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MR.コールマンの挑戦日記

セカンドライフを迎えて趣味のランニングや街歩き、スケッチ水彩画、地域活動などの日常のあれこれを綴っています。

奥多摩むかし道ハイキング~その1

2013年11月21日 | 山行・ハイキング

春から企画していた奥多摩むかし道の紅葉ハイキングを秋晴れの絶好のハイキング日和に恵まれて、元気組の昔仲間と約9KMのコースを奥多摩駅から小河内ダムに向けて歩きました。
青梅駅で乗り換えて奥多摩へ向かう車内では、高齢者のハイカーで一杯でした~
駅前の観光案内書で情報を入手すると、残念ながら南氷川入口から槐木付近までは、水道管新設工事中で通行止めとなっており、檜村までは青梅街道を約20分歩きます。

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弁天橋から多摩川を見下ろすと深い渓谷の両側は美しい紅葉が見られてテンションが上がってきました。

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境駐在所の先から ようやくむかし道へと入りますが、要所要所にはむかしみちの石道標が立ち歴史の道の面影を感じていました。

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急坂を登り階段を昇り降りして、約15分で小中沢には「不動の上滝」が見えて心休まる空間がありました。

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その先には、「白髭神社」があり、階段を登ると巨大な岸壁の下に社殿がありますが、何と御神体はこの巨岩だそうで、都の天然記念物に指定されているのです。

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白髭神社のすぐ傍には「弁慶の腕ぬき岩」があり、約3mの岩の下に貫通穴が開いていますが、結構穴も長さも大きく弁慶でもこんなに大きな腕ではないですよね~
それよりも何か魚の顔のように見えてきませんか? 

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また、その近くには「耳神像」が鎮座しており、 説明によると、昔は耳垂れや耳が痛いときに、医者も無く穴の開いた小石を供えてご利益を祈ったそうで、民間信仰の一つだったとか・・・小石が沢山置いてありましたが、穴の開いたものは無かったですね・・・

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次には、樹齢200年の「いろは楓巨樹」が美しい彩を見せており、昔の往来を行く旅人も楽しんだことでしょう・・ 

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惣岳渓谷の彩を見ながらさらに進むと、右手石段の上には「惣岳の成田不動尊」があり、祠は小さいものですが、明治時代にはご信仰があったようですね。

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不動尊を過ぎる頃から惣岳渓谷が眼下に見えて渓流の音も聞こえ、見どころの惣岳渓谷の「しだくら橋」に到着。
入口には、「3名以上では渡らないでください」と警告されていますが、他のハイカー達が 「じゃ、3名づつ行こう」と渡り始めていたので、これは「2名づつですよ~」と話しかけたら、3名以上の解釈で意見が分かれ、思わず大笑いでした。
正解はどっち・・
中高齢者の数学?の知識も落ちていますね・・
以前は、5名以上と記載されていたそうですが、よく見ると吊り橋のメインワイヤーがかなり錆びていましたね~一人で渡って橋上で飛び跳ねて思い切り揺すってみましたが、揺れましたね~

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吊り橋から眼下の渓谷を見下ろすと 赤・黄・橙に染まった紅葉が実に美しい彩りでした。

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縁結び地蔵尊や馬の水飲み場、むし歯地蔵尊などを右左に見ながら進むと 冬の陽を受けてモミジの紅葉のグラジュエーションが実に美しくしばし足を止めて見惚れていました・・・

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小河内ダムから奥多摩駅へ逆コースで進む多くのパーテイーと行き交いますが、エールを交換して、「玉堂の歌碑」がある傍の空地にはテーブル&ベンチがあり一休みでした。

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一休みしてその先の「道所吊り橋」に着きますが、こちらも、「3人以上で渡らないでください」と注意書きされていました。

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道所橋を過ぎると、惣岳渓谷の紅葉の美しさはさらに増してきて彩りも一層鮮やかになり、歩くピッチも止まりがちになっていました。

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渓谷美を楽しみながら進むこと約20分で、見晴らし広場に到着すると対岸の山肌の紅葉も素晴らしく、青空とのコントラストが実に美しいですね。

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山々の稜線もクッキリしてその景観は進む毎に変化してきますが、むかしの景観も同じだったのでしょうか?

