今日は午前中、太極拳で汗を流し、昼過ぎに佐倉城に向かう。
といっても佐倉城は今はなく、遺構が佐倉城址公園として整備されているので、まずそこに行き、空いた時間で、隣の国立歴史民俗博物館の展示もじっくり見てこようと思った。
国立歴史民俗博物館には20代の頃、昔行ったことかあり、装飾古墳の特別展を見た後、ミュージアムショップで弥生時代の笛の復元品を買った。
http://blog.goo.ne.jp/y-saburin99/e/aeb4f6d4b39ae2e35754bb88001e2d6b
なので、二十数年ぶりに行けるぞ、と楽しみにしていたのだが、天気がやや悪く、小雨がぱらつく。まぁ、灼熱地獄とどっちがよいかというと微妙なところではあるのだが。
何も考えずにJR佐倉駅からテクテク歩くが、猛烈に遠かった。途中、こんな光景も。子供の頃、こういうつる性植物で埋まった場所を見たことがあるが、何十年かぶりに見たなぁ。
何とか城址公園近くまでくると、神社にこんな垂れ幕が。麻賀多のむすびちゃんというキャラクターもあるようだ。
大手門跡を示す石碑が寂しく立っている。
公園管理センターで100名城のスタンプを押す。
センター内には、佐倉城の復元模型もあった。
そうそう、佐倉城っていうのは、今はこんなだけど、歴代城主の内、何と9人が老中になっているという(全国最多)老中の城なんだそうな。
江戸初期には土井利勝が城主となり、もっとも有名なのは幕末期の城主堀田正睦(ほった まさよし)で、開国派の老中だった。
城址公園でも、ハリスの像と並んで堀田正睦の像が立っている。
漫画「風雲児たち」の絵や、Wikipediaに載ってる写真に比べると、ずいぶんシャープなお顔立ちだ。
さてこの佐倉城は、石を一切使わず、土塁と深い空堀、水堀で守られた土造りの近世城郭だとか。石垣フェチな私としてはちょっと寂しいが、こういうお城もあるんだということを学んだ。
これが入口近くにあった空堀。
これが博物館前にあるもっと深い空堀で、馬出し空濠と呼ばれる。
ここらへんが旧本丸で、むこうの生垣で囲ったあたりに天守があった。
こちらの天守跡の石碑を撮った帰り道、小型のスズメバチのようなものが何匹か地面近くを飛んでいて、刺激しないようにささっと逃げて来た。
やっと蜂から逃げたと思ったら、今度は目の前を蛇が横切り・・・油断も隙もない。
正岡子規の碑もある。「常磐木や冬されまさる城の跡」・・つまり子規の時代にはすでに城址になっていたということだ。明治維新後の廃城令により建物のほとんどが撤去されてしまったのだ。
国立歴史民俗博物館は馬出し空濠をまたいですぐ向こうだ。そうそう、20年前にこの博物館に来た時、この芝生に覆われたくぼみは何だろうと思ってたのよ。お城の空堀だったのね。
歩き疲れて、とりあえず博物館のレストランで食事。桜モンブランだって。まぁ・・・佐倉だからなぁ。
さて、時間もあるので、これからじっくり展示をみるぞ~! 今やってるのは漆の企画展だ。
これが漆の木。
展示はとても素晴らしかった。特に、目からウロコだったものをメモってきた。
・漆紙文書・・紙に書いたものは土に埋まるとなくなってしまうが、漆のツボの蓋をするために使われた紙に書いてあった漆にコーティングされて残る。今でいえば新聞紙で蓋をするようなものであり、古文書として価値のあるものも発見されている。
・漆の木一本から一年間に取れる漆は牛乳瓶1本分
・日本は漆を98%輸入に頼っており、2%の国産の内、さらに7割が岩手県二戸で作られている。
・チョウザメのひし形の鱗を貼った蒔絵を施した刀の鞘・・・美しかった。
・漆の実を焙煎して飲む、ウルシコーヒーというのがあるそうな。飲んでみたいな~。(内臓カブレるかな)
韓国ではウルシの実を漢方薬として利用している。日本ではロウとしての使用。
・未来の漆の使われ方として、インクジェットプリンタを使用する、インクジェット蒔絵技法なるものがある。
帰りに思い出のミュージアムショップへ寄る。
あかん! ここのショップはあかん! 購買欲のくすぐり方が半端ない。・・・負けた・・・積読解消で、2冊読んだのに、また4冊買っちゃった。あとは古地図のバンダナとか、正面の小箱とか・・。小箱・・・いかにも怪しいね・・・これは後日また・・。
帰りは、バスに乗って、京成佐倉から帰ってきた。京成を使った方が近かったな~。
