ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「キネマの天地」

2011-09-27 15:28:00 | 芝居
9月6日紀伊国屋サザンシアターで、井上ひさし作「キネマの天地」を見た(演出:栗山民也)。

1935年、日本映画界華やかなりし頃、4人の女優が築地東京劇場に集められた。呼んだのは映画監督の小倉虎吉郎。
彼女らは監督の次回作「諏訪峠」の話と思っていたが、実は昨年好評を博した舞台「豚草物語」の再演話。しかも
その場で稽古まで始めようとする監督に、しぶしぶつき合う女優たちだったが、そこには小倉による思惑があった。
実は一年前「豚草物語」の上演時、彼の妻である女優松井チエ子が舞台上で頓死したのである。4人はその場に居合わせ
ていた。死後見つかった彼女の日記には「わたしは K.T. に殺される」と記されていた。
これを殺人事件と見る彼は、芝居の稽古を装って真犯人を探そうとする・・・。

チラシに書かれた紹介文がやたらと長い(実際はこれの倍くらい)。だがこれを読んだだけでもう十分、この芝居の面白さ
が伝わってくる。だってよく読むと4人の女優のイニシャルが全員 K.T. なのだ!しかも麻実れい、三田和代、秋山菜津子
の競演というのだから、これは何を置いても見に行かないとね。

監督自ら書いた脚本「豚草物語」は4人姉妹の心温まる話で、オールコットの「若草物語」の翻案のようだ。
冒頭、貧しい姉妹は正月だというのに一つしかない餅を火鉢で焼いている。
「お餅が一つしかないお正月なんてお正月じゃないわ」「でも世の中にはもっと困っている人もいてよ。私たちには
仲良しの姉妹がいるじゃないの」・・これには笑った。もちろんあの有名な「プレゼントのないクリスマスなんてクリスマス
じゃないわ」の置き換えだ。それで「豚草物語」かあ!と納得。

何をやっても個性がないと言われ続けた、と言う万年下積み役者の竹之助(木場勝己)。実際の木場本人は全く逆で、
個性があり過ぎて何をやっても木場勝己なのが鼻につく(おっと失礼)のだが。今回いい役を得て、今まで見た中で一番
彼の持ち味が発揮できていた。

ところで彼のセリフの中で、やりたい役を列挙する中に「フィガロ」とあるのは解せない。それはオペラ歌手が憧れる役
ではないのか?そりゃ最初は戯曲だっただろうけど、今では芝居として上演することなどないのでは?

小倉監督役の浅野和之にはがっかり。滑舌が悪くセリフが聞き取れない。この日は2日目だったが、途中セリフを忘れて
立ち往生する信じられない光景もあり、冷や汗ものだった。もともと滑舌がいい人ではなかったが、一体どうしたわけか。

4人の女優陣の競演は見事だった。麻実さん、三田さん、秋山さんはそれぞれふさわしい役を得て期待通りの説得力ある
演技。大和田美帆は若さではち切れそうだ。

心地良いどんでん返しに納得させられた。井上ひさしはやっぱり只者ではない。
ラストは三谷幸喜風にエンドレス。




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井上ひさし作「父と暮らせば」

2011-09-13 13:46:50 | 芝居
8月23日紀伊國屋サザンシアターで、井上ひさし作「父と暮らせば」を見た(演出:鵜山仁)。

広島の「ピカ」(原爆投下)後3年。美津江(栗田桃子)は図書館に勤めつつ一人暮らしをしている。
彼女の心に一人の青年へのほのかな恋が芽生えた或る日のこと、突然、原爆の日焼け死んだ父の霊 ?(辻萬長)が現れる。
自分の恋心を必死に押さえつけようとする彼女に、父は懸命なエールを送るが・・・。

芝居を観た後は、いつも言いたいことがむくむく湧き上がってきてそれを書き留めるのに忙しいのだが、この日は書きたい
ことが特になかった!これは喜ぶべきことなのかどうか・・。

広島弁が面白い。「ない」を「なあ」と言うとか。
1時間25分の短い芝居。

「むごいことよのう・・」娘があの日の出来事を語る一言一言に、父がこういうコメントを加える。観客は、従って、
やることがない。ただ座って見ているだけでいい。すべてが舞台の上で完結してしまっているのだから。
言いたいことがないのは、何もつまらない芝居だからというわけではなく、むしろつまらなければ怒りのエナジーでもって
書きまくるわけで・・。父と娘の今生の別れのシーンでは涙もこぼれたし。

結局、この日は怒りも賞賛(賛嘆)も何も湧いてきませんでした、ということ。
教科書に載っている散文を読んだあとのような感じか。
ただ、いくつか気になる点はあった。例えば、遺体を並べておく時は普通仰向けにするのではないか(でなきゃどうして
当人だと分かるのか?)。また、即死のはずなのに「便が乾いてこびりついていた」なんてことがあるだろうか。
どれも悲惨さを強調するためだと思うが、不自然だ。
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美女劇「伯爵令嬢小鷹狩掬子の七つの大罪」

2011-09-06 14:33:35 | 芝居
8月20日ザ・スズナリにて寺山修司作「伯爵令嬢小鷹狩掬子の七つの大罪」を見た(演出:金守珍)。

この日、下北沢は阿波踊りで大変な盛り上がり。これが19時開演で阿波踊りが18時半開始だったので、踊り手の間を
必死でかいくぐって劇場まで何とかたどり着いたのだった。
ところがこちらもキャンセル待ちの長い列ができる盛況。主演の寺島しのぶの力か。それとも寺山の芝居はいつもこうなのか?

金魚使い、人魚、歌手とヴァイオリン弾き、小人・・・様々な人々が出てきて寺山独特の世界の始まりを告げる。
伯爵家では貴族の女たちが女中(寺島しのぶ)に留守番をさせて外出。彼女が何をして過ごそうかと考えていると、鰐(ワニ)夫人(野口和美)登場!
何とも衝撃的で感動的な場面だ(また見たい)。まるでアリス・イン・ワンダーランドの世界だ。
何しろ夫人はインターホンで「水門を開けて下さる?」と言うのだ。部屋に水門ですよ!
それで女中が舞台奥全面の「水門」を開けると、感動的な音楽に乗って堂々鰐夫人が登場。全くしびれたったらなかった。
ここだけはまた見たい。アリスと言えば、この夫人、私のイメージするトランプの女王にそっくりだ。

夫人が去り、女中は一人の男に電話する。自分を金持ちの令嬢と偽ってこれまでも電話していた相手らしい。
口から出まかせに話を合わせているが、しまいに真実を告白する。そこに貴族の女たちが戻ってくる。
実は彼女たちは出かけるふりをして女中の行動をすべて覗き見し、独り言を立ち聞きして楽しんでいたのだった。
女中はショックを受け、しかもさんざん侮辱されるが、実はここまでは全部お芝居、つまり劇中劇だった・・・。
とまあ二重三重の構造になっていてなかなか歯応えのある芝居である。

「花いちもんめ」の歌詞の解釈にはうならされた。
言葉に対する関心とこだわりの強さが寺山らしい。こけおどしのタイトルからして笑ってしまう。
ヴァイオリンも踊りも歌もうまい。
ただ「便所のマリア」のくだりは古臭く甘ったるくセンチメンタル過ぎて退屈。
それにラストの水は余計だと思う。最近なぜかハヤリだけれど。

寺山の芝居を初めて見たが、独特の世界の魅力に十分浸ることができた。
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