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西久保の切り替えしから細い道に入り、むかしみちの最大の見どころに入ります・・・(続く)

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湯河原梅林・幕山ハイキング

2013年03月13日 | 山行・ハイキング

春本番の陽気となり、関東地区有数の梅の名所である湯河原梅林「梅の宴」が見頃となっていると聞き、早朝から湯河原幕山ハイキングへ出かけてきました。
湯河原駅から臨時バスに乗車して、幕山公園に着いて見ると、幕山の斜面には約4000本の紅白の梅でピンク色に染め上っていました。
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雲一つない青空の下、梅林内を一回りして見るとこんなに梅の種類が多いのかと思うほど様々な種類の梅が共演しており、特に白の枝垂れ梅が約500本一角を占めて咲き誇っています

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斜面の散策路を歩きながら混雑する前に幕山へのハイキングコースへと進むと、風もなく穏やかな散策路の梅のアーチには、開花したばかりの梅の香りがほんのりと癒してくれます。

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梅林の最高点から梅林を見下ろすと、斜面一杯に梅の絨毯で覆っているような絶景が見られますが、心なしか今年は色合いがやや薄く鮮やかさに今一欠けるようでした。

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五郎神社への分岐点を過ぎて8合目まで来ると、眼下には相模湾や真鶴半島、伊豆大島が望めて疲れを忘れるひと時となります。
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つづら折りの急坂や急階段を登り喘いでいましたが、途中では大木の根っこのアートや足元に走るヤモリ?を踏みそうになったりして、早春の山色を感じていました。

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梅林から40分で山頂に到着しましたが、トレイルのトレーニングの積りで頑張ってみたが、厳しすぎるコースでした。
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山頂(625M)広場には、数人のハイカーの姿を見るだけで、しばらく大の字になって青空を眺めての休みをとっていました。

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休息後は、山頂周回コース(800m)を一回りして見たが、360度の景観を眺めながら枯れススキの平坦な道を走るのも快適でした。

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下山では、登ってくる多くのハイカーとすれ違っていると思わず滑って足を取られることもあるが、梅林の最高地点まで降りてくると、この日も山腹の大岸壁に取りつくクライマーの姿もみられ、クライマーにとってもクライミング日和だったようです。

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梅林の散策路を再度巡って梅見を楽しんでいたが、今年は開花も大幅に遅れているために、梅まつりも延長されており、丁度この日は見頃となって色々な梅が春の陽射しを受けて咲き誇る光景が見られました。

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「想いのまま」という梅は、白梅の間に淡紅梅が混じり、中には一輪の花の花弁が2色のものも見られます。

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梅林入り口では、菜の花が咲いており、山肌を染める梅の色と青空とのコントラストがみごとでした。

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下山した時には、まだお昼前だったので、山頂から見た美しい真鶴半島に誘惑されて、足を延ばしてきました。

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毛無山・十二ケ岳登山

2011年11月28日 | 山行・ハイキング

山友からお誘いがあり山梨県足和田村の「毛無山~十二ケ岳」に日帰り登山に出かけてきました。

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話を聞いた時には、「余り高い山ではないが、岩場やつり橋もあり非常に変化のある面白い山行ですよ・・・」と聞き、疑いも無く静岡県と山梨県の県境にある「毛無山(1945M)」とばかり思っていたが、何と足和田村にも、「毛無山(1500M)」があり、知らなかった~

山梨県には、山が無いのかと思えば(笑)、実に山が多く今回の十二ケ岳は、山梨百名山だそうで、同じ名前の山があることも驚きでした・・・

[山行・コースデータ] :11月27日=自宅(藤沢)6:20~東名高速~御殿場~東富士道路~富士吉田~足和田村~文化洞トンネル駐車場8:40=登山口9:00~長浜分岐9:30~毛無山山頂10:30=10:45~六ケ岳11:15~十二ケ岳山頂12:42(昼食休)13:25~桑留尾分岐14:40~森下キャンプ場15:18~文化洞トンネル駐車場15:30=総時間(休憩含)6時間30分

この日は、恒例の河口湖マラソンが開催される日であり、河口湖周辺の道路規制や渋滞が心配されたが、富士吉田ICを降りると渋滞は無かったが、河口湖周辺には規制がかかっており、足和田山を回り西湖周回道の迂回コースでようやく長浜の文化洞トンネル登山者用駐車場に、到着した。