といっても佐倉城は今はなく、遺構が佐倉城址公園として整備されているので、まずそこに行き、空いた時間で、隣の国立歴史民俗博物館の展示もじっくり見てこようと思った。
国立歴史民俗博物館には20代の頃、昔行ったことかあり、装飾古墳の特別展を見た後、ミュージアムショップで弥生時代の笛の復元品を買った。
http://blog.goo.ne.jp/y-saburin99/e/aeb4f6d4b39ae2e35754bb88001e2d6b
なので、二十数年ぶりに行けるぞ、と楽しみにしていたのだが、天気がやや悪く、小雨がぱらつく。まぁ、灼熱地獄とどっちがよいかというと微妙なところではあるのだが。
何も考えずにJR佐倉駅からテクテク歩くが、猛烈に遠かった。途中、こんな光景も。子供の頃、こういうつる性植物で埋まった場所を見たことがあるが、何十年かぶりに見たなぁ。
何とか城址公園近くまでくると、神社にこんな垂れ幕が。麻賀多のむすびちゃんというキャラクターもあるようだ。
大手門跡を示す石碑が寂しく立っている。
公園管理センターで100名城のスタンプを押す。
センター内には、佐倉城の復元模型もあった。
そうそう、佐倉城っていうのは、今はこんなだけど、歴代城主の内、何と9人が老中になっているという(全国最多)老中の城なんだそうな。
江戸初期には土井利勝が城主となり、もっとも有名なのは幕末期の城主堀田正睦(ほった まさよし)で、開国派の老中だった。
城址公園でも、ハリスの像と並んで堀田正睦の像が立っている。
漫画「風雲児たち」の絵や、Wikipediaに載ってる写真に比べると、ずいぶんシャープなお顔立ちだ。
さてこの佐倉城は、石を一切使わず、土塁と深い空堀、水堀で守られた土造りの近世城郭だとか。石垣フェチな私としてはちょっと寂しいが、こういうお城もあるんだということを学んだ。
これが入口近くにあった空堀。
これが博物館前にあるもっと深い空堀で、馬出し空濠と呼ばれる。
ここらへんが旧本丸で、むこうの生垣で囲ったあたりに天守があった。
こちらの天守跡の石碑を撮った帰り道、小型のスズメバチのようなものが何匹か地面近くを飛んでいて、刺激しないようにささっと逃げて来た。
やっと蜂から逃げたと思ったら、今度は目の前を蛇が横切り・・・油断も隙もない。
正岡子規の碑もある。「常磐木や冬されまさる城の跡」・・つまり子規の時代にはすでに城址になっていたということだ。明治維新後の廃城令により建物のほとんどが撤去されてしまったのだ。
国立歴史民俗博物館は馬出し空濠をまたいですぐ向こうだ。そうそう、20年前にこの博物館に来た時、この芝生に覆われたくぼみは何だろうと思ってたのよ。お城の空堀だったのね。
歩き疲れて、とりあえず博物館のレストランで食事。桜モンブランだって。まぁ・・・佐倉だからなぁ。
さて、時間もあるので、これからじっくり展示をみるぞ~! 今やってるのは漆の企画展だ。
これが漆の木。
展示はとても素晴らしかった。特に、目からウロコだったものをメモってきた。
・漆紙文書・・紙に書いたものは土に埋まるとなくなってしまうが、漆のツボの蓋をするために使われた紙に書いてあった漆にコーティングされて残る。今でいえば新聞紙で蓋をするようなものであり、古文書として価値のあるものも発見されている。
・漆の木一本から一年間に取れる漆は牛乳瓶1本分
・日本は漆を98%輸入に頼っており、2%の国産の内、さらに7割が岩手県二戸で作られている。
・チョウザメのひし形の鱗を貼った蒔絵を施した刀の鞘・・・美しかった。
・漆の実を焙煎して飲む、ウルシコーヒーというのがあるそうな。飲んでみたいな~。(内臓カブレるかな)
韓国ではウルシの実を漢方薬として利用している。日本ではロウとしての使用。
・未来の漆の使われ方として、インクジェットプリンタを使用する、インクジェット蒔絵技法なるものがある。
帰りに思い出のミュージアムショップへ寄る。
あかん! ここのショップはあかん! 購買欲のくすぐり方が半端ない。・・・負けた・・・積読解消で、2冊読んだのに、また4冊買っちゃった。あとは古地図のバンダナとか、正面の小箱とか・・。小箱・・・いかにも怪しいね・・・これは後日また・・。
帰りは、バスに乗って、京成佐倉から帰ってきた。京成を使った方が近かったな~。