ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

井上ひさし作「天保十二年のシェイクスピア」

2020-03-03 22:15:50 | 芝居
2月10日日生劇場で、井上ひさし作「天保十二年のシェイクスピア」を見た(演出:藤田俊太郎、音楽:宮川彬良)。

江戸末期、天保年間。下総国清滝村の旅籠を取り仕切る鰤の十兵衛(辻萬長)は、老境に入った自分の跡継ぎを決めるにあたり、三人の娘に対して父への孝養を一人ずつ問う。腹黒い長女・お文(樹里咲穂)と次女・お里(土井ケイト)は美辞麗句を並べ立てて父親に取り入ろうとするが、父を真心から愛する三女・お光(唯月ふうか)だけは、おべっかの言葉が出てこない。十兵衛の怒りにふれたお光は家を追い出されてしまう。
月日は流れ、天保十二年。跡を継いだお文とお里が骨肉の争いを繰り広げている中、醜い顔と身体、歪んだ心を持つ佐渡の三世次(高橋一生)が現れる。謎の老婆(梅沢昌代)のお告げに焚き付けられた三世次は、言葉巧みに人を操り、清滝村を手に入れる野望を抱くようになる。そこに長女の息子・きじるしの王次(浦井健治)が父の死を知り、無念を晴らすために村に帰ってくる・・・(チラシより)。

シェイクスピア全作と講談「天保水滸伝」を織り交ぜた、井上ひさしの名作戯曲の由。
冒頭、出演者全員が「シェイクスピアは飯のタネ。シェイクスピアがいなけりゃ学者先生たちも役者たちも食いっぱぐれる・・・」などと歌う。
そしてまずはリア王第1幕のシーンから。次いでリチャード三世、マクベス、ハムレット、夏の夜の夢、オセロー,ジュリアス・シーザー・・・。

冒頭のシーンで長女と次女が、独白と普通のセリフとをあまり変えずに語るので、観客はかなり混乱する。そこは工夫が必要かも。
コーディーリアにあたる末娘はあっけなく家を出てゆくし、長女ばかりかリーガンにあたる次女も夫に愛想を尽かして浮気するし、長女は愛人に
さっさと夫を殺させるし、リア王にあたる父・十兵衛もあっと言う間に殺されてしまうし、とにかく話はどんどん先へ先へと進んでゆく。
そして呆れるほどやたらと人が殺される。しかもあっけなく。
だからあまり真面目に見てはいけない。だって、登場人物の誰かに下手に感情移入すると、あっと言う間にその人も殺されてしまう可能性大だから。

ゴネリルにあたる長女・お文役の樹里咲穂は、2018年12月、三島由紀夫作「命売ります」で吸血鬼の女を演じ、強い印象を与えた人。
今回も期待にたがわぬ演技。この人は色気もたっぷりだが、とにかく声がいい。
次女・お里役の土井ケイトは2017年、ヘルンドルフ作「チック」でゴミの山に住む若い女という変わった役をやり、魅力的だった。
今回、ガラリと変わった役だが、雰囲気があってなかなかの好演。
この二人が客席に向かって交互に歌う歌が素晴らしい。リズムが複雑で難しい曲なのに、二人とも歌もうまく、実に面白かった。

ハムレットにあたる王次役の浦井健治は、これまでストレートプレイで何度も見てきたが、ミュージカルは初めて。
これが実に素晴らしい。まさに彼の本領発揮。
特に「それが問題だ!」と歌って踊るシーンは楽しい。また見たい。

ストーリーとは関係ないが、面白い趣向がある。
語り役の木場勝己が to be or not to be  の歴代の日本語訳の出版年と翻訳者を列挙し、浦井健治がその訳を暗唱する。
現代の訳から昔の訳へと遡っていき、ついには「あります。ありません。あれは何ですか」に至る(ちなみにこの訳を、評者は漫画「はいからさんが通る」で知っていたが、プロの翻訳者の訳ではないらしいというのは、この時初めて知った)。
芝居はその間中断するが、これを挿入したい作者の気持ちは分かる。

「オセロー」がないな、と思っていると、字幕に「櫛」と出たのでピンと来た。なるほどそう来たか!もう嬉しくて笑いが止まらない。
オセローを嫉妬に駆り立てる、妻の浮気の証拠のイチゴ模様のハンカチの代わりに櫛ね。
こうして作者の頭の中が手に取るように分かって実に楽しい。

梅沢昌代は王次の許嫁・お冬が溺死したことを皆に伝える。つまり彼女が王妃ガートルードのセリフを語るわけだ。それってすごくないか?
彼女は今回、魔女もやるし、桶職人・佐吉の母もやるので大活躍だ。

リア王が「鰤王」とか、いささか苦しいが、井上らしい言葉遊びが満載。

音楽(宮川彬良)がいい。井上作品の音楽には今まで一度も満足したことがなかったが、今回は違った。
特に、ハムレット、じゃなかった「きじるしの王次」らが歌い踊る「それが問題だ」は白眉。ぜひもう一度見聞きしたいものだ。
それと、前半でゴネリルとリーガン、じゃなかったお文とお里が交互に歌う何とかいう歌。あれも面白い。

ラストの口上で木場勝己が「全37作を一つにまとめた」と言うので驚いた(その時はまだチラシをよく読んでいなかった)。
えっ?ちょっと待った!数えていたが、8つまでしか分からなかった。
その時言及される「ヴェニスの商人」と「十二夜」を入れても10コなんですけど。
たぶん各作品からほんの一行くらいの引用なのだろうが、どこがどこからの引用なのか気になる。
こうなったら井上の戯曲を読むしかないか。
それと講談「天保水滸伝」。
この作品は、講談を父として、シェイクスピアを母として生まれたとのことなので、前者を知らない評者は、シェイクスピアでないところが
それかな、と推測するしかない。両方を知っていたらさぞ楽しかろう。



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