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既に駐車場には10台の車が駐車していたが、思いのほか登山客は少なかった。

トンネル脇の登山口から尾根筋に出るといきなり直登となるコースでしたが、落葉を踏みながら晩秋の風景を感じながらひたすら前へ前へと歩を進めるが、1週間前のマラソンの疲労が残っており、ふくらはぎが悲鳴を上げ始めていた。

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約30分で長浜方面への分岐点を過ぎると、つづら折りから直登となり、喘ぎながら歩を進めていたが、いきなりコース脇にクマかイノシシかユニコーンかと思える巨体?が表われて一同腰が抜けそうになったが(笑)、何と誰が仕掛けたのか倒木でしたが、よく見れば見るほど目・口・脚・胴体など実によく似ており、大笑いとなっていた。

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分岐点から約30分で毛無山山頂へ到着すると、スペースは僅か30㎡程ですが、青空の快晴ではなかったが、遠望を遮るような雲も無く、目の前にドド~ンと薄化粧した雄大な富士山が全貌を見せており、その手前には河口湖・西湖など素晴らしい展望が開けていた。

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眼下の河口湖長浜の湖尻では、マラソンランナーの姿が微かに見えており、沿道から応援する太鼓の音も響いていた。

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小休止の後、十二ケ岳へと向かうが、一ケ岳から二ケ岳、・・・十二ケ岳までピーク小岳がありアップダウンが続くが、八ケ岳辺りまではさほど大きな変化もなく、富士山や西湖などの展望を楽しみながら歩む・・・

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「八ケ岳」は、あの長野県・山梨県に跨ぐ赤岳・横岳などの「八ケ岳(ヤツガダケ)」とは異なり、小さな岩の塊でした(笑)・・・

十ケ岳からは、岩峰が続きロープや鎖場の連続となり、自ずと緊張感が全身に走りひとつ踏み外せば、切れる谷に滑り落ちるような恐怖感を覚えていた。

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その最大の難所は、十一ケ岳から目の前に絶壁が迫りくる十二ケ岳へは、ゆらゆら揺れるつり橋を渡り、その先には、約7M ほどの急登する鎖場や激坂が続き、その緊張感は半端じゃない・・・

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また、岩場では浮石が多く、落石の危険が付きまとい一歩づつ慎重に登り降りしていたが、ロープのない激坂も多く、十二ケ岳山頂に着いた時には、どっと疲労感を覚えていた。

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山頂には、7、8人のハイカーが相前後して到着し、狭いスペースで相互に情報交換しながら昼食を摂っていたが、360度の展望は素晴らしい。

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また、小さな二つの祠がありましたが、岩の上からは、南アルプスの北岳・農鳥岳・塩見岳などの遠望や、富士山手前には大室山・天神山など墨絵のような美しい眺望が望めました。

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昼食後は、桑留尾(くわるび)へのコースを下山するが、しばらくは約10M近くもあろうかと思われるロープ場の岩場を降りるが、その先は、落葉樹林の下り坂をひたすら歩み、約1時間20分で、文化洞トンネルへの分岐点に到着。

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この後、しばらくトラバースして落葉を踏みながら「旧根場通学路」?を経て、約40分で森下キャンプ場に到着してみると、紅葉の真っ赤な紅葉に出会い、疲れも消えるような充実感を覚えていた。

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湖畔路を約10分歩いて、ほぼ計画通りに文化洞トンネルに到着して、帰路に着いた。

ところがここからが想定外の連続で、河口湖周辺の規制は解かれていたが、東富士道から御殿場市内、東名高速と連続して記録的な大渋滞に巻き込まれ、厚木ICを降りるまで約5時間を要し、帰宅したのは、夜の9時を過ぎていた  

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富士登山~その2

2010年07月25日 | 山行・ハイキング

第63回富士登山競走の応援を兼ねて、快晴の富士山登山で吉田口コースに挑戦したが、期待以上の快晴の天候に恵まれて、久し振りに登山の醍醐味を味わった。

富士スバルラインには、7時前に着き五合目を目指したが、生憎にも五合目駐車場は満車となっており、約2キロ手前の路傍駐車場で止められて、ここからの出発となった。

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富士山は、すっかり夏の姿に変わっており雲もなく笑顔で迎えてくれたようだ。

