こんにちは! ただち恵子です

政治と社会、日々の暮らしの小さな喜び。思いつくままに綴ります。

「村長ありきーー沢内村 深沢晟男の生涯」

2015-03-17 18:16:54 | 読書
1905年、岩手県沢内村に生まれた深沢晟男が都会での生活を経て、生まれ育った村へ帰り、教育長から助役へ、そして村長に就任したのは1957年、51歳のときだった。

各地区の公民館や学校の教室で、村の人々と膝を突き合わせての座談会を重ね、一方で信頼する行政スタッフによる調査分析をすすめ、「豪雪、多病・多死、貧困」という「沢内村の三悪」を明確にする。

そして、その悪条件の克服に果敢に挑むなかで、真っ先に実施したのが「乳児の医療費無料化」、続いて「老人医療の無料化」。


法律との整合性や、貧困な村財政など、どんな難題があっても「生命・健康は平等に守られなければならない」という信念を貫く。


「医療費の無料化」は、生命尊重の行政が取り組む保健事業、「救える命は救わなければならない」という大きな目的の早期発見・早期治療の延長線上にある。


憲法25条を行政の施策に生かせば、そうなる。当然の帰結として。


村の人々の暮らしをみつめ、村民との対話のなかで課題を明確にし、そして村民の協力を率直に求めながら、課題の解決にあたる。

住民自治の模範、「市民と行政の協働」と私たちが言うモデルがここにある。


ただただ残念なのは、「疾病の早期発見・早期治療」を村民に呼びかけ、乳児死亡率を激減させ、平均寿命を延ばした業績で高い評価を受けた村長が、自らの病気の早期発見・治療には配慮が足りなかったのか、わずか59歳、村長2期目の在職中にその生涯の幕を閉じたということ。



子ども医療費助成は、全国の全ての自治体に広がり、対象年齢も市町村が競い合って引き上げ、「中学校卒業までが3分の2の自治体」というところまで来た。

「いいこと」で競い合うのは歓迎すべきだし、運動の力でここまで切り拓いてきたことも事実だと思う。

財政負担を理由に腰が重かった自治体も、「周りの自治体がやれば、やらないわけにはいかない」と動く。

しかし、沢内村の「生命尊重行政」の理念がしっかりと受け継がれているなら、高齢者の医療費負担の重さはもっともっと、問題にし、運動にし、改善しなければならないと思う。

深沢村長が2期目の村政を担当して岩手県国保蓮に招かれて講演した記録の抜粋が本書に収録されている。

「年寄りを大事にしなければ、いろいろの秩序というものが生まれて参りません。誰もが辿る年寄りへの運命であってみれば、その年寄りを生産能力がないからという理由で粗末にする、そいう風潮が一家の中に出るようでは、社会全体も無秩序の状態になる。・・・年寄りを姥捨て山に送るような考え方が、若い人やお嫁さんの中に出てくるようでは問題にならん。・・・私はお年寄りが、自分の生命という一番大事なものにすら遠慮なさっている、こういう方々に最初の段階(医療費10割給付の)としてしぼったわけでございます。」


介護保険の改悪、70歳以上の医療費2割負担、後期高齢者医療の保険料軽減の廃止・・・「姥捨て山」の政策に深沢村長は、「こんなことを許してはならん」と本書の中から私達に語りかけている。



著者;及川和男
発行;れんが書房新社

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