さぶりんブログ

音楽が大好きなさぶりんが、自作イラストや怪しい楽器、本や映画の感想、花と電車の追っかけ記録などをランダムに載せています。

【読書録】朱蒙公式ガイドブック・第一巻

2008-06-24 23:59:07 | 読書録
歴史ドラマを見るときは、どの部分が史実で、どの部分が創作なのかを知った上で見ると、面白さも倍増するのだが、最近韓国史を勉強し始めてはいるものの、高句麗の歴史という観点では、ここまでまとまっているものはないかもしれない。本来はドラマの解説書だから役者や製作者のインタビュー、ドラマのあらすじがメインなれども、「史実ではこうです」とか「伝説ではこうだけど、こういう風に作りました」とか、小国も含めた漢半島の勢力図など、なかなか貴重な情報がいっぱい。へぇぇ~と思った部分は書ききれないほどあるけど、いくつかピックアップしてみよう。

1.武芸の達人であるヘモス将軍を演じたホ・ジュノ氏は、ホテリアーはオールインに出てきた、とぼけたオッサンだった。本当はアクション俳優だったんだね。悪いことに年齢的には私と元同学年。クムワ役のチョン・グァンリョルと一緒になって「僕らって、高齢者俳優になっちゃったんだ」なんて言わないで!

2.ヨンポは架空の人物だが、予想外の活躍と人気のために、出番が大幅に長くなったらしい。伝説ではクムワ王には7人の王子がいてチュモンをいじめていたというのだが、第二王子から第七王子までをはしょって、ヨンポというキャラクターにおしつけているわけだ。確かにテソとチュモンの対決だけじゃこのドラマは面白くない。間にアホカッコいいヨンポ王子がいるのが、ドラマのスパイスになってくれている。ヨンポの演技が光りすぎたせいで、役者としてのウォン・ギジュン君の人格そのものが「情けない奴」だと思われてしまったようだ。町を歩いていて「情けない奴」とか言われてしまう彼の誕生日は、私の誕生日の一日前だ。

3.チュモン役のソン・イルグクさんの乗馬と弓の腕前は本物だという。武芸対決で、目隠しをしながら的を射るときは、弓との一体感を出すために自前の弓を使ったんだとか。韓国の伝統弓は世界最小サイズだそうだが、飛距離は145メートルもあり、現代のアーチェリーの90メートルに比べても段違いだ。小さいから馬に乗っての騎射もしやすいだろうね。ちょっと弓もやってみたくなったんだけど~~。

4.チュモンの本名はチュモだった。
ドラマでは、チュモンが自分の名を偽る時に「チュモ」と名乗っていたが、それって、まるでさぶりんをさぶりと言うがごとく、バレバレで名を偽っていることになるのか?と思ったけど、漢字で書くとチュモ=鄒牟となり、全然違う字ではある。むしろ鄒牟(チュモ)の方が本名だと聞いたときはびっくり。チュモンは弓の達人という意味だから、呼び名に近いものなのかもしれない。

5.古朝鮮は、朝鮮半島というよりも、現代で言えば中国東北部にあった国で、チュモンの出身地である扶余もまた位置的には中国東北部の国だったようだ。私は最初、扶余といえば、百済時代の石塔がひっそりと立っている、現代韓国にある扶余の地のことを言うのかと思っていたのだが、高句麗建国前にあった扶余は満州のあたりにあり、朝鮮半島をカスリもしていない。高句麗建国の地はやや南の卒本という地だが、朝鮮半島の根元あたりである。

で、百済を建国した温祚は朱蒙の息子と、先日読んだ韓国の歴史教科書にははっきり書いてある。だが「三国史記」の別伝によると夫人の連れ子だということになっている(このドラマでは後者の立場を取っている)。まぁいずれにせよ、建国者たちの代にさかのぼると高句麗と百済は親戚のようなものだということがわかっただけでも、このドラマを見た収穫だなぁ。百済が栄えた跡地に、現代にも扶余という地名が残るのは、彼らのルーツを象徴しているのだろうか・・気になる。

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