学校が夏休みに入った最初の週末とあって、今年一番の登山客で賑わい、登山ブームも反映してか、今年の夏シーズンの登山客は例年以上に混雑が予想されるそうだ。

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6合目の安全救護センター前では、登山競走の出迎えで家族や仲間が、今か今かとランナーを待っていたが、急ぎ7合目へと歩を運ぶ。

今回は、やたらと外国人登山客が多く、中国人グループやUS Navy の登山客が目立ち、挨拶を交わして上を目指したが、初めての富士山だという中国人グループは、やたらとはしゃいでいて楽しそうだったが、果たして山頂まで登れるのかと、いらぬ心配して先へ進む。

本7合目手前から、ランナーに追いつかれて、岩場のコースなどは、ランナー優先で道を譲りながら、一歩一歩と上を目指すが、中々進まない。

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正午近くから、次々と積乱雲が沸いてきて、美しい青空に映えて、富士山でしか見られないような「入道雲」の展示会のように、色々な形の雲が登ってきて、美しい天然ショーを見ているようだあった。

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本8合目を過ぎてからは、ランナーの大群も過ぎて、マイペースで登れるようになったが、逆に酸素が薄くなってきたのか、岩場を登るのに喘ぎ喘ぎの苦難が続いた。

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上や周りの景色を眺める余裕もなくひたすら足場を探しての岩登りが約1時間で、ようやく山頂の久須志神社が見えてきたが、これからがまた一苦労であった。

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山頂直下には、電通社の賽銭鳥居が立っており、鳥居の裂け目や礎に、登山者が置いたものであろう賽銭が乱れ置きされていた。

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難攻苦行でようやく山頂久須志神社に到着して、多くの登山者は達成感を満喫して記念写真で大賑わいだったが、すでに登山競走のゴールは、撤収されていた。

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山小屋通りを過ぎて、剣が峰(3776M)山頂を望むと、快晴のもとお鉢巡りのコースが一望されて、鉢底(大内院火口)が大きく口を開けており、吸い込まれそうな錯覚を覚えた。

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風もなく快晴の好条件に恵まれていたので、時間も制約されていたが、お鉢巡りを決行して剣が峰へ向かったが、一部残雪も見られ除雪したばかりだったようだ。

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鉢めぐりコースには、いろいろな峰や岳がありますが、見る場所によりどれが最高峰なのかの考えるほどで、久須志神社に近い山頂は、大日岳と伊豆岳だそうで、高度は殆ど違わないそうだ。

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大日岳には、これも電通の研修登山記念の鳥居が目立ち、賽銭が置かれていた。

かって電通に勤務していた知人も、社内研修でリーダーとして登山したことを聞いていたが、如何にも体育会系の研修のようで、指導者の意思は、「苦しい時は、上を見ず周りを見ないで、常に足元をみて進め・・」ということだそうですが、今の世相を生き抜く若者には、実践して欲しいものである。

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急ぎ足で鉢巡りの後は、下山道を降りるが、これがまた登り以上に難行で、約3時間つづら折の石・砂混じり道を、滑るように降りるが、大腿筋や腰が痛くなるほど、苦痛の3時間であった。

7合目辺りではガスがかってきて視界は10M位まで落ちて、雷も鳴り出して不気味な天候となってきたが、救護センターまで降りてきた頃には、また、急に視界が拡がってきて、山の天候の変化は、厳しいものである。

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5合目に着いた頃は、富士山はウソのような美しい姿で現れて、「また、来てね~」と呼びかけてくれたが、今晩山小屋泊まりの登山客グループと行き交って挨拶を交わしたが、明朝のご来光に向かう行列は大渋滞となるのは、必至だろう。

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今年の登山ブームは、どんな様子になるのだろうか?

