
これは1990年1月に銀座セゾン劇場で上演された「お気に召すまま」のチラシです。
台本・演出は石坂浩二、ロザリンド:原田美枝子、シーリア:藤吉久美子、前公爵:田中明夫、現公爵:勝部演之、オルラン(オーランド―):金田賢一、
オリヴァー:清水健太郎、タッチストーン:阿藤海・・という座組。
当時はブログ開始前だったので、残念ながら内容はよく覚えていないが、シーリア役の藤吉久美子さんが柔和で温かい雰囲気で、生き生きと演じていて
(この役自体もそうだが)魅力的だったのが印象に残っている。
これが、私が初めて見た「お気に召すまま」の舞台だった。
<オーランドーの出世物語>
戯曲「お気に召すまま」は、互いに一目惚れした若い男女が森で再会し、女性の方がたまたま男装しているのをいいことに、相手に正体を明かさぬまま
二人が恋についてさまざまに語り合うところに一番の面白味がある。
最後には、公爵の位を簒奪されていた父は、簒奪者の突然の改心により宮廷に帰還することになり、彼の娘ロザリンドは、晴れて愛するオーランドーと結ばれる。
ついでに(?)彼女のいとこシーリアも、オーランドーの兄(これまた改心する)と電撃結婚し、なんと二人について来た道化のタッチストーンも村娘と結婚、
男装したロザリンドに恋してしまった羊飼いの娘も、彼女が女だと分かると、諦めて自分を慕う青年と結婚と、総勢4組のカップルがめでたく結ばれる。
かなり強引でご都合主義なところがあるのは否めないが、喜劇だからいいでしょう。
明るくハッピーなお話だが、恋愛に関してかなり醒めている道化タッチストーンと、ラストで宮廷に戻る公爵らと別れ、森に残ることにする皮肉屋ジェイクイズ
の存在が効いているため、甘くなり過ぎていないところはさすがシェイクスピアだと思う。
ところで、オーランドーは貴族の家の出だが、ロザリンドとの結婚によって公爵家を継ぐことになる。
考えてみれば、これは大変な出世だ。
だから、この物語はオーランドーの出世物語だとも言われているらしい。
<自分の娘可愛さのあまり、目障りな娘を追放>
シーリアの父フレデリックは、公爵だった兄に対して謀反を起こし、その地位を奪う。
兄はアーデンの森に住み着くが、彼を慕う廷臣たち数名も、森に移り住む。
兄の娘ロザリンドはまだ幼かったため、自分の娘シーリアの遊び相手として、そのまま宮廷に留めていた。
だが父親と引き離されたロザリンドは周囲の同情を買い、さらに、成長するにつれ、その美貌と忍耐強さゆえに民衆の敬愛の的となる。
そうなると、父親としては面白くない。彼女のせいで、自分の娘がかすんでしまうと思った。
そのため彼は、ロザリンドを追放する。
彼女と大の仲良しのシーリアが必死に頼んでも聞かない。
フレデリック お前にはこいつのずるさが分からないのか、
この人当たりのよさと黙って耐える我慢強さが
世間の人々に訴え、同情を呼んでいるのだ。
お前は馬鹿だ、こいつがお前の評判を横取りしているのだぞ、
こいつがいなくなればお前は一層かがやき、お前の美徳も
さらに際立ってくる。だから口をはさむな!
こいつに下した俺の宣告は揺るがない、取り消しなど
もってのほかだ、こいつは追放だ。
シーリア その宣告を私にも、公爵様、
この人と離ればなれになったら私は生きて行けません。
フレデリック 馬鹿なやつだ・・・おい、ロザリンド、支度をしろ、
期限が過ぎてもまだここに居れば、俺の名誉にかけて、
俺の言葉の威信にかけて、お前の命はない。 (松岡和子訳)
フレデリックは兄を追い出した謀反人で、悪い奴ではあるが、この箇所からは、娘を思う親心が垣間見え、多少なりとも人間的な感じがする。
ちなみに、ここでシーリアは、父親に対してわざと「公爵様」と他人行儀な言い方をしている。
似たような状況は、晩年のロマンス劇「ペリクリーズ」にも見られる。
主人公ペリクリーズは、ターサスの太守クリーオンとその妻に、生後間もない娘マリーナを預けて、いったん自分の国に帰る。
かつて彼は、その国の危機を救ったことがあり、太守夫妻にとっては大事な恩人だった。
月日がたち、美しく成長したマリーナは、王妃ダイオナイザの目から見ると、自分の娘にとって邪魔な存在に映る。
この子がいなければ、うちの娘はもっと民衆に愛されるはずなのに・・。
こうして王妃は、恐ろしいことに、マリーナを暗殺させようと企てるのだ。
ただ、その企ては成功しない。
浜辺で暗殺者が迷っているうちに海賊たちがやって来て、マリーナを誘拐してしまうので、暗殺者は王妃に、お言いつけ通り殺しました、と報告する。
王妃から話を聞いた夫クリーオンは驚愕し、恐れおののくが、彼女は一歩も引かない。
ダイオナイザ あの子のせいで私の娘の影は薄くなり、幸運からも
見放された。誰も彼もマリーナの顔ばかり見つめ
私の娘には見向きもしなかった。
うちの子は馬鹿にされ、挨拶する価値もない
下女あつかい。私は胸をえぐられる思いだった。
あなたは私が血も涙もないことをしたと言うけれど・・・
そう言うあなたはご自分の子供を愛してはいない・・・
私はあなたの一人娘のために
親として当然のことをしただけ、むしろ満足です。
クリーオン 天よ、赦したまえ!
この王妃の邪悪な企ても、娘への愛情から出たことではあるが、そのために人を殺すことを何とも思わないとはあまりにも恐ろしい。
悪賢い彼女は、口封じのために暗殺者も毒殺してしまう。
だがそのままで済むはずがない。
天網恢恢疎にして漏らさず。
その冷酷さゆえに、最後には天罰が降るのだった。