明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
他のために道を行くことが自神を育てることになる。このことを胸に留め2013年を過ごしていきたいと思います。
昨年暮れ、先日お話しした『ヒトラーとの対話』ヘルマン・ラウシュニング著 船戸満之訳 学芸書林(『永遠なるヒトラー』の題でも知られる)を拾い読みしました。こちらは貸し出しを認められていないため、図書館で限られた時間内での閲覧でした。
P97「世界はただ恐怖によってのみ統治されるのだ」(ヒトラー)とはかなり早い時期から側近にははっきり述べていたようです。人々を精神的、心理的に掌握し、人間の自由な発想を封じ込める術が兵器であると考えていたようです。
またラウシュニングが述べている次の言葉が印象的でした。
P23「人柄のもつ魔力。ここにはなにか独特のものがある。私は自分についても他人についても気付いていたことだが、どうやら人がその魔力に屈するのは、そうなることを自分から欲している場合にのみ生ずるようだ。」
魅かれるとはそういうことなのだと私も思います。『類は友を呼ぶ』で似たものが引き合うとは昔から言い古されてきた言葉です。動物細胞は細胞膜にカドヘリン分子というものを持ちます。この分子にはいくつかの型がありますが同型の分子を持つ細胞どうしは固く結合し集合することが知られています。ぴったりと型が合うとは、そうして結合することによって分子エネルギー的には安定になるということです。
人間として生まれてきて恐怖によって支配され、ロボットのように繰られるとは本当に悲しいことです。ところがそれを人が欲しているから魔力を持った人に魅かれる。この矛盾。繰り人形になることは一見気楽に見えるからかもしれません。
ヒトラーも「世界が2分された後、繰られる側の人々はある意味で気楽だ」と言っています。しかしそれはかなり虚ろな気楽さだと思います。陰では常に何かに怯え、心の内ではあれこれ心配し充電し心身が弱って行く。これは私も含め現代人の現在進行形かもしれません。支配する側でもなくされる側でもなく、別の存在になることが重要だということでしょう。