小御嶽神社に立ち寄って、無事の下山のお礼参りをしたが、フランス人や中国人の参拝者の姿を見かけたのには驚いた。

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富士登山競走応援登山

2010年07月24日 | 山行・ハイキング

『日本一の山~富士山』へ駆け登る『第63回 富士登山競走』が昨日行われ、天候も快晴となり、知人ランナーの応援を兼ねて、久し振りに挑戦してきました。

これまでも走友や家族の応援で、何回か応援登山に出かけていたが、昨年は悪天候で山頂コースが中止となったりで、山頂への挑戦は5年ぶりである。

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今年は、ランニングブームやトレイルランブームが反映されてだろうか、例年より約1500人多く参加して、山頂・5合目コース合わせて4686人がスタートラインに立ったそうだ。

本大会は、日本一過酷なレースと言われ、エントリー資格は厳しく、これまでのレース実績などから健康な熟練ランナーに限られている登山競走である。

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山頂コースの最も苦しいと言われている、8合目まで先に登り応援するべく 5時過ぎに家を出て5合目へ向かったが、5合目駐車場は満車状態となっており、2Km手前の路傍駐車場から徒歩で急いだ。

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富士山は、この日は特別の笑顔で迎えてくれていたが、大暑の暑さも格別であった。

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ひたすら8合目を目指して先を急ぐが、出発の遅れが響いて、7合目手前でトップランナーに追いつかれ、本7合目前の岩場コースでは、後続ランナーに道を開けての上に進められず、しばらくは、必死のランナーに声援しながらこちらも『勇気』を与えられて後を追って 山頂を目指した。

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すぐ頭上には、本8合目や山頂が見えているが、足を進めても近づかない焦りを感じながら、ランナーの気持ちを察しながら、その背中を押し続けた。

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本8合目で望む選手の光景は、まさしく数珠つなぎとなり延々と途切れなく続いており、後半の選手には、制限時間を気にして必死の形相の姿があった。

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一方、下山道には、先程見送っていたランナー達がゴールを果たして、砂煙を上げながら先程の苦痛の顔はウソのように、走り降りる姿が行列をなしていた。

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選手の後を追いながら頂上久須志神社のゴール地点に到着したが、締切時間を過ぎて撤収作業が行われており、選手の大半は既に下山していた。

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この日の頂上風景は、次から次と積乱雲が湧いてきていて、正に『雲上ゴール』だったようだ。

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この日の完走したランナーは、山頂コースでどれくらいだったのだろうか?例年は、約80%近いが、この日の暑さは、半端なものではなく途中棄権されたランナーも多かったようです。

走友も、何回も富士山へ練習に来ていたそうですが、やはり「日本一の過酷なレース」には変わりないようだ。

トップ選手のゴールタイムは、男子が2時間53分、女子が3時間18分と例年よりタイムは落ちているが、下界の富士吉田市役所から、3000M(距離21Km)を一気にこのタイムで駆け登るとは、常人には考えられないものである。

自分も久し振りの日帰り登山でしたが、お鉢巡りも経験して素晴らしい完走登山を経験したが、マイ登山レポは、明日に報告します。

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伊豆三筋山へハイキング

2010年02月01日 | 山行・ハイキング

久し振りに「山の会」の山行ハイキングで東伊豆 三筋山に出かけてきた。

早朝に家を出てJRにて伊豆河津へと向かうが、日の出前の西の空に大きな満月が赤く輝いていた。

9時過ぎに河津駅に到着し、予約してあったタクシーに分乗して八丁池口へと向かう。

河津桜は、まだ数本が開花した程度だそうで、見頃までは2週間位かかるだろうと運転手の話だったが、まもなく全国から訪れる桜ファンで大賑わいとなるようだ。

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八丁池口へのアクセス道路は、途中から車侵入禁止となっており、ゲートには鍵が掛かっていた。

『えっ~ダメなんですか?』と、驚いていたら、許可を受けているタクシーは、鍵を持っていて開錠して通過できるそうで、予約が必須であることに納得した。

約20分で八丁池口に到着して、案内板によると、昭和天皇が行幸されたことがあり、天皇在位50年を記念に、「昭和の森」として、天城峠周辺が整備されたそうである。

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取り付けからブナの原生林やアセビ林の中の遊歩道を約30分で、八丁池との分岐点へ。

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分岐点を三筋山方面にゆっくりと登るが、ブナ?の巨木などが「寄ってきなよ」と迎えてくれた。

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さすがに、このシーズンは、他のハイカーの姿は見えないようで、気分良くマイペースで進む。

さらに30分で、ピーク(1127M)に到着したが、雲が厚く期待した伊豆半島の展望は望めなかった。

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ブナやアセビの木が目立つ中で、まもなく『ヒメシャラ』の群生林が多くなってきた。

