだけではなく、使用する」と断言した。これはウクライナ、NATOに対してだけでなく、全人類への脅迫である。
 すでに2020年6月には、「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎」を公表し、非核兵器による攻撃であっても、核兵器による反撃を想定している。通常兵器によってロシアが侵略され国家の存立が危機的になったとき核使用すると定めている。
 2022年9月21日、プーチンは、核の脅しは「はったりではない」と明言した。12月7日、「核戦争の脅威が高まっている」といった。
 現在、戦争がさらに長期化している。プーチンが追いつめられれば、核を本当に使うのではないかとの不安が高まっている。
 実際のところ、仮にプーチンがうくらいなで戦術核を使っても、4のところで検討したように、米国をはじめとするNATO諸国はなかなかロシアへの核による報復ができないのではないか。米・英・仏がロシアに核攻撃すれば、ワシントン、ロンドン、パリにロシアの核が飛んでくるだろう。核抑止が破たんしたあとの姿だ。





セミもあまりの暑さにやられた

2023年08月16日 10時49分06秒 | Weblog
 8月12日(土)の朝、ケヤキの大木のあるマンションに行くと、さぞうるさいと思って近づいたのに何とセミの鳴き声がまったくない。その1週間前の朝はあまりのうるささに頭が変になりそうだった。もちろん大阪はクマゼミだ。じょじょに減っていくのは体験的にわかる。だが、ただの一匹も鳴かないのだ。
 どうも気温が35度を超えるとセミは鳴かなくなるらしい。1週間から2週間しか地上では生きないのに、この暑さではその2週間も全うできない。何年もの地中生活から順に穴を開けて這い出して、さあ大声で鳴いて交尾して卵を産み付けてと思っていたのに、遅れて這い出したセミはあわれ、異常な暑さにやられた。

核兵器に固執する岸田首相の哀れな姿、広島・長崎市長の前では形無し

2023年08月11日 22時49分10秒 | Weblog
 広島・長崎での岸田首相と広島・長崎両市長との政治的対比はあまりに鮮明で今の日本のそして世界の核をめぐるアプローチが正反対であることを見事に示した。
 松井一実広島市長は「核抑止論は破綻しているということを直視」することを呼びかけ、日本政府に「核保有国と非核保有国との間に生じている分断を解消する橋渡し役を果たしていただきたい。そして、一刻も早く核兵器禁止条約の締約国となり、核兵器廃絶に向けた議論の共通基盤の形成に尽力するために、まずは本年11月に開催される第2回締約国会議にオブザーバー参加していただきたい」と要望した。
 岸田首相はかねてから核兵器禁止条約は核廃絶には役に立たない、分断を深めるだけだ、なぜなら核保有国がこれに反対しているから、したがって日本は核保有国と非保有国の橋渡しをするこれが核なき世界への一番の近道だといってきた。ところがいっこうに橋渡しをしない。自分はアメリカの核の傘の下にいてアメリカの従順な下僕的ふるまいを常々しながら、橋渡しといっても非保有国からは信用されない。具体的に橋を架けようとした節は見られない。被爆地広島で「核軍縮に関する(核廃絶ではない)G7広島ビジョン」を発した。これは広島を利用して核抑止論を発信したもので、被爆者が憤ったのは当然だ。ビジョン曰く「われわれの安全保障政策は、核兵器は・・・防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、戦争と威圧を防止すべきとの理解に基づく」と。核廃絶の考えは一切なく、あくまで核兵器に固執するとの宣言だ。
 平和式典での岸田首相のことばには、核軍縮はあっても核廃絶はない。当然のように核兵器禁止条約はない。コメントしない、コメントできない。
 松井市長は橋渡しと核兵器禁止条約の締約国となることを要求しながら、まずは11月の第2回締約国会議にオブザーバー参加していただきたいと述べた。核保有国側にいながら橋渡しといっても、信用されていないのだから、本当に橋渡ししようという気があるのならば、自由に参加が許された締約国会議にまずは出席してみて橋渡しの具体策を考えるのが筋道だろう。アメリカの木の根っこにしがみついている日本政府としては、そんなところに出席すること自体、怖くてできないというのが本心だろう。そろそろ情けない態度から脱却したらどうか。
 松井発言以上に正直おどろきをもって読んだのが鈴木史郎長崎市長の平和宣言だ。
「しかし、この広島ビジョンは、核兵器を持つことで自国の安全を守るという『核抑止』を前提としています。核抑止の危うさはロシアだけではありません。核抑止に依存していては、核兵器のない世界を実現することはできません。」「今こそ、核抑止への依存からの脱却を勇気をもって決断すべきです。」「唯一の戦争被爆国の行動を世界が見つめています。核兵器廃絶への決意を明確に示すために、核兵器禁止条約の第2回締約国会議にオブザーバー参加し、一日も早く条約に署名・批准してください。そして憲法の平和の理念を堅持するとともに、朝鮮半島の非核化、北東アジアの非核兵器地帯構想など、この地域の軍縮と緊張緩和に向けた外交努力を求めます。」「被爆者は思い出すのもつらい自らの被爆体験を語ることで核兵器がいかに非人道的な兵器であるのかを世界に訴え続けてきました。この訴えこそが、78年間、核兵器を使わせなかった『抑止力』となってきたのではないでしょうか」
 まさに被爆者の訴えが核兵器を使わせなかった一番の力だ。その訴えが国連の中で圧倒的な世論となり、2017年9月核抑止力論を乗り越え122か国が賛成して核兵器禁止条約が採択された。50国の批准で国際条約として2021年1月発効し、2023年1月現在68か国が批准している。
 核抑止論にとらわれている間は核なき世界は来ない。いざとなったら核を使うことを前提にした脅しで成り立つものだからだ。核固執の抑止力論の立場から核廃絶運動や核禁条約を揶揄しても、国民世論や世界の反核世論から尊敬されることは金輪際ない。

維新・馬場代表の民主主義否定発言を許してはいけない

2023年08月01日 14時22分42秒 | Weblog
 日本維新の会の馬場伸幸代表がネット番組で「共産党はなくなったらいい」と民主主義否定の発言をした。共産党小池晃書記局長はすぐに「他の党の政策について批判する権利はどの党にもある。しかし、存在そのものを否定するのは民主主義を根本から否定する暴論」と述べ、発言の撤回を求めた。ところが維新は平然と撤回しないと居直った。馬場氏ら維新のもとからの持論だが、しかし民主主義を否定する議論なのはまともな政党や政治家にはわかりきったことなので、そんな気分を持っている人でも口にはしない。それをあえて、平然と口にし、極右勢力にアピールしようとパフォーマンスするのが維新だ。
 民主主義、議会制民主主義を肯定し、議会政治に身を置いている政治家・政党そしてマスメディアはその根本を否定する暴論にはこぞって批判すべきだ。維新の主張するところは、戦前の治安維持法下の共産党を迫害弾圧し、党関係者を治安維持法をも無視し、法の手続きなしにつぎつぎと殺していったあの暗黒政治をほうふつとさせるものだ。
 許してはならない、忘れてはならない。