ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

マーガレット・エドソン作「ウィット 」

2021-06-21 11:12:01 | 芝居
6月8日紀伊國屋サザンシアターで、マーガレット・エドソン作「ウィット」を見た(文学座公演、演出:西川信廣)。
<ネタバレあります>

ウィットに富んだ表現で生と死を詠う17世紀のイギリスの詩人ジョン・ダン。
彼の研究に取り組んできた英文学者ビビアンは医者から末期癌を告知される。
受け入れ難い現実に彼女の心は大きく揺れ動く。
己の半生を振り返り、ジョン・ダンの「聖なるソネット」を通して改めて生と死について思考するビビアン。
看護師から延命治療を受けるか否かの判断を迫られた彼女の出した答えとは・・・(チラシより)。

1995年アメリカ・カリフォルニア州にて初演、1998年ニューヨークデビュー、翌年ピューリツァー賞受賞の由。

風変わりな芝居はいろいろ見てきたが、これもまた変わったストーリーと構成。
冒頭、主人公ビビアン(富沢亜古)はパジャマ姿で点滴のコードをつけたまま客席に向かって話しかける。
彼女は大学の英文学の教授で50歳。独身で、かなりの偏屈者。自分の知性に絶対の自信を持っている。
突然末期の卵巣癌の宣告を受けた彼女は、病院で出会うスタッフたちに対して表面上は普通に応対しながら、心の中では相手を辛辣に批判したり評価したりする。
まあ長年教師をしていた習慣が、病気になったからといって急に抜けるわけはない。職業病みたいなものだ。
ただ、その都度、彼女は客席に向かって自分の気持ちや意見を述べるのだ。医者が病状について説明している間でさえ、それにおかまいなしに。
つまり独白がやたらと多い。そこが、この芝居のユニークなところ。
医師は彼女に対して、強力な抗がん剤を1ヶ月ごとに投与し、間隔を空けてそれを8回繰り返すという新しい治療法を試したい、と言う。
それが医学の進歩に貢献するから、と言って同意書に署名を求める。
彼女はその時ぼんやりしていたのだろうか、彼女らしくもなく深く考えることなく署名する。後で「もっと質問すればよかった」と後悔する。

彼女はこれまでのことを思い出す。5歳の頃、父と交わした会話。大学院生の時、恩師(新橋耐子)に厳しく指導されたこと。大学で若い学生たちに講義した時のこと・・・。

家族のいない彼女には見舞いに来る人もいなかったが、ある夜、その恩師が訪ねて来る。
恩師は大胆にも彼女のベッドに入って、ひ孫のために持っていた絵本を読んで聞かせる。
「家出したいと思った子ウサギ」の話。これがなかなかいいお話。恩師の言う通り、神の愛を象徴的に表しているようだ。

彼女は最期の時が来ても延命治療をしないことにし、書類に署名していた。
だが、ある時、若い研修医ジェイソンは彼女の容態の悪化に気がつき、あわてて馬乗りになって心臓マッサージを始める。
入ってきた看護師のスージーが「何してるの!?」と言って彼を突き飛ばすと、彼はコードブルーを呼ぶ。たちまちサイレンのような音が鳴り響き、
青い服を着た4人の男たちが入ってきて、てきぱきと延命措置を始める。スージーが「やめて!同意書があるのよ!」と叫ぶが誰もやめない。
すると、少ししてジェイソンが苦しそうに叫ぶのだ、「僕が間違えた!」と。
その途端、4人は動きを止め、1人が同意書を確認し、「日付は昨日だな。(ジェイソンの方を向いて)こいつは・・・研修医か。同意書があるのに
俺たちコードを呼びやがって」と皆でジェイソンをにらみつける。
ジェイソンは膝をついて頭を抱え、「おお、神よ」と煩悶するのだった・・・。
彼はスージーに突き飛ばされてハッと我に返ったらしい。彼が自分の行為を罪と捉えていることが確かに伝わってくる。
この若い研修医の内心の葛藤と良心の勝利が、最も心打たれる場面だ。
自分たちの業績、手柄、「医学の進歩」のために患者の意思を尊重しない強引な手法・・・現代に通じる医療の大きな問題を扱った作品だということが
最後になって分かる。
1995年初演の作品だからそれほど昔の話ではないが、米国ではやはりキリスト教が大きな力を持っていることも分かる。
コミカルなシーンもあるので、最初はどういう芝居なのか観客は戸惑うが、要するに、この芝居には2つの側面がある。
一つは強い個性を持ったビビアンという人の人物像。
そしてもう一つは現代医療の陥る危険性という問題。
作者は、家族、いや遠縁の親戚か知人の体験を元にこの芝居を書いたのだろうか。
独創的で魅力的な芝居を見ることができた。

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番外編・・・ドイツ語こぼれ話

2021-06-13 15:10:43 | ドイツ語
Unzeitgemäß(ウンツァイトゲメース)= (形容詞)反時代的な

昔、中央公論社の「世界の名著 ニーチェ」の付録に、三島由紀夫と手塚富雄の対談が載っていた。
この手塚富雄という人は、この本の中で「ツアラツストラはかく語りき」を翻訳しているドイツ文学者です。念のため。
そこで三島がこのドイツ語を(カタカナで)引用していて、高校生だった筆者はその異国的な響きに新鮮な驚きを覚えた。エキゾチズムに魅せられたと言ってもいい。
それがドイツ語に惹かれたきっかけなのかどうかは分からない。
のちにドイツ語を勉強するようになり、この言葉と出会った時は、ああ、これがあの時のアレかぁ、と懐かしさがこみ上げてきて、ちょっと感動した。
同調圧力の強まる昨今の日本で、時々この言葉を思い出し、感慨にふけっている・・・。

エキゾチックと言えば、「アンネの日記」を読んだ時は、「ミープ」とか「コープハイスさん」とかいうオランダ人の名前が珍しくて強く印象に残った。
これらはやはり、ブラームスのように息の長い旋律を持つ西洋音楽の響きを思わせる。

オランダ語と言えば、三谷幸喜のドラマ「風雲児たち」(2018年)で、幕末の頃、医学書「ターヘル・アナトミア」を翻訳しようと苦心惨憺する杉田玄白らが
描かれたが、そこで出て来る原文のオランダ語が(地理的にドイツに近いので当然だが)ドイツ語に非常に似ているのが面白かった。
このドラマでは、片岡愛之助と新納慎也が共演し、他にも三谷作品の常連の役者たちが大勢出ていて楽しい。
 
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