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ヒメシャラについては、全く知識がなかったが、一見百日紅のようなツルツルの肌であるが、その色は赤褐色で独特の樹皮である。

途中、鹿の姿が見つけたが、すぐに見失い、遊歩道には多くの足跡が見られ かなり出没しているようだ。

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まもなく上佐ケ野林道の休憩所に出てから、さらに30分で360度の大パノラマの展望が望める展望所に到着した。

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展望所では、快晴の青空ではないが、太平洋の遠くは大島も望め天城連峰の山々が一望でき、正に360度の大パノラマである。

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目の前には、黄金色の三筋山や天城山(万二郎・万三郎山)の草原の頂が美しい。

仲間が徹夜で準備されたという「手づくりおでん鍋」を温めて、ご馳走をいただき冷えた体の芯まで温まっていた。

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約1時間の昼食後、三筋山山頂へ向かうが、枯れた草原のつづら折りの道を登り、約50分で山頂へ・・・

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山頂での展望は、かすかながら伊豆諸島の島々が見え、天城ハイランドや風車群が眼下に拡がっていて、快晴の青空での蒼い海であったらと、連想していた。

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何故か古い名曲湯の町エレジーの『伊豆の山や~ま 月淡く 灯りにむせぶ 湯の煙・・』を口ずさんでいた。

風強く寒さを感じながら、早々に大池高原へと下っていくが、遊歩道には厚い枯葉の絨毯が敷き詰められていて、脚には柔らかい感触が伝わっていた。

途中は、鹿の侵入を防ぐためか、両側に金網が張られていたが、何と金網に引っかかっていた鹿の屍骸が見えて何とも悲しい光景だった。

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歩道には、様々の樹木や花木が見えるが、蕾を付けているものもあり、会のリーダーの「植物博士」、「この木何の木 気になる樹・・」と質問が飛び交っていた。

花も葉も落ちている姿で特定するのは難しいが、幹には無数に大きな刺が出来ており、植物博士は『飯桐』ではないだろうか?と聞いたが、こんな珍しい樹木や花を見て、春の若葉シーズンには、魅力多いコースである。

早速、博士から帰宅後に調べて、この奇妙な幹の樹は、『カラスザンショウ』だったと、教えてもらったが、植物博士の学識は凄いと改めて感心させられた。

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ゴール地点の今井浜フライングスクールには、風強くハングライダーの空中散歩の姿は見れなかったが、ハングライドのメッカだそうである。

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ここからも予約タクシーを呼んで、今井浜海岸まで降りて久し振りのゆるいハイキングを終えた。

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岩櫃山山行レポ?

2009年11月29日 | 山行・ハイキング

山頂での360度展望の眺めを堪能し、13時38分に原町駅への下山コースを取り下山へ・・・・

山頂からのくさり場を降りて、目の前に対面する北の岩峰見晴台へと向かう。

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先ほどまで3人の姿が見えていたが、近付いてみれば中年のハイカーがお昼寝を楽しんでいた。

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意外と楽に登れるが、岩峰の上は狭く鎖場であった。

先ほどまでいた山頂を望み『絶景かな~絶景かな』と記念写真を撮って、迂回路を経て八合目へ向う。

斜面やトラバース道を下るが、ところどころにくさり場もあり、まもなく八合目の分岐点に到着した。

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その先には『天狗の蹴上げ岩』なる場所に着き、大きな岩の絶壁が続いており、梯子やくさり場を下るが、

この名前の謂れはどうして付いたのだろうか?

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さらに、この大岩の間をすり抜けてまもなく、尾根道を経て沢下りが続くが、沢は枯れ上がっており、

足跡の倍近いホウの枯葉などを踏み分けながら進むと、岩櫃城の本丸跡への分岐点に到着した。

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本丸跡への分かれ道から約100Mジグザク登ると、僅かな広場に本丸城址の記念碑が立ち、

高さ約30Cm程の小さな社や休憩の東屋があり、下界への展望が開けていた。

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この岩櫃城は、案内によると武田の家臣である真田昌幸の居城だったそうで、多くのからぼり等の城跡の名残が見られる。

しばしの感傷のあと、登山道を落葉を踏みながら約20分で一本松登山口へ到着した。

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ここでは、歴史研究家?だろうか、城周りの古地図を手にして、落葉して見通しのいいこの時期に、空堀などを調べているとかで、歴史的価値の重みを感じていた。

その後は、ダム貯水場の脇道を経て一路だらだらと約20分で、原町駅に到着して無事、ハイキングを終えた。

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今回は、晩秋の紅葉の岩櫃山を堪能したが、新緑の季節の雰囲気は、また異なる魅力に包まれるのだろうと想像して、秋色素晴らしい吾妻川の車窓をを眺めつつ帰りの電車に揺られていた。

【まとめ】:歩行時間 4時間。郷原駅 10:50⇒古谷T字路 11:05⇒蜜岩登山口 11:15⇒

鞍部(コル) 11:40⇒天狗の架け橋 11:57⇒鷹ノ巣遺跡 12:20⇒山頂 12:38~13:30⇒

岩峰・九合目 12:52⇒天狗の蹴上げ岩 14:05⇒本丸跡分岐点 14:28⇒岩櫃城本丸跡 14:25

⇒一本松登山口 14:45⇒岩櫃山入口 ⇒群馬原町駅 15:25 

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岩櫃山山行レポ?

2009年11月28日 | 山行・ハイキング

山の友からお誘いを受けて、久し振りのハイキングに前日から緊張感を覚えながら、体調や備品の準備に取り掛かっていた。

目指すは、上州吾妻八景として有名な景勝地である『岩櫃山』(802M)で、低山ではあるが岩場が多い迫力ある山と聞いて、期待して出かけてきた。

湘南から結構距離があり早朝5時過ぎに家を出て、高崎経由で吾妻線の郷原駅からのコースを取った。

この日は、小春日和に恵まれて絶好のハイキング日和となり、吾妻線車窓からの吾妻川流域の紅葉や山々の眺めは、思わず「凄~い」と感嘆するほどの光景であった。

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10時40分に郷原駅に到着すると、無人駅で電車のドアも、お客が自分で開ける手動ドアであった。

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駅頭で軽くストレッチ体操をして出発したが、見上げる前には、岩櫃山の南壁がそそり立っていた。

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「えっ~まさか これを登るんじゃないよね・・・」と思いながら、秋色漂う民家の間を抜けて、

古谷T字路まで約15分、そこから岸山を見上げながら農道を抜けて約10分で『蜜岩登山口』に到着。

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ここからいきなりジグザク道の登山道へと取り付き、コルはすぐ頭の上に見える直登に近い急登を喘ぎながら歩を進め、途中にガレ場もあるが、落葉樹は殆ど落ちており、視界が拡がり紅葉が素晴らしい。

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最後に鎖場と梯子を登りきり約25分で、コルへ到着した。

コルで一休みして後、その先は岩場が続き大きな岩を登ると、『天狗の架け橋』へ着く。

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そこには、なんと切り立った幅30Cm・長さ約2Mの岩のブリッジであり、2、3歩で渡れそうであるが、

ブリッジの先には、岩が張り出していて確たるホールドも無く、両サイドは谷底で、踏み外したら・・・と思うと恐怖感で足がすくみそうであった。

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仲間の一人は、ブリッジを跨いで渡り、這いつくばってようやく渡り終え、それを見て二人目からは直ぐ下の迂回路を巻いて渡った。

風や雨の時にブリッジを渡るのは、かなり厳しいのではないだろうか?

天狗の架け橋を過ぎてまもなく右手に『鷹ノ巣遺跡』の案内があり、約30Mほど下りてみると、

目を見張る大規模な鷹ノ巣の洞穴が目に飛び込んできた。

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尾根に戻り、その先の大岩の穴をくぐる路を抜けて、約10Mの長い鎖場と梯子を越えて山頂に12時30分に到着した。

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山頂には三角点があり、10人ほどが立てる程のさほど広くはない広場があり、360度の展望が素晴らしい。

岩の天辺に立つと眼下には、今登って来た郷原地区や上州の山々が望めて、色鮮やかな絶景が拡がっていた。

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暖かい秋の陽を浴びて、約1時間のんびりと昼食を摂りながら、まさに『天空散歩』の実感を味わっていた。

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(下山レポは、?へ続く・・・)

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奥沼津アルプス山行

2009年01月18日 | 山行・ハイキング

新規に入会した『山の会』のお誘いを受けて、早速奥沼津アルプスに出かけてきた。

この日は、関東地区でもシーズンとしては珍しい快晴無風で気温も10℃を超すような絶好のハイキング日和になった。

003 三島駅から伊豆箱根鉄道に乗り換えて、原木駅にてストレッチを行い、ウオーミングアップを兼ねて狩野川堤防を経由して、日守大橋手前の日守山公園の登り口へ到達。

道中からは、雄大な富士山や遠く南アルプスの遠景がすばらしく、口笛を吹きたくなるような気分で約30分で登り口へ。

006 ここからは、日守山公園まで、階段のある山道を約30分で一気に登るが、まだアップが充分でない体にはやや刺激があった。

日守山(大嵐山 191M)公園には、三角点もあり、狩野川流域が望める展望台があり、素晴らしい展望である。

長い滑り台や子供用の迷路もあって、小さな遊園地となっており、既に子供連れの家族や地元の方が数人見えており、山々や眼下の三島、函南や伊豆の国などの街並みの説明を聞いた。

小休止に後、比較的なだらかな山道を約40分で、219M地点に、さらにその先約10分で、新城への分岐点に到着した。

この間は、雑木林や笹竹林道などを通るが、視界は殆ど見えない。

さらに、約20分ほどで大岩や小さなアップダウンが繰り返し、景観が変わってきた。

012 トラロープを貼ってある箇所が多くなり、約7M程の直登のハシゴが架けられていたり、結構楽しめる。

この辺には、大岩が多く散在しその間を抜けたり、トラバースしたりして進むが、岩石は色々な石を溶け込んでいるような特徴的な岩である。

まもなく大きな岩の上からの素晴らしい展望を望めるところがあり、記念撮影で小休止して、いよいよ大平山への急な登りに気持ちが高ぶってきた。

今回の山行には、両脚のふくらはぎ痛が未だ完治せずのため、爆弾を抱えての試行であったが、我が脚はこの登頂に耐えてくれるだろうかと、不安がよぎる。

ふくらはぎに負担をかけないように注意しながら一気に登り、約20分で大平山山頂(356M)に。

山頂は、約100M2はあるだろうか?先客が一人居られたが、あまり展望は木立に遮られて良くない。

021 山頂の広場には、「沼津奥アルプス大平会2000年」と書かれた記帳箱があり、あまり記帳されていなかった。

予定通り、12時過ぎに着いたので、昼食で腹ごしらえで休息したが、暖かい気候のもとで歓談ししばし至福のとき。

そのあとリーダーの非常時の救急要領について指導を受ける。

丁度1時に、大平山を出発して、多比垰に向う。ここからは、約30分アップダウンが続いて、多比垰に、そこからの急な下りは半端じゃない。

すべてにロープが張ってあり、かなり危険を感じるほどで、ベテランでも油断は出来ない。

この道を登るのは、考えただけでも脚がすくむ。

031 約25分で鷲頭山頂(392M)にようやく辿り着いた。我が脚に聞けば、まだ大丈夫と答えてくれた。

この山頂の眺めは、最高である。360度のパノラマが拡がっていて、駿河湾の先には富士山が笑って?手を振っているようであり、沼津港、多比港など、空の青さと駿河湾の海の蒼さがなんとも言えない。

今通ってきた、太平山も眼下に見えるようだ。

山頂広場には、神社があり、桜の大木の枝ぶりはすばらしい。

桜の季節には、花見を兼ねての登山客も多いそうだ。

030しばしの休息後、今度は志下峠に向って一気に急坂を下る。

途中、山道が崩れたところがあり、迂回路を通るが、そこには平中将が源氏に追われて身を隠したと言われる巨大な岩屋があった。

034 途中、小鷲頭山を経て、約40分で志下垰に到着した。

さらに、だらだら道に歩を進めると、きらら展望台や志下山のさざなみ展望台の2箇所の展望台があり、駿河湾の展望を望む絶景ポイントである。

しばし、休息後に、志下坂垰を経て志下町に予定通り15時33分に下山した。

我がふくらはぎも何とか持ちこたえてくれて、すばらしい冬のトレッキングは楽しい1日だあった。

リーダーや仲間の皆さんに感謝しながら、帰路についた。

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